キングの育児日記③

○月✕日
反抗期到来。
いい子だったからか、やけにおれの言葉にも突っかかってくるようになった。
聡明なのはいいことだが、パパにまでそうやって突っかかってくるのはやめねェか……
カイドウさんに相談したらやけにニヤニヤしながらそういうモンだ、娘なんか特にはと言われるだけ。
カイドウさんはどうしてたんですかと聞いたら泣かれた。
それが過ぎたなら苦労しねェよとギャン泣きだった。
それもそうか……苛立っていたとはいえ、悪ィことした自覚はある。
誰にでも訪れるものだとは理解している、が。
ヤマトとつるむのだけはやめろ、頼むから、悪影響でしかねェんだよ……!

 

「……またか」

ヤマトおじさんのところにいってます。
反抗期のくせに丁寧に書き置きを残すのはどうなのか。
所在がはっきりしていれば構わない。
だが、所在のはっきりしないヤマトのところをどう探せと……?
いや別に探せないわけではない。
いくら戦闘訓練をしていてもまだ覇気は扱えねェし、捕まえようと思えば捕まえられる。
ただ……少し前に見つかったヤマトがカイドウさんに「パパなんて大嫌いだばーか!牛ゴリラァァァ!!」と放った言葉の破壊力を思い知ったわけで。
大嫌いと言われた挙げ句牛ゴリラだなんて暴言を吐かれたカイドウさんは心まで武装色の覇気で覆えるわけもなく、膝から崩れ落ちた。
ガキって恐ろしいな、無意識に親がどう傷つくのかわかる言葉を吐けるんだからな。
あの女のことだ、娘にあざとさを教えたのならそういう言葉だって教え込んでいる可能性がある。
一緒に娘を育てていたら……なんて思うが正直一緒に育てていたらやべー可能性しか残ってねェ。
せっかく綺麗な羽根があるのだから天使みたいな子にしましょうね、なんて微笑ましく言っていたのだろうが小悪魔以上の悪魔を育てている自覚はねェのか。
そんな悪魔に進化しかけの小悪魔がとんでもねェやんちゃを超えたクソガキのヤマトとつるんだら合体事故が起こっちまう。
男なんて手玉に取るようになるだろうし、そんなことになったら手に負えねェ自信しかねェ。
……既におれは手玉に取られているかもしれねェが。
とりあえずカイドウさんに娘がヤマトのところにいるだろう旨を話せば現実逃避するかのように酒を煽り始めた。
なんでも、例のパパなんて大嫌いの言葉は娘がヤマトに教えたんだとか。
……いたたまれねェ。

「……せめてお前の娘だけでもさっさと見つけろよ」

「……ああ」

おれもパパなんて大嫌いと言われたら崩れ落ちることしかできなさそうだ。
知ってるか?
新世界に覇気を扱えるやつは多いが心まで覇気で武装できるやつはいないんだぞ。
いろんな意味であの時あの女を無理矢理攫ってしまえばよかったと後悔した。
尚、数時間後見事に娘から「パパしつこい!しつこいおとこはきらわれるよ!!わたしはしつこいひときらい!!」なんて言われて崩れ落ちるんだがな。

 

私は娘である。
ごく普通のちょっとのんびりしたように見えてほんわかしたひとりで生きていけるんか?って思うけれど強かな母と、生き残りを見つけて通報するだけで一億という稀少な種族で現四皇の右腕を務める見た目は全身黒レザーでちょっと趣味を疑う同僚からは変態野郎と呼ばれる強い父の間に生まれたハーフの子ども。
パパに会う直前、ママが病で死んでから私のことを村長が政府に通報したらしく、あわば売られる寸前だった。
確かに生まれ故郷ではあったけれど、子どもを躊躇いもなく政府に売るような故郷は故郷と思いたくもない。
パパが遠慮なく島を全部大きなキャンプファイヤーした時は喜んだし、炎はとても綺麗でキャッキャとはしゃいだ。
ちなみに初対面の時のパパはでっかいし、見た目あんなんだし、怯まなかった自分には確かにママの血も流れているんだと実感もした、そうね、ママは強かったからね、メンタルクソ強だったもん。
同情で連れ帰ってくれたのかなって思ったけれど、私が思ってるよりも父は私に父らしく接してくれている。
私もあんなにでっかくなるのかな、そうしたら強くなれるのかな、ママやパパみたいに。
だがしかし、今は娘は反抗期である。
ママが病に倒れてからは甘えるのも年相応に反抗するのもできなくて、つい元気もりもりなパパに反抗してしまう可愛い娘である。
可愛いでしょ?
ママもパパに似てとても綺麗なお顔してるからちょっと可愛い仕草覚えれば相手はメロメロよと教えてくれたからめちゃくちゃ自分のお顔は活用しているのである。
……でも、種族柄、特にパパのことなんだけど、私とパパが瓜二つ過ぎて芋づる式にパパの素性も割れてしまうし、そのまま私の素性も割れるから、お顔は隠してほしいとパパに言われた。
どんな魔法がかかっているのかと思いたくなるもこもこのフードはちょっと暴れたくらいじゃ脱げない、なるほど、鉄壁スカートの法則、ママ言ってた。
別にお顔隠すのが不満なんじゃないの、パパあんな厳つい見た目で過保護なの。
私、もう七つだよ?女の子だよ?
いくらパパがでっかくて、お風呂だって大きくても溺れないもん、女の子がパパとお風呂入っていいのは五つまで、ママが決めてた。
いくら血の繋がる親子でもそこはちゃんとしなさいって、私にお顔の有効活用や言葉やら仕草やら、教えてくれたママは今思えばとても真っ当に育ててくれたと思う。
ので、娘はパパとお風呂入りません、寝るのもひとりで大丈夫。
あれやだこれやだって言って許されるのは小さいうちでしょ?十になる頃には許されないでしょ?
娘なりの甘え方なんです、パパにしかできないから。
そんな私は最近、ヤマトおじさんと仲良しです。
カイドウさんの娘なんだって、おじさんって呼んでって言われたのはヤマトおじさんが憧れる人は男の人で、その人になりたいからまずは男になろうって思ってるんだって。
ママ言ってたなァ、男になるのも女になるのも自分で選べるんだって。
どこかの国では男でも女でもない、けれど男であり女である強い人たちしかいないんだって。
なるほど、トランス……なんちゃら。
私は女の子のままがいいかな、ママが可愛い天使みたいになったらどんな男も女もいちころよって言ってたもん。
翼が黒いなら天使というより堕天使じゃ?と思ったこともあるけどママが言うなら間違いないよね、娘は天使目指す。

「……いや、多分それ小悪魔ってやつ」

ジャッくんのところに遊びに行ったら複雑そうな顔してた。
兄御にお前がいるって伝えてもいいか?って聞かれたから逃げてるわけじゃないし、いいよって言っておいたよ。
ヤマトおじさんと違って逃げてないもん、娘の反抗期なだけだから。
不満なことはたくさんある。
なんでパパ顔めちゃくちゃいいのに隠すの?とか、いくら娘でも構い過ぎじゃない?とか、ジャッくんに言ったらお前が大切なんだよと頭を撫でられた。
わかってるよ、パパが大切にしてくれてるの。
まだ会ってそんなに経ってなくても、大切にしてくれてる。
でもね、女の子って聡いんだよ。
それが自分の子どもに対するものなのか、それとも自分以外の同族がいないから大切にしているのか、わかっちゃうんだよ。
パパは前半四割、後半六割って感じ。
……わたしはね、パパのむすめなんだよ。
確かにパパと同じ血が半分流れているから、半分同族だけど、その前に娘なんだよ。
ママみたいにぎゅってしてほしいし、身を守るために戦い方を教えてもらうんじゃなくて、本とか読んでほしいもん。
ママみたいに、わらってほしいもん。
ムスッとしていると、ジャッくんは困ったように眉を下げる。

「おれァお前のパパのこと全部は知らねェけどな、尊敬する人なんだよ」

「どしたのジャッくん、いきなり」

「お前のパパは凄い人って言ってんだ」

「……しってるよ」

「おう」

「……でも、むすめがパパにぎゅってしてほしいって、わらってほしいって、おもうのはへんかな?」

この海を統べる四人いる皇帝のひとりであるカイドウさんの右腕、火災のキング、絶滅したルナーリア族。
その前に、私のパパなのに。
知っているよ、この気持ちが嫉妬だっていうのは。
だってパパに会えて嬉しかった時のキラキラした気持ちじゃないもん、ドロドロした気持ちだもん。
ママ言ってた、嫉妬はドロドロしているって。
キラキラしたままでいたいから、パパと一緒になるのをやめたって、言ってたもん。
ヤマトおじさんだって、カイドウさんにそう思って……ないかも、やっぱ今のなし。
パパなんて大嫌いって言うとほとんどのお父さんはダメージ受けるよって教えたら、実行して牛ゴリラなんて暴言も追加してたから多分本当にヤマトおじさんは自分のパパ嫌いだ。

「……ならパパに直接言ったらどうだ?」

「……パパこまったかおするもん」

「見えねェだけであの人喜ぶよ」

「ほんと?」

「ほんとほんと、ジャッくんの言うことは信じらんねェか?」

「ううん」

わたしよりパパといるもんね、とちょっと意地悪したらジャッくんは慌てていた。
でもこの前「しつこいおとこはきらわれるよ!!わたしはしつこいひときらい!!」って言っちゃったから怒ってないかな。
……わたしのこときらいにならないかな。
きらいって、言っちゃったけど……
きらいじゃ、ないよ。
だってパパだもん、ママがすきっていって、わたしにもパパのことぜんぶおしえてくれなかったもん。
ママがすきになったパパだもん……
ドロドロしたものがたくさん溢れてくる。
はらはらと目から水が溢れてくる。
慌てたジャッくんが大きなハンカチで顔を拭ってくれたから、そのままそれに抱きつくように顔を擦りつけた。

「……だ、そうだ……兄御」

「……お前が泣かせたんなら今すぐお前を火炙りに処すところだったな」

ずび、と鼻を啜っていると頭の上からパパの声がした。
パパ、と発した声はか細くて、パパはいつもの趣味悪いマスクのままだけど大きく息を吐いて大きな手で私を抱き上げる。

「娘が世話になったな」

「いや、おれは何も」

「また話相手にでもなってくれ、おれ相手じゃ話せねェことあるだろうからな」

パパの手に乗せられたまま、パパが歩き出す。
部屋を出る前にジャッくんにありがと、と手を振っておいた。
……聞かれてたのかな、ちょっと恥ずかしい。
ジャッくんに渡されたままのハンカチに顔を突っ込んでいると、パパが私の頭を撫でる。

「……ああやって、パパに素直に言ってくれてもいいんだぞ」

「……めーわく、じゃなかったら」

「そんなわけあるか。蔑ろにした覚えはねェ」

それはそう。
ハンカチから顔を上げて、さっきジャッくんに言ったことを口にする。
ぎゅってして、それからあたまなでて、かわいいっていって。
そりゃあパパの方がめちゃくちゃでっかいからぎゅってするのも大変だろうし気を遣うのもわかるけど、娘はぎゅってしてほしい。
手を伸ばしてみれば、パパは私の手がパパの首に回る位置へ上げて、私がパパの首に抱きつけばそっと大きな手でぎゅってしてくれた。
……あったかい、ママよりあったかいかも。
ママは私をぎゅってして、よく私の炎で火傷していたなァ。
だから自分の炎のコントロールだけでもちゃんとしようって頑張った。
ママは気にしなくていいのよって笑ってくれたけど、大好きなママに怪我はもうさせたくなかったから。
でもパパは大丈夫だよね、だってパパだもん。
私の炎なんかちょっとしたマッチの火みたいなものでしょ?

「えへへ……パパすき」

「お、う……おれも、お前が好きだよ」

きっと、趣味悪いマスクの下では少し顔を赤くしているんだろうな。

 

○月○日
まだ反抗期の真っ最中なのだろうが、少しだけ娘のことがわかったような気がする。
甘えたかったんだろう、疑っていたんだろう。
おれが、娘としてじゃなくて、数少ない同族へ対するように接しているんだろうと。
そんなわけ、ないとは言えねェが、でもその前におれの娘だ。
同族への憧憬を抱いてはいても、その前におれの娘だ。
前よりもスキンシップを増やせば「しつこい」と嫌がられる時はあれど嬉しそうに表情を緩めることも増えた。
カイドウさんに報告したらめちゃくちゃ泣かれた。
嬉し泣きと悔し泣きの両方らしい。
試しにヤマトにも言ってみれば……と進言したら早速実行したらしいが「いきなり気持ち悪いんだよクソ親父!」と玉砕したんだと。
……おれの娘の方が可愛いな、うん。


キングの娘
ルナーリア族のハーフ。
反抗期突入、ママにはそんなことできなかったから事ある事に突っかかっていた。
でもそれは好きの裏返しに似たものもあるわけで。
パパのこと?だいすきだよ!

キング
娘に反抗期到来。
困っていたが、娘が思ったよりも聡い故のすれ違いもあったわけで。
一体あの女は娘にどんな教育していたんだ……とこの先も頭を抱える未来はある。
パパきらい!はどんな父親の胸も突き刺すわけで、キングも例外ではない。
ヤマトと一緒にいたら合体事故を起こしそうで戦慄している人、娘はともかくヤマトは既に合体事故起こしている。

カイドウ
パパなんて大嫌いと言われた挙げ句牛ゴリラと言われた思春期の娘を持つパパ。
キングとその娘が親子らしくて安心している。
あわよくばおれも……と頑張ったけど無理だった、クソ親父と呼ばれた、とても悲しいから自棄酒する。
心までは武装色の覇気纏えねェんだ……

ジャック
ジャッくん。
娘の頼りになる話相手。
もしもジャッくんが娘を泣かせていたら火炙りに処されていた。
ジャッくん危機一髪。

ヤマト
可愛い姪がいる気分。
娘のママの言葉をそのまま教えられたので実行した、僕の勝ち!!

2023年8月4日