「ねえちゃん!!」
「ねーちゃん!!」
「いやどちら様……?」
気がついたら生まれ変わっていた。
いや、なんでそんなことを言い出したのか聞いてくれ。
死んだことは覚えているんだ。
好きな空の絵を描いていたら死んだ。
なんで死んだか覚えていないし、苦しかったり痛かったりしなかったし、そもそも死ぬ前のことなんて覚えていない。
ただ、私は空が好きで、空を描くのが好きだったことは覚えている。
どんな人生だったかなんて知らない、けれど好きなものは覚えている。
絵が好き、空が好き、一番好きな色はは赤い蘭と青紫の竜胆、そして可愛らしい花の色。
自我がはっきりしたのは幼稚園くらいだったかな、それからはひたすら絵を描いていた。
幼稚園の先生が勝手にコンクールに出したり、それで表彰されたり、将来立派な絵描きになれる!なんて知らない大人に言われたこともある。
そんな立派なモンになるつもりはこれっぽっちもねえ、好きで描いてんだほっとけ。
母親が無理矢理私を絵画教室に通わそうとしたら父親がそんなことするなと喧嘩になって、結局離婚した。
私が母親のところに行くのは嫌がったから親権は父親、私は父親に似たのかな、口の悪さや手の早さとか。
オマエは好きに生きていいんだよと、とても大きく深い愛情を注いでくれる父親には頭が上がらない。
さて、冒頭に戻るか。
六本木に大きな画材屋さんがあると知って今日は足を運んだ。
資産家で心配性の父親から高校生に渡す額とは思えないお小遣いをもらい、高校生では買えない金額の画材を買って、父親にお土産何か買おうかな、そうしたところで知らない人たちに腕を引かれた。
黒と金のツートーンの三つ編みの人、金に青のメッシュの眼鏡の人。
ふたりとも私をねえちゃん?って呼んで泣きそうな顔をしている。
……いや、私ひとりっ子……知らない人……
同い年くらいかな。
余計にねーちゃんって呼ばれる意味がわからない。
「えっと……どこかで会いました……?」
「……うん、会ったことあるよ」
「……覚えてない?」
「ごめんなさい……」
こんなに印象に残りそうな人たちなら覚えていてもおかしくないんだけどな。
どうすればいいんだこれ。
困っていると、眼鏡の人が私の手を握り締めて離さないし、三つ編みの人はそっと触れてどこか嬉しそうにけれど泣きそうに顔を歪める。
「……名前、で合ってるよな」
私の名前だ。
こくりと頷けば、ふたりとも安心したように表情を緩めた。
いやほんとどこでお会いしました?
あまり地元から出ないんだけどな、全く覚えがなさすぎて逆に申し訳ない。
それかあれかな、従弟あたりの知り合いで、遠目に私を見たことあるとかかな。
……いやねえわ、こんな人たち見たら絶対忘れねえな。
「あのさ、もしこの後時間あんなら、どっかでお茶とかしねえ?」
「え」
「無理なら駅まで送ってく。それ重いだろうし」
えーどうしようこれ、何が正解かわかんないんだけど。
たくさん買い込んだから休憩したいのもほんと、けれど早く帰んないと父親が心配するのもほんと。
少し悩んでいると、三つ編みの人が私の鞄と紙袋を手に取った。
それに続くように眼鏡の人は私の背を押して歩くように促す。
えっ、えっ、これどっちになった?
「送ってくよ」
「駅まで話しよーよ、オレは蘭ね」
「オレ竜胆な」
蘭と竜胆。
私の好きな色だ。
ふたりに手を繋がれて、他愛ない話をしながらゆっくり駅に向かう。
くん付けしようとしたら止められた、そのまま呼び捨てにしてくれってさ。
ここら辺を仕切ってるんだって、ふたりは兄弟で蘭が兄で竜胆が弟。
意外だと思ったのは、ふたりが絵に興味があること、特に空の絵なんだと。
そこに食いついて熱くなったのはちょっと申し訳ない。
それからとある花が好きなんだってさ、私も好きな花。
いろんな偶然というかなんというか、そこまで話が合うのも不思議だなあ。
「あ、着いちゃったな」
「送ってくれてありがとう」
「はい、鞄と荷物。あとさ、名前の連絡先教えてよ」
「オレも。ねーちゃ、名前が迷惑じゃなかったらメールとか、電話したい」
「うん、いいよ」
鞄からケータイを取り出して、蘭と竜胆と連絡先を交換する。
少なかった連絡先が増えてちょっと嬉しい。
そんな私の様子を見て、ふたりも穏やかな表情をしていた。
地元までの切符を買って、改札に向かう途中で竜胆が声をかける。
「……気をつけて帰れよ」
「うん、またね」
「またなー」
真面目な顔の竜胆とは反対に蘭はへらりと笑って手を振った。
なんか不思議なふたりだったな。
ああやって声かけられんの苦手だけど、嫌な感じはしなかったし、むしろ楽しかったから。
あれだな、ふたりが話し上手なのかな。
さっそくふたりに送ってくれてありがとうとメールを入れれば、次は六本木を案内するよと返ってきた。
「……兄ちゃん、泣いてる?」
「泣かねえよ、オマエこそ泣いてんだろ」
「泣かねーし!……元気そうだったな、ねーちゃん」
「おう……よかった、元気で」