陣内賢斗と仕事の話

借金を背負った女の子がなるべく体を売らずに借金を返済するところ。
主に男に対して酒と華やかな場を提供するところ。
私はそこのオーナー。
どうしてもお金や色恋が絡む場所ではあるのでどうしてもトラブルっちゅうんはついて回るモンやな。
まだキャバやってのに逃げる嬢、色恋営業に見事嵌まって嬢にガチ恋する客。
あんなァ、どっちもやけどそんなに世の中甘くはないんやで。
せやったら極道なんて怖ァいやつおるかいな。

「これでも私は優しいと思うねんけどなァ……ちゃあんと働きに応じて給料も上げとるやろ?仕事に影響ないんやったら恋人やって作ってええよ?まずは先に借金返さなお先真っ暗なんわかっとるんかな」

「おお……随分飲むやんか。今度はどれや」

「全部や。何でも屋さんやないで私」

ただのしがないキャバクラのオーナーや。
馴染みの居酒屋で溜め息を吐きながらジョッキを煽る。
目の前で話を聞くんは天王寺組の陣内賢斗、まあ私とはそれなりに長い付き合いや。
お互いそれぞれこの世界に足を踏み入れた頃からの付き合い。
賢斗は極道、私はそのケツ持ちしている店のオーナー、そういう関係だ。
ああそうそう、アンタが懇意にしとったあの子、ガチ恋客に絡まれてもうてやめとんねん。
ジョッキを置いて入れ替わるように今度は煙草を手にする。
口に咥え、父から二十歳の誕生日にもらったジッポで火をつけた。
私の言葉に、は?とひっくい声の賢斗。
こらこら、ここ居酒屋やから、怒るんなら後にしてや。

「正確にはやめたい言うとるんよ。あの子、仮にもランカーやしな、やめてもうたら店の稼ぎも困る。でも怖い思いしとるんなら一度休ませなきゃアカン」

「なんでうちに相談に来んのや。そういう時のためのケツ持ちやろ」

「大事にしたない言うてん、ストーカー行為もしとるから一度サツに行ったんやけど……」

「……それは相手にされんかったな?そういう職業しとるんが悪いとでも言われたんか」

「当たりや」

まあそう言うサツもおるやろ。
立派な職業やと私は思っている。
けれど、日陰者を知らない、知ろうとしない人間からしたらそうなんやろうな。
考えられへん、と怖い顔をしてジョッキを煽る賢斗に明日事務所に顔出すわ、と声をかける。
店員を呼び止め、焼き鳥と刺身の盛り合わせと土手焼きを注文した。
あ、あとビールお代わりちょうだい。

「付き合いおうてもお前はうちに守り代払っとるやろ、もうちょい早よ言えや」

「言おう思うとったもん、今言うたし」

ふうと息を煙と共に吐き出して灰を灰皿の上に落とす。
最近の嬢に比べるといい子過ぎて心配な子だ。
賢斗にも声かけるけれどどうするかと聞いたら、大切なお客さんに迷惑はかけられないって自分が追い詰められるまで自分でなんとかしようとしていた。
でも、出勤前に退勤後、勤務中や果てはプライベートでもうちの店の寮の前に張り込まれる始末。
もうあかんわ、その子もやけど他の子に飛び火がないとも限らん。
私もこの世界は長い、いくらケツ持ちが馴染みのある天王寺組、そして一番付き合いが長いと言っても過言でもない賢斗にこの話を出すまで、何もしなかったわけじゃない。
ある程度のやれることはやっておいた。

「まあまあ、今日は久しぶりのサシ飲みなんやから仕事の話はやめにせん?ちゃんと明日事務所行くからそこで聞いてや」

「そうやな……」

煮え切らなさそうな顔をする賢斗を見ながら新しく置かれたジョッキを手に取る。
普段、店だと洒落たウイスキーなんかが多いからなァ……
咥えていた煙草を灰皿に置き、ジョッキを煽ると「潰れたらそこら辺にほかるぞ」と賢斗が呆れたように同じタイミングで置かれた焼き鳥に手を伸ばした。

 

 

「これがトークアプリのスクショやろ、これは嬢といる時にかかってきた通話を録音したやつ、これは嬢の寮のポストに入れられていた怪奇文章ととっくに処理した下卑た液体やろ、それから……」

「多いわ!なんちゅうモンまで証拠にしとんのや……いや、しゃあないけど」

翌日、事務所にやって来た名前が淡々と並べたモンが多いしえぐい。
名前の隣にいるのは客からのストーカー行為に傷心しているキャバ嬢の子。
俺もよく名前の店に行った時はこの子に酌してもろうとる。
以前会った時よりも痩せたか……?
それもそうか、こんなえぐいモンが毎日や。
こんなに淡々としているこいつが肝据わっとるだけで。
隣で一緒に話を聞いている渋谷の顔色も名前が鞄の中から〝証拠品〟を出す度に悪くなっていく。

「なんで名字さんそんなケロッとしてるんです……?男でもキッツイですわ」

「そりゃこういうんは初めてやないしなあ……悲しいけど慣れや慣れ」

「本当にすみません、オーナー……」

「ええのええの、女の子守るためやったら必要なんやから」

随分と怖い目に遭うてんな、名前の手を握りしめて全く離さん。
これでなんでサツが動いてくれんのやろか……どう見ても逮捕一直線やろ。
十分過ぎるそれに、思わず頭を抱えた。

「で、具体的にどうしてほしいか希望あるか?」

「おん。キャバ嬢っちゅうんはうちの商品や、その商品を買わずに、挙句傷つけるんやから相応の罰は必要やと思う。キャバ嬢っちゅう商品を管理しているんは私や、やから君は変に思い詰めんでええ、君が穏便に済ませたかったにしても、出遅れてしもうたのは私やからな」

俺らにはっきりと告げ、それから嬢にもはっきりと言う冷たい表情の名前に、俺と渋谷は顔を見合わせて頷いた。
ならやることさっさと終わらせるか。
これこのストーカーの住んどるところな、と一枚の紙切れを差し出した名前からそれを受け取る。
本当に、手慣れるようになったな。
俺も、こいつも。

「お礼に美味しい高い酒奢ったるから、終わったら店に寄ってな」

「任せとき」

ぽろぽろと涙を零して頭を下げる嬢の背を撫でる名前にもうちょいここでゆっくりしてき、と声をかけ渋谷と事務所を出た。
さて、やることやりに行こか。