幸せは誰にでも平等である

ちょっと昔の話をしよう。
今世の従兄弟たちとの話。

「な、なあ名前ちゃん、名前ちゃん!!これはまずい!冗談キツいって!!」

「やめてえええ!!下ろせバカー!!」

「冗談でもなんでもねえんだよ。万次郎は人を馬鹿呼ばわりしたからしばらくそのままな。真一郎は連帯責任、万次郎ひとりじゃ可哀想だろ?エマ、下ろさなくていいから」

「う、うん……」

「うわあああああああん!!」

「嘘だろ名前ー!!」

今日はいい天気だなぁ、布団干すにはもってこいだよな。
父親が用事があるからと今日明日とで親戚の家に預けられた。
まあしょうがない、父親忙しい時もあるし。
初めて来た親戚の家は広がった、うちみたいな日本家屋、道場なんかもある。
親戚の家にいたのはおじいさん、真一郎、万次郎、エマの四人。
よろしくと頭を下げて父親を見送った、明日の夜に迎えに来るってさ。
客間を借りることになっていて、暇つぶしに持ってきたスケッチブックと色鉛筆を広げる。
何を描こうかな、いい天気だから空を描こう。
いくら前世があったことや絵を描いていたことを覚えていても、まだまだ子どもの私がその時のように描けるわけじゃないから練習も兼ねて。
下塗りから始めて大体の絵の構図を考える。
ゴロゴロと畳に寝転がりながら描いていると、ふと視線を感じて顔を上げた。
襖の向こうからこちらを覗く顔が三つ。
邪魔しないからと来たまではよかった。
何故、私が、静かに、絵を描いて、いるのに、そこで騒ぐ?
なんか前にもこういうことあった気がする。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた真一郎と万次郎の手が私にぶつかって、ちょうど筆圧強めに描いていた絵がびりっと、スケッチブックごといった。
あ、やべ。
そんな顔したふたり、そっから弁解も聞かずに外に物干し竿と干されている布団があったので遠慮なく簀巻きにした、そっから吊るした。
なんだろう、やってることに違和感ねえな。
びよんびよんともがいているけれど、物干し竿はしっかりしているし簀巻きも頑丈にしたから揺れるだけで何も起こらない。
あれだ、ポケットなモンスターで赤い鯉がしてたはねるってやつみたい。
そっかあ、ふたりはポケットなモンスターだったんだなーへー。
そんな騒ぎにおじいさんが来たけれど、ふたりのせいで絵が台無しになったからと言えば、頭冷えるまでそのままでいいだろうと、私の頭を撫でた。
おやつにしようかと、おじいさんに案内されてついて行けば、戸惑っていたエマもついてくる。

「大したものだな、あやつからは大人しい子だと聞いておったが」

「私は大人しくしてました」

「ウチ見てたよ。真兄とマイキーが悪い……かな?」

おじいさんが出してくれたたい焼きを頬張り、お茶を飲む。
びりびりになった絵は後ろからテープ貼れば描けるだろう。
ちょっとしわくちゃになったけれど、描くのは変わらない。

「名前、どうせなら道場でも見ていかんか」

「道場……」

「空手道場だ。興味があればでいい」

空手か。
前も体は鍛えていたような気もするし、気分転換に見に行くのもいいかも。
夕方に門下生たちも来て稽古をするらしいからそれを見学させてもらうことになった。
それまでは絵を描いていよう。
ご馳走様でした、と声をかけてまた客間に戻る。
何故かエマもついてきた。
私の歩くスピードについていくように少し駆け足。
ちょっと可哀想だったから待ってやれば嬉しそうに私の手を握る。

「お姉ちゃん、何描くの?」

「空の絵」

「他には?」

「いろいろ」

「ウチ描いて!」

なんて無茶振り。
客間でスケッチブックの新しいページを開いてそこに鉛筆でデフォルメされたエマを描く。
どうせならと今簀巻きにされている真一郎と万次郎もその隣に描けば、嬉しそうに笑った。
他にもおじいさん、私を描いて、猫やら犬やら動物、花や木も描き込めばもっと嬉しそうに表情を緩める。
色塗りは任せるよと色鉛筆を渡せば真剣な顔で塗っていく、可愛いな。
真剣なエマができた!と言えば立派な一枚の絵ができていた。
そのページだけ切り取って渡せば、いいの?と首を傾げる。

「いいよ。仲良しのしるし」

「ありがとうお姉ちゃん!」

そういえば、誰かに絵をあげたのは始めてかも。
前に誰かに描いてと言われたような気がするけどその時はどうしたんだっけ。
渡した覚えはないけど、描いたような気がする。
大好きな蘭の赤と、竜胆の青紫、私の黄色だったような……そんな気が……
そろそろ時間は夕方に差し掛かる頃、簀巻きにして吊るしていたふたりのところに行けば、私を見てまたびよんびよんと動き始めた。

「名前ちゃんごめん!気をつけるから!!ほら万次郎も!」

「こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛」

「……もうあんなことしないでよ」

本当にデジャヴが凄い。
ふたりを下ろして解放すれば、万次郎は真一郎の後ろに隠れた。
真一郎はごめんな、と私の髪をくしゃくしゃと撫でる。

「エマ何持ってんの?」

「お姉ちゃんにウチ描いてもらったの!あ、でもマイキー破くから見せてあげない!!」

「……破かない」

「ほんと?お姉ちゃんに誓える?」

「なんで私」

「……誓える」

「……じゃあ見せてあげる」

嬉しそうに万次郎に絵を見せるエマ、それを覗き込む万次郎と真一郎。
へえ、と感嘆の息。

「すげーな姉ちゃん」

「簡単にしか描いてないけど……」

「いやいや、十分凄いぞ。なあふたり共」

「ウチの宝物にするー!」

「ね、ねえ姉ちゃんオレも!オレも描いて!」

「オレも描いてほしいなー」

「……後で、なら」

こうやって手放しに褒められたり強請られたりするの、慣れない。
ちょっと恥ずかしくて俯けば、真一郎がぽんぽんと頭をもう一度撫でた。
それからおじいさんに連れられて道場に顔を出す。
真一郎はこれから集まり?があるらしくて出かけていって、万次郎とエマは道場着になって混ざっていた。
場地と名乗る男の子と仲良くもなったり、ちょっとだけ混ざって普段着のままだけど稽古もした。
とても新鮮な体験、でも何か足りないような気もしたけれど。
サンドバッグ?ミット?か何かを持った大人に促されて思い切り蹴りつければ歓声が上がって、ちょっとだけ楽しかった。


佐野家の親戚のおねえさん
父親の仕事の都合で一泊だけ佐野家にお世話になった。
絵をびりびりにされたので真一郎くんと万次郎くんを慣れた手つきで簀巻きにして吊るした。
なんか、誰かを吊るすのしっくりくる。
エマちゃんに絵を描いたらめちゃくちゃ懐かれたし、自然と佐野家に馴染んだ。
もしかしたら今世は空手を極めるかもしれない。
……おっと、約二名がどこかで身震いしたような。
年齢差としては万次郎くんの三つ上。

佐野家の皆さん
親戚のおねえさんが泊まりに来た。
やらかした真一郎くんと万次郎くんが吊るされた、はねるを使った、しかし何も起こらない……
万次郎くんは無敵のミノムシらしいですね。
絵を描いてもらってエマちゃんご満悦、その絵はこれから先ずっと大切にされる。
今後も仲良くしていくし、誰も死なない世界線なので原作軸でも真一郎くんは元気。
万次郎も繋がりで東京卍會の創設メンバーとは関わりがちょこっとあるかも。
オレの姉ちゃん!めちゃくちゃすげーの!!
どんな意味で凄いのか詳しくは話さなかった。

2023年7月29日