なにかやらかして帰ってくるからその時はこっ酷く怒ってほしい灰谷兄弟

今日はいい天気だなぁ、夜に雨降るらしいよ。
時間はもうすぐ暗くなる時間、蘭と竜胆はいつもの特攻服を着ていたから六破羅の集まりに行くんだろうな。
昼間に買った画材を広げ、試し塗りをしながら次の絵はどんなものにしようか思案する。
曇り空がこれから晴れそうな空なんかいいかな。
そこに蘭と竜胆と、自分の花を描き込むのもありかも。
どうせなら雨に濡れて綺麗な花を描きたい。
買ったばかりのまっさらなスケッチブックにいくつかラフを描いていく。
空を大きくしているけれど花が目立ってもいいか。
使う色はいつも決まっているけれど、差し色に紫なんか使うのも悪くない。
ラフに簡単に色鉛筆で色を塗って、いくつかできたそれに思わず満足気な息が溢れる。
一番気に入った構図で水彩紙に鉛筆で薄く下描きをしていると部屋のドアがノックされた。
返事をすれば、珍しく遠慮がちにドアが開き、蘭と竜胆が顔を出す。

「……ねーちゃん」

「あのさ、ちょっと話あるんだけど」

……なんか珍しいなほんとに。
夜中に作業すればいいか、なんて鉛筆を置いて立ち上がり、電気を消して部屋を出た。
ふたりに案内されるようにリビングについたけど、ソファーに座るふたりはなんだかこれから怒られる子どもみたいだ。
コーヒーが人数分用意されていて、なんか準備いいな。
どうしたの、とソファーに腰かけて愛用のマグカップ片手にふたりに聞けば気まずそうな竜胆の代わりに蘭が口を開く。

「あー……その、さ……」

「うん」

「もしかしたら、今日帰って来れないかもだから、その話しようと思って」

それにしてはなんかふたりともビクビクしてない?
まだなんもやらかしてねえだろうな?それともこれからやらかすってか?
重い口を開く蘭と竜胆から聞かされたのは、これから六破羅単代の溜まり場に行くけれど、もしかしたら他のチームと抗争が起こるかもしれないこと。
関東事変の規模になるかもしれないから、もしかしたら今日どころかしばらく帰って来れないこと。
関東事変ってあれじゃん、黒川が死んだ抗争じゃん。
それを予め話すって何事?
もう既にその言葉の時点で少し怒っていたかもしんねえ、だって蘭と竜胆は相変わらず怒られる直前の顔してる。
その規模って意味わかってんの?馬鹿じゃないならわかってんだろうけど。

「で?そのまま怒られたいわけじゃねえだろ」

「……ねえちゃんはオレらみてーなのがなんでそういうことすんのかわかってんからさ」

そりゃあわかってんよ、嫌でも。
蘭や竜胆みてーなのは意地っ張りだから。
ただのガキ共の意地の張り合いに命懸けるような馬鹿だから。
はー、と深く溜め息を吐けば蘭と竜胆は肩を揺らした。
意地の張り合いに命懸けんな馬鹿、と小さく零せばふたりはごめんなさい、と小さく謝る。
いや、ここで私がどんなに怒っても止めてもぜってー行くだろ、それこそ足を折ったりボッコボコに殴ったりしても、ぜってー行く、こいつらそういう人種。

「あの、帰ってきたらさ……怒ってくれる?」

「……グーパンじゃ済まないからな」

それこそキックボクシングジムで鍛えた足が猛威を振るうわ。
もう一度溜め息と共に言えば、怒られるの確定してるってのにふたりは嬉しそうに笑う。

「何時になんかわかんねえけど待ってて」

「ちょっとは手加減してほしいな」

「ぜってー手加減しねーわ」

もう本当に不良なんて人種がわかんねえわ。
なんで怒られんのに笑うわけ?
不良って人種よりはふたりがよくわからん。
そうじゃなくても敵対しているチームに絡みに行っては私に締められてんのに。
まあふたりからごめんと何度も謝られ、帰ってきたらあれ食いたいこれ食いたいとちゃっかりリクエストするし、とりあえず出かける前に腹パン決めておいた。

 

「じゃあ行ってくるな」

「ねーちゃんひとりで寂しいかもだけど」

「……それは否定しねえよ」

律儀に私の前だからかちゃんとヘルメットを持ったふたりが玄関先で笑う。
私の前で始めたら吊るすところだけど、ふたりの言ってたものがどんなものかわからないわけでもねえし、止められるとは思えない。
ふたりや六破羅単代のメンバーから聞いた話、それから街中で梵や関東卍會で出会ったクソガキ共の話。
私ひとりで止められるもんじゃねえし、私も身の程は弁えているつもりだ。
……いや、ほんとだよ、目の前でやったら全員吊るすけど。
ふたりしてもう成人してんからムショ行くかもな、なんて話しているけど、本当にそうなったら私何やらかすかわからん。
多分ムショに面会しに行ってぶん殴る、アクリルで仕切られていてもぶん殴ってやる。

「……怪我しないで帰っておいで」

無理かもしんねえけど。
でもおかえりを言うくらいはできる、二年前のように一発ぶん殴る準備だって。
いってらっしゃい、私の言葉にふたりはなんとも言えない表情を一瞬浮かべ、それからいってきますと家を出て行った。
あーあ、本当に寂しくなるよ、ふたりがいないのは。
二年弱ふたりとこうして暮らしていて、情なんて移るはずねえなって思っていたけど時間の流れって不思議だ。
ふたりが意地の張り合いに行くのを心配する私がいるんだもん。
人間変わるもんだな。

「マジでやらかすだろうからベランダから吊るす準備もておくかな」

ネットで頑丈なロープ買っておいてやるか、なんて現実逃避をしながら呟くと私だけになった家にやけに響いた。
数日後、何が起こったのか私はテレビや新聞の報道で知るし、なんなら十年後はふたりは顔見知りたちと知らない人間がいない犯罪組織を立ち上げているし、私は相変わらず可愛い弟たちがやらかす事に締めたり吊るしたりするんだけど。
本当にいくつになってもオマエらなにかとやらかすよな、そろそろ大人しくしろ。


親戚のおねえさん
蘭くんと竜胆くんに帰ってきたら怒ってほしいと言われてしまった。
いやあのほんとオマエらやらかす前提で喧嘩しに行くんじゃねえよ。
けれど自分がどんなに手が出るの早くて少し強くても止められないのはわかっているので待っているしかできない。
三人に慣れたから寂しいんだよな、なんて絵を描きながらジムで体を鍛えつつ帰ってきたらどうしてくれようか蘭くんと竜胆くんを待つ。
ヒーローが何かを変えられたらまた違う未来が待っているんだろうけど相変わらず弟たちを吊るす日々が訪れるはず。

灰谷兄弟
寺野くんになにか言われたわけじゃないけどなんか今回帰って来れなさそうだなと感じたので予めおねえさんにお話をした。腹パンで済んだ。
そういう人種だから意地の張り合いに妥協はきっとできない。
おねえさんはくだらないって思っていても言わないし、わかってくれてるんだろうなって思ってる。
それでも帰ってきたらいつものように怒ってほしい、オレら好きでやらかすわけじゃねえんだよ、生きてる途中にやらかしちまって締められたり吊るされたりするだけで。
ヒーローが何かを変えられたらまた違う未来が待っているんだろうけど相変わらずやらかしてはおねえさんに吊るされたりして泣きながら謝る日々が訪れるはず。

2023年7月29日