もしも呪霊側についていたら⑤

「これは治すの難しいだろうな……」

そんな気はしてた。
疲労からか、張り詰めていた緊張の糸が緩んだのか、ねーちゃんは高専とやらの医務室にあるベッドですやすやと眠っている。
家入と名乗った医者が言うには、ただ足をぐちゃぐちゃに潰されたのではなく、元々ねーちゃんの足はそういうものだったと魂に干渉したんだと。
だから、このぐちゃぐちゃの足は元々のねーちゃんの足、という事象らしい。
治すにはねーちゃんの足をぐちゃぐちゃにした本人に治させるのが一番らしいけれど、まあ無理だろうな。
オレらそんなの知らなかったし、もうねーちゃんとあいつらを接触させるつもりはねえもん。
治らないことはないけれど、かなり時間もかかるってさ。
こちらで手っ取り早くできるのは、手術でねーちゃんの足の形を整え、それからリハビリが必要だって。
……ほんっととんでもねえことしてくれたよ、殺すだけじゃ、足りねえ。

「首謀者のことは話せないよね」

「縛りだっけ?それに関してはめちゃくちゃ念入りに言われたから言えねえな。ねえちゃんにそのペナルティーが起こるのかわかんねえし」

「だよねえ……」

「足ぐちゃぐちゃなだけで他に支障はねえの?」

「あくまで足だけだからな、感覚は多少残っているようだが……」

まあ、命あっての物種って言うもんな。
眠っているねーちゃんの手を握って息を吐く。
梵天の情報網を使ってボスや三途があいつらを探しているけれど、元々見えないやつが大半だ。
見つかる可能性は低い、けど探すのをやめる気もない。

「あと良くない報せがあるんだけど」

「あ?」

「いや、うちの上層部がね、特級呪霊と関わっていたんなら操られていてもおかしくないから始末しろって……ちょ、待ってよ!ねえ蘭!?何持ってどこに行こうとしてんの!?」

「はァ?ふざけたこと抜かしたクソ共をこっちから始末してやんに決まってんだろぉ?」

「いやいやいやいや!!待って!?」

「そうだよ兄貴、ちょっと待てよ」

「竜胆!止めて!!」

「オレも行く!」

「やめてー!お願いだから事をややこしくしないでー!!」

ねーちゃんの髪をそっと撫でて、着ていたジャケットを脱いでねーちゃんにかけてから警棒を持った兄ちゃんに駆け寄った。
そんなオレらを五条はドアの前に立って止めようとする。
だって始末って殺せってことだろ、オレらがそんなことさせるわけねえじゃん。
なんだよ、関わっていたからなんて。
わかるよ、言いたいことは。
疑わしきは罰せよってところだろ、オレらだってそうだけど、さすがに一般人が梵天と関わっていたら少しは情状酌量の余地はあるっての。

「僕からも名前さんが操られていないってことはちゃんと話した!事後報告でごめんだけど、一級相当の人間の集まりである梵天を敵に回すのかとも脅した!あいつらと同じやり口に近いけど、彼女の死刑を保留する代わりに梵天との協力体制を整えることになってる!」

思わず五条を警棒で殴った兄ちゃんに拍手した。
兄ちゃんが殴らなかったらオレが殴ってたもん。
そりゃあやり口があいつらとまんまじゃねえか、どこまでねーちゃんを身勝手に使ってんだよ。
よろめいた五条の胸倉を掴んで兄ちゃんが顔を近づける。

「よぉーくわかったよ、オマエらのやり方は。ねえちゃんを助ける時の助力は感謝する、別に好きにすりゃいい。ただ、オレらからの信用も信頼を今後得られると思うなよ」

「……兄貴、帰る?」

「モッチーが表で待ってんからな、ねえちゃんも連れて帰る」

「はいよ」

「高専から出るのはおすすめしないよ、また名前さんに危険が及ぶ可能性がある。それこそ名前さんを攫っていったやつらだけじゃなく、うちの上層部だって……」

「知らねえの?うちには無敵がいるんだよ」

家入に悪いな、と声をかけて未だに眠ったままのねーちゃんを抱き上げた。
軽くなった気がする。
ぐちゃぐちゃになってるだけじゃなくて、足の筋肉もかなり少なくなったのかも。
揺らされて少し身じろいだねーちゃんに帰ろ、と声をかけるとんん、と返事をするように小さく声を出した。
先に行ってろと兄ちゃんが言うので先に医務室を出ようとすると、待ってと家入に声をかけられる。

「これ、私の連絡先。彼女の容態に変化があったら呼んでほしい、個人として行くよ」

「……そっか、ありがとな」

渡された名刺を手に、オレはねーちゃんを連れて医務室を出た。
……兄ちゃんめちゃくちゃ怒ってたな、あまり感情表にしないところあんけど、ねーちゃん絡みになると激しくなるもんな。
でも兄ちゃんの言葉に反対するつもりはない、オレも同じだから。
さあ、早く帰ってねーちゃんを安心させてやらなきゃ。
大丈夫、オレと兄ちゃんだけじゃなくてボスたちもいるから、同じ過ちは繰り返さない。

 

口の端から血が滲む五条を睨みつける。
後で三途にドヤされんだろうな、でもそんなんどーでもいいし。
別に梵天と協力体制を築くってのはオレは止めない、その判断はボスだ。
ただ、ねえちゃんをダシにすんのは許さねえ。

「……僕、自分で言うのもだけど上層部にいくらでも言える立場なんだよ」

「だから条件飲めってか?ねえちゃん使ってる時点で対話の必要性なんてテメェ自ら捨ててんだよ」

そりゃあねえちゃん助けんのにいろいろと協力してくれたのは感謝してる。
だがその後のこれは話が別だ。

「もう話すことはねえ、梵天との協力云々はオレじゃ判断できねえんでな。勝手にボスにでも三途にでも声かけろ」

もう、ここにいる理由はない。
五条がオレを呼び止める声は聞こえるがそんなものは聞こえないフリをしてモッチーのところへ向かった竜胆とねえちゃんのところへ足を向けた。
あー、これから大変になるかもな。
でもねえちゃんのためなら苦にならない。
きっとそれはボスだって三途だって、他のやつらだってそうだ。
だってねえちゃんのことだし、ねえちゃんはオレらのねえちゃんだし。
古臭い校舎を出て、慣れない景色の道を抜けて待たせている車へ戻る。
後部座席ではねえちゃんはすやすやとパッと見穏やかに寝息を立てて眠っていて、そんなねえちゃんの手を竜胆が握っていた。
お待たせ、と声をかけてオレは助手席に入る。
モッチーはもういいのかと声をかけたのでへーき、と答えればエンジンをかけて車を走らせた。
竜胆が念の為と窓を開けて後ろを確認する。

「で?兄貴あいつらなんて?」

「別に変わんねえよ、これから梵天に接触あるかもだけど」

「三途にドヤされねえ?」

「問題ねえだろ、ねえちゃんが関わってんから」

それもそっか、と竜胆は窓を閉めると大きく息を吐いた。
まあ、相手はよくわかんねえやつらだしな。
五条もそう、夏油もそう。
呪術とか呪霊とか、知らねーし。
それにオレらが抵抗できるってのは不幸中の幸いってやつ。

「明司が梵天の医者に準備させてっけど姐さん診せるか?」

「あー……いや、いいわ。なんか向こうの医者曰く難しいってさ」

しばらくは家で療養させてやりたい。
ずっとあんなところであんなやつらに囲まれてたんだ。
ねえちゃんが強くても疲れてるだろう。
治すにしても手術で足の形を整える必要がある、ならあいつらが関わらねえように潰してねえちゃんがもっと安心できるようにしてからの方がいい。
……歩けねえってねえちゃん辛いだろうな。
絵を描きに行くって、よく出歩くことがあるから、多分絵を描けないよりもしんどい。
ねえちゃんなら手が無理になったら口とかで描きそうだ。
振り向いてねえちゃんを見れば、竜胆に手を握ってもらっているからか、さっきの医務室で眠っているより柔らかい寝顔をしている。

「まーでも、ねえちゃん取り戻せたからよかったよ」

「だな。ねーちゃん足以外問題ねえし」

「オレとしては人間辞めたオマエらにびっくりしたけどな」

「何言ってんだよモッチー、先に人間辞めたのはねーちゃん」

「そうそう、そんなねえちゃんの弟だからオレら」

「いい笑顔で言うな」

家に着くまでねえちゃんを起こさないように三人で話を進めた。
ねえちゃんの絵があるところなら梵天の事務所転々として隠れるよりは家がいいんじゃね?って。
仕組みも原理もわからねえけど、ねえちゃんの絵は不思議な力があるらしい。
モッチーに連れ出してもらった時も小さい絵をねえちゃんは使ってたとか。
家ならねえちゃんたくさん絵も描くし、ねえちゃんの足をどうにかするまで個展も開かないから物理的に絵は多くなるだろうからその方がいいに決まってる。
とりあえず三途にはこのまま家に帰ることを連絡し、途中適当なコンビニで飯とか飲み物とか、ねえちゃんの好きなモンたくさん買い込んで、それから家に帰った。
おかえりねえちゃん。

 

今日はいい天気だなぁ……なんか家のベランダに不法侵入の不審者いるけど。
夏油たちのところから逃げて数日、気持ちも大分落ち着いてリビングでコーヒー片手にソファーでスケッチブックに落描きをしていた。
コンコン、と窓を叩く音がして窓を見れば、五条が。

「名前さん、あーけーてー」

「……蘭、竜胆、不審者がいる」

「よっしゃ三途に突き出さないで殺しちゃお」

「いや、兄ちゃんこの後雨らしいから放っておこうぜ。濡れて弱ったところ殺っちまおう」

「相変わらず殺意高くない!?お話しに来ただけだよ!」

お話しに来ただけの人間はタワマン上層階のベランダに不法侵入しない。
私があの後眠っている間に何やら面倒事に巻き込まれ兼ねない話があったとは蘭から聞いた。
不審者のいる高専とやらの上層部?が私を始末しろって言っていたんだとか。
それで五条が阻止するために私をダシに梵天と手を組むように進言したんだとか。
……あ、そうですか。
なんか夏油たちに連れてかれてから自分の肝が据わっている気がする、前から据わっているとか言うな、これは生来のモンだから。
蘭と竜胆が窓の上下にある防犯ロックをしっかりとかけ、それから「はいさよならー」なんて言ってカーテンを閉めた、コンビネーションよ……
空が見えなくなるのは仕方ない、不審者のいる空見ても空が可哀想だ。

「ほんとにお話しに来ただけだって!!開けなくていいからせめてカーテン開けて!?」

「タワマンの上層階だからって窓からの防犯疎かにしちゃだめだよなぁ」

「だからって真正面から来ても蘭も竜胆も僕追い返すでしょ!?」

「あっ、もしもしボス?例の不審者来てんだけど殺っちまっていい?」

「流れるように梵天のボスに連絡してるし!」

竜胆の電話口から『問題ねえ、殺っちまえ』なんて聞こえたぞ。
空になった私のマグカップを取った蘭がおかわり入れてくるなー、とそのまま台所に行く。
まあ、聞くだけなら聞いてやろうかな。

「話はしないけど聞くだけなら聞く」

「めちゃくちゃ王様みたいなこと言ってない?」

「は?ねーちゃんが聞いてやるって言ってんだから言うだけ言えよ」

「暴論……!」

うるせえ、ここじゃ私がルールだ。
カーテンはしたまま、こほんと咳払いをして五条が口を開いた。
この前の話の続きみたいなモンだ。
私の処遇、いや高専に所属もしてない私の処遇をそっちが決めるのっておかしくね?
それに対して目に見えて竜胆が不機嫌になっていく。
コーヒーを持って戻ってきた蘭も、にこやかな顔だけど機嫌が悪いのはわかるんだなぁ。
協力するなら保留にするんだってさ。
……え?そこまで強制力あると思っていらっしゃる?私に?ちょっとその上層部連れてこいよ吊るしてやるから。

「まあだからね?とりあえず名前さんの絵をこっちに渡してもらうってことでもいい?」

「……竜胆、ちょっと抱っこして」

「おー」

「蘭、カーテンと窓開けて」

「はぁい」

そうだ、上層部がいないなら目の前の不審者を吊るしちまえばいいじゃない。
四十路にもなって弟に抱っこしてもらうのは申し訳ないけれど、すみませんね、足がこれなもんで。
いつも軽いから大丈夫!と張り切る竜胆が頼もしい。
蘭は楽しそうにいそいそとカーテンを引き、手早くロックを外して窓を開ける。
突然開いた窓に五条の表情がちょっとだけ明るくなった。
でも、竜胆に抱えられた私を見てその表情は固まる。
私の手にはカーテンタッセル。
え、と固まったままの五条の肩を強く押し、欄干からひっくり返ったところを足首にカーテンタッセルを引っかけ、それから欄干に止めるように回した。

「ちょっとおおおおおお!?」

「さすがねーちゃん!」

「やっべー!ねえちゃんすげー!!」

キャッキャとはしゃぐ蘭と竜胆、タワマンのベランダから吊るされる形になって悲鳴を上げる五条。
それに対し、私からは一言。

「次はオマエらがこうなる番だ、って伝言よろしく」

「嘘でしょおおおおおおおお!!」

ついでに、どこかで私たちを見ている夏油たちもな。


親戚のおねえさん
無事に帰ってきました。
なんか寝ている間にいろんなことがあったらしく、勝手に進められてるらしく、ちょっとオマエ吊るされろよ精神で五条先生を無理矢理吊るした。
この後おうちに懲りずに五条先生が窓からお邪魔しますを決行するのでその度に吊るす。
多分呪霊たちにも見られているので警告兼ねて。
弟たちがいれば大丈夫、強いから。
私はただの一般人の絵師です。

灰谷兄弟
おねえさん帰ってきた!やったー!
だけど勝手におねえさんをダシに話を進められてるのでそれに関しては激おこ。
別に好きにすりゃいいけど、オレたちも梵天も黙ってねえから、やれるもんならやってみな。
おねえさんをひとりにできないから必ず蘭くんか竜胆くんがおうちにいることに。
高専や呪霊に対しては殺意フルマックス。
ちゃんと片付けたらねえちゃんの足治してねーちゃんとお出かけしたい。
尚、個人としてなら硝子さんの往診はおっけー。

五条悟
いやいや僕頑張ったんだよ!?
おねえさんが始末されないようにあれこれ手を回した。
でも残念ながら灰谷兄弟はそれを許さないしおねえさんからの当たりもキツい。
中間管理職かって感じの苦労はある。
また、渋谷事変ではおねえさんの絵を数枚持っていたこともあり、教え子や後輩は無事だっりするのでそれに関しては獄門彊の中から感謝しているんだとか。

羂索(側は夏油傑)
呪霊使ってこっそり様子を窺っていたけれど容赦なく五条先生が吊るされるのを目撃して「あっこれもう手出しできんやつ」と退散していった。

 

というわけでこれで呪術廻戦とのクロスオーバーは完結になります!
ありがとうございました!

2023年8月3日