私が何者なのか証明するのは私が持っていたという鞄に入っていたトレーナーカードだけだった。
それからいくつかのボール、いくつかの機械、綺麗な石のついたネックレス。
私を拾ってくれたオーリム博士が言うには、おそらく私は古代のポケモンを呼び出すタイムマシンによってここへ転送されたのではないか、という推測だ。
「よく無事に未来へ来たものだ。しかし……代償に記憶が消えた、か……」
人間がそのままの質量を保って時を越えるのは本来ないことなのだと博士は言っていた。
そんな私と時を越えたからか、持っていたボールは一時的な故障なのか開くことはない。
けれど、このボールの中には私の大切な子がいたのだけはなんとなく覚えている。
このボールはどうにかして開かないだろうか。
「私がなんとかしてみせよう。ただ、どのくらい時間が必要なのか今はまだ明確な答えを君に言ってやることができない」
申し訳なさそうに首を横に振る博士。
……はて、人間ってあんなにも不自然な動きがあっただろうか。
博士が私のトレーナーカードを見て、それから私の名前を呼ぶ。
名前。
そうか、私の名前は名前というのか。
でも誰かにそう呼ばれたことがあるような気がする。
厚めの前髪、長い一本の三つ編み、黒い瞳。
誰かに星の浮かぶ夜空のような髪だと、何もかも吸い込みそうなブラックホールのような瞳だと、言われたような……
名前、名前と、自分の名前を刻むように口にした。
「どうだろう。私が君のポケモンたちが外に出られるように作業をしている間、大穴の外で記憶を取り戻すために冒険をするのは」
冒険。
不思議と、嫌な感じはしない。
むしろ心が高鳴るような。
「さすがに君に対して懐いているような古代のポケモンたちを仲間に、とは言えないけれどね。この大穴にいるどれか一体のポケモンを連れて、その子と冒険をして仲間を増やしていけばいい」
博士の言葉に、近くにいた赤いドラゴンのようなポケモンが私の頬を舐め上げる。
お前はだめだよ、と博士が言えばそのポケモンは残念そうに肩を落とした。
時代は違えど、一緒に転送されたからか古代のポケモンたち……パラドックスポケモンと呼ばれる彼らは私に対してとても庇護的に感じる。
特にこの赤いドラゴンの子。
「少し前に縄張り争いに勝ったばかりでね、気が立ってはいたけれど君のことは縄張りで庇護すべき存在だと思っているようだ」
悪いことじゃない、むしろ私の理想を、オリジナルの理想を叶えてやることのできる才能があるのだから誇りなさい。
赤い子を撫でてやれば嬉しそうに喉を鳴らした。
機械だけは少し時間があれば復旧できそうだから外でどの子か相棒になってくれそうなポケモンに声をかけておいで、と言われたので赤いドラゴンと一緒に外へ出る。
ちなみにその子はコライドンだよと教えてもらったのでコライドン、とその子に声をかければ嬉しそうに声を上げた。
外へ出れば広がっているのは綺麗な景色。
陽の光なんかとても高く、ここまで届かないけれど、キラキラと不思議な結晶が光を放ち、反射してとても明るい。
外は知らないポケモンたちが多く、そこで生活をするように馴染んでいた。
人がここへ足を踏み入れて外へ出れたことはないのだとか。
じゃあ私はなんなのだろう。
足を踏み入れたわけではないから、また違うのだろうか。
元々ここに住んでいるポケモンたちは私を見ると襲いかかってくるけれど、コライドンの咆哮で怖気付いて去っていった。
「……君、強いんだね」
誇らしげに咆哮するコライドンを撫で、この空間を歩いていく。
岩肌に花が咲くようにポケモンがいるし、大きな個体を中心に群れを生していたり、はたまた人や他のポケモンが近づくと地面へ隠れてしまうポケモンもいた。
そんな中、目に付いたのは綺麗なポケモン。
球根から伸びた花のような、けれど不用意に触ってはいけないと本能が訴える。
同じポケモンは大きな花を主体に群れになっているのに、この子は岩肌にくっついて少し寂しそうだ。
「……ひとり?」
思わず声をかければそのポケモンは不思議そうにぱちぱちと目を瞬かせてふわ、と浮いて近づいてきた。
吠えそうになったコライドンに大丈夫だよと声をかけて、そのポケモンに手を伸ばす。
多分、この子毒タイプだ。
それと、岩肌にくっついていたから岩タイプも複合かもしれない。
……なんでわかるんだろう、今は忘れてしまったけれど、今までも冒険をしたことあるんだろうか。
紫の花弁には触らなければ多分大丈夫。
そっと球根の部分を撫でれば黄色い目が気持ちよさそうに細められた。
「綺麗だね」
不思議な声を出して嬉しそうに笑うポケモン。
それに嫌そうな顔をするのはコライドンで、コライドンは強くてかっこいいよとフォローする。
……この子と、同じひとりのこの子と冒険したいな。
「ねえ、よかったら私と外に出て一緒に旅をしない?」
不思議と怖いと感じることはなかった。
何回も同じ言葉を言ってきたような気がするから。
きっと、私と君にはたくさんの仲間ができるよ。
嬉しそうな声を上げるその子を連れて博士のところへ戻れば、なんだか嬉しそうな顔をしてくれた。
それから、博士が復旧してくれた機械を受け取る。
「何年も前のものだが、それはホウエン地方で使われていたポケナビとポケモン図鑑だ。君のものであるのは間違いないから使えるだろう」
「ポケナビとポケモン図鑑……」
「データも復旧できた。君はたくさんの地方でたくさんのポケモンたちと出会ってきた、その記録が証拠として残っている」
例えば、初めてのポケモンのことも。
ポケナビとポケモン図鑑を起動させれば、ほとんどの機能は使えないみたいだけれど私の今までどんな場所に行っていたのか、どんなポケモンと出会ってきたのかがしっかり記録されていた。
それから、開かないモンスターボールの中にいる私のポケモンたちのことも。
ああ、わかる。
私は、この子たちがとても大切だった。
その中でも一際大切なポケモンがどの子なのかも、なんとなくわかる。
「アブソル……」
「NNもついているよ。君は彼ら彼女らがとても大切だったんだね」
「はい……」
「まだモンスターボールを開くことはできない。けれど必ず開いてみせよう。それまでは、君は自分の記憶を探しながら冒険をしておいで」
「グオオン……」
「寂しくなるね、コライドン。気にしてくれてありがとう」
「コライドン、ゲート前まで送っていってあげなさい。私の恩師にも連絡を入れてあるから、そこで待ち合わせだ。君が連れてきたそのポケモン……キラーメはこのモンスターボールへ」
博士からモンスターボールをひとつ渡されて、ふよふよと私の近くを漂っていたキラーメというポケモンにコツンと当てた。
するとモンスターボールは開き、キラーメは中へ収納される。
揺れることもなく、カチリと音がしてモンスターボールは私の手に収まった。
「……君のポケモンたちと出会えるようになったらこちらから連絡する。その時は、ひとりじゃなくて仲間たちとおいで」
どうか、なくしてしまった君の宝物を取り戻せますように。
そう笑った博士に頷いて、ポケナビとポケモン図鑑を鞄にしまい、それを肩にかけて出発の準備をする。
餞別だよと渡されたスマホロトムでゲートの前を目的地に設定し、いってきます、と博士に声をかけて研究所から出た。
「行ってらっしゃい、名前」
不思議と、怖くなんてなくて、まだ見ぬ世界に胸が高鳴った。