出来心だった。
ねーちゃんあまり酒飲まねえし、なんか酒の苦味が苦手だって言ってたし、だったら甘いのあんから飲んでみる?と勧めただけだった。
みるみる減っていく酒、赤くなっていくねーちゃんの顔、あまり多くはない口数が本当になくなってきたところでオレと兄ちゃんは顔を見合わせる。
……これやばくね?
苦手っていうか本当に弱いのか、確かにいつも弱いからって言ってたけど、いつも強いねーちゃんがまさか酒に弱いなんて。
確かに酒は減っていたけど、まだ四杯目だぞ。
ローテーブルにぐったりと顔を伏せたねーちゃんを見てこれだめだなと思った。
声をかけてもううんと唸るような声しか返ってこねえ。
兄ちゃんはねーちゃんが持っていたグラスを取り上げると中身の残るそれを飲み干す。
あま、と舌を出して言うもんだから兄ちゃんの好みではないんだろう。
ちなみにねーちゃんが飲んでいたのかカルーアミルクだ、コーヒー好きなら飲めるんじゃね?と思って買ったそれはねーちゃんの舌に合ったけれど、甘い故にアルコールの度数が高いから悪酔いするもんな。
ソファーに無造作に置いてあったブランケットをねーちゃんにかけて、とりあえず落ち着くまではそっとしておくことにした。
オレも兄ちゃんも酒には強いからまだまだ飲める。
……いや、前に天竺メンバーで飲んだ時は酔った勢いではしゃいでいたし酔ってるのをいいことにねーちゃんにしがみついたりしてたけど強いんだよ、先日はサウスに潰されたから玄関めちゃくちゃ叩いていたけどほんとだよ。
少なくともねーちゃんよりは遥かに強い。
「なんか意外な一面見たような……」
「それな。酔ったら何もなく潰れんの可愛いけど」
「わかる」
ねーちゃんのことだから酔ったら暴れ出したり泣き上戸になったり何かあんのかなとは思っていたけど。
少し見える顔は相変わらず赤いし、ぱちぱちと億劫そうに瞬きしてはいるし、起きてはいるけど多分ねーちゃん頭回ってねえな。
兄ちゃんがねーちゃんの頭を撫でながら部屋戻る?と聞いてもううん、と唸るように答えるだけだ。
ローテーブルの上に置いてある水を何も入れてなかったグラスに入れて差し出すけど、ねーちゃんは体勢はそのままにのろのろと受け取る。
特に飲みもせず、ぼんやりとグラスを見つめていた。
オレと兄ちゃんがちょっと大きな声で話をしていてもうるさいと怒る気配もねえし、たまにつまみのスルメを口元に運べば躊躇うことなく食べてもごもごと咀嚼してるし。
……え、誰?本当にねーちゃん?酒に慣れてねえ女の子みてえ。
しばらくそのまま兄ちゃんと話しながら酒を飲んでいると、ねーちゃんから寝息が聞こえてきた。
少しだけ減った水の入ったグラスを手から取って、起きるかわからねえけど声をかける。
応答なし、酔い潰れて寝たなこりゃ。
「お開きにすんかぁ」
「だな、片付けんから兄ちゃんねーちゃんの部屋の布団敷いてきてよ」
「おー」
さすがに片付けないと次の日ねーちゃんに怒られる。
兄ちゃんがねーちゃんの肩からずり落ちそうになったブランケットをかけ直すのを見て、オレはローテーブルの上のグラスや空き缶をトレーに乗せて台所に向かった。
「どうせなら一緒に寝りゃいいかぁ」
ねえちゃんの部屋に行く前にオレと竜胆の部屋に寄って枕と毛布を手に取る。
既にねえちゃんはぐっすり眠っているし、朝に小言はあるかもしれねえけどそれくらい許されんだろ。
ねえちゃんの部屋に入り、枕と毛布を畳の上に置いてねえちゃんの布団を定位置に敷いた。
結局ねえちゃんはすのこベッドは買わないまま、その方がオレと竜胆がねえちゃんの布団に潜り込みやすいからラッキー。
寝る場所を整え、照明は最初から常夜灯にしておく。
リビングに戻ると、ねえちゃんはローテーブルに伏せたままだった。
竜胆が台所から先に運んでやってよ、なんて片付けをしながら言う。
念の為声をかけてもねえちゃんから応答は相変わらずなかった。
ブランケットを取り払ってソファーに置いてからねえちゃんを抱き上げる。
横抱きにしないと吐くかもしれねえしな、鍛えるようになったとはいえ、まだまだねえちゃんは軽い。
こてんとオレの体に顔を預けるねえちゃん、アルコールで体が大分熱いな、体勢変えちまったけど吐かねえかな。
あまり振動が伝わらないようにねえちゃんの部屋まで歩き、ゆっくりドアを開け、起こさないように布団に横たえた。
飲む前に風呂入って正解だったな、これから風呂なんてしんどすぎる。
暑いと思ってねえちゃんの腹まで毛布を上げると、ぱちりとねえちゃんが目を開けた。
ぼんやりとオレを見ると、オレの腕を引く。
「なぁにねえちゃん、気持ち悪い?トイレ行く?」
「……ねないの」
「は?」
「いっしょ、ねないの?」
ごめん誰?
ぽわんと赤い顔でオレの腕を引くこの女誰?ねえちゃんそういうことしねえじゃん。
えっこれデレっつーの?オレどうすりゃいいの?
不思議そうに首を傾げるねえちゃんに思わず天を仰いで竜胆を大声で呼んだ。
「りんどおおおお!!オレじゃ処理し切れないから!早く来て!!」
「うるさっ」
オレの声にねえちゃんが首を竦めるけれど、それ以上何もない。
いやほんと誰ですかあなたは。
なんだよ、なんて眼鏡を外しながら部屋に入ってきた竜胆がオレとねえちゃんを見て首を傾げた。
気持ち悪い?と竜胆がねえちゃんの頭を撫でながら言えば、ねえちゃんはオレにしたように今度は竜胆の腕を引いた。
「いっしょにねないの?」
「……え?」
「らんもりんどーも、いつもいっしょにねるでしょ」
だから、ねないの?
舌っ足らずなところ可愛いよなとちょっと現実逃避していると竜胆がなんとも言えない顔でオレを見る。
思ってんのは同じだよ本当に誰この人。
わたしねむいからいっしょにねないの?と何度も聞くねえちゃんの姿に竜胆は少し顔を赤くしてパクパクと口を開いては閉じた。
「えっ……かわ、いい……?ねーちゃんが、可愛い……?」
「だよな、やべえよな」
はやくねようよとバンバン布団を叩くねえちゃん。
そのうちねえちゃんの眠気が勝ったのか、ねえちゃんはねようよー……と言うと目を閉じてすやすやと寝息を立てる。
オレらのねえちゃんこんなに可愛い人だったっけ?酒の力怖くね?
「……兄ちゃん」
「待った今頭ん中で処理してるから」
「オレもう処理おっつかねえから寝るわ……」
「……オレも寝るか」
片付けは終わったからと、竜胆は眼鏡を枕元に置くともぞもぞとねえちゃんの隣に横になった。
オレも竜胆とは反対側に寝転び、ふたりでねえちゃんを挟むような体勢になる。
ふたりでねえちゃんにぴったりとくっつけば、いつもは眉間に皺が寄るってのにねえちゃんは心做しか嬉しそうに緩んだ寝顔を見せた。
「……また甘い酒買ってこよ」
「わかる……宅飲みだけにしような兄ちゃん……」
「おう……あいつら呼ばねえで飲もうな……」
普段ならイイもん見れたな、とか言えるけれどこんなねえちゃん誰にも見せたくないわ。
火照ったねえちゃんは眠気を誘うくらい温かくて、オレも竜胆もあっという間に夢の中へ落ちていった。
「……あたまいってえ」
「だよなー」
「ねーちゃん何か飲む?水とかねーちゃんが買ったしじみ汁とかあんけど」
「しじみにする……」
今日はいい天気だなぁ、朝じゃなくて昼になってるけど。
ズキズキと痛む頭を押さえてリビングに行けば、竜胆が台所でしじみ汁を温めて私に差し出した。
いつもより飲んでいた覚えはあるけど、眠いなって自覚してからの記憶がない。
吐いたりしなかった?と蘭と竜胆に聞けばふたりは首を取れる勢いで横に振る。
口の中も変な味しないから吐いてはないんだろうな。
温かいしじみ汁が体に染み渡る……美味しいな……
「もしかして部屋に運んでくれた?」
「アッウン」
「ごめん、ありがとう」
「オキニナサラズ」
なんで片言?蘭と竜胆はそわそわとどこか落ち着かない様子だけど何かあったのかな。
起きたら両隣には蘭と竜胆がいて、寝落ちた私とそのまま寝たんだろうなと思う。
寝苦しくもなくぐっすり眠れた、お酒怖いな。
「……ねえちゃん、ぜってえ外で飲まないで」
「マジで頼むから、宅飲みでオレらとだけにしてね……」
「?うん、外ではそんなに飲まないから」
本当に何があったんだろ。
ふたりの様子に首を傾げながら、今日は二日酔い酷いから作業しないでのんびりしてよ、と今日の予定を決めた。
親戚のおねえさん
甘いお酒飲みやすいね、ってペース考えないで飲んでいたら酔い潰れて寝た。
まさかふたりに一緒に寝ようと言ったなんて思っていない。
そんなに寝た私酷かったんだろうなと思っている。
この先そこまで飲むのは家だけになる、六波羅単代のメンバー来ても缶チューハイ一本だけ。
灰谷兄弟
甘い酒ならねえちゃん飲めるんじゃね?と思って勧めたらねーちゃんデレた、誰この人?
普段そんなことしねえじゃんお酒こえーな。
見事なスペキャを披露したけどおねえさんは知らない。
おねえさんの飲むペースはこの先ふたりが調整するし、そもそも外では飲ませないし六破羅単代のメンバー来ても缶チューハイ一本しか飲ませない。
びっくりして処理できなかったけど、デレたおねえさん見れてちょっと嬉しかった。