幸せはいつだって変わらない

「あれー名前じゃん、どうした?」

「えー……めちゃくちゃ泣きそうな顔してる」

「……の、……き…………た……」

「ん?」

「え?」

「あの、クソガキ、絵を台無しにしやがった……」

地を這うような低い声に思わずオレと竜胆が姿勢を正した。
珍しく連絡なく六本木に来てんなーと思って声をかけたらこれ。
多分そのクソガキは従弟だろうな、ここまで何で逃げ込んだの?バイク?名前は?電車?執念深いな絵のことに関しては。
どう台無しにされたのか聞いたら、仕上げ前の絵を仲間に見せに無断で持ち出して、そのまま喧嘩して、見事にぐちゃぐちゃになったんだと。
そもそもなんで絵が従弟の家にあるのか聞いたら、従妹のオネダリで泊まりに来てたんだってさ、仕上げなきゃいけない絵があるからそれを持っていってもいいかと聞いたら従妹はいいよと答えたらしい。
仕上げは夜にすることにして、客間に置いていたらなくなり、持ち出した従弟を探しに行ったらちょうどぐちゃぐちゃになった絵を持つ従弟とその仲間にばったり会って、あろうことか逃げ出した。
……すげーな、従弟。
オレらならその場で謝るのにな、じゃないと後でもっと痛い目に遭うのに。
無敵は伊達じゃねえんだな……オレら絶対無理、ほんとに。
泣いてはいないけれど、泣きそうなくらい顔をぐしゃぐしゃに歪めた名前を慰めながら竜胆と顔を見合わせる。
竜胆はケータイを取り出すと、どこかへ連絡し始めた。
従弟目立つもんな、すぐ見つかんだろ。

「まさかと思うけど、従弟んとこに持ってくくらいだからコンクールか何かに出したりする?」

「蘭はよく知ってんね……そう、コンクールに出すやつ」

ほら見ろ、じゃなきゃ名前はわざわざ追っかけたりしねえよ。
仕上げの道具しか持ってきてねえんだろうから描き直すなんて無理なんだろーなー。
竜胆が連絡している間、自販機で缶コーヒーを買って名前に渡す。
止める真似なんかしねーよ、止めたらこっちも何されっかわかんねえから協力するに限るんだわ。
無敵からの報復をとるか、名前からの八つ当たりをとるか、そりゃあ……名前と比べたら無敵からの報復の方がマシ、名前には泣かされる未来しか見えねえもん。

「こっからそんな離れてねえところにいるってよ。なんか、隠れてる……らしい……」

「うわ……マジじゃん……」

「行く、どこ」

「案内するよ」

「あー……きっと悪気なかったと思うから、手加減してやんなー?」

「は?勝手に持ち出した時点でアウトだろ」

「……うん、オレもそう思う」

「……だな」

吊るされんのかな、締められんのかな、ちょっと物見遊山がてら福寿について行こう。

 

「ごめんなさいごめんなさいお願いだから姉ちゃんケンチンをそんなに締めないであげてください!!」

「折れる!折れます!!足が!ぜってーこれ変な方向向いてる!!」

「待って場地生きてる!?ねえぴくりとも動かねえんだけど!!」

「オマエに他人を気にする暇ねえだろ〆はオマエだ」

「ひい……」

阿鼻叫喚だこれ、ただの惨劇。
しかもそれが名前が生み出している、ただの恐怖でしかねえ。
思わず兄ちゃんに抱きつけば兄ちゃんもオレに腕を回した。
逃げ込んだ東卍を見つけた時の名前は早かったの。
止める暇なんてねーよ、そんだけ早いし止めたらオレらもやられるし。
まず、壱番隊隊長の場地が犠牲になった。
ねーちゃん今回何で体鍛えてんの?って思うくらいのマイキー顔負けの飛び蹴りだけで場地を沈めた、可哀想……衝撃に備える暇もない。
それから副総長のドラケン、今やられてる、現在進行形でエビ固めされてる。
ギブギブ!!と地面を叩くドラケンに耳すら貸さねえ、それどころか次の〆であるマイキーに死刑宣告とも取れる言葉を突きつけた。
お、恐ろしい……絶対今回ねーちゃんパワーアップしてんよ、やべーよ。
ガクガクブルブルと震えるマイキーは逃げる気もねえのか、それとも他のふたりを見捨てらんねえのか、ただ目の前の惨劇に震えるしかできてねえ。
羨ましいだなんてこれっっっぽっちも思ってねえよ!?オレらは名前と穏やかに過ごすの!!絶対にだ!
最後に名前が力をありったけ込めて、ドラケンが聞くに絶えない悲鳴を上げたところでドラケンの番は終わった。
ゆらりと名前が立ってマイキーを見る。
ぶっちゃけ泣かされるであろうマイキー見に行くかーくらいの軽いつもりだった、無理だった、同情しかない。

「べ、弁解の余地を!弁解させてください!!」

「ふーん……してみろよ、私の目ェ見て」

「う……うう……」

「ないな」

「いやあああああああああ!!」

それからも酷かった。
もう無敵の称号はマイキーから名前にあげていいと思うくらいには。
まず場地にやったように飛び蹴り、次にドラケンにやったようにエビ固め、最後にチョークスリーパー。
すげーなフルコースじゃん、制覇おめでとうマイキー。
どのくらい惨劇続いたんだろうな、気がつくとその場で名前に締められた三人は綺麗な正座で頭を下げていた。

「本当にすみませんでした」

「オレらが悪かったです」

「誠に申し訳ありません」

「オマエら次はねえからな、何度私にこの言葉言わせんだ」

「お、おーい名前ー……」

「も、もうそのくらいにしてやんな……?」

「だって!このクソガキ共!!学ばねえんだもん!!」

あまり声を荒げない名前が声を荒らげている。
前にそんなねーちゃんを見たことなかったからびっくりしたけど、悔しそうにぽろぽろと涙を零す福寿を見てそんな感想はどっか行った。
前に静かに怒っていたのは年上で大人だったからだろうな、今はオレと兄ちゃんと同い年の、普通……普通?の女の子だし。
わんわんと泣き始めた名前を慰めるように抱きしめて背中を摩ってやる。
兄ちゃんもよしよしと名前の頭を撫でた。

「ほら、名前の絵は綺麗だからマイキーは見せびらかしたくなったんだよ」

「勝手に持ち出した挙句ぐちゃぐちゃにしたのは悪ィけど、悪気は本当になかったんだと思うぜ」

きっとオレらが一番初めに絵をぐちゃぐちゃにした時も、見えないところで泣いてたんだろうな。
その時は今のオレと兄ちゃんみたいに慰めたり宥めたりする人もいなかっただろうに。
ほんと、ねーちゃんはずっと強かったんだな。

「姉ちゃん、本当にごめ、ごめんなさい」

「知らない!万次郎嫌い!!」

「や、やだ……嫌いって言うなよぉ……」

惨劇が一気に修羅場になった。
オレに泣きつく名前と、名前に泣きつくマイキー。
どうすりゃいいの?ねえ名前こんなに泣く子だったの?マイキーまで泣くなよ収拾つかねえじゃん。
とりあえずオレと兄ちゃんがその場を沈め、先にマイキーとドラケン、場地がバイクで帰って行った。
場地は一緒に帰るか?と名前に聞いたけど名前は首を横に振ったので、落ちつくまでオレらが預かる。
まあ今日はマイキーのとこに泊まるんだもんな、後で送っていこう。


万次郎の親戚のおねえさん
コンクールに出す絵をぐちゃぐちゃにされたので万次郎くんとドラケンくんと場地くんが逃げ込んだ六本木まで追って来た。
一通り締めた後で泣き出して蘭くんと竜胆くんに慰められる。
やることは普通じゃないかもだけど感性は普通の女の子ですもの、泣く時もある。
この後蘭くんと竜胆くんのバイクで佐野家に送ってもらった、その後も一悶着あったとかなかったとか。

灰谷兄弟
あ、六本木にいるの珍しいなーと思ったらおねえさんの従弟のやらかしっぷりに真っ青になった。
惨劇を見納め、修羅場をなんとかし、泣き出したおねえさんを必死に慰めた。
感情的になって泣き出すの見るのは本当に初めて、前もそうだったのかと思うと罪悪感しかない。
この後バイクで佐野家におねえさんから送り届けた。
でも弱いところ見せてくれて、泣きつかれるのは悪くねえなって思ってる。
夜におねえさんからごめんねと電話が来たので気にすんなよと声をかけた。

佐野万次郎
オレの姉ちゃんの絵見て!すげーキレー!!とみんなに見せに行ったはいいものの、喧嘩になって絵がぐちゃぐちゃになって六本木に逃げ込んだけどあっさり見つかって締め上げられた。
本当に悪気はない、ただ姉ちゃんすげーの!って自慢したかった。
嫌いって言われて泣いた、一緒に帰ってくんなかった。
この後佐野家でも一悶着あって、仲直りした。

ドラケンくんと場地くん
おねえさんの絵綺麗だなーって見てたら喧嘩になって、絵がぐちゃぐちゃになってしまった場に居合わせてしまった。
逃げたけれど逃げられず締められたし飛び蹴りされた。
後日おねえさんに改めて謝りに行く。

2023年7月29日