なんちゃって転生者の新婚生活⑧

「はい、完成ですよ」

ヘアメイクさんの声に顔を上げれば、鏡の中の私は色はよくわからないけど綺麗になっていた。
色はわからなくてもなんかこう……華やか?
ドレスの色が濃いから顔は控えめ、でも唇は日和が似合うと言ってくれた濃いめの赤で彩られている、と思う。
あんなに化粧するのがいやだった自分がここまでするなんて、前の私は思いもしないだろうな。
セットしてもらった髪も崩さないようにドレスに身を包み、姿見で全身を見た。
おお……なんか、私じゃないみたいだ。
まだ何色のドレスか知らないけれど、とてもしっくりくる。
ベールもありますよ、と渡されたのも白ではないのはわかった。
キングの趣味というか好みというか。
多分そう。
キングが選んだ色は何色だろう。
黒かな赤かな、前は赤い菊の簪を贈ってくれた。
赤な気がするけど、でもドレスもベールもさ、どっちでもしっくりくるんだよね。
ヘアメイクさんが私にベールを被せてくれたので、そのままスマートフォンを渡して撮影をお願いした。
とりあえず一枚ね、日和とページワンには送りたいし。
まだキングにも見せてないやつ、と一言添えてそれぞれに送る。
行きましょうかと声をかけられたので、ヘアメイクさんの案内で今日の撮影をするチャペルへ向かった。
ドレスって意外と重い。
そりゃそうか、ふんだんに装飾しているんだから重いか。
ボディーラインを綺麗に見せるためにコルセットもしているけれど、前は着物で過ごしたこともあって帯に慣れていたからそんな窮屈には感じない。
重さは何とかならんかな……ヘアメイクさんの他にも女性スタッフがいるから後ろの裾持ってもらえて助かる。
もうキングは着替えが終わっているだろうし、カイドウもいるんだろうな。
なんか、緊張してきた。
式ではないけど、撮影だけだけど、挙式みたいなものだし。

「おお……綺麗だなァ……」

扉の前で待っていたお父さんがとても穏やかに笑ってそう口にする。
本当?お父さんに言って貰えると、とても嬉しいな。
大きな扉の前で足を止め、大きく深呼吸。
扉を開く前にブーケを渡されたので、それをしっかりと手にする。
色が濃い花だ、バラ。
シンプルにバラだけのブーケだけど、とても素敵。
なんだっけ、赤は色の王様とか言われていたような……まんまじゃんね、らしいよ本当に。
お父さんがほれ、と腕を出すので遠慮なくそっと掴む。
もうお父さん泣きそうなんですけど。
まだ泣かないでよ、と言えばまだ泣いておらぬわと呟いてズビッと鼻を啜る。
ヘアメイクさんがにっこり笑いながらチャペルへ続く扉を開いた。
高い天井、多分赤のバージンロード。
キングが佇む場所には大きなステンドグラス。
ああ、凄く綺麗だ。
天気も今日は快晴で、陽の光がステンドグラスを通って入るから、色はわからないけれどとても透き通っている。
ステンドグラスを見上げていたキングが扉の音に気づいてこちらに振り向いた。

「足下にお気をつけてゆっくりどうぞ」

「うむ……では、行こうか」

「うん」

お父さんと並んでバージンロードにヒールを履いた足を乗せる。
思ったよりも厚手の絨毯なのかな、足音は思ったよりもしない。
あくまで撮影だけだけど、思ったよりもたくさん撮影してくれるとのことで本当の挙式みたいにお父さんとバージンロードを歩くことになった。
前は、そういうことはなかったし、お父さんは……おじ様は……確か……
ああ、いや、思い出さなくていいや。
もう前のことはいいんだ、今が自分にはもったいないほど幸せと思えるから。
ゆっくりとバージンロードを進んでいけば、新郎側の家族席にいるカイドウと目が合った。
……なんか、カイドウも泣きそうなツラしてません?
こっわ……強面の厳ついカイドウが泣く顔こっわ……小さな子どもなら泣くわ、マジで。
それに気づいたのかあやつの方がワシより泣いてねェか、とお父さんが呟く、ほんそれ。
バージンロードの終点で、待っていたキングとバトンタッチするようにお父さんが私の手をキングへ受け渡す。

「いいな、似合っている」

「ありがと、まだ何色か聞いてないんだけど……」

ドレスの色とベールの色。
白じゃないのはわかるくらいで。
キングが私の手を引いて薄く笑うと、かかっているベールを上げた。
少し薄暗かった視界が明るくなる。
ステンドグラスから射し込む光も相まってとても眩しい。
あ、今気づいたけどキングも衣装は黒じゃなさそうだ。
黒にしては明るいというか……わかんない、グレーかもしれないけど。

「おれとお揃いだよ」

「えっ、そうなの」

「ああ、おれはボルドーの衣装で、お前は赤と黒のドレス。ベールは黒、ブーケのバラは赤」

……わあ、予想通りだったけどまさかの二色。
というか、本当にキングと言えばの色じゃん、めちゃくちゃ染められているじゃん、私。
めちゃくちゃお揃いじゃん……髪だって同じ色だし、余計に。
うっわなんか恥ずかしくなってきた。
顔に熱が集まる。
カッとするってよりはボンッて爆発しそう。
思わずブーケで顔を隠すと、ふふ、とキングが笑った。
この瞬間も撮影されているし後で見返すともっと羞恥で顔真っ赤になりそう、もうりんごだよりんご。

「指輪交換をしましょう。新婦様はグローブとブーケをお預かりしますね」

スタッフの声に顔を上げ、それからスタッフにブーケを預ける。
そうそう、指輪交換もするって決めていたから予めあの綺麗な指輪は外していたんだ。
グローブも教わった通りに順番に外してスタッフに渡した。
その間にキングがスタッフから指輪を受け取って、私の左手をもう一度取る。
不思議だな、もうこうやってつけてもらっていたのに。
キングの大きな手は私より温かい。
武骨な指が私の薬指を撫で、そこへあの指輪をそっと嵌めた。
木目調の柄、一筋だけピンクゴールドで、赤い糸を模していて。
ふたつの指輪は同じ木目金から作られているから指輪をくっつければぴたりと模様も合う。
そんなさ、素敵なものを選んでくれたって思うと、本当に私のこと愛してくれているんだなと実感するよ。
前のキングを知っている、あの気まずい初対面だったのに全部なくして私を連れ出してくれて、そして今は生まれ変わっても見つけてくれて。
きっとキングのことをよく知っている人、特にカイドウなんかはひっくり返るくらい驚いたんじゃないかな。
私だって驚いたわ。
私の左手薬指に収まった指輪を撫でると、キングは自分の手を私に差し出した。
スタッフからキングの指輪を受け取って私もキングがしてくれたようにキングの左手を取って薬指に指輪を通す。
あの時はめちゃくちゃ緊張していたのに、何故かあの時よりももっと緊張するような場所で、シチュエーションなのに、私の手は震えることはなかった。

「うっうっ……よかったなァキング……!」

「馬鹿まだ泣くなカイドウ。おれもつられ泣きするだろうがァ……!」

……家族席はひとりずつしかいないのに、賑やかだな。
同じことを思ったのか、キングはなんとも言えない顔をしてカイドウとお父さんを見比べて仕方ねェなと言わんばかりに眉を下げて息を吐く。
わかるわー、そんな顔したいよね。
ほらスタッフの皆さんもなんとも言えない顔してんもん。
ふたりとも強面っちゃ強面だし、そんなふたりがめちゃくちゃ号泣していたら誰でもそんな顔する、そういうもん。

「生憎、お前意外の人間には誓わねェが……ずっと大事にする。知らねェもんは教えるし、おれにもお前の見えるもんを教えてほしい。幸せにしてやれるかはわからねェが、おれと、ふたりで生きてくれ」

「……凄く今さらじゃね?ずっと大事にされていたし、大事にしてくれるのも、教えてくれるのも知っている。キングと……アルベルと一緒に生きていけるだけで十分幸せだよ」

前だって、多分幸せだった。
だから今だってそう。
今はもっと形になっているだけで、それは変わらない。
私の言葉にキングは目を丸くすると、そういうところだよと呟いて私の唇に少しかさついている唇を重ねた。

 

もうちょっと御二方お顔なんとかなりませんか。
そんなスタッフの言葉に女と揃って噴き出して笑ってしまった。
おれと女を挟んでカイドウさんとオロチが並んでいるんだが……こう……顔がな……
ひでーツラ、と笑いながら女が容赦なく口にする。
言ってやるな、本人たちの方が感極まってんだ。
そりゃあんな強面の厳ついツラが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってりゃな……スタッフだってそうは言いたくなかっただろうに。
おれがカイドウさんの顔にハンカチを押し付け、女がオロチにハンカチを差し出してせっかくなんだから泣かないでよと笑う。
……おれのあのハンカチもう使えなさそうだ。
ちーんと鼻をかんだカイドウさんが涙目でキリッと顔を作った。
オロチも鼻を啜ってからカイドウさんのように顔を引き締める。
そうそう、その顔で。
やっと場が締まったところで揃ってスタッフの構えるカメラへ体を向けた。
ああでも、本当に選んだドレスが似合っているな。
……口紅を選んだのが小紫だと聞いた時は少しもやっともしたが、あいつはこいつのことなら似合うものを熟知している。
そこは今度店に行った時に今日の写真を見せびらかしながら褒めてやろう、ほんの少しだけな。
四人での撮影が終わると、スタッフがチャペルの外を少し歩いてみては?と提案した。
思ったより時間を食ってしまったかと思ったが、このウエディングフォトのプランでささやかなスタッフからのプレゼントだと言う。
女に腕を差し出せば、女は表情を柔らかくして手を乗せた。

「思ったよりね、ドレスって重いんだよ」

「そりゃそんだけ飾りつけりゃな」

「選んだのがキングだからあーわかるーって思った」

「もっと重いつもりだからな」

おれのお前への想いは。
白い肌、白い髪、透明な瞳。
正直おれ色に染めるためのようなもんだと思った。
白いウエディングドレスよりも、こいつには色の濃い、それこそ赤や黒の方が映える。
白は純新無垢な象徴。
これから染めていけと言わんばかりの。
けれど、もうこいつはおれが染めているのだからおれのもんだと象徴させるのなら選んだ赤と黒のドレスが相応しい。
チャペルは広い敷地にあるが、その外を通行人が通らないわけではない。
ふたりで並んで話しながら歩いていれば、自然と通行人が足を止めてこちらへ視線を向ける。
同時に珍しさもあるのだろう、新郎新婦共に同じ色の衣装を見に纏っているとなれば。

「なんでその色の衣装にしたの?」

「おれか?」

「うん」

「……お前と同じ色ってことは、おれもお前に染められているってわかるだろ」

「……うわあ」

そんなめちゃくちゃ重いなこいつみたいな顔するなよ。
それは承知の上だろうが。
ふわふわと空を漂う雲みてーに揺蕩うように生きているお前を繋ぎ止めるには重くなきゃ無理なんだから。
吹く風に流されることも多かっただろうが、雲ではないのだから風船のようにしっかり重いものに括りつけて手放さなければお前は流れねェだろう?
そう言えばそんなに私ふわふわしてる……?と女は疑問符を浮かべたように首を傾げた。
している、いや、していた。
揺蕩うように見えて芯はしっかりしているんだ、今も前も。
そんなアンバランスさが女の魅力か。
顔がいいとか、親が権力者とか、外側ではなく内側がおれに刺さったんだ。

「うーん……じゃああれだ」

「あ?」

「キングも地面に足をつけるだけじゃなくて、たまには一緒にふわふわすればいいんじゃね?前は飛べたしさ」

知らんけど。
……本当に、こいつは。
そういうところだぞ、本当に。
敵う気がしねェ、ずっと。
今は飛べねェよと苦し紛れに言えば飛べても困る、と真顔になった。
立ち止まってそっと女の頬に触れる。
手の甲や指の背で撫でれば擽ったそうに肩を竦め、女はとても穏やかに笑った。

「ふわふわしているんならちゃんとキングが言ったように私を離さないでね。別に行く宛ては何もないけど、どうにでもなれ精神で生きていたしさ」

「知ってる。離してくれって泣いても離すつもりはねェよ」

「……海賊こっわ」

「今は極道だけどな」

「あまり変わんない」

「だな」

悪い男に目をつけられるお前も十分悪い女だよ。
前のように完全にふたりきりではないけれど、おれとふたりで生きてくれ。
言ったように、幸せにしてやると言える人間じゃない。
でも、幸せだとお前が思ってくれるように、ずっと寄り添っていたいから。
もう一度、赤く彩られた唇に自分の唇を重ねた。


元黒炭の女の子
なんちゃって転生者。
ドレスは赤と黒でした、赤いヒールと真っ赤なバラのブーケと黒のベールを添えて。
頭のてっぺんから爪先まで見事にキングの色。
幸せにしてもらうというか、もう十分幸せだよ。

キング
嫁に合わせてボルドーの衣装でした。
嫁をおれ色にするならおれも嫁色になれるな。
めちゃくちゃ重い、物理的にも気持ち的にも。
前からだけど嫁を自分色に染めたがるし自然と自分の目と同じ色のものを服でも小物でも贈りたがる人。
幸せにするとは言えないけれど、幸せだと言ってくれただけで自分も十分幸せだ。

カイドウ
号泣。
挙式じゃないし撮影だけだし酔ってないんだけどめちゃくちゃ号泣した。
キングのハンカチをダメにした人。

黒炭オロチ
こちらも号泣。
もう娘の花嫁姿を見ただけで号泣。
きっと今夜はカイドウと飲みに行ってめちゃくちゃ泣く。

2023年8月4日