続いてくれたらどんになにいいか

ソファーでテレビを観ながら視線を名前に向ける。
万事屋に居候というか身を置くようになってから10日は経った。
恐らく記憶喪失のあいつは毎日拙い手付きで持っていた刀の手入れをして、縋るようにそれを握りしめる。
名前もわからないほどの記憶喪失たァ何があったのか。
まあ俺としては記憶喪失だろうとそうじゃなかろうとどっちでもいい。
──あの人の娘だから。
保護者代わりのやつが来るまで守ってやれれば、と思う。

「なあ名前、昼食いに行くか」

「外?」

「おー」

刀は包んでから来いよ、と言えば名前はてきぱきと刀を上手いこと布で覆うとそれを背中に背負う。
……いくら借りもんの女モンの着物を着てるとはいえ、やっぱあの人の子どもだよなァ……初見だったらビビるわ。
駆けてくる名前をしげしげと見つめて、それから思わず黒い髪に手を伸ばした。
あの人もこんな髪質だったなー、なんて。
重ねすぎるのはそのうちこいつを追い詰めてしまうのだろうけど、ちょっとだけ。

「坂田さん?」

外に食べ行くんじゃないの?
小首を傾げる名前に悪ィ、と謝ってその手を引く。
まだ柔らかい掌、でき始めの剣胼胝はいくつか潰れていた。

「お前好きなモンは?」

「特に好き嫌いは……あ、」

「あ?」

「金平糖、食べたい」

「そりゃ菓子だ。飯の後に買ってやんよ」

甘いものが好きらしい。
そういえばかぶき町で初めて会った時もそれは美味しそうに団子を頬張っていたっけか。
ただの普通の女の子。
けれど剣を持つのだから普通ではないのだろう。
何かないと持とうとは思わない。
あの人は友人を連れていかれたから、取り戻そうと、剣を取ったんだから。


「坂田さん、手を繋ぐの好きなの?」

「へ?」

昼飯を終えてふらふらしながら万事屋へ帰る道の途中、名前が俺を見上げてそう口にした。
俺の左手はしっかりと名前の右手を握っている。
迷子になったら大変だと思ったから。
自分の名前も忘れてしまった晃がはぐれたらどうなるのか、きっとこいつは不安で不安で、押し潰されるのだろう。

「あー……お前の手って柔らかいし?」

「……」

「今のナシ!そんなあからさまにドン引きした顔しないで晃ちゃん!うわあ、って口に出てるからね!?」

ぐいぐいと俺から手を離そうとしている名前が必死過ぎた。
ぶっちゃけ女の子にしては固い手ではあるけども。
剣を手にしているから当たり前か。
何回も今のナシ今のナシと言い続けていると、名前は手は繋いだままだが少し俺から距離を取って歩く。
俺を見る目が完全にやばい人を見る目になってる、やばい。
元々警戒心が強いというか、大人があまりいない環境だったろうから身構えているというか……子犬みてェ。
近道をするために細い暗い路地に入ってしばらくすると、名前の足が止まって俺の腕を引いた。
握る手に力が入る。

「……どうした?」

「ここ通りたくない」

「は?」

「遠回りでいいから、あっちから帰ろう……?」

暗いところや狭いところが苦手とか、そういうものではなさそうだ。
だが明らかに様子がおかしい。
なら、遠回りで帰るか、そう思った時だった。
まるで久々に会ったかのように「よォ白夜叉」と呼ばれたのは。
聞いたことのある声だ。
10年も前に、戦場で。
あの人が死んだ時に、高杉が打ちのめされた時に。
視線を行く先だった方向へ向けると、その男はいた。

「おっ、嬢ちゃんも一緒か。手間が省けそうだな」

名字さんの、名前の父親の仇敵。