「こんにちは、久しぶり名前さん」
「……えっ、えー……足ある?」
「あるね」
「人にぺたぺた触るのよくないけど触ってみてもいい?生きてる?」
「触らなくても私は生きてるよ」
「なんで生きてんの?」
「おや、もしかして死んだって聞いちゃった?」
「聞いちゃったね」
「そっか……どうしようかなぁ」
「ちょっと待ってめちゃくちゃ混乱しているから、混乱具合やべーから」
今日はいい天気だなぁ、って言いたいところだけどちょっと待ってかなり混乱しているから。
個展の休憩時間、蘭と竜胆とお昼を一緒に食べて、ギャラリーに送ってもらい、急用が入ったというふたりを見送った、少ししたら戻ってくるらしい。
最近個展多いって?今大量に絵を描いてるからそろそろ置き場に困るんだよ。
置き場に困ったらギャラリーに展示して個展開けばいいかなって。
ああそうそう、五条にはやたらめったら大きな絵は描かないでね!ほんとに!ガチで!って言われたんだけど絵師から仕事取り上げるつもりかぶん殴んぞ。
そんなのはスルーした、そこまで大きな絵を頻繁に描くわけじゃない、だいたいがB5くらいのサイズ。
多分五条が言ってた大きな絵ってのは私が五条や夏油さんに売ったサイズだろうな、ならいっか。
ちなみに五条に敬称はもういらねえ、蘭と竜胆より精神年齢低いかもしれないガキに敬称はいらん。
そんな現実逃避はさておきだ。
なんで亡くなったって聞いた人間がここにいんのかな?
五条が嘘ついた?いやあれは嘘ついても意味ないってわかってるだろうな、その気になれば蘭と竜胆が梵天の力使って調べられるし。
亡くなったはずの、夏油さんがここにいる。
あとあのですね、他の四人?四体?はなんなの?
いや絵師としては展示されてる絵を見て「大したものだな」「へーこういうの描けるんだー」『綺麗ですね』「ぶふー」ってやってるのはいい、目から枝出てるやつはなんて言ってんのかわかんねえけどなんか頭に直接入ってくるけど、クラゲみてーなやつは鳴いてんのかもしんねえけど。
この状況何?
頭痛が痛いって気持ちがよくわかる、死んだ黒川みたいに頭痛持ちじゃねえけどさ。
「落ち着いた?」
「いや全く?」
夏油さん、でいいのか?
でもなんか違和感あるような……見た目はそうだし話し方や声も夏油さんなんだけどなんか違うような……
「実は双子だったりする?」
「違うなあ」
「ですよねー……」
「呼び方は夏油でいいよ、名前さんも混乱するだろう?」
「既に混乱してるんだなあ」
夏油さんなんだけど夏油さんじゃない印象。
だって清々しい程の曇り空に見えて数秒後に嵐が来るような、そんな印象だもん。
私の知っている夏油さんはそんなんじゃない、少しだけでも青空が垣間見えるような人だった。
言葉では表現できねえけど絵なら表現できる、伝われ私の違和感。
悪意は感じるけど敵意は感じない、真っ黒に飲み込まれているというか真っ黒そのもの、どこの佐野だよ。
「ねえねえ、ここの絵全部お姉さんが描いたやつ?」
「そうだけど……」
「空しかないんだね、空好き?」
「好きなものしか描いてない」
「へえー!海とか山とか森とか人とかも描き込まれてるけど空がメインなんだ」
ツギハギの男が幼く見える顔でそう言って笑う。
どれかもらってもいい?と聞かれたので買うなら夏油さんに聞いて、と言っておいた。
印刷ズレた売り物にならないポストカードならいいけど、そうテーブルの隅にあったものを一枚渡せばツギハギはそれを持って嬉しそうに「見てもらったー!」と他の三人のところに見せに行く。
調子狂うわ。
「不思議な術式だね、彼らの敵意をごっそり削ぎ落としている」
「いや知らないから言われてもわからん」
「人間の君に会いに行ってみるって言ったら最初殺していいのかって聞かれたんだよ」
危機一髪だったのかよ。
念の為ポケットのスマートフォンに触れ、受話音量を消して蘭に連絡しておく。
すぐ通話中の画面になったけれど、異変なら察してくれるかな、多分察してくれるな。
「最初は私も君を殺すつもりはなかったんだけどね、夏油傑が生きているのを五条悟に知らされたら困るからさ」
「なんでそこで五条?親友って聞いたけど」
「親友が必ずしも味方とは限らないよ」
ああそういう……
電話の向こうで蘭と竜胆が無表情になっているような気がする。
つーかただの一般人を物騒なことに巻き込まないでほしい、切実に。
私は平穏が欲しいんだ。
気休めに飲みかけのコーヒーを口にすると、ちょんちょんと袖を引かれた。
視線を向ければクラゲみたいなのがキラキラした目で私を見て、テーブルの隅にあるポストカードを指す。
「……」
「……いる?」
「ぶぅ!」
はいはいどーぞ。
さっきと同じようにポストカードを渡すとそれはそれは嬉しそうにまた他の三人に見せびらかしに行く。
ふとそのまま成り行きを見守った。
「もう小さいのじゃなくてそのままもらっちゃおうよ、漏瑚どれがいい?」
「それだな、夕焼けの絵が好みだ」
「花御はー?」
『私はこの流星の絵ですね』
「ちょっと待っててねー」
ガタン、と絵を外すのを見て思わず椅子から立ち上がる。
おいこらもらっちゃおうじゃねーんだよ。
そんな私の様子に気づいたのか、夏油さんが慌てて四人に待った待った!と声をかけた。
それから私にも落ち着こう?ね?やめさせるから!と言うけど、知るか。
中身は知らねーが私のこと知ってんならここで何やれば私がどんな行動すんのかわかってんだろ?
「頼むから止まってくれないかな!?ごめんね!?私の監督責任だから!!」
「中身は知らねーけど夏油さんさァ」
「ハイ!」
「連帯責任って知ってっかァ?」
「ひえ……シッテマス……」
人間じゃなくても言葉の意味くらいわかんだろ?
この後五人分の悲鳴が響いたとだけ言っときゃ十分だな。
「……なあねーちゃん」
「あ?」
「急いで来たんだけどなにこれ」
「新しいオブジェだよ、普通の人には見えなくても値札ぶら下げときゃわかんだろ」
「遅かったかー……」
ひとりは見えるからいいかな。
落描きで使っているスケッチブックにそれぞれ「私は勝手に絵を取ろうとしました」が四人分、「私は監督責任を果たせませんでした」が一人分。
ついでにぎゃあぎゃあといいじゃん!四枚くらい!と言ったツギハギはちゃんと蹴り上げました。
どこって聞くな、察せよ。
ツギハギは股間を押さえて涙目でごめんなさい……ごめんなさい……と繰り返しているし、クラゲ以外はやや内股気味、もしかしたらクラゲも内股かもしれない、少し縮こまっていた。
蘭はなにこれウケるー、夏油生きてんじゃーんなんて五人を警棒でつんつんつついている。
「いくらで出荷すんの?五百円?」
「百円、五人セットで五百円」
「……どこに出荷?」
「もうフィリピンでよくね?佐野だったら手配してくれるよ」
「あれ!?もしかして私たち売られるのかな!?」
「冗談言うな!この術式を解かんか小娘!!」
『すみませんでした勘弁してくれませんか絵師の子』
「ぶ!ぶぅー!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「新作オブジェが何か言ってらァ」
はんっ、と鼻で笑えば蘭と竜胆の興味は夏油さんにあるみたいでなんで生きてんの?不審者にころされたんじゃねーの?と警棒で小突いたり蹴ったりしている。
癪に障るけど五条に連絡して引き取ってもらうのもありかな、手数料はぼったくろう。
夏油さんが蘭と竜胆に何か説明しているけど、ふたりは聞いているのかいないのかへーだのふーんだの生返事をして夏油さんはひたすらつつかれていた。
蘭と竜胆は電話口から聞こえた悲鳴にやべえと思って急いで来たんだってさ。
ねえちゃんまだ人殺しになってねえよな!?って駆け込んできてたけど、失礼な。
「名前さん!縛り結ぼう!!」
「しばりィ?」
「うっわ夏油が拘束プレイしたがってる……」
「不審者と一緒じゃん……引いた」
「ああああああ語弊!!」
ねーちゃんそんなやつに近づいたら変態伝染るよ、と竜胆が夏油さんから私を遠ざける。
もぞもぞと夏油さんは器用に袈裟の引っかかっていたところを外して下りると、青い顔のまま話し始めた。
縛りってのは約束なんだと。
で、そっちの界隈では破ったらペナルティーが発生するとかなんとか。
「私たちは名前さんと彼らに危害を加えない、代わりに私が生きていることを五条悟含め呪術師たちに口外しない。それでどうかな?」
「現在進行形でギャラリーで危害加えただろうが」
「それは本当にごめんね!?じゃあもっと具体的に!名前さんと彼らに命の危機を加えない、これでどう?」
「ってことは命の危機ない程度に暴れたら吊るし上げてシバいて出荷していいと」
「わかった!それでいいよ!!」
もうやけくそですよと言わんばかりの涙目の夏油さんにじゃあそれで、と伝える。
するとなんかピンと何かが張り詰めるような感覚がした。
なんだこれ。
蘭と竜胆も何かした?と首を傾げている。
「ちなみに彼らってのは私の身内でいいんだよね?」
「名前さんの弟さんたちと組織の人間だろう……?顔はわかってる、約束するよ」
すげー疲れた顔してるけど大丈夫?
いつまでもぶら下がってないで行くよ、と夏油さん……もう夏油でいいや、親友と言うだけあって五条と同じようなことしてんし、夏油は他の四人に声をかける。
まず下りたのは一つ目のやつ、小娘が舐めおって!なんて頭の火山みたいなのを爆発させながら言うので思わずそいつの首から下げていたスケッチブックで横っ面を叩いた。
ギャラリーでは火気厳禁常識だろ。
なんか親父にも叩かれたことないのにみてーな顔して押さえてたけどはい次。
頭の中に声がするやつ、律儀にすみませんでしたと深々とでかい図体を曲げて頭を下げる。
それに倣ってかクラゲもぶーぶー言いながら涙目で頭を下げた。
最後はツギハギ、最後まで自力で下りれなかったのかクラゲに下ろされべしょべしょに泣いて夏油に縋り付く。
「夏油!縛りなんて結ばねえでこいつ殺そう!!」
「ねえちゃん殺っちゃっていい?」
「大丈夫、ちゃんと見えねえところでやるから」
「ほらぜってーこの女の連れも碌な人間じゃないって!!」
それな。
それに関しては同意。
でも縛りってのもう結んでるんでしょ?それをいいことに蘭と竜胆がニヤニヤと警棒チラつかせたり指を鳴らしたりしてツギハギに詰め寄ればツギハギは「もうやだあああ!!」とギャン泣きだ。
いじめっ子かオマエらは。
そんなツギハギの首根っこを一つ目が引っ掴み、ズルズルと引きずってギャラリーの外へ出て行く。
子どもか、まあ幼かったしな。
クラゲがちょんちょんとまたさっきのように私の袖を引いた。
手?触手?には四枚のポストカード。
いーよいーよ、印刷ズレたやつで申し訳ないけど持ってきな。
「本当に君に会いに来ただけだったんだよ」
「殺そうかなって思ってたのに?」
「うーん……それ言ったら私多分ふたりにボコボコにされるよね」
「アップはできてるからなぁ」
「いつでも殺れんよ」
「だろうね」
はあ、と大きく息を吐いて夏油は笑う。
前に会った時の少年じみた表情じゃなくて、本当に本心が読めない表情で。
「新しい世界に君がいたら、どんな絵を描いてくれるのか興味はあるよ」
だから死なないでね。
すれ違いざまに私の頬をするりと撫でて、夏油はあの四人とギャラリーを出て行った。
終わった?
「あのクソ坊主何ねえちゃんに触ってんだよ!!」
「兄ちゃん死ねどすスプレー撒こうぜ!!」
「岩塩投げんぞ!!」
「おっけー!!」
「やめろやめろ、スプレーだけにしろ」
ほんっっっとーに最初に夏油に会ってからこのギャラリー碌なこと起こらねえな。
京都の縁切り神社まで行って縁切りしに行こうかな。
そんなことを考えながら両手に死ねどすスプレーを持って大量に撒いている蘭と竜胆の後ろ姿を見て深く息を吐いた。
親戚のおねえさん
ここのところ変なやつしか来ねえなこのギャラリー。
亡くなったと聞いていた夏油さんが来て混乱した、連れの四人が絵を見ているのも混乱した。
ポストカードあげたのに絵を持ってこうとしたのにおこ、連帯責任で夏油さん含め五人吊るした、オマエらセット価格で五百円な。
夏油さんだけど夏油さんじゃないな、っていうのは表現に富んだ絵師ならではの感覚。
まあ生きてたって言うつもりはない、これ以上厄介事に巻き込むな吊るすぞ。
術式は?って聞かれたらそんなもの知らねえと答える。
灰谷兄弟
おねえさんが最近変なことに巻き込まれているので極力ひとりにしないようにしてはいる。
夏油生きてんじゃんなんで?
中身まではわかってないけど死んでたのに生きてんのがウケる、みたいな感覚。
電話口から五人分の悲鳴が聞こえてきたからまさかねーちゃんとうとう……!と駆けつけた、遅かった。
いやねえちゃんの心配してるんだよ、でもどう考えてもおねえさんに危険が及んでいるってよりおねえさん自体が危険って思ってる。ヒント、今までのやらかした結果。
術式は?って聞かれたら「ねえちゃん」「ねーちゃん」って答える灰谷兄弟。
だってオレらのねーちゃんは最強なんだ!最恐だけど!!
夏油傑(中身はメロンパン)
肉体におねえさんの記憶があったので興味もあったし会いに来た。
そっかあ死んだって聞いちゃったかあ都合悪いから殺そうかなあ、って思ったけどできなかった、その前に真人くんがやらかして連帯責任で吊るされた。
多分最強を吊るしたって知ったらこっち側に引き抜こうと考える、考えるだけで自分へのリスクという名の吊るし上げの未来があるからしない。
なんだかんだまた個展に来そう、人気の少ない時や休憩時間を見計らって来る。
いやでもなんで本当に特級を冠する呪術師と呪霊を吊るせるのか不思議でしょうがない。
ヒント、おねえさんです。
お連れの呪霊の皆さん
わざわざ人間に会いに行く?殺すのか?って思ってたけどギャラリーに展示されている絵を見てそんな気は失せた。
人間性はかなり凶暴だけど描いている絵はとても惹かれるものがある、人数分のポストカードは大切にしていたりするかも。
一番トラウマを植え付けられたのは真人くん。
他もヒュンてした、股間が。
でも絵に罪はないから……!と個展に来るかも。
縁切り神社に参拝するために京都に行ったらどこかの御三家の息子さんと遭遇して年増だのババアだの言われて御三家の息子さんを鳥居から吊るすおねえさんと必死に止める灰谷兄弟が目撃されるかもしれない。息子さんは大号泣。