ガシャンだかバキッだか、けたたましい音を立ててそれは壊れた。
お互いに思わず顔を見比べる。
いや、私が連休取れたから一泊で温泉でも行くかって話して実行していたんだよ。
猫たちは自動給餌器も自動給水装置もあるから心配事はない。
私と天谷奴さんどっちが運転するか、なぜか必死の顔の彼に内心首を傾げながらもじゃんけんをすれば勝ったのは天谷奴さんだ。
めっちゃ喜んでた。
じゃあ帰りは私が運転するね、なんて言えば必死に首を横に振ってた、ちょっと可愛い。
そんなこんなで温泉宿に到着し、夕方になるまでは近くを一緒に散策していた、というのが現状。
「……き、器物損壊罪ィ……!」
「おうおう派手にいったねえ」
マジかよなんて頭を抱える私とは違い、天谷奴さんはしげしげと見事に私がぶっ壊してしまった何かを観察している。
事故、そう、事故なんです!
前を見ないで適当に手を伸ばしたら見事に宙をかいて崩れた体勢を整えようとしたらそこに何かあったから寄りかかったら倒れて壊れちゃったんだってば!
くっそ情報量多いけど私が全面的に悪いのしかわからねえ!
冷や汗が頬を伝うのを感じながらそろりと天谷奴さんが見ているものを私も覗き込んだ。
木造の……なんだろう。
他にもよく見ればそれが乗っていた、いや建っていたところは石の土台があるし、花瓶のようなものが置かれている。
「祠……?」
「みてぇだな。ほらお稲荷さんが入ってる」
「いやマジほんとにごめんなさいせっかくのおうち壊しちゃって」
天谷奴さんが指差すところには、残骸に埋もれてしまっている狐の彫刻が。
こういうのを直に触っていいのかわからないけどそのままにしておくのは気が引けたので、木屑に気を付けながらそれを手に取った。
鞄の中からハンカチを取り出してそれを丁寧に拭き、とりあえず祠の土台に置く。
「これ直せると思う?」
「ずっと雨ざらしでろくに手入れされてなかったんだろ。祠そのものが腐ってんな」
「ほんとだ……ってことは老朽化ってことにできる……!?」
「何言ってんだお巡りさん」
ハッと閃いた私の頭を天谷奴さんが軽く小突いた。
嘘ですよ、ちゃんと管理人に謝罪しますよ。
いくら古くてもこういうものは管理人がいるはずだ、だからって祠に名前が書いてあるわけじゃない。
温泉宿の女将さんなら知っているかもしれないから戻ったら聞いてみよう。
その前にこの状態をなんとかしないとだ。
誰かがここを通った時に残骸がこんなにばらけていたら危ないだろう、せめて土台の横に纏めないと。
袖を捲れば天谷奴さんも同じように袖を捲り、大きな残骸を土台の横へはけていく。
「俺はもう慣れたけどよ、壊すのは修復可能なマイクくらいにしとけよ?」
「うぐっ……べ、別にマイクは壊したくて壊したわけじゃ……」
「は?」
「さーせん……」
この手の話は天谷奴さんガチ説教になるからやめておこう。
マイクはほら、壊すつもりだったんじゃなくて投げたら壊れちゃったもん。
背中に天谷奴さんの視線を痛いほど感じていると、残骸の中にあるものがあった。
……これは、所謂アレですよね。
「お札だァ……」
「お前持ってんなァ……」
ホラーやオカルトは、というか非科学的なものは苦手なんだよぉ。
だって物理で解決しないじゃん、専ら物理で片付けるのが好きなタイプなんで私は。
「信じているわけじゃないよ?でもほらアレだよ日本人ならみんなこの感覚にはなるでしょ?こういうものはホラーやオカルトに懐疑的でも日本人の本能で感じ取るものなんだよ」
「……怖いんなら今夜一緒に寝てやろうか?」
「お願いしますお手手繋いで寝てください」
「繋ぐだけじゃなくてぎゅってしてやんよ」
早口で捲し立てた私の頭を今度は撫でると、天谷奴さんは残骸に張り付いているお札を剥がして狐の彫刻にそのまま括りつけた。
おみくじを結ぶようなノリでやらんでも……
粗方片付け終わったので、現状をスマートフォンのカメラで撮影しておく。
これを宿の女将さんに見せたり管理人さんに見せたりできるからね。
祠を壊してしまってお稲荷さんの家がなくなる原因になったことに罪悪感がないわけではない。
なので今からやることは自己満足。
さっき狐の彫刻を拭いたハンカチをそれに巻き付けた。
ちょっとずつ寒くなってきたし、狐の彫刻そのものがしばらく雨ざらしになってしまうからね。
「ごめんねお稲荷さん、管理人さんに直してもらうまでそれで堪えて」
今度からちゃんと前向きます、はい。
一仕事したような疲労感が追加され、天谷奴さんと宿へ戻った。
温泉すっごく気持ちよかったし、ご飯も美味しかった……最高。
ああそうそう、お布団を用意してくれていたんだけどね、並んでいたんですよ。
何がって布団が。
正直ラッキーこれで怖くない!天谷奴さんにお手手繋いでもらおー!って舞い上がりました。
天谷奴さんも満足そうにうんうん頷いていたけど。
並んで横になり「私が寝るまで離さないでよ?絶対だよ?」「はいはい」なんてやり取りはあったけどちゃんと手を繋いでもらって夢の中へ。
狐がハンカチありがとな!って可愛いあんよを振っている夢だったような……
翌朝、なんか苦しいなと思ったら天谷奴さんに抱き枕のように抱きすくめられていた。
これはこれでラッキー……
まだ薄暗い時間だったので私も天谷奴さんの背中に腕を回し、二度寝を決め込んだ。
♢ ♢ ♢
「それでなんもなかったんか!?祠ぶっ壊しておいて!?なんも!?」
「何期待してんだよ」
「知らんのか零、今流行ってんで……お前さん祠壊したら死ぬでシチュ」
「おいちゃんわかんねえわ」
盧笙の家でいつものように三人で酒を煽る。
先日名前と温泉に行った話と祠の話をすれば思いの外食いつきがいい。
なんだそのシチュエーション……ホラーゲームの導入か?
名前は素直に管理人に謝罪をした、なんなら壊したものがものだったため出勤した日に署長に報告したらこっ酷く怒られたそうだ。
素直だねぇ……なんだかんだ冗談は言えど、根は真面目だ。
……マイク投げる以外は。
「まあ無事ってことで祝ってくれよ。あ、ならこれ見るか?」
「なんやなんや」
「これなんだけどよ」
「……」
「……」
「……惚気や」
「惚気やな」
俺がスマートフォンのとある一枚の画像を見せると簓と盧笙はわかりやすく顔を顰めた。
違う違う、確かに見せた画像は寝ている名前を撮ったもんだが。
「よォく見ろって、写ってんだろ?」
その言葉に簓と盧笙が俺から距離を取る。
取るって言ってもここは盧笙の家だし言っちゃなんだが特別広くはねえ。
「心霊写真や!」
「ほんまもんや!初めて見た!」
「名前さん知ってるん……?これ、そこまで怖ないけど知ったら発狂もんやで」
「ナゴヤ行って空却にお祓いしてもらおうや……」
「はっはっはっ!」
今頃くしゃみでもしてるんじゃないかねえ……
画像は俺の手を握りしめて安心したように穏やかに眠る名前だ。
……ま、狐みたいな白い影が隅に入り込んでいるがな。
今度見せたらどんな反応するか楽しみだ。
いじめてるわけじゃねえ、まあでも可愛い子はいじめたくなるもんだろ。
そう言えば簓と盧笙は「うっわ……」と心底引いた目で俺を見た。