君のことは知っているつもりでも

俺があの子について知っていること。
生き物が好き。
酒が好き。
煙草は吸わないけどシーシャは好き。
夏生まれ、俺と誕生日が近いんだなって言ってた。
ウエディングプランナーやってて、いくつも素敵な結婚式を挙げた実績のあるプロデュース会社に勤めている。
あんなに自分に対しては自信なさそうなのに、仕事になるとスイッチが入るのか、自信に満ちた表情をしている……らしい。
最後に関しては俺は直接見たことはない、交際部の恋や明星が彼女のプランした結婚式に出席する機会があって見たそうだ。
小さなトラブルから大きなアクシデントまで、きびきび動いてフォローする姿を。
……ずるい、なんて思っても口にはしないよ。
見たいとは思うけど、彼女のことは多く知りたいと思うから。

「……そこまではっきりしているのに、全く進展しないのはなんで?」

「……いろいろあんのよ」

樹帆の問いを濁して返すと大きく溜め息を吐かれた、失礼だな。
やっぱり初めましての時のあれがまずかったかな……初対面で名前に頭を撫でられて、それが妙に心地よくて。
はーあ、なんでそうしちゃったかな……変に自信のなさそうな子に、そんなことしたって本気じゃないって思われても仕方ない、いや仕方ないで済ませる気はないんだけどね。
だからゆっくり、ゆっくり距離を詰めよう。
そうしたいのに、髪を伸ばし始めてさらに身嗜みを気にするようになった彼女はどんどん可愛く綺麗になっていく。
彼女の心を射止めたのは、どんな男なんだろうか。

「出会った時よりさらに可愛くなっちゃってさあ……」

「惚気なら聞かないよ、付き合ってもいないじゃないか」

「……そう言われると胸が痛い」

そう、本当にこれなのだ。
頻繁に待ち合わせして飲みに行くし、お互いの都合が合えばランチだって共にする。
どこかに出かける……は、ほとんどないけど、店頭に陳列されている化粧品に目を奪われた名前と店内を流す程度に入ったり……今思えば何かプレゼントしたら意識してくれただろうか、いや、多分彼女は全力で遠慮するんだろうな。
……うーん、友人にしては近いような、でも恋仲にしては遠いような、そんな曖昧な関係。

「いつも以上に本気なのはなんとなくわかるけど、ああいうタイプの子はもっと言葉にしないと伝わらないよ」

「だよなあ」

言おうと思ってはいるけど、今言ったらダメな気がする。
関係が進展するのか後退するのか、後者ならまだいい、彼女の場合は最悪消滅しそうだ。
それは嫌だと、はっきりと思えるから曖昧なままでもこの関係を続けたい。
でもなあ、物足りないとまでは言わないけど、ちゃんと俺と名前の関係に名前が欲しい。
知り合いでも、友人でもなく、その先が。
ふとスマートフォンを見ると、彼女からのメッセージが入っていた。
今職場出たよ、の文章と可愛らしい猫のスタンプ。
この後は名前といつものバーで飲む予定、いつもの時間に、いつも通りに彼女は職場を出る時に連絡をくれる。

「もしかして彼女?」

「そ。この後飲みに行こうって誘ってたからさ」

「……なんでそれができるのに進展しないんだろうね」

「うるさいよ。じゃあまた明日」

樹帆に手をひらひらと振って上着に袖を通した。
きっと今日もあの子は可愛いんだろう。
いつものように、他人の人生の晴れ舞台を飾り付けて、新たな門出を祝って。
……いつか、君と、なんて。

「……まあ、占うまでもなく、関係はいい方向に進展すると思うんだけどね」

そんな樹帆の仕方ないなと言わんばかりの呟きは俺に届かなかった。

2025年6月2日