「エネドラ、やり過ぎだよ」
「うるせえな、お前が口出しすんな」
鬱陶しい。
液体化してるはずのオレの手を掴んだのは、玄界の血が流れてるくせに上層部に手厚い扱いをされている女。
同じくらいの年代でトリガー角のないやつ。
与えられているノーマルトリガーが特別らしく、防御が飛び抜けて硬いらしい。
だからか、〝泥の王〟は気体化をしているはずなのに内部からズタズタにされないようだ。
オレを止めた手を振り払って、そのまま歩き出した。
エネドラ、エネドラ、そうやってやけにオレの名前を口にする。
オレが振り向いたり応えたりしないのをわかってるのに頻りに呼ぶ。
……そういえば、オレ以外の名前を呼ぶことはあんのか?
例えば、ハイレインやミラ。
一番気にかけているのはあいつらだろうに。
消えそうにエネドラ、とオレの名前を呼ぶのを最後に、名前の声はしなくなった。
後ろから足音は聞こえる。
そこを歩いているのはわかる。
が、頻りに呼んでたくせに、呼ばなくなった。
ちらりと後ろを見ると、服の裾を掴んで俯く名前の姿が目に入る。
なんだよ、なにそんな迷子みてえな面してんだよ。
「……」
「……」
いつもから無表情のことが多いのに、何故か今は少し寂しそうに見えて。
思えば、ガキの頃からオレの後ろを必死についてきてたじゃねえか。
ハイレインでもなく、ミラでもなく、オレの後ろを。
誰よりもオレの名前を呼んではぐれまいとしていたじゃねえか。
足を止めると、オレの背中に名前の顔がぶつかった。
あーやっぱり液体化してるはずのオレに触れられんだな。
「エネドラ?」
「置いてかねえからそうやって呼ぶな」
こいつが気兼ねなく頼れるのはオレくらいなのだろう。
確かに玄界の血が流れてるからそれを卑下したこともあったし、これからもするだろう。
あの猿共の血が流れてるくせに、トリガー角がねえくせに、近界民じゃねえくせに、そうやってこれから先、こいつを傷つける言葉を吐くだろう。
でも何故か、こいつがオレの名前を呼ぶことをやめないだろうし、こうやって必死についてくるのをやめる気もしない。
「……」
悪くねえな。
そこの点に関しては誰にでも自慢できることだ。
お前らの大切にしてる半端モンは、オレを一番頼ってんだよ。
じゃなきゃこうやって呼ばねえしついてこねえだろ、ざまあみろ。
「帰んだろ」
「ん……」
「お前が邪魔しなきゃ雑魚どもをもうちょい痛めつけられたのになぁ」
「帰還命令出てたから。また始末書だったりするのは嫌でしょ」
「お前が作んだろ」
「やだよ、自分でそれくらい作って」
どうだ、こいつはオレに心を許してる。
お前らじゃできねえことをオレはしてる。
ざまあみろ。
※名前のトリガーは、鉄壁の守りなら負けない特殊なトリガー。でもダメージが許容範囲外だと崩されます。エネドラの泥の王はギリギリ大丈夫なので影響はありません。