兄貴分と再会したら四皇の大看板だった②

この宴に終わりなんてなかった、終わって欲しかった。
あの後キングとクイーンが怒鳴り合いを始めて耳が痛くなったし何より怖かったので、飛び六胞のひとりに休んだらどうです?と提案されたのをいいことにこそこそ抜け出してちょっと離れた少し静かなところへ。
使っていいと言われた部屋はめちゃくちゃ広い、上にも横にも。
なんでもうちの海賊団向けに用意した部屋なんだとか。
抜ける時にデザートになりそうな甘いものをいくつかもらってきたし、ゆっくり食べれそう。
……と思っていたのも束の間だなんてありえない。
なんでクイーンと怒鳴り合っていたキングがここに来てんの?叔父貴から許可は取ってある?嘘つけ船長はうちの娘に手ェ出したらぶっ飛ばすって言ってたぞ!船長はお前より懸賞金高いんだからな!二十億超えなんだからな!ぶっ飛ばされろ!!
広い部屋だってのに隅っこで体を丸めてビビる私のなんて滑稽なことか。
ビビるなって言われてもビビるわ、見ろよこの可哀想なくらいべしょべしょに垂れた耳を!ぶわっと膨らんだ足の間に挟まる尻尾を!
うん、まあ、ビビりなもんで。
でも座り込んだキングははあ、と息を吐くだけでこっちに危害を加える様子はない。
ちらちらと様子を窺いつつ、持ってきた甘いものを口へ運ぶ。
えーん味がしないよお……デザートのはずなのに……おしるこ……
泣き出さないだけ偉いでしょ!?
姿勢が悪いとか飲み込みにくいとかあるけれど、とりあえず早く出てってくれないかな。
そう思ってどれくらい時間が過ぎただろう。
部屋にまで届く賑やかな声は止まない、なんならちょっと爆発音とか悲鳴とかも聞こえる。
いくつになっても、苦手なものはあるんだ。
フード越しにだって聞こえる、どんだけ馬鹿騒ぎしてんだあの酔っ払い共、特に船長。
耳が痛い、イカれる。
フードごとギュッと耳を押さえ、なるべく音が聞こえないように体も丸めた。

「……こら、痛めるぞ」

と、その時ふと襲う浮遊感。
両脇から手を入れられ、ふわ、と体が浮いたかと思ったら何かに乗る。
下は畳だったのに、なぜか視界に入るのは黒。
何に乗せられたかなんてわかる、でも認めたくない……泣くぞ。
顔を上げるなんてことはできなくて、そのままぷるぷると震えていれば存外優しく頭を撫でられた。
……なんか、知ってるかも、この撫で方。
船長やカイドウさんにされた乱雑なのとは違う、でも知ってる。
毛並みに逆らうように下から上へゆっくり、耳の後ろや付け根を解すようにちょっと強めに。
あんなに怖がって体が固まってしまっていたのに、自然と喉からは甘えるような音を出してしまう。
なんなら尻尾は足の間に挟まっていたのにリラックスする時のように垂れている。
私の体から余分な力が抜けると、また両脇から抱え上げられて幼い頃にしてもらっていたかのように体を寄せられた。
知ってる、知ってる、けど。
そんなことある?そんな偶然ってある?ほんと?
恐る恐るフードの下から顔を窺う。
目が合った。
気のせいかもしれなくても、少しだけ柔らかい目をしている。

「……にーちゃ……?」

そんな馬鹿な。
自然と口から出た特定の言葉にキングは被っているマスクを少しだけずらした。
褐色の肌、白い髪、左目の周りの刺青。
赤い目を細めて本当に変わらねえなと笑うその人を見て、私の涙腺が決壊したのは言うまでもない。

 

ぴすぴすと鼻を鳴らし、喉からはキューンキューンと甘えた音を漏らす女の背を撫でる。
置いてったくせに、約束破ったくせに、なんで。
なかなかこちらの胸を抉る言葉を吐きながらもあの日の幼子のように泣いて、でも尻尾をこれでもかと振っている姿に思わず表情が緩んだ。
思わず追いかけてきた、後でカイドウさんやクイーンに何を言われるかはわからねえ。
叔父貴にはぶっ飛ばすという宣言をされていたわけで、戻ったら拳の一発や二発は覚悟している。
あの日、置いてきてしまった時と少し変わったところもあるが根っこはそのままのようだ。
まさか可愛がっていた妹分が傘下の海賊団で八億の幹部になっているとも思わないだろう。
両足と右手が人間のそれとはかけ離れていても、あの時の傷が残っていても、ビビりで泣き虫は変わらない。

「ほら泣き止め。可愛い顔がぐちゃぐちゃだ」

「んぶぇ」

適当にそこらにあった手ぬぐいを顔に押し付けてやればそれを受け取って顔を強く擦った。
泣き腫らした目のままこちらを見上げる。
大人になった、あの頃ただただ幼かった子どもが。
フードを外し、直に頭を撫でればもっと撫でろと言わんばかりに耳が寝た。
言いたいことも、聞きたいこともたくさんある。
だが自然と言葉は何も出てこない。
それはこいつも同じらしい。
久しく口にしていないこいつの名前を呼べば応えるように振っていた尻尾が激しさを増した。
……いや、強い強い。
風圧で周りもモンが飛んでんぞ。

「おれの炎と翼でわかったろうが」

「ずびっ……だって他にも同じ特徴の人いるかもだし……にーちゃ、趣味悪いのつけてるし……」

「ああ……」

特殊な種族だとはわかっているようだが。
おれだって聞いた話だけでこいつがあの子どもだと確信していたわけじゃねえな、あそこで顔見なきゃわからなかった、お互い様か。

「いくつになった?」

「さんじゅ、は過ぎたと思う」

「背は」

「三メートル越えた、はず」

そりゃあでかくなるわけだ。
膝の上に下ろせば幼さの残る顔でおれを見上げる。
本当にでかくなった。
泣き顔やおれを呼ぶ舌っ足らずはあの時のまま、でもひとりの女として可愛らしく綺麗になったと思う。
ふと狼のそれになっている右手を取った。
ふくふくとした柔らかな手ではない、凶器と遜色ない鋭い爪のある手だ。
手のひらの位置にある黒い肉球も、こいつがどれだけ場数を踏んできたのかわかるほどザラザラとして固い。
ギュッと押せばさらに爪が押し出されて伸びる。
グリグリとおれの胸に頬を擦り付けるのは流れる半分の血故か。
右手を離して今度は左手。
女らしいすらっとした手だが、うちの飛び六胞のひとりとは違い、爪も短く手のひらの皮は厚い。

「にーちゃ」

「あ?」

「にーちゃはかっこよくなったね」

「……ああ」

マスクしたままだとビビっていたのはどこの誰か。
決してお互い口数が多いわけではない。
けれど離れてしまっていた時間を少しでも埋めるように寄り添っていた。

 

「キング……おれの娘との逢瀬は楽しかったかァ?」

死んだかもしれねえ、叔父貴から発せられる覇気にそう思った。
あいつが寝落ちたから置いてあった布団に寝かせ、出てきたのがつい先程。
賑やかだった場は酔い潰れた人間が多く静まり返り、カイドウさんと叔父貴がそこでサシで飲んでいる。
酒片手に顔をほんのり赤くしながらも、叔父貴の顔は笑っていない。
カイドウさんの傘下、その名前を隠れ蓑にしているように見えるが叔父貴も二十億超えの列記とした猛者だ。
能力者であることを加味しても、なんでこの人はカイドウさんの傘下にいるのかと疑いたくなるくらいには。
ピリッと空気が弾ける。
覇気だけでなく、叔父貴の能力の片鱗が漏れているからか。

「ウォロロロ……まあ兄弟、勘弁してやれよ。何十年と離ればなれになっていた兄貴分と妹分の感動の再会じゃねえか」

「ふん、そもそも置いてくなって話だがな」

「あの状況じゃ無理だろうよ」

カイドウさんと叔父貴には、出会った当初からあいつの話はしていた。
叔父貴があいつを連れて来るのを成長してからだと渋っていたのはカイドウさんと叔父貴にそれぞれの当てはまる人物だと確証がなかったからだろうか。
……いや、あいつの臆病さを考えたら真っ当かもしれねえが。

「お前の様子を見るにお前の言う子どもと娘がイコールだったんだろうけどな、おれは認めねえぞ!」

「兄弟、角出てんぞ」

「出るわ!なんなら今すぐ姿変えてこの野郎をズタズタにしてやろうと思うくらいにはな!!」

カイドウんとこの人間で命拾いしたな!そう吐き捨てながら叔父貴は酒を煽る。
片やルナーリア族の生き残り、片やミンク族のハーフ、その時点で一致するのは当然だったが。
半分姿を変えた叔父貴が器用に前足で酒樽を抱えて顔を突っ込み、うぉんうぉんと泣き声を上げていた。

「今でも思い出すんだよォ……拾いたての頃、にーちゃんにーちゃんってグズっていたあいつをよォ……うっうっ……」

「……カイドウさん、もしかして叔父貴めちゃくちゃ飲んでいるんじゃ……」

「……おう、止めたんだぞ。おれが言うなって話だが」

「可哀想でよォ……娘を置いてった馬鹿野郎を、なんで置いてったんだってとっちめてやろうと思ってたんだよォ……!」

それは言い訳できない。
あの場所を破壊しながら逃げ出したのはおれとカイドウさんだ。
カイドウさんも後ろめたさがあるのか、酒片手に視線を逸らす。
酒に溺れるように見事に泣き崩れる叔父貴を横目にカイドウさんの隣に腰を下ろし、カイドウさんに渡された器を手にした。
あいつの様子や叔父貴を見ていてわかる。
あいつは叔父貴にそれはそれは大切にされながら育ったのだろう。
あの場所でも研究員からは可愛がられていたあいつだ、叔父貴のところでも叔父貴や他の人間に囲まれながら可愛がられながら、あんなに成長した。
多少体に変化はあれど、臆病さや癖が変わらないのはその表れだと思う。

「叔父貴」

「あんだよォ……」

「あいつを育ててくれてありがとう」

「……ぶえええええん!やめろそういう時だけ素直になるな!水くせえなァ!!」

……泣き方がちょっと似ている気が、しなくもない。
完全に姿を変えてしまった叔父貴を背を叩きながらカイドウさんが笑う。

「で、だ。どうするよ兄弟。さっきも話したがせっかく感動の再会をした兄貴と妹を一晩で引き離すのも可哀想ってモンだろう」

そのカイドウさんの言葉に酒樽に突っ込んでいた顔を上げて叔父貴が顔を顰め、それから「娘はやらねえぞ!!」と吠えた。
覇気漏れてるぞ叔父貴。
ビリビリと空気が震え、割れやすい皿や器が割れるが誰ひとり起きる気配はない、むしろうたた寝のような状態のやつらが叔父貴の覇気に当てられて完全に意識を失う。
クイーンだけは一度体を起こすと「敵襲かァ!?」と叫んだので近くの酒瓶でぶん殴っておく。

「……娘が、どうしてもお前から離れたくねえってんならいいけどよォ……うっうっ……ぶえええええ……娘がキングに嫁入りするゥ……!」

「飛躍し過ぎだ」

「本当にそう思ってんのかカイドウ!そうじゃねえならキングも即答できるよなァ!?」

「……」

「……えっ、なんでお前それもありだなみてえな顔すんの?マスク越しでも伝わるんだけど?マジ?マジなの?マジで考えてんなら本気で怒るぞおれァ」

年齢的にもお互い問題もなにもねえしな……
確かに妹だと思ってはいる、同時に言いようがない気持ちがあるのも事実。
もう離れたくないとは思う、手放したくないと思う。
一度した約束を破っちまったから、今度は違えないようにしたいと思う。
それをどう捉えたのかはわからねえが、叔父貴は再び酒樽に顔を突っ込み、酒樽が割れる勢いで泣き叫び始めた。
叔父貴の覇気にも泣き叫ぶ声にも割れない酒樽でよかった、じゃなきゃ遠い部屋で眠っているあいつが起きる。

「おいキング、なんか言ってやれ。この際なんでもいい」

おれにはお前の言葉はわかるけどな、と上機嫌で笑うカイドウさん。
そうか、ならおれの気持ちをはっきりさせるためにも言っておこう。

「叔父貴……娘さんをおれにください」

その瞬間、叔父貴の鋭い前足にぶん殴られた。

 

「つーわけでお前はカイドウんところに移籍な……」

「いやどういうわけ?なんで一晩経ってそんなことになってんの?なんでェ?」

起きたらとんでもねえことを船長に言われた。
私が起きる前から船長や幹部陣が号泣してる。
何事かと思えば船長の言葉。
副船長だけは頑張れよ、なんて肩を叩くから余計に船長と幹部陣が雄叫びのような汚い泣き声を上げた。
うるさくて耳が痛くてフードを被る。

「まあほら、お前もでかくなったからな。出世だと思えばいいだろ」

「出世で移籍ってする?もしかして移籍という名の厄介払い……?」

「おれが!可愛い娘を!厄介だなんて!思うわけねェだろうがァ!!」

「うるさっ」

今生の別れかと言わんばかりに船長が私を抱き上げて頬擦りしながら泣き喚いた。
痛い、声もうるさくて耳が痛いけれど頬擦りされて私の頬に擦れる船長のヒゲが痛い。
じょりじょり通り越してごりごりだ、そろそろ自分と私の体格差を考えてほしい、いくら私が三メートル越えた大きさでも七メートル近くの船長相手だと子どもだから。
まだ冷静な副船長曰く、昨日カイドウさんと船長の話で私がこっちに移籍という形で残ることになったらしい。
うん、まあ、どうしてそうなった?
そんな私たちの様子を見ていたカイドウさんがウォロロロと独特な笑い声を上げながら口を開く。

「うちの息子の姉貴分をしてもらいてェ、っつー建前だ。お前ほど強けりゃ少しは馬鹿息子も耳を傾けるだろ」

「……はァ」

「本音は、せっかく会えた兄貴分と妹分を引き離すのも野暮ってモンよ」

その言葉に思わずカイドウさんを見上げた。
……もしかして、知ってる、ってこと?
今この場にはいないけれど、昨日再会した兄貴分のことを考える。
確かに、これでまたねとバイバイするのは惜しい。
まだ話し足りないこともある、聞きたいこともたくさん。

「体張って兄弟に頭下げた兄貴分の顔は立ててやれ」

「いーや!立てなくていい!!あんなクソガキに可愛い娘をやるかァ!」

「そろそろ大人になれよ兄弟……」

べりっと私と船長を引き剥がしたカイドウさんが呆れたように息を吐き、私の頭を撫で回した。
兄弟の娘ならおれの姪だな、とカイドウさんは笑う。
相変わらずうぉんうぉんと蹲って泣く船長を横目に副船長が幹部陣たちのケツを蹴り上げて出航だと急かした。
幹部陣からは元気でやんな、無理すんな、嫌になったら実家に帰ってこいよ、なんて声をかけられる。
そっかあ……にーちゃと、一緒かァ……
嬉しい。
でも船長たちと離ればなれになるのはちょっと寂しい。
まだ行かねェ!!と駄々を捏ねる船長を同じ背丈くらいの副船長が引きずっていくのをじわりと目に雫が溜まるのを感じながら見た。
小さい私を拾ってくれたのは船長だ、娘だと可愛がってくれた、副船長や幹部陣たちも甘やかしてくれた。
私は、あの人たちに育ててもらった。
鬼ヶ島の港、錨を上げて帆を張る実家とも言える船を見る。
陸地から離れて行く船、甲板から手を振る家族のような人たち。

「パパ!!」

岸に立ったまま、声を張り上げれば身を乗り出すように船長が顔を見せた。
パパ、だなんてさ。
いつからそう呼ぶのを控えていただろう。
少なくとも、素直に父だと呼んだのはまだ少女だった頃だ。

「たまに帰るから!酒飲み過ぎんなよ!お兄ちゃんたちに迷惑かけんなよ!またね!!」

左右の形が違う手を大きく振って、それから自然と遠吠えのような声を上げる。
情けない泣き声がたくさん聞こえた。

 

「……なんでカイドウさんまで泣いてるんです……?」

「おっ、おれのヤマトもよォ!お前みてえにパパって呼んでくれたことねェんだよォ……!うぉおおおおおん!!」

「ええ……」

「見送りは終わったか?」

「……なんでマスクの左側めちゃくちゃ腫れてんの?」

「……叔父貴に殴られた」

「ええ……」

泣き崩れる四皇と顔の腫れ上がった大看板に困惑したのは私のせいじゃない。


キングの妹分だった子
狼のミンク族と人間のハーフ。
兄貴分と感動の再会を果たした。
父親同然の船長を見送った。
泣き崩れるカイドウと顔の腫れ上がった兄貴分に困惑した。
ちなみに懸賞金は八億、縄張りに近づいた海軍や海賊を片っ端から沈めたことやミンク族とのハーフ故に懸賞金は跳ね上がったが、臆病なのはそのまま。

キング
妹分と再会を果たした。
だがその後叔父貴から手加減なく殴られて沈んだし顔は腫れ上がった。めちゃくちゃ痛かった。
置いていったことをずっと後悔していたが、これからは傍に妹分がいるので手放さないと後ほど約束する。
クイーンをぶん殴ったのはほとんど反射。
目に見えて妹分を可愛がるし、なんなら妹分より上に思っている。
叔父貴から妹分を嫁にもらったようなモン。

カイドウ
せっかく会えたのに引き離すのは可哀想だな、と兄弟分に話をした。ある種キューピット。
キングから話を聞いていたし、兄弟分から聞いた娘の特徴が一致していたし、早い段階でそうじゃねえかと気づいていた。
いいなァ兄弟分は可愛い娘にパパって呼んでもらえてよォ……ぐすん。

カイドウの兄弟分
百獣海賊団の大看板や飛び六胞からは叔父貴と呼ばれる。親バカ。
実は能力者。ウオウオの実幻獣種モデル麒麟。
キングに娘を嫁にやった気分。
尚、娘にパパと呼ばれていた。

2023年8月4日