もしも明司武臣とそういう関係になっていたら②

「……名前、名前」

「ん、む……」

「朝、オレ出ちまうから起きて」

「もうちょい……」

「見送りくらい頼むよ」

「んん……しょうがねーなー……」

今日はいい天気かな……窓の外見る前にちゅーされた。
満足そうに笑うもんだから文句なんて言えない。
武臣はもういつもの格好だ。
もう少し寝ていたかったけど見送りしてほしいって言うから昨日脱ぎ散らかした寝間着と下着を拾って身につける。
武臣と付き合ってから十年、変わったのはなんだろう、武臣と暮らしているのと、籍入れたところかな。
あの時は凄かった、入籍したのは八年前だけど何が凄いって蘭と竜胆が。
もういい年になるってのに他の人間がドン引きするくらいの駄々のこね方がやばかった、私も珍しくドン引きした。
けれど武臣だけじゃなくて私の意志もあったから、べしょべしょに泣きながら武臣に何かあったらぶっ殺すからな!と念を入れてた、凄かった。
語彙力なんてどっか逃げたわ。
入籍して間もなく武臣と暮らすようになって、お互い仕事もあるから顔を合わす機会はあまり変わらなかったような……まあしょうがないね、武臣は犯罪組織の相談役、私は一介の絵師。
どんなやつらに狙われるかわからないからって、個展やイベントは開くものの私はなるべく顔を出さないようにしている。
ちなみに子どもはいない、授かりものだし無理することねえし。
やることはやるけど。
肌寒いな、なんて思いながらベッドから下りれば薄手のカーディガンを渡されたので袖を通した。

「武臣帰り何時……?」

「何もなきゃ夕方には帰ってくる」

「ん……」

「飯食いに行くか、いつものところで待ち合わせしような」

「ん……」

「……起きてんか?」

「半分くらい……」

何もなきゃか、いつも何かあるような気もするな。
蘭と竜胆が報告疎かにして、三途がそれにブチ切れて、望月が尻拭いをし、九井が後始末に回り、鶴蝶が頭を抱えながら佐野に報告シなけりゃかな。
私にはやることが昔と変わらないように見えるんだわ、なんでだろ。
あとあれか、三途が私をお姉ちゃんなんて蘭と竜胆の前で呼んで蘭と竜胆がオマエのお姉ちゃんじゃねーよ!なんて身内だってのに喧嘩始めるか、オマエら一体いくつだ。
玄関に向かう武臣について行って、靴を履く武臣をぼんやりと眺める。

「最近オマエあんまり食わねえだろ、少しでも腹に入れてくれ」

「昼に病院行ってくるよ、酷いと吐くし」

「無理すんな」

「ん……武臣も気をつけて」

コートを着た武臣が身をかがめたのを見て、距離を縮めてそっと唇を重ねた。
いってらっしゃい、気をつけてね。
薬指にシルバーリングをつけた手で武臣がするりと頬を撫で、それから家を出ていく。
ぽつんと残ったのは私ひとり。
さて、スープくらい飲んで、病院の時間まで作業していようかな。
それにしても最近怠いしご飯食えねえんだよな、通ってたジムも行けてねえし、ただの風邪ならいいな。
そんなことをぼんやり考えながらのそのそと台所に向かった。

 

『……ねえちゃん、それマジ?』

「マジ。割りと動揺してるし他に話せる人いねえから蘭に連絡したんだけど」

『武臣には言った?あー……でもあいつ今ボスと三途と取引行ってんのか』

「もうすぐ終わるでしょ、それまで私も心の準備したくて……」

『武臣との飯の前に会おうか?モッチーと九井に押し付けて竜胆と行けんけど』

「ううん、話聞いてほしいだけ。そのまま蘭と竜胆も武臣に何するかわかんねえし」

『その通り過ぎて言い返せねえ。待って、竜胆も近くに呼ぶわ』

とっくに病院が終わり、病院の外のベンチで武臣の部下さんが近くにいるのを確認して医者に渡されたものを見下ろす。
明日市役所も行ってもらうもんもらってこなきゃ、とも思うけど武臣のことを考えるとどうすればいいのかわからない。
きっと世間一般から見ればめでたいことなんだろうけど、私だって嬉しいけれど、でも、武臣は?
あとぶっちゃけこの年であるとは思わなかった。
アラフォーだぞ、見た目は年齢より若く見えるかもしれないけどさ。
電話の向こう側で蘭が竜胆を呼ぶ声がし、私が蘭に話したことを竜胆に言う声もした。
一拍置いて、竜胆の叫ぶ声。
うるせえな、少し電話口を耳から離す。
部下さんが首を傾げたけれど、なんでもないですと言っておいた。

『ねーちゃん!それマジ!?』

「マジ」

『えっ、えっ、おめでとう?』

「ありがとう」

『つーかいいの?オレと兄ちゃんが先聞いちまって』

「武臣に話す前に心の準備がしたいから」

スピーカーにでもしてんのかな。
竜胆が近くにいる蘭以外の誰かに私が話したことを端的に叫ぶように言えば、同じように叫び声が聞こえた。
おい心の準備したいっつったのにそんなにでけー声で言うんじゃねえよ。
ぎゃいぎゃいと賑やかな向こうの声に少しだけ笑い、それから改めて蘭と竜胆と話をする。
もらった言葉は大丈夫、心配ない、それが大半だった。
武臣と私の立場を話しても、オレらがいるからぜってー平気!と間髪入れずに言われる。
そっかあ、大丈夫かあ。
蘭と竜胆が言うなら大丈夫かなあ。
大切な弟たちが言うんだもん、平気か。

『もしも武臣が難色示したらオレらがねえちゃん攫いに行くからさ』

『任せとけ、ボッキボキにしてやんよ』

「暴力沙汰はやめろ」

怒るところなんだろうけれど、そんなの気にならないくらい思ったよりも明るい声が出た。

 

取引から帰ったら灰谷兄弟がすげー顔をしていた。
その場にいた望月も九井もだ。
なんだなんだ、何かオマエらやらかしたのか。

「泣かせたら殺すからな」

「本気だからな、今回特に」

そんな灰谷兄弟の念押しに首を傾げていれば、望月と九井に背を押されるように早く帰れと言われる。
何事かと春千夜もやって来たが、入れ替わるようにオレはその場を後にした。
数瞬後、春千夜の叫び声が聞こえたが、なんなんだ一体。
すれ違ったボスと鶴蝶に声をかけ、名前と待ち合わせをしている店に向かうとする。
また後ろから叫び声が聞こえた、多分ボスと鶴蝶。
……ボスのそんな声あまり聞かなかったが、本当に何があったんだか。

「名前」

店に行けば、名前がぼんやりと水を飲みながら座っていた。
どこか緊張した面持ちだ。
武臣、と名前を呼ばれコートを脱いで名前の前に座る。
注文を聞きに来た店員にそれぞれ注文をし、何かあったかと名前に聞いた。

「あのさ……うーん……自分の口から言うのも、緊張するんだけど……」

「おう」

「……妊娠、しました」

「……は?」

煙草を咥えた口が思わず開き、煙草がぽろっとテーブルに落ちる。
今なんつった?
は?妊娠?
誰が?名前が?
体調不良で病院に行ったらそう告げられたと。
名前が鞄から取り出したのは診断書の入った封筒。
震える手でその中身を取り出して開けば、名前の言ってることがそのまま書かれている。

「体調悪いのもその徴候だったって……あー……うん、おめでただって」

「……マジか」

「うん」

「だから珍しくコーヒー頼んでねえのか」

「うん」

「……」

「……」

「……」

「……えっ、武臣泣いてない?」

「な、いてない!」

自然と熱くなる目頭を押さえ、伸ばされた名前の手を取って握りしめた。
そりゃ、授かりもんだと思ってた。
特別欲しいとは思ってなかった、それは名前だってそうだと思う。
いたら嬉しい、めちゃくちゃ嬉しい。
オレと名前の子ども。
いなくたって名前とふたりで過ごすのも嬉しかったってのによ。

「体、大丈夫なのか」

「今はね。健診に必ず来るように言われているくらい」

「……そっか」

「……私は、凄く嬉しいんだけど、武臣は?」

「嬉しいに決まってんだろ。……あ、まさかさっき向こう出る時に蘭と竜胆が念押ししたのって……!」

「武臣に話す前に心の準備したくてふたりに電話したけど」

そこはオレが先だろ!
思わずテーブルに突っ伏したが、それもそうだよなと冷静に思う。
名前は頭もいいし気遣いもできる。
子どもができたってオレの迷惑にならねえか心配でふたりに話をしたんだろうな。
オレの立場、名前の立場を考えて。
迷惑なわけねえだろ、一番の障害物になるあのふたりから奪い取った、恋した愛している女との子だぞ。
病院からここまで時間少なかったろうに、不安だったろうに、あのふたりに話すだけでこうも頼もしく言い出そうと思えるなんて、そこは名前と蘭と竜胆だからだろうか。
ちょっと嫉妬はする、旦那はオレ、ふたりは従兄弟。

「武臣?」

「ありがとう名前……」

「……こちらこそ、お互い新米パパとママだなー」

「おう……頼むから、心配だなんて思うな。そんなこと思うわけねえだろ」

「ん……うん……」

「泣くなよ」

ぽろぽろと泣き始めた名前に思わず笑えば、武臣だって泣いてたじゃんと返される。
そりゃそうだな。
帰ったらもっと言葉にして、行動にして伝えてやろう。
心配だなんて不安だなんて思わないように。


灰谷兄弟の親戚のおねえさん
明司武臣とお付き合いして入籍している世界線。
この度ママになった。
お互いの立場を理解しているから心配だったし不安だった、けれど蘭くんと竜胆くんに話して、武臣さんに話して杞憂に終わる。
生活スタイルはあまり変わらないけれど無理はしなくなる。
おねえさんの父親や、梵天の皆さんから盛大に祝われた、おめでとう。

明司武臣
おねえさんとお付き合いして入籍している世界線。
この度パパになった。
なんで旦那のオレすっ飛ばしてあいつら!?と思ったけどそりゃそうだなと納得。
蘭くんと竜胆くんが先に知ったのもそうだけど、幹部やマイキーくんが先に知ったってわかったらしわくちゃな顔するかも。
過保護とまではいかないけれどおねえさんの健康管理に一層気をつける、煙草も家では吸わなくなるし代わりにココアシガレットになる人。

灰谷兄弟
おねえさんから妊娠したと言われてびっくりした。
泣かせたら殺すからなっていうのはめちゃくちゃ本心、もしもがあったら無理矢理武臣さんからおねえさん攫ってた。
きっとまだ見ぬおねえさんの子には誰よりも甘くなる。

梵天の皆さん
マジか!!と叫んだ人たち。
三途くんも灰谷兄弟のようにまだ見ぬ甥っ子か姪っ子に甘くなる、というか全員おねえさんの子に甘くなる。
マイキーくんはあまり言葉にしないけれど、きっと誰よりもおめでとうと思っている。

2023年7月29日