詐欺師と花見をする

大分暖かくなってきたな、コートを腕にかけてふらふらとオオサカ城公園を歩く。
ほんの数日前は雪もちらついて冬に逆戻りはしたけれど、今日は快晴だった。
ちょっと冷えるのは朝晩だけで、昼間は暑く感じる時だってある。
春らしいっちゃ春らしいな。
そう思いながら夕暮れを背景に桜を眺めていた。
今日は徒歩で出勤だったし、コンビニでビール買えばよかったかな。
でもさすがに女ひとりでビール片手に歩き回るのは……一応人の目も気にするもんで。

「おー、名前じゃねえか」

ふと、声をかけられて歩みを止める。
振り向けば、同じようにコートを腕にかけた天谷奴さんが軽く手をひらひらと振ってこちらに歩いてきていた。
なんて偶然。
しかも手にはコンビニの袋、缶ビールが見える。
ビールだ!と思わず声を上げると天谷奴さんはせっかく会えたのに俺じゃなくて酒かよ、と唇を尖らせた。
ごめんて、ついビール欲しいなって思っていたから。
天谷奴さんがこちらに来るのを待っていると、強風が吹く。
その風に煽られて桜の花びらが舞い、夕暮れということもあってなんだか幻想的だ。
綺麗だなー、と見蕩れていると強く二の腕を掴まれた。
びっくりして目を丸くする。
顔を上げると焦ったような顔の天谷奴さんが。

「あー……悪ィ、つい、な」

「びっくりした……」

「お疲れさん、今日は車じゃねえんだな」

「明日非番だから散歩しようと思って」

「そんなお疲れなお巡りさんにビールやろうな」

やった!ビールだ!!
ガサガサと揺れるコンビニの袋から取り出され、渡されたビールを手に思わずはしゃぐ。
大学生じゃあるまいし、なんて言われたけれど仕方ないでしょ、花見と言えば酒、酒と言えばビールなんだから。
一緒に近くのベンチに腰かけて、ビールのプルタブを開けてカンパーイとお互いに缶をぶつけた。
同じタイミングでビールを煽り、あー美味し、と息を吐く。
これよこれ!仕事終わりだしめちゃくちゃ美味しいんだわ!
ついでにジャケットから煙草を取り出してそれを咥え、ライターで火をつけた。
ちゃんと携帯灰皿持ってるから問題なし!人もほとんどいないし!
オオサカ城公園内ではまだ路上喫煙地区になってないしね、お巡りさんだからちゃんとそこは確認するよ。
天谷奴さんも煙草を咥え、それから火のついてないそれを私の方に向ける。
ライターを差し出そうとしたらそれは大きな手で制され、当たり前のように私の咥えた煙草の先にくっ付けた。
思わず近くなった距離に息を飲む。
ちっか。
伏せ目がちの天谷奴さんを凝視していると、私の煙草から火をとっていった天谷奴さんは見過ぎだろと笑った。
いやあの、何したのかわかってます?
シガーキスですけど?

「慣れねえなァ」

「慣れるもんじゃなくない?」

「いつまでも初心なこって」

少しだけ熱くなった顔を背けるとわしわしと髪を雑に撫でられた。
ビールをベンチに置いて、その手で携帯灰皿を取り出して灰を落とす。
ふぅ、と吐いた煙が桜に重なってなんだかフィルターで写真を撮ったみたいだ。
綺麗だな。

「春だね」

「春だな」

「この前まで寒かったのに」

「雪降ったからな」

意外とオオサカは雪が降っても積もることは少ないらしい。
こっちへ赴任してそれなりになるけれど、積もったのはまだ見たことない。
なんなら古巣の方が降ること多いし、雪かきに追われたことだってある。
今年も雪かきが大変だったと両親や向こうの同僚からメッセージが来たくらいだ。
降ったら困るんだよね、車だとチェーン巻かなきゃだし、スリップ事故で二課も手を貸してくれって出ることあるから。

「雪っていやああれだな、この前ニイガタに行ってきた」

「……何もしてないよね?」

「おいおい、そんな疑うなよ。ちょっとスノーモービルで走っただけなんだからよォ」

天谷奴さんがスノーモービル……?
え?運転できんの?
ビールを煽った天谷奴さんがこれ運転したスノーモービルな、とスマートフォンを見せる。
おお、ほんとだ。
なんでもできるんだな天谷奴さん。

「雪って言ったら雪だるま作るのがせいぜいだなあ」

「スキーとかしたことは?」

「ないよ。してみたいけど」

「お前なら余裕だろ。むしろそのままスキーかスノボで取り締まりに行くんじゃねえか?」

「あーいいね、やってみたい」

「……取り締まられるやつはご愁傷さまだな」

そんな遠い目しなくても。
でもやってみたいとは思う。
この前凍結ですっ転んだことあったし、雪の時スキー出したらワンチャン楽……いややめとこ、あまり雪降らないし積もらないわオオサカ。

「でも今は花見だね、イベントあると他の課は忙しいみたいだし」

「暖かくなると変なのも出るしなー」

「……年中その格好してる天谷奴さんが言う?」

「俺が変だって言いたいのかよ」

「でも職質よくされんじゃん。私だってしたんだし」

「……それ持ち出すかァ?」

のらりくらりと部下の職質躱していたくせによく言うよ。
その時のことを思い出して笑うと、天谷奴さんは唇を尖らせてつまらなさそうな顔をした。

「そういえばさっきなんで焦ってたの?」

「……あー……笑うなよ?」

「内容による」

「……ほらあれだ、攫われそうになるって言うだろ」

名前が、桜に攫われるかと思った。
バツの悪そうな顔をする天谷奴さんが顔を逸らす。
……ははーん。

「天谷奴さんもロマンチストだよね」

「おいちゃんいつでもロマンチストだぜ?」

知ってる知ってる。
でもロマンチストは詐欺師じゃないからね?
そう言えば天谷奴さんはお巡りさんも桜に攫われんなよと笑った。

2023年7月25日