記憶喪失になった聖騎士

やめた方がいい。
そう言われた時点で冷静になって、一度引くべきだったのだ。
──エンジェルさんが負傷した。
その報せで私が慌ててシュラと医務室に向かうと、医務室の前でまるで私を待っていたかのように待機していた医工騎士が苦い顔をしていた。
エンジェルさんの怪我は大きいものではなかったが、倒される直前の悪魔が何かしらの特殊な能力を持っていたらしく、その影響をエンジェルさんが受けたんだとか。
会わせる人を選んでいる、私は、今のエンジェルさんに会わない方がいいのだと。
それでも、会いたいという私の気持ちは、変わらない。
シュラと一緒に医務室に入り、エンジェルさんのベッドを探す。
奥の方、カーテンを引いてないベッドにエンジェルさんは腰かけていた。

「エンジェルさん!」

頭に包帯を巻いている程度のケガみたい。
そこまで大きなケガをしてなくてよかった。
安心して大きく溜め息を吐く。
シュラが何かエンジェルさんに話をしている……というか文句言ってる。
聖騎士のくせにって言葉が聞こえた。

『……名前』

「あれ、カリバーン?」

ベッドに立て掛けられているカリバーンが小さく私を呼ぶ。
思わずそれに倣うように、カリバーンの前にしゃがみ込んで小さくどうしたのと言えば、早く医務室の外に出るように言われた。
またそれだ。
そういえば、医務室前の医工騎士はシュラじゃなくて私を引き止めた。
カリバーンも、私を出て行かせようとしている。

『知らない方がいいわ。アンタが傷つく前に行きなさいよ』

「え、本当にどうしたの?医工騎士も私は来ない方がいいって……」

『なのに来ちゃうのはアンタがアーサーのこと大好きだからなんでしょうけど……』

だからこそ、来ない方がよかったわ。
カリバーンがそう言葉を諦めたように吐き出したのと、シュラが声を上げたのは同時だった。
思わず顔を上げると、怒っているシュラと、きょとんとしているエンジェルさん。

「お前それ冗談でも笑えねえぞ!」

「いや、こんな時に冗談なんか言うわけないだろう」

「本気と冗談の区別ができねえのに何言ってんだ!」

「だから、冗談じゃない。彼女は誰か聞いただけだろう?」

「……え?」

今にも噛みつきそうなシュラをあしらうようにして、首を傾げてエンジェルさんは私を見た。
……私が、誰か?
私、私は、名字名前上一級祓魔師で、騎士と竜騎士の資格を有していて、それで、エンジェルさんと、恋人、なはず、なんだけど……
さあっと血の気が引く。

「はじめまして、かな?」

「……はじめまして?」

何言ってるの、エンジェルさん。

2023年7月28日