灰谷蘭をお祝いする

あー……そわそわしてんなぁ……
なんて思いながら兄ちゃんを見る。
ねーちゃんはそれを見ないふりしてるし、まあわかるけどさ。
明日は兄ちゃんの誕生日だ。
思えばねーちゃんと誕生日過ごすの初めてかも。
兄ちゃんがいない間にこっそりねーちゃんに「兄ちゃん誕生日だけどなにかすんの?」って聞いた。
ねーちゃんは「蘭には黙っててよ」と釘を刺すだけだったけど。
何すんだろう……
兄ちゃん羨ましいなーって思ったけどオレの誕生日はまだ先だ……
毎年伯父さんから祝ってもらっていたけど、その場にねーちゃんいなかったんだ。
まだねーちゃん会社で働いていて忙しかったから。
両親から祝ってもらったのはいつが最後だろう。
ガキの頃は祝ってもらっていたけれど、ここ数年は生活費として口座に振り込まれる金額がちょっと多かったり、簡素だけどメッセージカードが届いただけだったかな。
どこか店に連れ出して面と向かって祝ってくれたのは伯父さんだけ。
ねーちゃんからは伯父さん伝手におめでとうって言ってもらってた。
でもほら、今年からはねーちゃんうちにいるからさ。
兄ちゃんがそわそわすんのわかるかも。
ただ、せめてもうすぐ誕生日だよねの一言くらいかけてやって、そわそわしてるし最近は一日が終わると「ねえちゃん何も言わなかった……」って落ち込んでんから。
とまあ、そんなこんなで兄ちゃんの誕生日当日。
ねーちゃんからは昼は適当に時間潰しておいてと言われたので天竺のやつらにも声をかけて昼間は天竺のメンバーで兄ちゃんの誕生日を祝うことになっている。

「で、姐さんからは何も一言も言われてねえから落ち込んでんのか」

「毎年祝えぐらいの勢いだった蘭がなぁ」

「ほら、これオレとイザナからな」

「……サンキュー大将、鶴蝶」

「うわめちゃくちゃ落ち込んでんじゃん」

お手頃価格のファミレスの一角を陣取って各々が兄ちゃんに声をかけた。
こっそり斑目が実際姐さんどーなの?と聞いてきたから準備しているみてーだよと答える。
もちろん兄ちゃんに聞こえないように。
モッチーや斑目からもらったプレゼントを抱えて「ねえちゃんからもおめでとうがほしい……」と項垂れる兄ちゃんには見えねえだろうけど、全員がまあ姐さんだもんなぁと苦笑した。
そう、相手はねーちゃんだ。
絵師という人間はみんながみんなそうだとは思わねえしわからねえけど、余程のことがなけりゃ言葉に表すのは苦手な人。
……まあ、毎回なにかやらかして怒られてるって時点でオレら余程なことやってんけど。
ねーちゃんオレには言ってくれたけど、ちゃんと家でケーキもいつもより手の込んだ飯も作って待ってるってさ。
天竺のやつらも来るでしょ、と言われたから兄ちゃんには言ってねえけどこの後はいつものメンバーも来る予定だ。
ムーチョは予定が合わないってんで来ねーけど。

「ま、まあまあ、今はオレらで祝ってやんからさ」

「そうだな」

元気出せよらしくねーなとモッチーに背を叩かれて兄ちゃんが顔を上げる。
……多分これ、オレと兄ちゃんのふたりだったら兄ちゃん泣いてたな。
蘭の分はオレらの奢りなー、と大将が言って兄ちゃんがやけ食いをするように好きなモンを片っ端から注文していくのを見て、あれ、兄ちゃん夕飯ちゃんと食えるかなと少しだけ心配した。
ねーちゃんが作ったモンなら残さねえだろ。

 

大将と鶴蝶、モッチーと斑目を連れて家まで帰ってきた。
いや、まあ、楽しくなかったわけじゃねえよ?
ただ今日までねえちゃんから何も言われなかったからちょっと落ち込んでんだけ、何もねえのちょっと傷つくじゃん……
ただいまぁ、と玄関に入れば竜胆も続くようにただいまと声をかけ、大将たちはお邪魔しますと声をかける。
ふと、鼻を擽るいい匂いがして顔を上げた。
ひょこ、と廊下に顔を出したねえちゃんがおかえり、いらっしゃいと言えば竜胆がほら早くとオレの背を押す。
急かされるように廊下を歩き、リビングに入ればダイニングテーブルに所狭しと料理が並んでいた。
……えっ?

「早かったね」

「おー、ねーちゃん聞いてよ。兄ちゃん朝からずぅーっと落ち込んでんの」

「は?なんで?」

「えっ、いや、なんでってなんでぇ?」

ちょっと待て、もしかして……!
ばっと振り返ればにやにやとするオレ以外のやつら。
ねえちゃんに向き直れば、手ェ洗ってからなと言って台所へ。

「……まさか、オマエら知ってた……!?」

「当たり前だろ、ねーちゃんが何もしないわけねーじゃん」

「オレも思った。おねえさん、オマエには言わなかっただけだろ」

「つーかそこまで余裕ねえのらしくねーじゃん」

「ほら主役、オマエから手ェ洗え」

「あ、姐さん何か手伝います」

されるがまま手を洗うように促され、もらったプレゼントを部屋に置き、早くと手を引かれてダイニングテーブルにつく。
……えっ?
ぽかんとするオレをそっちのけにして、他のやつらはねえちゃんの手伝いをしたり、先につまみ食いしたり、なんか自由だな、オレが言うのもあれだけど。

「姐さん何これ!?」

「パエリア、斑目皿並べて」

「姐さんこれは!?」

「カルパッチョ、望月コップ出して」

「ねーちゃんなんでそんなに作れんの!?」

「一部買ってきたのもあるけど」

「おねえさんここにある唐揚げ食っていい?」

「食いながら言うなよ黒川」

「姐さん!これシャンパン……!?」

「いやシャンメリー……ひとり一本あるからそんな顔すんなよ鶴蝶」

やべー!!なんて盛り上がっている。
でも確かに今日の夕飯やべー。
えっ、こんなの家で作れんの?
ねえちゃんこんなん作れたの?
一部買ってきたって言ってたけど、買ってきたやつどれ?
きょとんとしてたらいつの間にか夕飯になって、全員食べ終わっていた。
えっ、何が起こったのか蘭ちゃんよくわかんない。
めちゃくちゃ美味いのはわかったけどよくわかんない。
パエリアめちゃくちゃ美味しかった……

「蘭、コーヒーでいい?」

「あ、うん」

「ねーちゃんのケーキだ!!」

「姐さんマジで作ったんスか!!」

「苺たくさん乗ってる!!」

「チョコプレートある!!」

「ロウソク数字のやつだ」

夕飯が終わって、一息ついた頃にねえちゃんが冷蔵庫からケーキを出した。
シンプルなホールケーキ、たくさん苺が乗っているし、チョコプレートにはオレの名前が書いてあって、たくさんロウソク立てるのかと思ったら数字のロウソクで。
えー、めちゃくちゃシャレてんじゃん!!
ここでオレもテンションがやっと上がってきて、やっとねえちゃんがオレのためにいろいろやってくれたんだと理解できた。
人間ってすげーなぁ、何が起こったのかわかんねえとショート起こすんだなぁ。

「あ、私部屋に取り行くモンあるからちょっと待って」

「ねーちゃん火ィつけていい!?」

「いいよ。……竜胆、そのライターは何」

「あっ!あ、いや……!」

「……」

「……」

「今日だけだからな」

「はい……」

どうやら竜胆のポケットから出てきたライターに何か言おうとしたみたいだけど、ねえちゃんは見逃してくれたらしい。
モッチーと斑目が馬鹿姐さんの前でやっちまったらシャレんなんねえだろ!とねえちゃんがリビングを出たのを見てから竜胆に囁く。
それな。
さっさとロウソクに火をつけると、竜胆は気をつけよ……なんて呟きながらライターをポケットに戻した。
一度部屋に行ったねえちゃんは、手に何か大きな包みを持って戻ってくる。
黒い袋に赤いリボンでラッピングされたやつ。

「蘭、誕生日おめでとう」

プレゼントを手渡して、そっと頭を撫でて、ねえちゃんはねえちゃんにしては珍しく穏やかに微笑んだ。


親戚のおねえさん
蘭の誕生日?もちろん覚えているしわかっているよ。
言ったらつまらないかなって思っていただけ。
カルパッチョとかサラダとかは買ってきた、あとはレシピ見て作った夜ご飯。
ちなみに蘭くんに隠れてこそこそプレゼントの準備をしていた人。

灰谷蘭
ねえちゃんに何も言ってもらえなかった……と落ち込んでいたらまさかの準備万端な様子にスペキャ状態だったけどめちゃくちゃハッピーになった!
ねえちゃんなんでこんなん作れんの!?
うわプレゼントめちゃくちゃかっけーんだけどぉ!!
おねえさんからのプレゼントはフルフェイスのヘルメット、おねえさんが慣れない塗装で蘭の花を描いたもの。

灰谷竜胆
兄ちゃん目に見えて落ち込んでんなぁ……でもねーちゃん準備してっから言うのもなぁ……ある意味もどかしい立場だった。
ねーちゃんに祝ってもらえんの羨ましい!!オレも!オレも誕生日は祝ってね!!
蘭くんへのプレゼントは蘭くんが欲しいと思っていたシルバーアクセサリー。

天竺メンバー
姐さんが何もしないわけねえんだけどな……と思いつつ去年はオレ誕生日!祝えよぉ!ってテンションの差が激しくてちょっと面白かった。
武藤くんは不在、いたら美味しいご飯とケーキ食べれたのに……
ちゃんとおねえさんのお手伝いをするいい子たち、一応、つまみ食いしてたけど。
イザナくんと鶴蝶くんからは好きな物買えよーってそこそこな額の商品券。
望月くんからは靴。
斑目くんからはバイク乗る時にってウインドブレーカー。
蘭くんも竜胆くんもおねえさんに祝ってもらえるの羨ましい……ご飯とケーキは美味しくいただいたしお泊まりしていった。

2023年7月29日