「ねえちょっと!何これ!!なんで僕吊るされてんの!?何の術式使ったの!?たっかいんだけど!!下ろして!!」
「もしもし竜胆?目隠しした不審者に声かけられたんだけど吊るしちゃった」
『いいと思う!!オレ迎えに行くわ!』
「お姉さん聞いてる!?」
今日はいい天気だなぁ、洗濯物日和、よく乾くよ不審者が。
スケッチをしに外出してたんだけど、突然声かけられた。
綺麗だねーって言うのは別にいい、むしろ嬉しいから。
でもその後よく見せてーってスケッチブック取り上げたからアウト、吊るした。
包帯で目隠ししながらこっち見るとかなんなの怖いんだけど。
望月より身長あるかな、まあ別に身長どんだけ高かろうが吊るせるから関係ねえけど。
えいって電柱に吊るしました、人気の少ない通りでよかったね。
とりあえず竜胆が来てくれるからそれまでここにいよ、そうしよ。
アラフォーになるやつに吊るさせんなよな、久しぶりで疲れた。
取り返したスケッチブックの砂埃を払って鞄の中へ。
不審者は電柱から下りようとじたじたしてる。
竜胆早く来ないかな。
「ちょっと絵を見ただけじゃん!」
「スケッチブック持ってっていいなんて言ってねえ」
「気になっただけなんだって!絵から呪力感じたから!」
「ちょっとよくわかりませんね」
なんかどっかで聞いた単語だなあ。
いつだっけな、どうでもいいことは忘れた。
「お姉さんちょっと前に袈裟着たやつに大きな絵を売らなかった!?それと同じ呪力なんだけど!ねえせめてこっち向いて聞いてくんない!?」
「不審者と話すのはちょっと……」
「僕が不審者って揺らがないな!」
「袈裟ってあれだよな、お坊さん……誰か絵を売った人いたっけ……?」
「あー!じゃあお姉さんの名前当てるから!!そしたら下ろして!」
「えっ私の名前知ってんの?こっわ……不審者はストーカー……?竜胆早く来て」
「誤解だけが増えていく!!」
お坊さんで誰か絵を売った人いたかなと、ふと思い出すのはあの変な生き物を連れた夏油さんとかいう弟分たちと同じくらいのお坊さんだ。
そういえばじゅれいだのじゅりょくだの非術師だの話をしたような気がするけど私には何ら関係ねえから忘れてたな。
なんかちょくちょく私の個展に来てた、蘭と竜胆が岩塩ぶん投げようぜ!オマエ的な!って私がいない時間にそんな追っ払い方してたって明司言ってたし。
ギャラリー内で私が目を離した隙に蘭と竜胆と夏油さんと変な生き物で乱闘してたから全員もれなく吊るした覚えがあるようなないような……なんか吊るしたら変な生き物消えた気がするな、三人の泣き言を聞きながら荒れたギャラリー片付けてたし。
なんで思い出せなかったのかって言われたら、初日以外は夏油さんスウェット姿だったからだ。
絵はあれ以降買っていないけど、個展にある小さなポストカードを買ってくれていたっけな。
まあでも最初の見た目は胡散臭ェ教祖様だったからな、この不審者とどっこいどっこいか。
うーん、と考え込んでいると不審者と目が合った、ような気がする。
「あっ思い出した?」
「胡散臭ェ教祖様に力作押し売りした覚えはあるしギャラリーで弟分たちと乱闘してたから吊るした覚えがある」
「そうそれ!!ってあいつも吊るされてんの?ウケるんだけど!」
「現在進行形で吊るされている不審者が何を言うか」
「僕の親友なのそいつ!ほらもう不審者じゃないでしょ!?」
「ねーちゃーん、お待たせー」
「あ、竜胆」
「無視しないで!!」
ラフな格好の竜胆が駆け足でやってきた。
不審者どれ?と聞かれたのでこれ、と電柱に吊るしたままの不審者を指せば「めちゃくちゃ不審者じゃんウケる」なんて言いながら竜胆はスマートフォンを取り出す。
どうすんの?と聞けば部下呼んで処理するわだって。
いや私の前で物騒なことはやめろよ。
「ねーちゃんもう外出る時オレにも声かけろよ。邪魔しねえようにすっからさ」
「だって私がスケッチ終わるの気分だし、遅かったらオフなのに悪いじゃんか」
「気にしないでいーよ、オレは楽しそうなねーちゃん見てんの好き」
「僕置いて和やかに離さないでくれる?」
もー!と不審者はゴソゴソと身動ぎをすると割りと高いところから難なく下りた。
なんだ、下りれんなら自分で下りろよな。
はあ、とわざとらしく溜め息を吐けば一歩こっちに足を向ける。
けれど私と不審者の間に立つのは竜胆だ。
改めて不審者が竜胆より背が高いんだなって思う。
「ねーちゃんこの前買ったあのスプレー持ってねえの?」
「ああ、死ねどすスプレー?」
「撒いとこうぜ」
「自己紹介だけさせてくれないかな!?」
「聞くだけ聞いて警察に通報します」
「しないで!」
夏油さんと親友にしては幼いな精神年齢。
鞄からこの前買ったスプレーを竜胆に渡せば竜胆はおかまいなく不審者に向けて何プッシュか撒いた。
ほのかなラベンダーの香り。
「僕は五条悟、都内の高専で教師してる」
教師とは……?
思わず竜胆とひそひそこんなの教師ってその高校大丈夫?不審者でも教師なれんの?なんて話をする。
五条悟と名乗った不審者は何か言いたげにムスッと表情を変えるけれど、ぽつぽつと私に向けて説明を始めた。
じゅりょく?ってのを私の絵から感じたらしい。
夏油さんの持っていた絵と同じものだったからじっくり観察したかったんだと、それがスケッチブック取り上げた経緯。
曰く呪いだの負の感情だの、それが力を持つとじゅりょく、呪力になるんだってさ。
ふーん……何の宗教?
実は夏油さんと同じ宗教団体の方では?
「兄ちゃんも呼ぶ?あの夏油の寺潰そうぜ」
「あ、その寺もう潰れてるよ」
「は?」
「その教祖が亡くなったからね、宗教団体は潰れた」
「……ふーん、夏油死んだんだ。なに、殺ったの?」
「それ答える必要ある?」
おいおい一気に不穏な空気になるのやめろ、こちとら一般人ぞ、ただの絵師ぞ。
でもそっか、夏油さん亡くなったんだ。
蘭と竜胆と似たようなところあったから物騒な世界にいるんだなとは思っていたけど、呆気なかったな。
「押収された絵を描いたのはお姉さん……名前さんで間違いないよね」
「うっわねーちゃんの名前なんで知ってんの?ストーカー?」
「違うから!!名刺があったの!あと個展のパンフレットとか送り状!!」
それから弟さんたちの組織の調査資料もあったよ、と五条さんが言えば竜胆の顔色が変わる。
五条さん、それは言っちゃまずい。
高専とやらが潰れた宗教団体から押収するような関わりがあるのは別に構わないけど、梵天絡みの話はまずい。
そうでなくても夏油さんの宗教団体、蘭と竜胆が目をつけたから他の幹部たちも気にしてたんだし。
学校関係にまで梵天の手が行くのはよくないでしょ、それくらい私にもわかる。
「ゴジョーだっけ?死に急ぎたくねえなら手ェ引け。ねーちゃんのことだけならオレと兄貴だけで手打ちにしてやれるけど、そっちまではオレと兄貴じゃ庇えねえよ」
「心配されてる?僕最強だから大丈夫だよ」
「は、テメェが最強でもこっちにゃ無敵がいんだよ」
佐野ですね、梵天のボスですから。
どんなに蘭と竜胆が名の知れた人間でも、梵天ではトップが違うから。
「名前さんの周り大丈夫?薄暗い世界じゃない?」
「今さらだから特に気にしない」
「僕らが考えているのは名前さんの保護だよ。自覚はないかもだけど名前さんがこっちの世界ではそれなりに重宝されると思う」
「オレらがいるから保護なんていらねえよ。つーかオレらからねーちゃん取り上げんの?殺すぞ」
「怖い怖い、名前さん大切にされてるねえ」
夏油さんも似たようなこと言ってたような気がするな。
五条さんと竜胆の話は交わることなく、ふたりの睨み合いが続く。
しばらく無言の時間が続くと、動いたのは五条さんだった。
「今日は引くよ。でも名前さん、僕の話考えといてね。悪い様にはしないからさ」
「そんなのねーちゃんが考えなくても決まってんだよ、さっさと失せろ」
じゃあね、と五条さんが背を向けて歩き出す。
それを見えなくなるまで見送って、私と竜胆は息を吐いた。
なんか変なことに巻き込まれた……?
ねーちゃんしばらくひとりで出かけんのなしな。
それに返す言葉はひとつ、わかったよ。
「名前さーん!来ちゃった!」
「蘭、蘭来て。不審者」
「おっけーねえちゃん、岩塩投げりゃいいんだろ」
「なんなの名前さんの弟さん!!」
不審者基五条さんを吊るして数日、明日からの個展の準備をギャラリーでしていたら来た、五条さんが。
手伝いに来ていた蘭を呼べばほぼノーモーションで拳大のサイズの岩塩を五条さんに投げつけた。
でも何の原理かそれは五条さんの少し手前にぶつかってそのまま落ちる。
……えっ何?
蘭は使い慣れた警棒片手にすると、当たれよつまんねえなと舌打ちをひとつ。
「今の勢いで当たったら怪我するじゃん!」
「は?なんで怪我なの?そこは死ねよ」
「初対面なのに殺意が高い!!」
「夏油の次はこいつ?ねえちゃんほんとにどこで引っかけんの?」
「勝手に引っかかるんだよ」
「釣り名人じゃんウケる」
釣りしねーしウケねーよ。
ギャラリー傷つけたくないからやるなら外行ってね、と言えば蘭はおい不審者表出ろと凄んだ。
この前の不審者ルックではなく、スウェットにサングラスの五条さん。
何?みんなオフだとスウェット好きだな?
「オマエだろ、オレらからねえちゃん取り上げようとしてる誘拐犯の不審者五条悟ってのはよォ」
「そこまで言わなくてもよくない?僕も泣くよ?」
「大の大人が泣くとかきっしょ」
いやオマエも竜胆もよく泣くだろ、とは言わない。
ピリピリとした空気で溜め息を吐きながら私は個展の準備を進める。
今回の力作は夏油さんをイメージした空だ。
外側はパッと見聖職者だけどどこか仄暗いところも、けれど少しだけ爽やかな青空があるような、まるで嵐と快晴が同居しているような、そんなやつ。
蘭と竜胆と三人で乱闘紛いのことをして吊されて泣き喚いているのは少年っぽさもあるような印象だった。
まっすぐな人ではあったのかもしれない、なんであんなにどろどろになったのかは私にはわからないけれど。
だって私は身内に反社がいるだけのただの絵師だから。
知らない世界をこれ以上知ろうとは思えないから。
「名前さんどうしたら僕に保護されてくれる?弟さんたちも保護すればいい?」
「なんでねえちゃんがオマエに保護される前提なんだよ馬鹿なの?」
「見えてるみたいだけど使い方は知らないでしょ」
傑に殺されなかったからこっち側の素質もあると思うけどー。
五条さんが言い終わるか終わらないかの間に蘭が警棒で殴りかかる。
でも五条さんはそれをなんなく躱すし、何度目か蘭が殴りかかれば蘭の腕を掴んだ。
……それ以上室内でやると二階から吊るすぞクソガキ共。
「あやしい宗教学校の教師が何言ってんだよ宗教勧誘ってどいつもこいつもそうなの?」
「まあ勧誘だけどさ、そのままにしておいたら名前さんも弟さんも危険だよ?」
「ねえちゃん守れるくらいの力ならもう足りてんだよ、過剰なくれーさ」
「梵天だっけ?でもただの犯罪組織だろ、日本では最大でも」
「……ねえちゃん、ほんっとーに殺っちまっていい?」
「頼むから私の目の届かないところでやってくれ」
「名前さん物騒じゃない!?フツーそこは止めない!?」
力作を壁にかけ、作品名の札をその下に用意しているとパリンと音が。
何か割った?
思わず蘭と五条さんを見れば一拍置いて五条さんの横っ面とサングラスが吹っ飛んでいた。
言わずもがな、蘭が五条さんの顔面を警棒で殴ったんだけど。
わー、綺麗なご尊顔から流血だー。
……じゃなくて。
「蘭、やるなら外行けっつったろ」
「目ェ瞑って」
「名前さんといい弟さんといいなんなの?何の術式使ってんの!?」
「じゅつしきぃ?なんだそれ。敢えて言うならねえちゃんだから」
「なにが!?術式ねえちゃんって何!?」
「クソガキ共それ以上続けんと吊るし上げてシバくぞ……」
「ごめんなさい!」
「すみませんでした!」
本気でこれ以上ギャラリーで暴れんと処すぞ。
そんな私の本気が伝わったのか、蘭と五条さんはビシッと姿勢を正すと私に深々と頭を下げた。
腰の角度は九十度、営業じゃねえんだよ。
ねえちゃんごめんー、と蘭が警棒をしまって私の隣にやってくる。
もうしない、しないから怒んないでえー。
ギャルか。
「五条さんも、蘭を煽んなよ」
「いやどっちかって言ったら弟さんが煽ったよね?」
「ねえちゃあん、あいつがオレのこと煽るぅ」
「ほら」
「ほらじゃなくない!?」
だっていろんな話の脈絡的に考えは蘭と竜胆と同じだもん。
保護される気はない、そもそも蘭と竜胆が既に私を保護しているようなもんだし、梵天のガキ共に頼ることはほとんどねえけど頼りにしてるし。
じゅりょくだのじゅつしきだの、私には関係ないね。
私の腕にしがみついて蘭がべえーっと五条さんに舌を出す。
オマエもそうやって煽んな。
「生活を変える気はない、保護もいらない。蘭と竜胆っていう可愛い頼れる弟分がいる」
「……ねえちゃんそれもっかい言って」
「言わねーよ」
「そこまで言われちゃったらなあ……わかった」
サングラスを拾って口元の血を拭い、五条さんがしょうがないと肩を竦める。
そこに蘭がまだ持っていた岩塩を投げたけど、それは今度はまた五条さんの手前で弾かれた。
「でも僕頻繁に名前さんの様子見に来るね、それで譲歩して」
「いらねーよ、来んな不審者」
「来るからね!お姉さんが危険な目に遭うのは弟さんも嫌でしょ?」
ないと思うんだけどなァ、と馬鹿にしたように蘭が笑えば五条さんはわかりやすく額に青筋を立てる。
それから五条さんは私が展示した大きな絵を見て、それ売約済みにしておいてと私に名刺を差し出した。
五条悟、そう書かれた名刺。
連絡先には東京都立呪術高等専門学校の字が。
「個展の最終日に購入の手続きに来るよ。それ、あいつをイメージした絵でしょ?」
だから買わせてね、欲しいから。
そう言って五条さんはひらひらと手を振ってギャラリーから出て行った。
……なんか、本当に変な人だったな。
蘭が「ん」と名刺を欲しがったので渡せばそのままポケットに突っ込む。
「……ねえちゃん」
「ん?」
「ギャラリー引っ越さね?」
「私も思った」
なんか、夏油さんとの関わりで変な世界と交わってしまったような、そんな気がする。
親戚のおねえさん
今回吊るしたのは最強さんでした。スケッチブック取り上げんな処すぞ。
夏油さんのことは忘れていたけど五条さんと話をして思い出した、そういやいたわギャラリーでオブジェになったスウェット姿の胡散臭い教祖。
絵に呪力がこめられているとかいないとか、ただの絵師だからわかんなーい。
亡くなったと聞いて思わず夏油さんをイメージしたおねえさんの印象を空として描いた。
この後なんか和風な書が送られてくる。
え?要約すると五条悟を吊るしたから手綱握ってくれって?おじいさんたち胃薬送ってあげるよ。梵天の経費で。
灰谷兄弟
マジでねえちゃん釣り名人じゃん。
五条さんを吊るしたって連絡が入った時竜胆くんは「よくやったさすがねーちゃん!」とガッツポーズしてからお迎えに来た。
ギャラリー内でちょっと小競り合いしたけれど蘭くんは五条さんに一発入れられたので満足。
じゅつしきぃ?なにそれ?オレらの力はねえちゃんだからな!ねえちゃんはつえーんだよ!
尚、五条さんの名刺を元に呪術高専のことを調べ上げてそれから明司さんのライターで名刺は燃やされた。
多分純粋に強い。素質もある。反社だしそんな世界とは縁がなかったけど、これはクロスオーバーです。
そのうちパンダくんとプロレスやる竜胆くんが目撃されたりされなかったり。
五条悟
百鬼夜行後に夏油さんの拠点になっていたお寺から押収されたおねえさんの絵に呪力がこもっていたので描いたおねえさんを捜していた。
偶然スケッチブックに呪力がこめられているのを見て思わず取り上げて見てたら電柱に吊るされた、しょうがない。
保護の話は本当。ただの犯罪組織じゃ無理でしょ。
親友がおねえさんに吊るされた話は高専に戻ってから家入さんや夜蛾さんに話して三人で爆笑する。
酒は飲めないけどいい酒のつまみ、呪力はあるとはいえ一般人に吊るされる元特級呪術師ってウケる。ちなみに現特級呪術師のあなたも吊るされましたよ。
おねえさんが描いた夏油さんをイメージした絵はちゃんとお迎えした。
呪術界の上層部から「あの五条悟を吊るしたんならこっちで手綱握ってくれ(要約)」っていう手紙が大量におねえさんのところに届いたり、額に縫い目のある外側夏油さんが変な生き物たくさん連れて個展に来たら「えっと……五名様?」と戸惑うおねえさんと灰谷兄弟がいる。