兄貴分と再会したら四皇の大看板だった⑥

キューン……
そんな力ない声を出しながらおれの膝の上で丸くなる名前を撫でた。
こいつが飛び六胞になってから、こいつはさらに真面目に動き過ぎだと思う。
部下に指示も出しているようだが、如何せん優秀過ぎて部下が指示についてこれねェ。
叔父貴のところでは名前は古参だったから多少の楽さはあったのだろう、だがここではどちらからと言えば新参者だ。
歯向かう部下は少ないようだが、フーズ・フー程徹底的にではないにしろ力で黙らせているらしい。
ジョーカーとの取引やらワノ国でのアガリやらジャックと話している時、ノックもそこそこに名前はいつもより力なくやってきた。

「……名前?」

「……」

「あ、姉御?なんか疲れてねェか?」

「……」

「……」

「……」

いつもより深く被ったフードで顔は見えねェ。
べしょ、と垂れた耳と元気のない尻尾。
無言でおれのところへ歩いてくると、当たり前のように腕を伸ばした。
それを脇の下に手を入れて抱き上げ、膝に下ろせばもぞもぞと丸くなり、冒頭へ至る。
ジャックはその様子に何か気づいたようにハッとすると、バタバタと忙しなく部屋を出て、戻って来ると手には何かが乗せられたトレーがあった。
相変わらず気の利くやつだ。
名前はキュンキュン鳴いているが、ジャックが持ってきたトレーがテーブルに乗せられると耳をぴくりと動かし、のろのろと顔を上げて鼻をひくつかせる。

「甘いものの匂いがする……」

「クイーンの兄御が遊女に渡してご機嫌取るとかで隠してた金平糖だ。姉御に渡したなら多分、おそらく、お咎めは……ない……はず……多分……おそらく……」

……お前も強かになったな。
ちょっとだけ成長した弟分に感動した、が、詰めが甘い。
……まあいい、クイーンにどつかれるのはジャックだ。
名前は体を起こしておれの膝に座る形になると置かれた金平糖に手を伸ばして物珍しそうに眺めた。
星みたい、そんなことを呟いて口に放り込めば沈んでいた表情が少しだけ明るくなる。
疲れてたんだなァ姉御、なんてほっこりしながら名前を見るジャック。
ぽりぽりと頬張りながら耳はぴょこぴょこ、尻尾はふりふり。
……わかる、可愛い。
名前は甘いモンに癒されてんだろうが、おれたちは名前に癒される図になっているからな。

「で、何かあったのか」

「んー……ストレスかな」

ストレスとは。
まくまくと金平糖を次から次へ口に含み、ぽりぽりと咀嚼する名前は残った金平糖を丁寧に包んで懐へ。
曰く、下克上主義過ぎて名前に突っかかってくる輩が多いだの。
曰く、ワノ国の見回りも行ったがいくつかの殺気が煩わしいだの。
曰く、曰く……いくつか続くそれを思い出したのかへにょ、と名前の耳が垂れた。
特に下っ端は何でもかんでもやらかすらしいので、その尻拭いに走るのに疲れたらしい。
かと言って力で捩じ伏せて黙らせて言うことを聞かせても使えなくなったら困る、んだと。
……成長したな、本当に。

「何人か殺っちゃったけど大丈夫?」

「……大丈夫だろ」

可愛い顔して殺っちゃったなんて言うんじゃねェ。
正直ここまで有能なんだなと驚愕したが、こいつなりのアピールだろうな。
こんなにできるんだからできねェやつは黙っとけと。

「今度取引にでも着いていくか?」

「取引?」

「ジョーカーとの取引だ。……ドフラミンゴとでも言えばわかるか?」

「あー……あのいけ好かないニコニコもふもふピンク野郎……」

「……ニコニコもふもふピンク野郎」

「んっふ……」

思わず名前の言葉を反芻すればジャックが噎せたように吹き出す。
これは、確実に何か揉めてるな、ジョーカーと。
確かにいつもニヤニヤしてはいるが決してニコニコではないし、もふもふなのもピンクなのもあのコートだ。
あんまり好きじゃない、とどこかぷりぷり怒っている名前の頭を宥めるように撫でた。

 

はっと目を開くと目の前に端正な顔立ちのキングの寝顔があった。
……びっくりした、そうだ、一緒に寝たんだった。
びっくりして耳と尻尾がぶわってなってる、落ち着け私、大分慣れたでしょうよ。
何があったっけ、めちゃくちゃ疲れて話し中のキングとジャックくんのところに行って、抱っこねだって、ジャックくんからクイーンの隠していた金平糖もらった覚えはある。
その後クイーンが物凄い形相でジャックくんのところに来てジャックくんをシバキ回していたし、私が食べちゃったって言えば何とも言いようがない表情で「娘ちゃんなら許すわ……!」と血涙を流しそうな勢いだった。
そうだそうだ、金平糖まだ残ってたはず。
もぞもぞとなるべくキングを起こさないように動いてサイドボードに手を伸ばし、寝る前に置いておいた包みを手に取る。

「……朝っぱらから甘いモンか」

「ん、おはよ」

「おう……」

ぽりぽりとひとつ口に放り込めば目を覚ましたキングが私の体を抱き寄せた。
まだ覚醒しきってないのか、寝ぼけ眼で私の唇に唇を重ねると、甘ェと少し顔を顰める。
食べる?とひとつ金平糖を差し出せば眠そうな顔のままそれを口に含んだ。
甘いもの食べてるのに凄い渋い顔してる……なんか面白くていくつか続けて渡せばそのまま素直に頬張っている……面白いな……
もういい、と首を横に振ったので、キングに渡そうと思っていた金平糖は自分の口に入れた。
まだ眠いと言いたげなキングが私の胸元に顔を埋める。
いつも見下ろすことのない頭が視線の下にあるってなんか物珍しい。
思わず手を伸ばして意外と少しふわふわしている髪を撫でた。
振り払われるようなことはなく享受してくれている。
うん、まあ、お互いお疲れなんだよね、日々の海賊稼業で。

「起きないの?」

「一日くらい何もしなくても誰も文句言わねェよ」

それはそう。
あんだけ走り回ったりしているのに文句言われたらキレる。
私は完全に目が覚めちゃったけど、キングはまだうとうとと眠そうだ。
いつも緩く結われている三つ編みの部分は今は解けているので、手持ち無沙汰だしあみあみと結っていく。
自分の髪はあまり長くないし、弄ったことはないけれど。
私の爪が引っかからないように引っ張り過ぎないようにやっていけば、大きいところがあったり小さいところがあったりとちょっと不格好な三つ編みになってしまった。
……ま、まあ、キングはいつもあの趣味悪いマスクするから大丈夫でしょ!
あとはー……あ、ハーフアップにしてたな。
……ハーフアップって、どんな割合……?
困ったぞ、髪を、ましてや他人の髪を弄ったことのない私にはハードルが高過ぎる。
うんうん悩みながら、とりあえず適当に括ってみることにした。
とまあ、そんな感じでキングの髪を弄っていればキングが覚醒するのは十分で。

「……お前不器用なんだな」

「……めちゃくちゃ刺さった……ひぃん……」

起き上がったキングが鏡を見ての一言がめちゃくちゃ刺さった、胸に。
だってやったことないもん。
……まあ、冷静になればやったことないのに他人にするなって話だけどさ。
拗ねてベッドで丸くなっていると、おかしそうに笑ったキングが私を抱き上げて膝の上に座らせる。

「そうか、お前は自分で結べねェからな」

「ん……」

年頃の時は伸ばしていたけれど、結ぼうとして自分の爪で頭皮ずたずたにしたりヘアゴムや紙紐ぶちぶち切ったりしてた。
それを見かねた副船長のお兄ちゃんにやめとけってマジな顔で説得されたんだったな。
今ならわかる、というかその時でもわかる。
自分で髪結ぼうとしてずたずたにすんのやべーわって。
サイドボードからブラシを手に取ったキングが私の髪にそれを滑らせる。
わあ……気持ちいい……
耳の後ろもブラシが通るし、マッサージされている気分。
自分でやるよりもめちゃくちゃいいな……たくさんやってもらお。

「ほら、これでいいだろ」

「めちゃくちゃ気持ちよかった……!」

「言わなくてもわかる」

ぴょこ、と動く耳を撫で、キングはブラシをサイドボードに置いた。
なんか、いつもよりつやつやしている気がする。
自分の髪と耳をさわさわしていると、キングが私のお腹に腕を回して頭の上に顎を乗せた。
本当に今日は何もしないらしい。
だらだらと話をして、たまにキングを訪ねてくる部下さんにはキングが物凄く不機嫌そうに追い返して、ちょっと申し訳ないとは思う。
でもなんか久しぶりにゆっくりできて、キングと話ができて、凄く嬉しい。
見兼ねた誰かがやって来るまで、話をして、うとうとしてを繰り返していた。

 

キングさんが部屋から出てきてくれないんです。
そんな泣き言がおれの耳にまで入ってきた。
別にあいつひとりが一日くらい出てこなくても問題はねェはずなんだがな、情けねェ。
よくよく聞けば名前もいねェらしい。
……いや、揃っていねェってのはそういうことだろうが。
何が悲しくてイチャコラしている男と女の部屋に行かなきゃならねェのか……ああ、多分、キングだからだな。
勝手に部屋には入れねェ、それは例え大看板のクイーンやジャックでもだ。
前に勝手に部屋に入ったやつが酷い目にあって殺されている。
そいつの過失ではあるがな。
……それを考えれば名前が勝手に入っても何もねェのは悪くねェ、キングも少しは気が楽なはずだ。
声かけたら飲むか……
そう考えていればあっという間にキングの部屋の前だ。
悪いと思いつつも部屋の中を探る。
……は?ヤってねェ?日が昇ってから相当時間経ってんのに?逆に何してんだあいつら。

「おいキング、入るぞ」

それでも万が一があっては困る、おれの胃が受けねェはずのダメージを受ける。
声をかけて部屋に入れば、予想外の状況に思わず口元を両手で押さえた。
はわ……かわいいがふたり……
考えてもみろ、ヤマトが生まれる前から弟分のように見てきた男と、兄弟が可愛い可愛いを連呼する女が寄り添って穏やかな表情で寝てんだぞ。
は?可愛い?可愛いな?可愛いってなんだっけ?
思わず電伝虫のカメコを取り出してその様子を撮影する。
兄弟に送ってやろう……これだけで酒は一晩中飲める、余裕余裕。
人の気配に鋭いふたりがここまで無防備に眠っているのも珍しいな。
試しに控えめに声をかければ、人の何倍も聴力がいい名前が耳をぴくりと動かし、ううんと唸って身じろげばキングが名前に回している腕に力を入れて抱き寄せる。
やべェ、なんかキュンとした。
もう数枚写真を撮って、それからぐっすりと眠っているふたりの頭を撫でる。
それに揃って表情を緩めんモンだから……もう……もう……!!
兄弟のこと言ってられねェ、つーかすぐ連絡しねェといけねェ使命感に駆られる……!
こそこそと部屋を出て、適当に捕まえた部下には今日は絶対声かけるなよと念押しをし、自室へ戻って急いで兄弟に連絡をする。

「おれの!右腕と!!てめェの!娘が!!可愛い!!」

『いきなりどうしたおれの娘が可愛いのは当たり前だろうが』

うるせェまずはこの写真を見ろ!!
撮ったばかりの写真を送れば『おれの!!おれの娘が!!可愛い!!』と咽び泣くような叫び声が轟いた。
わかる、今ならお前の言う可愛いがわかる。

『この際キングの野郎と寝ているのは構わねェ……差し引いてもクソ可愛い!!』

「何言ってやがる、うちのキングも可愛いだろうが!!」

『四十半ばの男をさすがに可愛いはねェ!!』

「よく見ろ!うちじゃ一番と言っていいほど顔がいいんだぞ!!」

『それは認めてんよ!!』

お互い電伝虫越しに酒片手に叫び合うように話をする。
専らお互いの弟分と娘の話だけどな!!
うちのキングが……うちの名前が……
延々と話をしている間にクイーンが来たような気はするが、今見たらいなかったからわからねェな!
兄弟からはこれでもかと名前の写真が送られてきた、拾った直後のから割と最近のものまで。
ちくしょう、今に見てろ、キングと名前のツーショット送りまくってやるからな!!

 

「……なんか最近カイドウさんの視線生温くない?」

「まあ、いつもと違うのは確かだな」

「あとパパから鬼のように手紙やら何やら届くんだけど」

「……お前は毎日が誕生日なのか?」

「まさか……一年に一回だけど……」

「……」

「……」

「……気にするな、言いにくいならおれから叔父貴に伝える」

「その時はよろしく……勢い余ってパパなんか知らないって言っちゃいそう」

「言うなよ、絶対言うなよ」


名前
狼のミンク族と人間のハーフ。
飛び六胞として日々あくせく働いて疲れた。
それなりに百獣海賊団に移籍してから時間は経ったけど常に気を張り詰めている。
休憩できたし一緒に寝れてご機嫌。
髪を弄ったり細かなことはするのは苦手、不器用。
なんか、カイドウさんの視線生温くない……?
ちなみにニコニコもふもふピンク野郎とは犬猿の仲、パパを馬鹿にされたことがあるので割りと本気でバチバチにやり合った。
誕生日は一年に一回だけだが?

キング
こちらもこちらでお疲れ。
マスクを外すタイミングが限られているし、部屋でマスクオフで寛いでいても誰か来たらマスクしなきゃだからストレスフルなところ絶対ある。
まだ眠かったけれどごそごそしている名前に目が覚めた、寝ぼけたままちゅーしたら甘かった、なんか無意識に口に入れられた金平糖食べたらクソ甘かった。
髪は自分で結っているから普通に器用。
たまには一日何もしたくねェ、寝る。
カイドウが来ているのに気づかないくらい眠っていたし、写真撮られたことなんて気づいていない、そのくらい気が緩んでいた、知ったら必死に写真処分する。
お前絶対叔父貴に「パパなんか知らない」なんて言うなよ、絶対言うなよ。

カイドウ
泣きついてきた部下に仕方ねェなとキングの部屋を訪れたら可愛いと可愛いが可愛いしてた、はわわ……
この度変な扉が開いてしまった。
部下にはキングと名前はいない時は絶対に呼びに行くなよ、行ったらぶん殴るからなぐらいの勢い。
なんだかんだお疲れなのかもしれない。

カイドウの兄弟分
おれの娘が可愛いのは当たり前だしキングも顔がいいのは認めるけど可愛くはねェ。

ジャック
クイーンにシバキ回された。

クイーン
名前に金平糖食べられた。

2023年8月4日