事務所から三途の絹を裂いたような甲高い悲鳴が聞こえた。
竜胆と顔を見合わせて事務所に入れば、ただの惨状だ。
ぐるぐるとガムテープと麻縄で縛られてびたんびたんと陸に打ち上げられた魚のように跳ねる三途、それからせっせと梱包紙を用意しているねえちゃん。
あ、三途何かやらかしたなこれは。
しかも覚えがある状態、オレらもああやって抵抗した気がする、というかしたことある。
泣きながらひたすら謝る三途のことを知らんぷりしてねえちゃんががさがさと梱包紙を三途に巻き付けたところで竜胆が待った!とねえちゃんに声をかけた。
振り向いたねえちゃんは恐ろしいほど無表情で、心做しか頬が少し腫れているような……まさかと思うけどオマエオレらと同じことやらかしたんじゃねえだろうな……?
「何」
「いやいやいやいや何してんの!?」
「この馬鹿を出荷するんだよ、最近って生モノでも海外に配送できるだろ、冷凍すれば」
「いやあああああああああ!!」
「三途ガチ泣きじゃん……ねーちゃんやめよ……!?海外配送金かかるだけだよ!?」
「こいつの口座から引き落とせば問題ねえな」
「わあああああああああん!!」
生モノが喋んなよ、と冷たく言って三途はぐるぐる巻きにされた上から丁寧に梱包された。
首から下を包まれた三途はごめんなさいと涙声で言うも、ねえちゃんは持っていた送り状に慣れたように英語でどこかへの宛先を書く。
ちなみにフィリピンだった。
それを三途の顔にぺたりとガムテープで貼って、ひと仕事終えましたとばかりに息を吐く。
梵天No.2がフィリピンに出荷とか笑えねえ、しかも生モノコワレモノ要冷凍、と書かれているところに優しいんだか厳しいんだかわからねえ注意書きがあった、商品名はオブジェ。
ええ……ほんとにオマエ何やらかしたの……?
恐る恐るねえちゃんに聞くと、なんでもヤクキメてハイになった三途が部下を殴る蹴るしているところを通りかかって止めたら流れ弾で顔にグーパンが入ったらしい。
サッと青褪めて三途が謝るも、ねえちゃんはそのまま三途に仕返しとばかりに腹パン決めて今に至る、んだと……
それは……庇えねえし庇いたくねえけど……でも出荷はまずい。
オレらの時の配送先はサツだとか言われたが三途の生モノコワレモノ要冷凍は命の危機を感じる。
ガチで終わる、三途の命が。
「ねえちゃんやめようぜ……?誰がこいつ配送業者に持ってくの……?」
「呼べばいいだろ」
「三途もヤクキメてたけどねーちゃん殴っちまったのはわざとじゃねえからさ……?やめよ……?ねーちゃんが労力使うことねえじゃん……」
「私さ、今まで殴ったことはそりゃあるけど、顔は基本的になかったよね」
「アッハイ」
「仰る通りです」
「でも今回顔殴られたんだよね」
だめだ、ねえちゃんガチだ。
確かに余程酷いことやらかさなけりゃ顔殴られたことはねえけど!いや腹パンや締め技はどうなんだと思うけども!
小さな声で助けてマイキー……とぽろぽろ泣きながら呟く三途が可哀想でしょうがない。
いつもならざまぁ!とか笑うけど笑えねえ。
もうオレらじゃ止めらんねえわ、思うよりも早くスマホを取り出して迷うことなくひとつの番号にかける。
不機嫌そうな後で殺されんじゃねえかな思うような声で応答があったけどこのままじゃ三途が生モノコワレモノ要冷凍でフィリピンに配送されちまうから助けて!と言えば電話口の向こうで溜め息が聞こえた。
「マイキー!!おっ、オレしゅ、っか、出荷され、されそうだった!」
「ごめん姐さん、うちの馬鹿がハイになってるとはいえ手が当たっちまってほんっっっっとうに悪かった」
「ごめんで済むなら手間のかかる出荷なんてしねえんだよ」
「すみませんでした」
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!」
うっわひでえ状況。
兄ちゃんがボスを呼んでそんなに時間が経たないうちにねーちゃんがずるずると三途を事務所の外に運ぼうとした時は本当に焦った。
駆けつけたボスによって三途は救出され、今ボスは泣きつく三途をそのままに深々とねーちゃんに頭を下げている。
なんだなんだと望月や明司が事務所に顔を出したけど、顔を青くするとさっさと事務所を出ていった。
薄情者めねーちゃん宥める手伝いくらいしろ、オレらのNo.2が出荷されるところだったんだぞ。
ねーちゃんは兄ちゃんによって氷嚢を当てられており、それでも怒ってるに決まってんだろうがと据わった目のままボスと三途を見つめている。
「もう三途春千夜じゃなくてヤクチュウに改名しろヤクチュウ」
「可愛い響きだけど内容が酷い」
「国民的ゲームの電気鼠が可哀想」
ちなみに顔にガムテープで送り状を貼り付けていた三途だけど、剥がす時に前髪とバサバサの睫毛が何本か抜けた。
顔に貼るってのに容赦なくガムテープで補強するねーちゃんに今までの比じゃない本気っぷりが伝わってくる、怖い。
オレら顔には送り状貼られなかったもん……多分まだマシ……マシ……多分……いやぐるぐる巻きにされて梱包紙で包まれそうになってたからきっとどっこいどっこいだわマシじゃなかった。
宛先警察どころか国内すっ飛ばして国外だし要冷凍にはされなかったから多分マシ……マシ……じゃねえんだった危ねー感覚麻痺ってる。
ボスは泣き喚く三途の頭を無理矢理下げて、それからわんわんうるせえ三途の首根っこを引きずって事務所を後にした。
残ったのはオレと兄ちゃん、そしてねーちゃん。
恐る恐るねーちゃんの顔を見たら、ねーちゃんは呆れたように溜め息を吐くと兄ちゃんにありがとうと声をかけて立ち上がる。
「ねえちゃん帰んの?」
「とは思ってるけど、誰か送ってくれそうな暇な人いねえかなって」
まだあの誘拐事件を引きずっているねーちゃんはひとりで外に出るのが怖い。
今日は九井と取引の話があるからと、来るまではオレらと一緒だった。
けれどこの時間だとなあ……オレも兄ちゃんもまだやること残ってんし。
「じゃあオレら終わるまで待てる?ねえちゃんいつもの荷物で来てるだろ、絵でも描いて待ってて」
「そうしよっかな……ちょっと下の自販機でコーヒー買ってくる」
「オレも行くよねーちゃん」
「オレも」
事務所を出ようか悩んでいるねーちゃんに兄ちゃんとついて行けば、ねーちゃんは安心したように溜め息をひとつ。
顔の腫れは兄ちゃんが冷やしてやったからか、少しだけ落ち着いていた。
でも部下に殴りかかってる三途を止めようと迷わないねーちゃんすげーな、オレなら面倒だからって素通りする。
……ま、手が早いだけで暴力沙汰は好きじゃねえからな。
手が当たらなけりゃ三途もちょっと蹴られるだけで済んだろうけど、ヤクでハイになるってこえーな、ヤクには絶対手ェ出さねえ、出したことねえけど。
オレらの事務所が入っているのはそこそこ大きなビルだ。
下に下りて少し細い路地に入れば自販機をある。
慣れたように財布から小銭を入れたねーちゃんは自分のコーヒーを買うと、蘭と竜胆もなにか飲む?と聞いてくれたのでそれに甘えて同じコーヒーを買ってもらった。
「望月も明司も薄情だよなぁ、三途が泣いてんのに素通りだよ」
「何言ってんだよ竜胆、オレらだってねえちゃんがやってなきゃ素通りだろ」
「確かに」
「全員薄情者だろ何言ってんの」
そりゃそうだ、と兄ちゃんと笑えばねーちゃんは肩を竦める。
梵天にすっかり馴染んでしまったけど、これでねーちゃんは梵天じゃないつもりだからそらはそれですげーよな。
いっその事、ねーちゃんも完全にこっちに染まったらいいのに。
……あ、でもそうしたらねーちゃんきっと綺麗な絵は描けなくなっちまうか、それはやだな。
なんてぼんやり思っていると、先に歩いていた兄ちゃんとねーちゃんが置いていくぞと声をかけたので慌てて駆け寄った。
その日の夜、三途がねーちゃんの好きなコーヒーやら菓子やらの詰め合わせを持ってうちに謝りに来て、なんだかんだ泊まっていったとだけ報告しとく。
狡い、なんてボスが拗ねたとも。
親戚のおねえさん
せっせと三途くんを割りと本気で出荷直前までの状態にしてた。
顔殴られるのはさぁ……私余程のことがなけりゃ顔は殴んねえのにさあ……
蘭くんや竜胆くんより背の低い三途くんくらいならやろうと思えばあっという間に梱包できる人、絵を梱包している技術が役に立った。
まだひとりで外は出れない。
灰谷兄弟
悲鳴につられて事務所に行ったら三途くんがおねえさんによって出荷されそうになってた、しかも生モノコワレモノ要冷凍でフィリピン行き。
これはまずい、と思って止めたけどふたりだけじゃ無理だったのでマイキーくん召喚、なんとか収まった。
オレらも出荷されそうだったけど三途とどっちがマシ?いやどっちもマシじゃねえわ。
マシってなんだっけ……?
長年吊るされたり締められたりしてるから何がマシで優しいのか感覚おかしくなってる。
まだ外に出るのが怖いおねえさんのペースに合わせているふたり。
三途春千夜
ヤクでハイになってミスった部下をボコボコにしてたらおねえさんに止められたけど反射的に裏拳が顔に当たって出荷されそうになった。
ヤクキメたばかりだったけどすぐヤク抜けた。
送り状貼られていたので剥がした時に前髪と睫毛が少し抜けて痛かった。
しばらく根に持つおねえさんにヤクチュウと呼ばれてちょっと悲しい。
佐野万次郎
寝ていたのに蘭くんに呼ばれたら惨劇が繰り広げられていた、眠気なんて吹っ飛んでいった。
うちの馬鹿が本当に申し訳ありませんでした。