関東事変後帰ったらグーパンキメられた灰谷兄弟

「……」

「……」

「……座れば?」

「はい……」

「うん……」

今日は土砂降り、とてもいい天気とは言えない。
頬を腫らした蘭と竜胆がソファーに座るのを見て、コーヒーでも淹れるかと台所に向かった。
事の経緯は半年も前に遡る。
黒川が死んだ。
鶴蝶も大怪我を負った、その場に蘭や竜胆、いつものガキ共もいた。
今でこそ関東事変とか呼ばれちゃいるけれど、要はガキ共の意地っ張りの抗争だ、それが、死人が出てしまったという結果。
私のところに入った連絡は黒川が死んで鶴蝶が大怪我して蘭と竜胆、ガキ共が逮捕されたという旨。
四親等の私は面会なんてできないし、今回は事が事だから父親に任せていた。
たまに絵はがきの形で手紙を頼んでいたけれど、返事はなかった、それもそうか。
今日出所して帰ってきたわけだけど、とりあえず一発ぶん殴った、理由は聞くな、言いたいことがたくさんあるのをそれで終わらせただけだ、とりあえずは。
ふたりが鑑別所に入っている間に黒川の葬式もあったからそれには参列してきた、入院中の鶴蝶とも見舞いの形で会ってきた。
他のガキ共に関しては今度うちに来た時に一発ぶん殴る予定。
何も思わないことがないわけじゃねえ、短い間だけど私からしたら黒川は、いや、黒川たちは不本意だけど弟みたいなもんだから。
さすがに泣いた、幸か不幸か身内が亡くなることが初めてではないけれど、情の湧いた男の子が死んだんだ、悲しいに決まってるだろ。
ケトルが沸騰したのを見て、お湯を注いでコーヒーを準備する。
トレーに人数分のマグカップを置き、それから冷蔵庫に入れていた少し高めのチョコを取り出した。
リビングに戻るとふたりは固い表情のまま、そこでじっとしている。
ふたりの前にマグカップを置けば小さくありがとうと返ってきた。

「……」

「……ねえちゃん」

「うん」

「どこまで、知ってる?」

「大体は知ってる。直後に報道もあったし、父親ともオマエらと面会した後に話をした」

「……そっか」

蘭が言葉を紡ぐのを止めればこの空間に流れるのは痛い沈黙。
竜胆は何か言おうと口を開いてはすぐ閉じ、気まずそうにコーヒーに口をつけた。
私もコーヒーに口をつけ、用意したチョコを口に運ぶ。
甘いはずなのによく味わかんねえな。

「特に今は言うことはないよ。オマエらが帰ってくる前に言いたいこと頭ん中で纏めていたつもりだけど、気の利いた言葉も何もかも今は出てこない」

「うん……迷惑かけたよな」

「ごめんなさい」

「迷惑ってよりかは心配した」

一度頭を下げたふたりが顔を上げて私を見る。
迷惑なんて思ってない。
どちらかと言えば心配した。
あの場にふたりがいたこと、黒川が死んで鶴蝶が大怪我をしたって連絡が入って、蘭と竜胆は無事だろうかと、私にしては絵がしばらく描けないくらい、当たり前ができないくらい、心配の方が大きかった。
望月、武藤、斑目もいたんだ、あいつらも無事かどうか知る手段が私にはあまりにも少なくて心配した。
鶴蝶程ではないと思いたいけれど、怪我しただろうし。

「この話はまた私が落ちついたら改めて話そう。今日はさっさと風呂入ってご飯食べて寝な」

「ねーちゃん……」

「……ありがと、ねえちゃん」

お互いぐちゃぐちゃになった日常を立て直す方が先だろ。
半分ほど残っていたコーヒーを煽るように飲み干して、ふたりの頭をぽんぽんと叩いてから私は夕飯の支度をすべくもう一度台所に向かった。

 

ほんと天気悪いな、明日は雨止むらしいけれど、本当に止むのかな。
ローテーブルに広げている絵や画材を見ても今日は描く気になれなくて、少し開けていたカーテンを閉じた。
というか描いても青空はしばらく描けなさそうだ、鎮座しているのは真っ暗な曇り空、なんなら今描こうとしたら絶対雨になる。
あーやめやめ、片付けて寝よう。
水入れだけ綺麗にしようと部屋を出て、洗面所で色のついた水を流して簡単に洗った。

「ねえちゃん」

「今日、一緒に寝てもいい?」

電気のついたままのリビングの立ち寄って電気を消し、部屋に戻ると部屋の前に蘭と竜胆が枕を持って立っている。
好きにすれば、声をかければ私に続いて部屋に入った。
布団はもう敷いてあるし、常夜灯にすればあとは寝れる。
そういや結局すのこベッド買ってねーなー、なんかもういらない気がするけど。
リモコンで常夜灯にして先に布団に潜り込めば蘭と竜胆はそれぞれ両脇に枕を置いて横になった。
いつもよりちけえんだけど、暑苦しいんだけど。

「……ねえちゃん、オレらがいない間何してた?」

「何もしてない。あ、蘭と竜胆に絵はがき描いたくらい」

「返事してなくてごめん。でもねーちゃんからの手紙嬉しかった」

「いいよ、来たら珍しいんだろうなって思うくらいだし」

鑑別所がどうなってんのか知らねえけど、すぐ返事できる状況じゃないかもしんねーし。
肩に蘭が頭を寄せて竜胆が私の腕に潜り込む。
だから暑苦しいっての。
ああでも、そう思うのも久しぶりだもんなあ、人間複数でいることに慣れるとひとりが寂しいんだと気づいていたのに実感するには十分な時間だった。
ふたりがいない間は静かで、静かなところが好きなのに何か物足りなくて。
黒川のこともそう、もしもこれからあのガキ共が来てもそこに黒川がいないと思うとどこか寂しく感じて。
ふたりは変わらないのに私だけが変わったのだと突きつけるには十分過ぎる時間だった。

「個展とかイベントは?いつもそこそこのペースであったじゃん」

「描けねえのに開けねえし行けねえよ」

「……そっか、そうだよな」

ねえちゃんの部屋、絵あまり増えてねえもんな。
ほんとよく見てんなあ。
あの日、何があったのかぽつぽつとふたりが口にする。
蘭と竜胆もガキ共も舐めてかかった年下にワンパンで落とされたんだと、黒川は喧嘩強くて、クソガキ共のこと恐怖と利害だけの集まりと思っていたんだと。
はー?それは絶対ねえな。
恐怖と利害の一致だけでうちに来て、あんだけ馬鹿騒ぎして私に締められそうになったり、私をおねえさんと呼んだりなんかしねえよ。
じゃなきゃ撃たれそうになった鶴蝶庇ったりなんか、絶対しねえよ、素直になれないクソガキだったんだよ、黒川は。
良くも悪くも、年相応の男の子だったんだよ。
過ごした時間は遥かに少なくとも私にはそう感じる。

「起こったことは変えらんねえんだよ、時間が戻ったって変えようとしたって、そうなるべきだって残酷だけど決まってたんだよ」

「……うん」

「……そっか」

「ほら、もう寝なよ。私は眠い、寝る」

「……ねえちゃん」

「ねーちゃん……」

「何」

「遅くなったけどさ」

「ただいま」

「……おかえり」

今は、少しでも穏やかじゃなくても日常に戻れますように。


親戚のおねえさん
思うことは多々あれど先に手が出るからふたりにグーパンした。
きっと天竺メンバーは手のかかる弟、これからもずっとそう。

灰谷兄弟
絶対殴られると思って帰ったら殴られた。
けれど変わらなくて嬉しかった。
ずっとおねえさんの弟、何やっても起こっても変わらない。

2023年7月28日