打ち砕かれた話をしよう

可愛くないんだって。
付き合い始めの高校の頃は可愛く見えたけれど、大学ではもっと可愛くて愛嬌のある子がいて、私なんかよりその子の方が可愛いんだって。
そりゃ、最初はメイクとかファッションとか疎かったと思う。
でも自分なりに努力はしていた。
制服で過ごすことが多いから、ワンポイントになるようなアイテムを取り入れて見たり、友人同士でメイクを練習してみたりして。
自分なりに可愛くしていたはずだった、だって好きな人に可愛いって言ってもらいたかったから。
それでも、私は可愛くないんだって。
自分では可愛くなれたと思った、だって両親そっくりだねって言われるくらい顔立ちが恵まれている自信はある。
面と向かって好きな人に可愛くないって言われたのがとてもショックだった。
だって可愛いって何回も何十回も面と向かって言ってくれたその口で、好きだって言ってくれたその口で、可愛くないって、嫌いだって。
優しく笑ってくれていた顔で、とてもつまらなさそうに、なんなら少し馬鹿にするように。
しかも、彼が可愛いって言った子は、私の友人だった。
結局友人には振られたらしいんだけど、傷心の私に八つ当たりするかのように罵倒のメッセージを何度も送ってきて、そんな人を好きになっていたんだって、彼に対しても、なにより自分に対しても本当に本当に傷ついたのを今でも覚えている。
そしてそれが、ずっと続く暗示のような、まるで呪いのような、私を縛り付けていることも、自覚してはいる。

 

ああ、とても申し訳ない。
私の隣に座るのは上司、前に座るのは吏来だ。
いつもの飲み友達の延長ではなくて、Aporiaのスタッフとして吏来はこの場にいる。
きっかけは一件のブライダル相談。
その相手が元カレ夫婦とは思わないじゃない、しかも、わざわざ私を指名して、奥様の方は問題ないんだけどこの男カスハラ紛いなことをしてきた。
上司に確認して、私も私情を挟みたくないしこんなんだと満足のいくプランは提供できないってことで今までの相談料の返金と別の事業所への案内をしたら、やや恐喝されました。
こんな時に頼れる人……いや、頼れるところ……よし、Aporiaに依頼しよう、ってことで上司に依頼したら吏来が来た、なんでだ。
ここは……綺麗な笑顔で対応してくれる祠堂さんかなと思っていたのに……

「こちらとしては名字が動けないのが大きなデメリットですので、たとえ商売敵相手でも穏便にそちらへ移っていただけたら警察沙汰にはいたしません。という旨を先方へ伝えていただいてもらっても?」

「承知いたしました。お話を聞いているとさすがに度が過ぎますものね」

それはそう。
学生時代はあんな人じゃなかったと思ったんだけどな……本性を見抜けない自分がお恥ずかしかった。
それとも大学でなにかコンプレックス刺激されたことでもあったのか、大学デビューして気が大きくなっていたのか……まあ、もうどうでもいいけど、ただの他人なので。
奥様には申し訳ないけど、これはアウトだなってラインはあるでしょう。
吏来と打ち合わせをして、私は休憩室に避難することに。
だってその場にいたら荒れる予感しかない。
もうすぐ先方が到着するからと席を立つ時に吏来と目が合う。
大丈夫だよ、と優しく笑ってくれて、ちょっとだけほっとした。
休憩室でそのまま素直に休むわけにはいかないので、他に相談を受けていたご夫婦のプランを見直していく。
たまにご希望で水族館で挙式したいとか、船上、美術館、テーマパークなど特別な場所を挙げる方は多い。
どこも共通するのはその施設で可能かどうか、何かイレギュラーが発生したときに対応できるか。
意外とアドリブを求められるのが私たちだから,準備は入念にしておかないと。
……それでも、元カレが来ていると思うとうまく纏められないというか。
根に持っている、それはそう。
でもだからって仕事はきちんとやる、それもそう。
ただ、昔のことを持ち出して私のこと馬鹿にして仕事に対しても無理難題を言うのは違う。
しばらく休憩室で仕事を確認していると、上司がやってきた。
とりあえず、話は終わったらしい。
どんな様子だったか聞いたら、なんでも元カレは奥様にこっ酷く怒られて無理矢理頭を下げさせられた、んだって。
それはちょっと見たかった、と思った私は性格悪いかな。

「立科さんと少し話して来たら?名字さんの様子、とても気にしていたから」

上司の言葉にちょっと首を傾げながらも吏来と元カレ夫婦が使っていた会議室へ向かう。
トボトボと肩を落とす元カレと奥様の後ろ姿が見えたけれど、特にかける言葉もないな。
会議室をノックしてドアを開けると、椅子で大きく伸びをしている吏来がいた。

「吏来」

「お、大丈夫だった?」

「……大丈夫だよ?帰り際に会ったわけじゃないし」

「違うよ。名前、ずっとあの夫婦の夫の方を気にしていたでしょ?知り合い?」

……さすが、鋭い。
こっちおいで、と手招きする吏来に促されて吏来の隣に腰かける。
じっと私を見つめる吏来の視線が痛い……やめてくれないかな……
それから手を伸ばすと、そっと私の頭を撫でた。
いつか、私が吏来にしたみたいに。

「言いたくなかったらいいんだ。今度……いや、今夜にでも話聞かせてくれる気ある?」

「……吏来が、私より先に潰れなければ?」

うわ絶対無理なやつ……と苦虫を噛み潰したような表情をする吏来。
言いたくなかったらいいって言いながら私から聞き出す気満々じゃん。
……言わないよ、言わない。
慰めてほしいわけでもないし、同情してほしいわけでもないし。
誰かに「そんなことないよ、名前は可愛いよ」って言われても、同情からの言葉はいらない。
吏来は優しいから言ってくれるんだろうけど、今は欲しくない。
好きな人から言われたら嬉しいけどさ。

「私を酔い潰したら、聞かせてあげるかも」

「絶対聞かせてくれる気ないよね……」

もしも吏来にその話をする日が来るってことは、そういう関係になれているのかな……
来るはずないのにね、と自嘲しながら誤魔化すように口角を上げた。

2025年8月9日