手折った男に触れる手は

御堂さんは今回私を置いて出かけて行ったのでちょっとだけ羽が伸ばせますやったね!
周防くんにはわかりやすいって言われた、いや別に私はアサシンでもなんでもないただの人間なのでわかりやすくても困りませんけど?何この人喧嘩売らなきゃ生きてけないの?
羽が伸ばせると言ってもいつもより少しだらっとするだけだし、別に出かけられるわけじゃないし。
なんか思い返すとムカついてきた、周防くんのせいだ。
出かける前に御堂さんは私の頬を撫でながら「いい子に待ってておくれ、何か土産を持って帰ってこよう」と思ったよりも優しい表情をしていた。
すっかり今の生活に慣れてしまったので素直に頷いたし、何がいい?って聞かれて「甘いケーキがいいです」って答えた私自身も大概だなと思う。
自覚しているよ、絆されてきているんだろうなって。
心地よいと思う自分がいる、それを認めたくない自分もいる。
変える力を持たない私にできるのはそのまま享受することだけだ。
諦めてしまえばちょっとは気楽なの。
それでも嫌だと思うことは、少なからずあるけれどさ。
冬馬くんに買ってきてもらった小説で積読になっているやつがあったからそれでも読んでいようかな、御堂さんがいないなら、たまには夜更かししてもいいでしょ。
部屋の電気は消して、でもスタンドライトはそのままに小説を開く。
寝間着のまま横になるとどうしても乱れてしまうからちゃんと文机に向かって、でも少しだけ姿勢を崩して小説に夢中になって読み進めた。
今日の護衛は周防くん、なんか「優しいお嬢からは差し入れとかないのかなぁ」って変なこと言っていたから白湯を湯呑に入れて渡した、なんか変な顔していたけど私からの差し入れなんだからありがとうくらい言ってもいいと思う。
自分で入れたお茶を飲んで、時計に視線を向けるとそろそろ日付が変わる時間だった。
もう少し、もう少しだけ読みたいな、あと一時間くらい。
自然と零れる欠伸を噛み殺して視線を手元に落とそうとしたけれど、部屋の外から声がして思わず動きを止める。
……周防くんの声と、櫻田さんの声、あと……御堂さん……?
あれ、てっきり今夜は帰ってこないと思ったのに。
読んでいた小説に栞を挟んで文机に置き、ゆっくり膝立ちのまま部屋の障子に近づいてそっと滑らせた。

「どうしたのお嬢」

「声がしたから何かなって……」

「……ああ、お出迎え?アンタ意外とかわいいところあるよな」

……意外は一言余計でムカつくなほんと。
私を見て馬鹿にしたかのように口角を上げる周防くんの足の小指なんかタンスの角にぶつけて骨折すればいいんだ、粉々に。
私の目の前に立っていた周防くんが少しだけ横にずれる。
すると周防くんが影になっていて見えなかった御堂さんと櫻田さんの姿が見えた。
おかえりなさい、と言おうと思った口をつい、ポカンと開けてしまう。
御堂さんと櫻田さんがいる、それは別に変なことではないんだけれど、あの、御堂さんのお顔、大きなガーゼが貼られているの。
薄らと血も滲んでいて、怪我をしているのは一目瞭然だ。

「え……」

「起こしてすまないな。寝る前に君の顔を見ようと思ってね」

いやあの、私の顔見に来るよりもすることがあるんじゃないんですかね。
ちらりと櫻田さんを見るけれど、何故か頷かれてしまった。
私がそれだけで理解すると思わないでほしい、意思疎通下手くそか。
御堂さんが入るだろうと思って障子をもう少し開けば、御堂さんは膝をついている私を当たり前のように抱き上げる。
小動物を拾い上げる感覚なのやめてほしい。
特に抵抗も何もできないままでいると、私と目が合った櫻田さんが何かを差し出した。
反射的に受け取ると櫻田さんは「すまんな名前嬢、頼んだ」なんて言って障子を閉める。
私に何を頼むって言うのか丁寧に説明してくれないかな、わかるわけないでしょう。
御堂さんは敷いてあった私の布団の上まで来ると、私を抱っこしたまま腰を下ろした。
いつもの、とは言いたくないけれどいつものように御堂さんの膝の上に乗せられる。

「土産は明日渡そう。君が好きなものを用意した」

そんなことより大切なことあるんじゃないんですかね。
私を膝に乗せて上機嫌にしている御堂さんに手を伸ばす。
強く触れたら痛いに決まっている、そっと、そっと。
他に傷はないだろうか、痛いところはないだろうか。
御堂さんの立場はなんとなく、ここへ来てから理解したつもりではあるけれど、それでも、この人なんとも思ってないんだろうなと思っているけれど。
怪我をした相手を心配するのは当たり前だと思うから。
そっと御堂さんの顔に触れると、御堂さんが軽く目を瞠った。
そして穏やかな表情で私に顔を近づけ、私の指が動く度にこそばゆそうに唇を緩める。

「名前に心配してもらえるとは、この傷も悪くはないな」

何言ってるんですかちゃんと治療するのが優先だと思うんですけど。
櫻田さんに渡されたのは救急箱で、なんですかあの人は素人の私にやれって言うのか。
言いたいことはたくさんあるけど、今さら言うのもなあ……
御堂さんの傷、ちゃんと手当てはされているみたいだから明日の朝に確認するだけでもいいかな。
私の行動に気をよくしたのか、御堂さんは私に腕を回し、まるで甘えるように、いつもとは少し違った甘ったるい声を出す。

「君に撫でてもらったらもう痛くはなさそうだ。その手で撫でておくれ」

「……はい。早く、治るといいですね」

両手で御堂さんの頬を包むように、傷を圧迫しないようにそっと撫でていれば、御堂さんの唇が私の唇に重なった。
まるで「傷ついた私を慰めておくれ」と言わんばかりのもので、珍しいこともあるんだなと思う。
嫌だって思わないくらい絆されてるな、って他人事のように思いながら御堂さんが求めるように私からも唇を重ねた。