もしも呪いの世界と交わっていたら④

まさか六眼で見れない術式があるとは思わないでしょ。
彼女……名前さんの描いた絵を見ながらふと思う。
名前さんだけじゃない、あの弟さんたち……灰谷蘭と灰谷竜胆もだ。
無下限してたのに警棒で割るって何事?マジでびっくりしてまともに受けちゃったじゃん。
吊るされるのだってそうだ、無下限総無視とかチートかよ。
あの三人、従姉弟だって言っていたしもしかしたら呪術師の家系なのかもしれない。
そう思って調べたら驚く程普通の非術師の家系。
その過程で知った灰谷蘭と灰谷竜胆の経歴。
なんだよ十三で六本木のカリスマと呼ばれて傷害致死で少年院送致って、その後も十八の時に鑑別所へ入ってるし、今では日本最大の犯罪組織である梵天の幹部だ。
一方で福寿さんはふたりのように犯罪を犯すこともなく、三十代に入る前に一般企業を辞めて絵師として活動していた。
なんて真逆なふたりとひとり。
でもわかるのは三人共お互いを大事にしているところ。
特に蘭と竜胆の名前さんへの愛情は大きい。
名前さんも大きい愛情って言うか深い愛情だ。
ねえちゃんねーちゃんと後をついていくふたりは僕よりも年上のはずなのにまるで少年のようにも見えた。
蘭と竜胆より十も年上の名前さんははいはいとあしらったり、場合によっては実力行使で黙らせたりとまあ物騒ではあるけれど、でも無理矢理振り払うことはない。
さて、話を戻そう。
なんでそんな非術師の家系の三人が六眼でも見えない不思議な術式を持っているのか。
厄介なのは無下限に干渉できるところだな。
ガラスを割るかのように警棒で殴りかかってきた蘭、じゅつしき?なにそれ知らねえなと僕を電柱に吊るした名前さん。
竜胆は知らないけれど、経歴見てたら関節技が得意んだそうだ。
完全に物理に偏り過ぎだろ……!
どういうこと!?普通そこは名前さんが描いた絵から式神擬きを呼び出すとかじゃないの!?
名前さん現在進行形でキックボクシングジムに通ってるって何!?超物理攻撃特化型じゃん!やだよ僕!!
しかも術式を自覚していないのがまたタチが悪い……!
蘭なんか「じゅつしきぃ?なんだそれ。敢えて言うならねえちゃんだから」だよ!?
術式「ねえちゃん」なんて知らないから!!納得しそうな僕がいて嫌だ!
あれおかしいな、真面目に考えているつもりだったのに。

「というか、なんであんなに目立つ三人に今まで気づかなかったんだろうね」

蘭も竜胆も、名前さんも。
福寿さんなんか絵を描いてそれを個展やイベントに出しているのは十年以上前からだ。
むしろ絵を描いているのは幼少期から、なのに今まで気づかなかった。
まるで三人共、いや、梵天も突然現れたような……そんな変な感覚だ。
最初からそこにいたはずなのに。
傑と出会ってから変な生き物、呪霊が見えるとも言っていた。
傑と出会ってから一年も経ってない、こんなに急に術式が覚醒するものだったっけ?
なーんかあの三人は僕たちと世界が違うよなあ。
まあ三人の無下限に干渉できる点は厄介だからなんとしてもこちら側に引き込んでおきたい。
蘭と竜胆が反社会勢力に身を置いていることを考えると呪詛師に目をつけられてもおかしくないし、さっさと三人と距離を縮めるか。

「ま、手っ取り早いのは名前さんの保護なんだけどね」

毎回毎回蘭と竜胆と騒いではギャラリーに吊るされるのは勘弁してほしい、純粋に怖いと思ってしまうから。
無理矢理交換した名前さんの連絡先、トークアプリで開いて今から会いに行っていい?と打ち込む。
すると珍しくすぐ既読がついて、返信が。
えーなになに……

「……えっ、蘭と竜胆と京都にいる?」

しかも縁切り神社に参拝してるってどういうこと?
なんで?と聞けばオマエらとの縁切りたいに決まってんだろ不審者、と返ってきた。
うーん相変わらずきっついな、そろそろ僕も心折れそう。

「あっ、もしもし歌姫?」

とんでもない人がそっちに行ったから何かあったらよろしく……え?僕も止められないから!止めたらこっちが吊るされるんだって!ほんとだよ!最強だからなんて言葉はあの人に通じないの!!ほんと!!信じて!!
縁切り神社と聞いて一箇所心当たりあるけどあそこ一応呪霊出るからなあ……負の感情の吹き溜まりだもん、でも名前さんなら問題なさそうな気がする、絶対大丈夫、蘭と竜胆も。
ただ、他の呪術師がどうなるかはわかんない、多分その呪術師吊るされるんじゃないかな、失礼なこと言った瞬間に。
そういえば京都と言えば禪院家だけど大丈夫かな……名前さんたちじゃなくて、禪院家が。
当主候補のあいつは間違いなく吊るされる……気に食わないけど吊るされませんように……
ねえ知ってる?これってフラグっていうんだって。

 

今日はいい天気だなぁ、曇ってるけど、今にも雨降ってきそうだけど。

「ねえちゃん!下ろしてやって!!」

「ほらこいつクソガキなだけだったんだって!!」

「はァ?まともな教育されてねえんじゃねえのそのまま逆さまになっていろよ」

「いやあああああああああ!!」

「ほらあ!泣いちゃったじゃん!!」

「ねーちゃん優しく!!こういうやつは打たれ弱いから!」

知るか。
赤い鳥居に逆さまに吊るしたクソガキがぴーぴー泣き喚いている。
縁切り神社だけじゃなく、他の神社やお寺も巡ってみようかと蘭と竜胆の提案で観光気分で回っていた。
ちなみに二泊三日、蘭と竜胆と一緒に来れている理由としてはふたりもこっちに取引があったからだ。
二日目の明日の夜に取引があるってことで、今日は私に付き合ってくれている。
なんかごめんね、仕事に着いてきて。
自分が蘭と竜胆の弱みになるのはわかってる、なのにここまで一緒にいて本当に申し訳ない。
でも蘭と竜胆はへーきへーき、と笑ってくれた。
完全に自衛できるわけじゃねえけど、取引当日はホテルで大人しくしている予定だ。
ああ話が逸れた、この金髪クソガキを吊るしてる理由な。
ナンパされた、年上ってわかった瞬間年増だのババアだの行き遅れだの言われた、頭きた、よし吊るそう、以上。
ちょうど蘭と竜胆が三途や九井から連絡が来ていなかった時だったから。

「目上の人間に対して生意気なんだよ吊るすぞ」

「もう吊るしてる!!」

「うわああああああああああん!!パパー!」

「さすがに可哀想!!」

「私がババアって言われたのは可哀想じゃねえのかよ」

「オレらはねえちゃんの味方です!」

「ババア呼ばわりはよくねえです!」

でもそろそろ可哀想だから下ろしてやって……そう涙目で訴える蘭と竜胆の言葉に内心舌打ちをしてクソガキを下ろした。
下ろし方?履いてる草鞋で吊るしたから解けば落ちんでしょ。
べしゃ、と顔から落ちたクソガキは涙目のまま私をキッと睨み、何さらすんじゃクソババア!と拳を振り上げてきたので遠慮なく蹴る。
こちとらキックボクシングやってんだぞ。
私の足が火を噴くぞ。

「いっだああああ!!」

「すげー追い討ち」

「オレらでも中々お目にかかれねえ」

「何?今度から追い討ちされたいって?」

「言ってないよぉ……」

「されたくねえよぉ……」

あっそう。
はーなんか疲れたわ、さっさと縁切り神社行って悪縁切ろう、こういうクソガキ含めてだ、良縁来いとは言わねえから悪縁だけ切ってくれ。
蹲って地面の砂利とお友達になっているクソガキに背を向けて、もう行こうよと蘭と竜胆に声をかける。
そうしよ!目的地行こ!と蘭と竜胆が私の手を引いた。

「顔覚えたでババア!次会ったら覚えとき!!」

「あそこまで吠えるやつあまりいなかったな……」

「すげーよミジンコくらい尊敬するわ」

次はねえから、縁切るから。
まあそんなドタバタがあってさっさと私たちは目的地の縁切り神社へ。
そういえば京都に来ること自体が久しぶりだな。
仕事辞めてなんちゃって傷心旅行で来た以来か、十年以上経ってる。

「これ潜んの?狭くね?」

「オレと兄ちゃんは無理だな、多分肩引っかかる」

「ねえちゃん鞄持ってるから行ってきなよ」

「そうする、ありがとう」

お参りを済ませ、ちゃんと手続きをしてから蘭に鞄を預けた。
あの時は絵師としての仕事が成功するようにって思って潜ったんだよな。
おかげで仕事も成功しているし、まあ蘭と竜胆と同居しているけど基本的には平和だ、基本的には。
さあ潜るぞー、と少し息巻いて身を屈め、頭を入れる前に思わず動きを止めた。
……なにこれ、なんか、変などろどろしたのが私の持ってる形代に手を置いてるんだけど。

「……ねーちゃん」

「……ゆっくり、ゆっくりな」

「……うん」

これあれだろ、見えちゃいけない変な生き物だろ。
声の固い蘭と竜胆の言うように屈めていた身をゆっくりと後ろに引いていく。

「竜胆、あれ銃効くと思う?」

「思わねえな」

「だよなあ……」

「ねーちゃん、ゆっくりオレんとこ来て」

そーっとそーっと、私が立ち上がると、どろりとした変な生き物は奇声を上げてこちらに向かってきた。
うわなにこれきっしょ!きっも!!そんな蘭と竜胆の声を聞きながら竜胆のところに走れば竜胆は私を担ぎ上げて走り出す。
何あれほんっと気持ち悪いんだけど。
え、あれが縁切りの神様だったりする?もしかして前もあんなのにお願いしてた?は?嫌だわお断りだわ。
神社の境内には何故か私たち以外いないし、私を担いでいる竜胆の横に蘭が並ぶように走っていた。

「なにあれキモいんだけど!!」

「クソ坊主だってあんなキモいの出してねーぞ!!」

「私の形代が食べられたんだけど!美味しそうに!!ざっけんな吐け!!良縁だけ吐け!」

「ねーちゃん今そんなの気にすんなよ!」

「なになにどうすりゃいいの!?マイキー呼べばいい!?」

「無敵でも今あいつ東京だろ!」

ぎゃあぎゃあ三人で喚きながら変な生き物から距離を取る。
どうすんの!?と竜胆が叫んだ時、急に周りが暗くなった。
はー?マジで意味わからん!夏油の野郎と会ってから碌なこと起こらねえな本当に!!

「あそこにとりあえず隠れんぞ!」

「ねーちゃん口閉じて!舌噛む!」

器用に本殿の隙間に蘭が滑り込み、それから私を担ぎ直して竜胆が滑り込む。
いった頭打った!
狭い空間ではあるけれど、あの変な生き物は私たちを見失ったらしい。
いきなり変な生き物出てくるわ夜になるわなんなんだよほんとに。
ねーちゃんごめん大丈夫?と竜胆が私の頭を撫でて顔を覗き込む。
まあぶつけたけど痛いだけで大丈夫。
どうすっかなぁ、蘭がそう呟いた時、あの変な生き物の悲鳴が聞こえてきた。
三人で顔を見合わせ、静かに外を見るとあの変な生き物の周りで何かしている集団が。
えーっと……?なにあれ。
なんか箒に乗ってる子や刀持ってる子、弓引いてる子、上裸ゴリラ、ロボット、何この集団。
戦ってんの?
あっという間にその変な生き物は悲鳴を上げて倒れた。

「……オレら今何見たの?」

「あれだ、オレら東京出る前に三途にヤク盛られたんだよきっとそう」

「いや盛られてねえよ、盛ったらあのクソガキ北極に出荷してやる」

こそこそと話をしていると、こちらへ顔に傷のある女性がやってきた。
大丈夫ですか!?と声をかける女性。
私たちの顔を順番に見て、ホッと息を吐くと取り出したスマートフォンに向かって声を荒らげる。

「アンタねえ!関係者ならちゃんとどこに行っちゃいけないとか教えてあげなさいよ!!危なかったわよ!」

その後に電話口から聞こえるのは軽いノリの最近聞き慣れた声。
……悪縁切れてねえじゃねえか。
あの変な生き物食うだけ食いやがって。
いきなり襲いかかってくるし、蘭と竜胆いなかったら死んでたぞ。
無性にイライラが募っていくのを察したのか、蘭と竜胆は顔を青褪めるとそっと私から距離を取った。
女性の手を借りて本殿の下から出て、大丈夫です、ちょっとあの近くに行っていいですかと返事を聞かないまま、倒れた変な生き物のところに近づく。
大きな体の端から灰のように消えているし、地面には紫っぽい液体が散っていた。
頭と思わしきところが残っていたので、はーっと息を吐いて、足を上げる。
そして思い切り踏み潰した、ええそりゃぐしゃっと音がしましたとも。

「おいこらこちとら悪縁切りに来てんのに何してくれてんだよどう見ても縁切れてねえじゃねえか美味そうに食いやがって襲ってきた挙句悪縁切れませんでしたで済むと思ってんのかシバくぞ」

「ねえちゃんストップ!もうシバいてるから!!」

「やめたげて!もうそいつのライフはとっくにゼロだから!!」

蘭と竜胆が私を羽交い締めにしたし、女性や若い子たちは真っ青な顔をしていた。


親戚のおねえさん
悪縁切りに来ただけなのにとんでもねえ目に遭った。
ナンパしてきたクソガキは問答無用で吊るした、サンドバッグにしてもよかったんだけど蘭くんと竜胆くんに止められた。
おかしくない?悪縁切りに来たんだけど?
呪霊に襲われそうになったけど蘭くんと竜胆くんのファインプレーで無事、イライラは事切れた呪霊へ。
踏み潰した時に足に呪力がこもっていたとかいないとか。

灰谷兄弟
京都で取引あるから一緒に行けるよ!とおねえさんと二泊三日で京都へ。
目を離した隙におねえさんがナンパされてるし、は?と思った瞬間にはクソガキが吊るされたので慌てて止めた。
あんなにギャン泣きしてたのにころっと勢い取り戻すやつ久しぶりに見たなーとちょっとすごいなと思った。
呪霊に襲われそうになったけど、竜胆くんがおねえさんを抱えて逃げ回ったので無事。
いやあんなの夏油だって出したことねえじゃん!聞いてねえよ!!次会ったらあいつぶっ殺すからな!!そんな気持ちでいたけどおねえさんが事切れた呪霊を足蹴にしたので思わず止めた、気持ちはわかるけどやめたげて。
ちなみに取引は無事終了しました。
帰りの新幹線ではおねえさんと一緒に爆睡。

禪院直哉
おねえさんをナンパしたけど年齢聞くや否や年増だのババアだの言った。
そしたら吊るされた。
正直自業自得。

京都校の皆さん
有名な縁切り神社には定期的に呪霊が出るので普段から警戒していた。
歌姫さんが最強さんから連絡をもらったのもあり、それはやばいんじゃ?と駆けつけた経緯がある。
まさかおねえさんが事切れた呪霊を足蹴にするとは思わなかったし剣幕にビビった、ひえ……

五条悟
一級フラグ建設士。
灰谷兄弟とおねえさんに対する考え方はある種正解。
だって違う世界の人間ですから。
ゴリラとゴリラとゴリラだと思ってる、口にはしない、したら吊るされる。

突撃灰谷家!を実行する最強さんと一年生たちが灰谷兄弟の刺青見てビビったり日頃から灰谷兄弟をシバくおねえさんを見てビビったり、お夕食をご一緒するかもしれない。

2023年8月3日