「うーん……普通なら名前に怒るんスけど、稽古だったし割りとガチだったから怒るより心配するんスよねェ」
「来島さん、そこ痛い」
「そッスね、1番強くやられたところッスもんね。頭は?まだクラクラする?」
「うん」
来島さんがそっと私の顔に湿布を貼る。
ついでに言うなら視界半分見えない、いや見えるんだけど見にくい。
女の子がするような顔じゃねえッスね、と眉を下げてそっと腫れている瞼に来島さんが触れた。
昨日の今日、真っ直ぐ過ぎるって言われたから動き回ってみたら何故か昨夜思った通りにあの人の顔を殴ることが出来たのだ。
まあその後すぐ顔面に一太刀頂いて意識飛ばしましたけど。
あの時の目はガチだった、右目がギラリと光ったのかと思ったし。
さすがに医務室に運ばれた私は同性である来島さんの手当てを受けている。
「名前も女の子だから──って言いたいところだけど、名前にも名前の事情があるッスもんね」
「いや別に……好きでやってるわけじゃないし……」
「でも、強くなりたいんじゃないんスか?」
「……」
そりゃまあ強くならないとあの顔ベコベコにはできないだろうし、稽古つけてもらっている以上はなりたいとは、ちょこっと思う。
でも高杉さんの稽古は嫌だ、痛いもん。
絶対あれ道場とかの稽古じゃない、なんかこう……別のモンだ。
上手く返答できないまま黙り込んでいると、来島さんは私の両頬に手を当ててコツンと額を当てた。
「もし強くなれなくても、なりたくなくても大丈夫ッスよ。私もいる、先輩たちだって、晋助様だっている。一緒にいてあげるッスから」
「……別に、頼んでないし」
それにあの人がいるわけないじゃないか。
来島さんに部屋まで送ってもらって、そのまま襖の前で横になった。
だめだ、意外としんどかった。
今日も夕飯いらない、昨日より口開かないし。
……あの人食事できるかな、大分力入れてぶん殴ったけれど。
それはそれで気まずいなうわあ。
でもごめんなさい、ちょこっとスカッとした。
思わず笑った、直後に意識飛ばされたけど。
ひんやりしてる畳にうっとりと目を閉じていると、部屋の外から足音が聞こえた。
ひとつ、じゃない。
2人分かな、多分。
それは間違いなくこの部屋に向かっている。
あの人だとは思うけれど、ここからどかないといけないんだけれど、顔や腹が痛いのと頭がクラクラするので動けない。
怒られるかな、でも案外放っておかれそう。
うとうと、と寝そうになった時、襖が開いた。
「……」
「……おや」
「……」
ちらっと視線を向けると、高杉さんと河上さんがいた。
高杉さんの左頬には湿布が増えてた、ただでさえ包帯巻いてるのになんかこう……ちょっと申し訳ない気になる。
しかもあの、怖い顔で見下ろすのやめていただきたい。
「……こんなとこで寝てんじゃねェよ小娘、布団敷け」
「まあまあ晋助、大方まだ意識がしっかりしてないのでござろう。名前、立てるか?」
「……ん」
立つのがしんどくてそのまま首を横に振ると、河上さんは苦笑して私を抱き上げた。
甘やかすなよ、なんて高杉さんの声が聞こえた気がするけれど河上さんはまあまあと適当に宥めて器用に私を片腕で抱っこしたまま布団を敷く。
ここまでしてくれなくても……高杉さんめっちゃこっち睨んでおりますけれど。
「明日の取引に連れて行くのならしっかり休ませるのも師匠ではないか?」
「……うるせェ」
河上さんに布団の上に下ろされる。
……取引?なんだそれ。
しかしこっぴどくやられたでござるなあ、と河上さんが髪をくしゃくしゃに撫でる。
「嫁入り前の娘に少々手厳しいのではないか?」
「うるせェよ、こんくらいしねェとすぐ身につかねェだろ……あのばーさんも無理難題を押し付ける」
もぞもぞと布団に横たわり、薄く開く目で高杉さんを見上げる。
とても面倒だって言ってるの凄くわかる、目は口ほどにものを言うってやつ。
昨日は掛け布団だけで寝てたからなんかふかふかして気持ちいい、昨日よりよく寝れそう。
布団の上からポンポンとリズムよく軽く叩く河上さんがなんか面倒見のいい近所のお兄ちゃんみたいだ。
あ、子守唄はいりません、そのまま寝れます。
「どいつもこいつもそいつに甘ェんだよ」
「晋助が甘やかさない分でござる」
高杉さんが甘やかすとか想像できないしできたとしても恐ろしいわ。
鳥肌立った、寝よう……
ポンポンされるのも悪くないかもしんない、初めてだ。
心地よいリズムに自然と瞼が落ちてくる。
さっきうとうとしてた時より眠くなってくる、気がする。
「しかし本当に連れていくのでござるか?まだここへ来て1週間と経ってないが……」
「一応俺の教え子だ、慣れてもらわなくちゃ困るんでな」
「ふむ……」
「あのばーさんがこの小娘をどうしたいのか、この小娘がどうなりたいかは知らねェが、俺を師として扱うのなら避けれねェだろ」
教え子って思ってるんだ、意外かな。
そこからは話の内容なんかわからなくて、ポンポンと心地よいリズムをつくる手とは別の手が私の髪を撫でた、気がした。