「オマエのケータイ着信やばくねえか」
「だよね、一度電源落とすわ」
「何件?」
「蘭と竜胆から交互に五十は超えてる」
「こわ」
今日はいい天気だなぁ、雨だけど。
ずっと振動しているケータイの電源を落として鞄の底に入れた。
そんな私を見て明司は大きめの傘を広げると、どこ行くかと思案する。
何があったかいろいろ省略するけど、今私は明司とお付き合いしている。
出会いはお互い最悪だったと思うんだけど、何が起こるか人生わかんねえよな。
同年代ってこともあって話は合うし、ふたりだけか今牛や荒師の他の同年代がいると意外と心地がいい。
そもそも同年代と話をするってないんだよな、絵を描いて個展やイベントに出ても絵の話は合っても年齢に差もあるし、絵以外の話ってしないもんだし。
家でも蘭と竜胆が連れてくるのはふたりと変わらない年下ばかりだったし、つーかふたりが連れてきても話の前に何か起こって私が締め上げるっていう謎の流れができている。
瓦城がきっかけで連絡先渡されて、そこから発展したものではあるけれど、案外心地いいものだった。
さて今日なんだけど、明司からお誘いがあって所謂デートだ。
さすがにいつものラフな格好もなぁ、なんか違うしなぁ、って思って中途半端な長さの髪を湿気で広がらないようにセットして新しいワンピースとショート丈のレインブーツを卸したんだよ。
明司と合うと九割雨、小雨の時もあれば土砂降りの時もあるしなんなら晴れてたのに気圧が不安定で雨になる、さすが雨男、ここまで来たら褒めるわ。
ピアスも服に合うような華奢なデザインにしてみた、まあ三十路だし個展でもかっちりしたカジュアルなものばかりだったからこういうの慣れてないけど。
「室内がいいな、傘差してもらうのも悪いし」
「気にしなくていいぞ?まあでもせっかく綺麗な格好してきてくれたからなぁ、もったいねえか」
昼もまだだから近くの飲食店に入った。
喫煙と禁煙どうしますかと聞かれたけれど明司が答える前に喫煙でと答える。
「オマエ煙草嫌いじゃなかったか?」
「絵を描いてる最中はね、今日はそうじゃないでしょ。デートなんだし」
「……お、おう」
そういうとこだよほんと、なんて言われたけれどだってねえ?
絵を描いててそれに匂いが移ったら大変だし、劣化する原因にもなるからさ。
家でも蘭と竜胆は吸ってる時あるけど私の部屋じゃなければ文句言わないよ。
……いや、ふたりともなんだかんだ家じゃあまり吸わないな?ベランダか台所の換気扇の下だけで吸ってるわ。
まあふたりのことはいいか、そういやケータイどうなってるかな、後で見よ。
メニューを開いて何を頼むか目を滑らせる。
「あんまり食わねえだろ、軽くにしとくか?」
「気にはなるけどね、量多そうだとな……」
コーヒー頼むのは決まってるけどなあ。
ランチセットにしたらサラダもスープもついてくるけどさっきちらっと見た量は多分私には重い、無理。
どうしよっかな……だったらケーキセット食べた方がまだいいかな。
滅多に悩まないんだけどなー、うーん……
しばらくメニューと睨めっこをしていると、煙草を口にした明司がメニューを私から取り上げた。
「じゃあこうするか、オレはランチセット頼むからそのサラダとスープはオマエが食べる。で、オマエはケーキセット頼む。それでいいだろ」
「明司そんなんで足りんの?」
「別にサイドメニュー頼めば足りるよ」
それならお言葉に甘えようかな。
明司が店員さんを呼んで注文するのを見ながら鞄の底に入れていたケータイを取り出す。
電源をつけると、あっという間に埋まる着信履歴。
こっわ、何この量、私のケータイ大丈夫?
明司と待ち合わせしてここまでそんなに時間立ってないのにこの鬼電の数は何、おかしいんじゃねえの。
メールもたくさん入ってきてて、つい一分前に受信したやつはもはや本文書かれてなかった。
ホラーかよ、ケータイ使ったホラー映画増えてきてるからやめてほしい、ケータイ捨てたくなる。
注文を終えた明司は私のケータイを取ると、引いたように顔を歪めた。
めちゃくちゃわかる、とてもわかる。
「ちょっと借りんぞ」
「何すんの?」
「オレから一言言おうかと」
「あんまり刺激しないでよ」
無理か、明司が私のケータイで連絡する時点で地雷の上でタップダンスだったわ。
蘭も竜胆、どっちに連絡したかわからないけれど、明司は着信履歴の一番上に残っている番号を選ぶとそのままケータイを耳に当てた。
間髪入れず、向かい合っている私にも聞こえるどっちかのでかい声。
まともに鼓膜にダメージが入った明司はケータイを顔から離す。
『ねーちゃん!?』
『今どこいんの!?』
クソデカボイスかよ、びっくりだわ。
オマエ愛されてんなあ、とケラケラ笑う明司は煙草を灰皿に置いて口を開いた。
「オマエらの姉貴分なら今オレとデート中だよ」
地雷の上でタップダンスどころじゃなかったわ、銃撃戦真っ只中でブレイクダンスしてたわ。
途端に喧しくなる電話口、あっこれ収拾つかねえやつだわ、柄にもなく天を仰ぐ。
お待たせしましたーなんて店員さんが私のコーヒーと、明司の頼んだランチセットのサラダとスープが運ばれてきた。
ケーキは運ばれてくるタイミングをズラしてくれたみたいだから、そこんところの気の回し方はさすが明司だと思う。
先に食べてるよと言ってサラダとコーヒーに口をつける。
「安心しろよ、ちゃんと帰りは送ってくからよー」
『そうじゃねえ!!』
『ねえちゃんと一緒の時点で安心できねえから!!』
「こっちまで聞こえてるんだけど」
「このケータイこれ以上音量小さくできねえ?」
「多分それ最小」
「名前」
『おいコラ明司!!』
『軽々しくねーちゃんの名前呼ぶんじゃねえ!!』
サラダを頬張る私を明司が呼ぶ。
何?と顔を上げれば、あ、と大きく口を開いた。
ああはいはい、食べるのね。
トマトとレタスをフォークに刺して明司の口に運べば、満足そうにそれを食べる。
『今ねーちゃんにあーんされた気配がした……』
「見えてねえのにわかるの怖」
『ぜってーオマエ許さねえからな!』
「あーはいはい、暗くなる前には送ってくからいい子に留守番してろよ義弟たち」
『オマエは兄貴じゃねーから!!』
『ねえちゃん以外上はいらねえよ!!』
すげーな、タップダンスやブレイクダンスどころかもっと上の何かができるんだな明司って。
ぎゃあぎゃあと喧しいままの電話口を容赦なく切ると、電源を落として明司は私にケータイを渡した。
愉快そうに笑ってるけどふたりの矛先明司に行くのわかってる?止めないよ?
「おもしれーな、ムキになるところがまだガキらしくて」
「あんまり刺激するなっつったじゃん。自分でなんとかしてよ」
「そんな簡単にはやられねえよ。オマエどこか行きたいところあるか?」
「んー……どこでもいいよ、明司とだったらどこ行っても楽しいし」
「……ほんとそういうところだぞ」
だってそれは事実だからなあ。
はあ、と溜め息を吐いた明司の前に注文していたものが置かれ、なかなか食べ出さないので冷めるよと声をかけた。
灰谷兄弟の親戚のおねえさん
明司武臣とお付き合いしている世界線。
会う時いつも雨だからレインブーツ新調したり、撥水加工された上着が増えた。
蘭くんと竜胆くんに「明司と出かけてくるね」と声をかけてふたりがフリーズしている間に出てきたので着信凄いことになった。
まだ付き合って二ヶ月とかなんじゃないかな、知らんけど。
名前はここで初出し、変換しない時の名前は可愛らしい黄色の花から取りました、実は毒草。
if話ではたくさん名前を呼ばれると思いました。
明司武臣
おねえさんとお付き合いしている。
どうせならリードしたいと思ってるけどおねえさんの性格があんなんなのであまりリードっぽいリードはまだできてない。
オレに会うからって綺麗な格好してくれんの好きだわ、会う度雨なのはなんか申し訳ないけど。
地雷原でタップダンスしたり銃撃戦真っ只中でブレイクダンスできるレベルの煽りができそう。
最近の悩み、おねえさんがなかなか名前で呼ばない。
灰谷兄弟
おねえさんが武臣さんと出かけて行ったので慌てて鬼電した。
煽られた、許すまじ。
オマエの弟にはならねえから!!
でもそれはおねえさん次第。