私の人生、数奇を極めているよな。
気がついたらまた現代に生まれてました。
しかも驚くなかれ、私の父はおじ様……黒炭オロチだ。
いやね、正確には私の伯父なんだけど、私の両親が亡くなって引き取ってくれたんですよ。
ちゃんと養子縁組をしたので本当にお父さんです、パパよパパ。
ちなみに目は変わらず色が見えないままです。
いやー、いるかわかんない神様さァ……そこまでするなら目も普通にしようよ。
しっかり憶えている、前世もその前も。
後者はほとんど憶えてないけどね、そういや前世も転生した自覚あったわくらい。
前世も朧気、おじ様……いやお父さんのことはよく憶えているんだけど、他は全く憶えてない。
バグ?これバグ?
まあいっか、のびのびさせてもらっているし。
前世では水墨画をやっていたけれど、今世ではそれもやりつつ、今度はカメラも手にしてみた。
一瞬を切り取るのが楽しい。
モノクロでいい、それでずっとやってたんだから。
やっぱり初めて被写体にしたのはお父さんで、なんかブレるしボケるし酷かったと思う。
でもそれを見て嬉しそうにするお父さんを見たら私も嬉しくて。
それはずっと変わらない、大好きな私のお父さん。
……ま、会社がちょっとブラックな気はしますけれど。
黒炭貿易会社、ヤのつく怖い人たちともお付き合いあるってさ。
めちゃくちゃデジャヴ……
ヤのつく怖い人たちのトップとサシで飲みに行ったりもするって聞いてもっとデジャヴ……
頼むから、途中で裏切られて殺されるようなことがありませんように。
実家は大きな日本家屋、その離れが私が使っていた部屋。
今では独立して都内のマンションに住んでいる。
本業はカメラマン、趣味でお絵描き。
よく耳たぶ長めの人が私の様子を見に来てくれるし、あとお父さんがよく通っているキャバクラの嬢が遊びに来るし、意外と賑やかだ。
そんなある日、耳たぶ長めの人……福ロクジュさんからお父さんが呼んでるって声がかかる。
ヤのつく怖い人と会食だってさ、こっわ。
私も立派な……とは言えるかわからないけれど成人女性なのでよかったら参加しないかと。
何かあったら頼れるから顔合わせだと思って、そう言った福ロクジュさんから渡されたのはなかなか豪華な着物だ。
ドレスコードあんのォ……?
訪問着、というらしい。
福ロクジュさんの説明によると、淡い色、青灰色だってさ。
その中に少し鮮やかな松や紅白梅があって、とても素敵。
帯は金、とても映えるんだろうな。
今からか、予定はなにもなかったし、こんなに素敵なものを用意してくれたから行こうかな。
お父さんからの話なら予定が入っていてもキャンセルしますとも。
福ロクジュさんがリビングの掃除をして着付けが終わるのを待ってくれるらしいので、お言葉に甘えて自分の寝室で着付けをする。
前からお父さんについて会食とかに行く時は着物だったからね、慣れたもんよ、自分で言うけどさ。
白のパーティーバッグに財布と鍵、スマートフォンを入れておいてさっさと着付けを終わらせ、それから髪を纏めた。
さすがに簪はないので簡単にシニヨンにする。
和風のバレッタで留めればほら、それらしく見えるでしょう?
終わりました、とリビングに出れば手早く掃除を終えた福ロクジュさんが「とてもお似合いでございます」とにっこりしていた。
写真を撮ってお父様に送りましょう、とスマートフォンで私をパシャリと撮っている。
お母さんか何かですか?
まあ、福ロクジュさん妹さんのこととても可愛がっていたからな、私もその延長線でめちゃくちゃ可愛がってくれているんだよね。
妹さんがお嫁に行く時はとても荒ぶっておられた……お父さんが慰めていた……
そういうもんなのかね。
福ロクジュさんが運転してきた車に乗って、お父さん御用達の料亭へ。
久しぶりかも、お父さんに会うの。
忙しいもんなお父さん。
料亭に到着し、店の前で待っていた福ロクジュさんの部下に車を任せ、福ロクジュさんの案内で奥の間へ進む。
ここは桜と梅が綺麗なんだって。
今の季節はどちらも終わってしまっているけれど、子どもの頃にお父さんが連れてきてくれて教えてくれた。
実家にも桜はあるけど梅はないもんね。
「社長、お嬢様が到着なされました」
「おお、ご苦労だったな」
襖を開いた福ロクジュさんに促され、中に入って軽く会釈をする。
わあ……でっか……
既にお父さんとヤのつく怖い人たちは酒盛りを初めていたようで……いや厳ついなこの図。
お父さんの向かいにいるのが多分トップの人、でっか……スーツだけど刺青見えてますよ……
その隣にいるのは美丈夫、左目の周りに刺青ありますけど……
反対隣には全体的に丸い人、ファンキーな髪型してんな……
全体的に厳ついんだわ、お父さんもどっちかって言ったらやや強面だし体格もいいから。
遅くなりました、と声をかければお父さんがこっちおいでと隣の座布団を差した。
そこへ腰を下ろして正座をすれば、めちゃくちゃ視線が刺さる。
ひえ……視線いったァい……
特に美丈夫の方から視線やばい……
そんな見なくても別に普通の女の子ですよ、三十路入ったけど。
「お前は会うのは初めてだったな。正面がカイドウ、向かって左がキング、反対がクイーンだ」
「はじめまして」
「ウォロロロ!そう畏まらなくていいぞ、正式な場じゃねェからな」
あっマジですか、少し気が楽だわ。
並べられた料理の説明をお父さんが丁寧にしてくれるのを聞いて、それから手をつける。
めちゃくちゃ上品な味がする、お優しい味だ。
酒は、とカイドウに聞かれて少しだけならと答えればお猪口に日本酒が注がれた、あっ、すみません。
お酒も美味しい、家じゃほとんどビールか酎ハイだもんな。
そこからは私はほとんど食事に集中していた。
だって美味しいもん。
福ロクジュさんがたまに作りに来てくれるか、ほとんどは自分で作っている。
福ロクジュさんのご飯も美味しいよ、お父さんみたいに丁寧に説明もしてくれるし、なんなら次の日のお弁当も作ってくれるからそれを鞄に入れてカメラしに行ってるし。
「お前の娘自慢は散々聞いてきたがな、確かにお前が言うように嬢ちゃんは美人だ」
「そうだろうそうだろう!可愛いおれの娘だからな!」
本人の横で親馬鹿はやめてもろて……恥ずかしいんで……いたたまれねェ……
そう思っていると、クイーンから嬢ちゃん何してんの?と質問がやってきた。
本業はカメラマンです、と答えれば見せて見せてと言われたのでスマートフォンのアルバムを開いて渡す。
ほとんどモノクロだけどね。
加工とかもあまりしない、ちょっとはっきりさせたり暈したりはするけれど。
へー、と感心したようにクイーンはそのままカイドウへ渡した。
うっわ……スマートフォンめちゃくちゃ小さく見えるんだけど……
おかしいな、最新のやつで大きいやつなんだけどな?
クイーン、カイドウ、キングの順に渡るけれど、私のスマートフォンあんなに小さかったけ?
いや大きいわ、三人がでかいだけだわ。
一番私ねスマートフォンを持っている時間が長いのはキングで、何度かスクロールすると、絵は描かねェのかと聞かれた。
「絵は趣味程度です。SNSに上げたりとか……」
スクロールしていけばあると思いますよ。
そう言えばキングはまたスマートフォンをスクロールして、ぴたりと手を止めると表情を和らげる。
小さく、相変わらず大したもんだな、と呟いた。
……相変わらず?どゆこと?
その言葉に何か引っかかりを覚えるけれど、ありがとなと返されたスマートフォンを手にして画面を暗くして鞄に戻す。
気のせいかな。
そんな私とキングの様子を見てお父さんとカイドウが真面目な顔をして、深刻そうな話題を切り出すかのように口を開いた。
「実はな、お前を呼び出したのには理由があってな……」
えっ、なになに、怖いんですけど。
渋るようなお父さん、反対にカイドウはもうはっきり言っちまえよと酒を煽る。
「……あー……お前、恋人とかいねェのか?」
「はい、お付き合いしている人はいませんが……」
「好いたやつもいないのか?」
「……はい、特には」
うっわ、なんかゾワッときた。
お父さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、だそうだ、とカイドウにバトンタッチをするように声をかける。
待った待った待った待った。
えっ、なに、そういうこと?
そのために呼ばれたの?えっ、なんでェ?
なんでそうなった?
いや、正直ほら、お父さんの仕事的にそういう場はきっと来るんだろうなって思ってはいたけど、今?
「嬢ちゃんにそういうやつがいねェ前提なんだがな、お前の親父とうちの繋がりをもっと深めたいとうちは思っている」
「はあ……」
「嬢ちゃんはオロチの大切な娘だ。その娘を嫁にもらいてェ」
わ、わー!
政略結婚的な何かだこれー!
えっ、えっ、えっ……現実ですかこれ!?
「……ちなみに、嬢ちゃんの婿に立候補したのはキングだ」
美丈夫さんですか、なんでですか。
私は 混乱 している!
いやマジでなんでェ!?
えっ、これなんて答えるのが正解?
……ンなもんねーよ!常識的に考えて!
思考が纏まらず、気のせいかぐるぐるするんだけど。
そんな中、動いたのはキングだ。
私の隣に来ると、さっきのように表情を緩めて笑う。
……不思議と、嫌な気はしないというか、なんか懐かしいというか。
「お前は憶えてないかもしれねェがな、おれはお前がずっと好きだった」
「で、でも、私、知らないし……」
「構わねェ。これからおれのことも知ってほしい、おれもお前のことを知りてェ」
ひえ……
えっ、これなんてプロポーズ?
今日初対面の人に、プロポーズされることってある?
タイムってかけていい?あっ、ダメですかそうですか!!
断ってもダメだ、お父さんの立場に影響が出るのもいやだし、かといってこれに応えるの失礼じゃない……?
でも、私が応えて、お父さんの力になれればとも思うし、不思議とこの人は私を大切にしてくれるんだろうなって妙な信頼がある。
「……よ、」
「ん」
「よろしく、お願いします……」
消え入りそうな私の言葉。
それでも聞こえたみたいで、キングは優しく笑った。
「マジでやりやがるとは思わなかったわ……」
褒めても何も出ねェぞ。
そう言えば助手席のクイーンが褒めてねェよ!と声を上げた。
ずっと探していた。
お互いがどんな最期だったのかは憶えてねェが、ずっと一緒だったはず。
変わらなかった。
色素のない髪と目。
相変わらずぼんやりとしているように見えて腹の中じゃ気の強いことを考えてんだろうな。
向こうは多少黒い噂もある大手貿易会社の令嬢、こっちはそのバックにつく極道。
別にああいう流れで籍を入れる話になってもおかしくはないだろう。
言わば政略結婚だ。
そんなもので終わらせるつもりなんてない。
おれの一番はカイドウさんだが、あいつは違う。
あいつは特別、おれの一番の特別。
おれたちのように前世の記憶とやらがあるかとも思ったが、あいつやオロチには前世の記憶はないようだ。
あってもところどころ抜け落ちているか。
「本気だったのはわかっちゃいたが、いいのか?今回はオロチは生かしたままで」
「いいんだよカイドウさん。あいつが大好きなおじ様……今はお父さんか、より大切なのがおれだってわかってくれりゃ、何も問題はねェ」
「すげー自信だなァおい」
そりゃあ、あるさ。
お互い一番だったんだ、今回だって一番だ。
おれは憶えていて、あいつは憶えていないだけ。
それでも魂とやらに刻まれたものは変わらない、それはおれがよく知っている。
カイドウさんと一緒に生きて、満足しているはずだった。
なのに少し、満たされなかった。
何が足りないのか、考えて考えて、思い当たったのがあいつだ。
ふたりきりで生きていた、その片割れを失くしたかのような喪失感だと気づいたら腑に落ちて。
何をしていても足りない、あいつがいない、色が見えないのに、自分の世界を彩ろうとする健気なあいつが。
今では何に惹かれたのかなんて憶えていない、でもおれにはあとあいつがいなきゃダメなんだ。
きっと、今回も色は見えないんだろう。
きっと、またオロチが世界を彩っているんだろう。
けれど、それはおれがすることだ。
おれがあいつの世界を彩るんだ、おれが白と黒しかないあいつをおれの色にするんだ。
執着が強いだのえぐいだの言われても構わない、好意や愛情だけじゃ表しきれないのだから。
「可哀想になァ……生まれ変わっても変態野郎に好かれてんだから」
「うるせェぞカス」
後ろから助手席を蹴り上げればぎゃあぎゃあとクイーンのカス野郎が声を荒らげる。
明日はあいつと会う約束も取り付けた。
気が強いくせに、まっすぐ気持ちを伝えれば顔を赤くするのが本当に愛おしい。
今度も、また一緒にいられれば、いいと思う。
黒炭の女の子
なんちゃって転生者。
まさか転生した後に転生するとは思うまい……
元姫様の記憶はあるけれどぼんやりしていて、オロチのことしかほとんど憶えていない。
この度キングからストレートなプロポーズをされた。
あのね、初対面なんですよ……!
でも嫌な気はしないし、なんなら不思議と安心感もある、なんだろうね。
現在はカメラマンとしてフリーに活動している。
キング
前世の記憶を持って転生した人。
最期はどんなものだったかは憶えていない、けれどいつも女の子と一緒だったのは憶えている。
初対面でプロポーズキメた、やべーなって同僚からドン引きされた。
女の子にもしも恋人がいるとか好きな人がいるとかあったら多分やばかった、いろんな意味で。
愛おしいのは変わらない。
カイドウが一番、でも女の子は特別な一番。
欲張りさんです。
極道百獣組の最高幹部大看板のひとり。
カイドウ
前世の記憶を持って転生した人。
けれど全部は憶えてない。
やべーなうちの右腕、と戦慄した。
クイーン
前世の記憶を持って転生した人。
全部は憶えてない、うろ覚え。
やべーよ、この変態野郎やべーよ……
黒炭オロチ
前世の記憶を持たず転生した人。
黒炭貿易会社の社長。
養子縁組をして名実ともに娘として女の子を引き取った。
前世よりも愛情さらにたっぷりかもしれない。
女の子が幸せになってくれればいい。
そんな感じのなんちゃって転生者さらに転生して現代で新婚生活をする(予定)話でした。