もしも呪いの世界と交わっていたら①

「ぜひ私に力を貸してほしいんだ、あなたは選ばれた人なんだから」

「ねーちゃんに気安く触ってんじゃねーよ」

「胡散臭ェ宗教なんてお呼びじゃねーんだよ」

「私はオマエら全員お呼びじゃねーんだよ個展の邪魔ださっさと帰れ吊るすぞ」

今日はいい天気だなぁ、憎たらしいくらい快晴だけど今日のこの個展はどろどろの嫌な雰囲気だ。
いつも通りのはずだった。
人気の少ないギャラリーでうわなんかキモい変な生き物に見えない生き物がいるってドン引きしなければ。
そこに弟分たちと同じ年齢くらいのお坊さんいなけりゃ。
私の目線に合わせるように屈んで私の手を取らなけりゃ。
そろそろ昼飯行こうぜーって弟分たちが来なけりゃ。
その弟分たちもギャラリーにいる変な生き物にうっわキモなにこれってなんなきゃ。
ねーちゃんから手ェ離せよと竜胆が凄み、蘭が私とお坊さんの前に割り込む。
蘭と竜胆が変な生き物をちらちら気にしているのを見て、絶対これ見えちゃいけねえ類のもんだよななんて頭の片隅で思った。
え?何?『ぎれぇ』?ああ綺麗?絵が?ありがと。
見た目はアレだけどそういう感性があるのはびっくりだ。
ついでにどれが一番綺麗か聞いてもいい?あ、これ?力作だから嬉しいわ。
お坊さんに手を握られたまま変な生き物と話していればねえちゃん危機感!と蘭に怒られた。
危機感くらいあるっつーの。

「今なら見逃してやっからさっさと帰れ」

「生憎オレらは説法なんていらねーの」

「ねーちゃんいりゃいらねーし」

「それな」

「今は蘭も竜胆もいらねえかな」

「なんでねーちゃんそういうこと言うの!?」

「オレらこんなにねえちゃん必要なのに!?」

うるせーな。
なんでなんでとふたりが私の肩を揺さぶる。
やめろ目が回るだろ。
そもそも変な生き物がなんなのか気になるしこのお坊さんの言ってる意味もわかんねーし。
はー、と思わず大きく息を吐くとお坊さんは説明しようかとにっこり笑う。
なんかあんまり会ったことのない人種だな。
宗教関係の人間に会ったことがないわけじゃねえけどさ、大体そういうのは蘭と竜胆が追っ払ってくれるから。
私の周りにいんの反社ばっかだし、というか半反社っぽいし、私。
私の絵が犯罪組織の財源になるとかウケる、ウケねえけど。

「お坊さんはあの絵をお買い上げでよろしいですか」

「えっ」

「だって変な生き物はお坊さんの連れでしょ、そのお連れ様があれがいいって指したからあれお買い上げでお間違いないでしょ」

「えっ」

「あれこの中のやつでは一番の力作なんで大体値段はこんなもんですかね」

もうさっさとこの状況終わらせたい、いつまでも蘭と竜胆に揺さぶられんの嫌なんだけど。
いつまで経っても私の肩を揺らしてねえちゃん!ねーちゃんってば!と耳元で声を上げるふたりの足に蹴りを入れて、お坊さんの手を払って近くのテーブルに置いてあった電卓を叩く。
イライラして電卓叩く手が強くなったのはご愛嬌だ、ちょっとミシッていった。
ん、とその電卓をお坊さんに見せれば、えっこんなにするの?と少し顔色を変える。
ちゃんと九井に教えてもらってるしね、私の絵の相場は。

「えっ……」

「私としてはこの半分くらいの価値かなって思ってるんですけど知り合いの金銭関係強いやつはそんなに下にするなって凄い剣幕なんですよね」

おら買えよ。
お坊さんはその金額の叩き出された電卓と、『ごえぎれえ』と何故かご満悦な声を出す変な生き物を見比べ、それから私の顔を見て小さな声で「買います……」と言った。
そんな私たちのやり取りを見て足を押さえて蹲っていた蘭と竜胆は「お買い上げあざーっす!」とニヤニヤ笑いながらその絵に売約済みの札を貼る。

「……カードって使えますか」

「ご住所にお買い上げいただいた絵と振込用紙送るんでこちらに記入どうぞ」

そもそもカードで買える値段じゃねえんだな。
テーブルに案内して契約書やら送り状やらを並べ、簡単に説明をした。

「ねえちゃんウケる、勧誘来たやつに絵を売りつけてやんの」

「宗教勧誘に来て一番たけー絵を買うのどんな気持ち?」

なんでそこで煽る?オマエらもうアラサーだろ子どもか。
椅子に座った私の後ろでお坊さんを煽る蘭と竜胆をじとりと睨むと、ふたりはさっと顔を逸らす。
次やったらオマエらが商品な、オブジェだオブジェ。
値段はお手軽な500円。
契約書にサインをして、送り状を書き終えたお坊さんから諸々の用紙を預かり、その場で契約書の控えと私の名刺を渡した。

「名前さん……」

「何かご不明な点がありましたらそこの番号へどうぞ、日中は応じられるので」

蘭が私にクリアファイルを渡してくれたので、それに契約書と送り状を入れてからまた蘭に渡す。
ふたり揃ってそれを覗き込み、お坊さんの名前を見て「なんて読むの?」「なつあぶらじゃね?」「いやげーゆかもよ」「馬油の亜種かよ」とヒソヒソと話し始めた。
いやなつあぶらもげーゆも違うだろ、げとうって読むんだよ。

「今日を含めて後三日間、個展を開いているので絵をお送りするのはそれからになります。来週には振込用紙も届くので、届きましたら記載されている期日までお振込みをお願いしますね」

「あっはい」

「以上でこちらからの案内は終わりになります。本日はご来場いただきありがとうございました」

言外に帰ってどうぞ、と伝えれば竜胆がにまにまと煽るように笑ってギャラリーのドアを開ける。
お坊さん、夏油さんはぽかんと呆気に取られた表情を一瞬浮かべると、また来ますねと言い残して変な生き物と連れ立ってギャラリーを後にした。
……なんか、変な人だったな。
あー変に疲れたわ、ゴリ押しの押し売りをしてしまったけど、ああでもしないとキリなかったし。

「ねーちゃんとうとう変なやつ引き寄せるようになった?」

「いやあれおかしいでしょ、さすがにやばいと思った」

「オレも見んの初めてだなー、竜胆は?」

「いやねえよ」

「だよなぁ」

「……塩撒いとこう」

塩なんてギャラリーに置いてないけど、明日もあるから持ってこよう。

 

なんて思っていたけどまさか次の日来るとは思わねーじゃん。

「こんにちは名前さん」

「……こんにちは」

「今日は弟さんたちいないんだね」

まあ今日は三途とスクラップ行きたくねえって駄々こねながら仕事行ったからな。
昨日の袈裟姿とは違ってラフなスウェット姿の夏油さんは椅子に座っている私の前に向かい合うように腰かけ、昨日のようにニコニコと読めない笑顔で私を見る。
さりげなく視線を逸らして夏油さんの周りを見るけど、あの変な生き物はいない。
きっと蘭と竜胆が三途に話してるんだろうな、ヤクキメてねえのに変なの見えたーって。
多分三途はキメても見えねえよ!ってキレる、現在進行形かもしんない、合ってたら夕飯奢ってくんねえかな、三途の金で。
普段思わないようなことを考えてる自覚はある、これ現実逃避。

「勧誘ならお断りですけど」

「ふふ、それは犯罪組織と近しいから?」

「……なんのことかさっぱり」

「灰谷兄弟の蘭と竜胆、昔はやんちゃして六本木のカリスマなんて呼ばれていたみたいだけどまさかその六本木のカリスマが今は梵天なんて犯罪組織の幹部になっているなんてね。あなたはその梵天の資金源として絵を描いているんだろう?もったいないなあって、あなたも灰谷兄弟も、選ばれた人なのに」

「あっもしもし蘭?竜胆も一緒?昨日来たどこぞの教祖っぽいのが来てるんだけどどうすればいい?」

「なんでそこで連絡するかな!?」

「怪しい人間に絡まれたら連絡しろってうるさく言われてるから」

ちなみに本当に蘭に連絡しました。
電話口の蘭はひっくい声で『は?』と呟き、それから聞き慣れてしまった何かの破裂するような音が聞こえ、今行くからと電話は切れた。
切れる直前に竜胆が『はァ!?』と声を上げていたような気もする。
簡単に通話の終わったスマートフォンをポケットに入れ、それから視線は夏油さんへ。
夏油さんはわざとらしく大きな息を吐いて困ったように眉を下げた。

「夏油さん、その名前はあまり軽々しく出さない方がいいですよ。あとそのために私が絵を描いているって言われんのめちゃくちゃ不愉快、自分が好きだから描いているんで」

「不愉快にさせたらごめんね」

「あと年下のくせに礼儀がなってねえのが腹立つ」

「……そんなに離れてる?」

「蘭と竜胆とは十歳違いますけど?」

「……すみませんでした」

おお素直、蘭も竜胆も三途も見習ってほしい、こういうところだけ。
さっさと帰ってくんねえかな、本気で殺る気な蘭と竜胆が来る前に。
呼んだのは私だけど。
はあ、と息を吐くと夏油さんはこういうの見たことなかった?と昨日の変な生き物よりひと回りくらい小さな変な生き物を手のひらに出した。
気持ち悪い見た目だな、こんなの頻繁に見えてたまるか。

「呪霊って言ってね、まあ猿には見えないものだよ」

「猿……」

「そう、何の力も持たない非術師のこと」

「非術師……」

まったくわからん。
じゅれいって何、漢字わからねえよ。
霊って漢字はありそう、なんだ見えちゃいけないやつだな、それだけはわかる。

「私はね、非術師は残らず殺して呪術師だけの世界になればいいと思ってるんだ」

「はあ……」

「あなたも、弟さんたちも、非術師に埋もれてしまうのはもったいない」

「はあ……」

「まあ梵天の幹部陣は見えているみたいだけどね、ピンクの髪の男が昨日ギャーギャー騒いでいたから」

もしかしてヤクキメた三途では。
多分見えたからギャーギャー言ってるんじゃなくてヤクキメたからギャーギャー言ってたのでは。
いいんだか悪いんだか。
ところで一言言っていい?なんて宗教?
まだヤクキメた三途が佐野の何が素晴らしいのかってハイテンションで語ったり三徹の九井がイヌピーってやつの話をしていたりする方がまだ楽なんだけど。
知らん単語ばっか並べられても困る。

「ぜひ名前さんと弟さんたちの力を借りたいんだ、猿を殺すためにね」

「──まずはテメェを殺してやろうか?」

あっ、思ったより早かったな。
そう思った時には椅子に座っていた私の体は後ろから抱き上げられ、すぐに下ろされた。
私の前に立っているのは竜胆、夏油さんの後ろに蘭がいて銃を夏油さんに向けている。
蘭は正面の入口から、竜胆は裏口から入ってきたらしい。

「ねーちゃん何もされてねえ?触られてねえ?」

「向かい合って話をしてただけかな。蘭、ここでやんないで」

「吊るされたくねえからやんねーよ、多分」

不思議なのは蘭に銃口を向けられているのに平然としている夏油さんだ。
やれやれと肩を竦めると何もないかのように立ち上がり、困ったような表情を浮かべている。

「夏油傑、十年ほど前に立ち上げた新興宗教の教祖サマ。けっこーでっけー寺だったな、信者からそこそこいい額の金も寄付されてんし。ただあまり表沙汰になってねえけど行方不明になった信者もいんだよ、オマエ殺ってんだろ」

「うっわ、信者から金集めるだけ集めてポイッてか。オレらと似たようなモンじゃん」

「集めるだけ集めたら用済みだろう?そこは君たちもわかってくれると思うけど」

「私の前で物騒な話しないでくれる?知りたくねえんだけど」

「ごめんねえちゃん、今日だけ目ェ瞑って」

終わらせっから待っててー、と今日の夕飯を言うような軽い言い方の蘭に思わず溜め息をひとつ。
というかこんな状況に慣れてしまった自分にびっくりだ。
目の前でもしかしたら蘭と竜胆が人を殺すかもしれないってのに、やけに冷静な自分がいるしきっと殺ってしまってもしょうがないよなって感じる自分もいるんだろうな。
私もすっかりそっちの人間っぽい、自分は普通の一般人の絵師のつもりだけど。

「ねえちゃんの前だからこのままオレらの前から消えんなら何もしねーよ。これ以上何かしようと思ってんなら殺す」

「おお怖い怖い。愛されてるね名前さん」

「おいこら気安くねーちゃんの名前呼んでんじゃねーよ」

「じゃあ名前さん、それから弟さんたちも。もしも気が変わったらいつでも私のところに連絡をくれたら嬉しいな」

「気が変わるも何もねえんだけど」

夏油さんは相変わらずニコニコと笑みを浮かべたまま、蘭に銃を向けられているのを気にしないままヒラヒラと手を振ってギャラリーから出ていった。
ほんっと最初から最後までわかんねえ人だったな。
カランカランとドアベルの鳴る音、それがだんだん小さくなってやがて止まり、蘭と竜胆がはあ、と息を吐く。
銃を懐に入れた蘭はへらっと表情を緩めると、ねえちゃん何もねえ?と首を傾げた。
うん、まあ、変な生き物もいなかったし話をしていただけだったから。

「ねーちゃん塩撒こうぜ塩!岩塩買ってきた!」

「竜胆投げてやりゃよかったじゃねえか」

「岩塩じゃ撒けねえから」

ほら!と竜胆が割りと大きな岩塩を見せてきたので違うだろと首を横に振る。
蘭も乗り気なのか竜胆と岩塩を手にギャラリーの外に並べ始めた。
撒いてねえし置いてるし。
でもいつも通りのふたりを見てちょっと安心するな、割りと本気で心臓ドキドキしてるもん。
夏油さんが何言ってんのか正直半分も理解していない。
知らないから、非術師だのじゅれいだのなんだの。
見えたこともなかったから本当にわからん。

「……蘭、竜胆。岩塩溶けにくいんだけど置いたあとどうすんの」

「……えっ溶けねえの?」

「塩なのに?」

そこからかー。
変に疲れたのもあって特に私は声を荒らげることもなく、溜め息を吐くだけに留まった。
ただちょっと違う世界に生きている人と出会っただけ、ちょっと交わっただけ、それがこの二日間の出来事。


親戚のおねえさん
個展開いたらなんか教祖っぽい人に勧誘された。
いつも通りの個展のはずだったんだよ。
ちなみに呪霊は見えたことあるかもだけど覚えていない、無意識に見えないものは見えないままに、ってなってるかもしれない。
変な教祖だったなーなんて思いながらきっとこの日のことは忘れる。
絵を買わせたのは変な生き物が綺麗って言ってくれたから買ってけって思った次第。
ちなみにギャラリーの前に並べられた岩塩は蘭くんと竜胆くんに回収させた。

灰谷兄弟
なんかねえちゃんが胡散臭ェ教祖っぽいのに手ェ握られてんだけど?は?処すか?っていう過激派。
呪霊とか見えたことはない、夏油さんとおねえさんがエンカウントした時が初めて。
うっわキモ!!なにこれ生きてんの!?と実はちょっとはしゃいでた。
でもオレらいねえのにねーちゃんに手ェ出すのはダウト。
比較的仕事の顔してたけどおねえさんの前なのもあって優しめだった、はず。
岩塩溶けねえの!?と衝撃的な事実、個展最終日におねえさんに回収しろと言われたので渋々回収した。
後日梵天事務所で三途くんに岩塩を投げつける姿が目撃される。

夏油傑
フラフラと入った個展で主催者が見える人でちょっと呪力も感じるぞ!と勧誘した。ら、弟さんたちに阻止された。
その日のうちに呪霊総動員とまではいかないけれど灰谷兄弟の様子見たら梵天幹部でびっくり。
次の日揃って勧誘したけど銃を向けられたし断られた。
しばらくしたらまたおねえさんの個展に足を運ぶかもしれない、勧誘なしで。
ちなみに初日に出してた呪霊がこれ、と言ったのは沖縄のような真っ青な空と真っ青な海の絵。それなりにいいお値段でした。

もしかしたらおねえさんのスケッチ先で最強とエンカウントして「もしもし竜胆?目隠しした不審者に声かけられたんだけど」とか電話していることがあったりなかったり。

2023年7月30日