「いたたたたたたたたたたた!!」
「ひえ」
「ねえちゃん!耳取れる!!」
「人の話を聞いてなかった耳っているか?」
「ねーちゃん兄ちゃんのピアスホールから血ィ出るから!」
「オマエもやってやんから安心しろよ」
「安心って何!?この状況なんも安心できねえんだけど!」
今日はいい天気だなぁ、雹降ってたけど。
蘭のピアスを引っ張ったまま溜め息を吐く。
ここ?打ち合わせしていたカフェ。
何してたかって?仲のいい絵師さんの個展にゲストってことで一枚だけ絵を置かせてくれるって話だからその絵師さんと打ち合わせしてた。
ちゃんと言ったんだけどなぁ、打ち合わせに行ってるよって。
なのに何を勘違いしたのかふたりがここに来た。
別にいいんだよ、来るだけならな。
別にいいんだよ、お話だけならな。
あろうことかその絵師さん威嚇して絵師さんビビっちまって逃げるように帰っちまったけどな。
絵師さんは男の人、見た目儚い系のくせに凄い迫力のある絵を描いている凄い人で、私の個展に来てくれたのをきっかけに仲良くなった。
早い時点で打ち合わせ自体は終わったんだけど、今度共通のお題で絵を描くのはどうかって。
それかお互い描く絵のテーマってほとんど固定だから入れ替えてみたら面白いよなって。
めちゃくちゃ意気投合してたんだけど、絵師さんが私の手を握って興奮したように話をしてるところに来たのが機嫌悪くて怖い顔した蘭と竜胆。
ひっくい声で威嚇するもんだから気の弱い絵師さん逃げ帰っちゃったわけよ、謝る暇もねえ。
律儀に私の分のコーヒー代も置いてった。
いや、言ったよな、絵師さんと打ち合わせだって。
私が言い寄られている?いやいやあの人彼女さんいるし。
「オレの耳残ってる!?なんか感覚おかしーんだけど!!」
「よかったな、拡張されたからワンサイズ上のピアスつけれんだろ」
「そんな拡張の仕方いやだ!」
赤くなった蘭の耳から手を離し、距離を取ろうとした竜胆の耳も引っ張る。
いつも首根っこ掴んでも逃げようとするけどさすがにピアス引っ張られんのはいやみたいで逃げない。
ここぞとばかりに蘭にしたように引っ張れば竜胆から悲鳴が上がった。
「ちぎれる!ぶちっていっちゃう!!」
「以外と人間丈夫だから問題ねーよ、あ、新しいピアス買ってやるからさ、太いやつ」
「問題しかねえからああああ!!」
ここテラス席でよかったわ、店には悲鳴響かねえから。
しばらく竜胆のピアスを引っ張って、満足したので手を離す。
蘭と竜胆がふたりでオレの耳ある?無事?ちぎれてねえ?なんて確認するのを見て座るように促した。
大人しく目の前の席に座るふたりは肩を落とし、上目遣いで私を見る。
そんな顔したら許されると思ってんのか許したことねえだろオマエら顔がいいからってやってんだろうけど使いどころちげーからな。
店の中で青褪めていた店員さんを呼んで適当にふたりの飲み物と自分のコーヒーのお代わりを頼んだ。
「あの、ねえちゃん」
「ほんとに、ほんっとうにアレねーちゃんの男じゃねえ?」
「違うに決まってんだろ」
「よかったぁ」
「ねえちゃんの彼氏だったらどうしようかと……」
「どうしようとしてたのかここで吐け」
今後の私の人間関係ガラリと変わっちまうだろうが。
心底安心しましたと訴える表情にちょっとイラッとした。
どうやら私が人と会うことが少ないから疑問に思って尾行してきたらしい。
このテラス席から死角になるところでこっそり見ていたら絵師さんが私の手を握って興奮し始めたから慌てて飛び出てきたんだと。
だから絵師さんと打ち合わせするっつったろーが、過激なセ〇ムか、他のところでそのスキル使え。
そりゃあふたりの身内だからって理由で不良に絡まれないわけじゃねえけど、ほとんどひとりでそいつら非常階段から吊るしましたが?靴紐で。
大体ふたりが駆けつける頃には事が終わってるからふたりの出る幕ねえけど。
「だってねえちゃんはオレらのねえちゃんだろ?」
「どこの馬の骨かわかんねーやつに渡したくねえし」
「あくまで私はオマエらの従姉なだけなんだけど」
「あ!従姉弟同士で結婚できるからオレらとすればいいんじゃね!?」
「お!いーじゃん!!ねえちゃん重婚しよ!」
「全然よくねえし名案でもねえからな?」
とてもいやなプロポーズだな。
なんなの今日のふたりはちょっと馬鹿なの?
……いや、学習してんのかしてねえのかわかんねえから馬鹿かもしんない。
運ばれてきたコーヒーを手に何度目かわからない溜め息をひとつ。
私二酸化炭素しか吐いてない気がする、環境によろしくない。
「もう予定ないけどどっか適当にふらつく?」
「行く!」
「なあ、ねえちゃんもピアス開ければ?オレやるよ?」
「そんな予定はない」
ちぇーと唇を尖らせるふたり。
さっさとコーヒーを飲み終えて伝票を手にすればふたりは慌てたように飲み物を飲み干した。
それから適当にふらつく。
画材屋さんに入ってめぼしい画材があれば買うし、その後はふたりに腕を引かれてアクセサリーショップへ。
あ、マニキュアあったら欲しいかも。
爪は小さなキャンバスなんだよと別の絵師さんも言ってたし、やってみたら楽しいかな。
指はこまめに手入れしてるから綺麗な方ではあるし、その甲斐あってか爪も綺麗だ。
「ねーちゃん何買うの」
「マニキュア、新しいことやろうかと思って」
「ピアスは?」
「開けない」
マニキュアの並ぶ棚で吟味していたら蘭と竜胆がピアッサーとピアスも持ってきてた。
いや開けないって、絶対体質的に合わねえもん。
「ねえちゃんぜってー似合うのに」
「ほら!ねーちゃんの好きな空っぽいのもあるよ!」
「……気が向いたらね」
綺麗な青に心が揺らがないとは言ってない。
結局私のマニキュアとふたりがピアッサーとピアスをいくつか買って帰路につく。
ご機嫌なふたりに手を繋がれ、こういうところは憎めねえなあと感じた。
まあ穏やかだったのはそこまでだ。
「オマエらほんとそのコンビネーションここで使うんじゃねえ喧嘩だけにしろ」
「竜胆ちゃんとねえちゃん抑えてろよ!失敗したらオレらのピアス拡張されっから!!」
「それはやだもんな!任せといて兄ちゃん!!」
「……マジで覚えてろよ」
家に帰って風呂を終えたら後ろから竜胆に羽交い締めにされ、蘭が私の耳にピアッサーを当てる。
抵抗したら痛い目を見んのは私なので大人しくされるがまま、後でオマエらピアス拡張すんからな。
開けるぞーと嬉しそうな蘭の声に目を瞑ればバチンと耳元で音がし、少し遅れてじんじんと痛んだ。
満足そうな蘭に渡された鏡を見れば、綺麗な青紫のピアスが鎮座している。
そのまま反対も新しいピアッサーを当てられ、同じように音が聞こえて痛みが走った。
今度は綺麗な赤のピアス。
「よし、こっちが竜胆の色で、こっちがオレな」
「ねーちゃん似合ってんじゃん!」
「複雑」
ピアスに罪はない、あるのはこのふたりだ。
竜胆から解放され、仕返しとばかりにふたりのピアスごと耳を引っ張れば痛がりはするものの嬉しそうな顔をしていた。
親戚のおねえさん
絵師さんと打ち合わせしてたら勘違いしたふたりが絵師さん威嚇して追っ払ったからピアス引きちぎってやろうと思い切り引っ張った。
外出は絵を描きに行くか打ち合わせくらい。
成り行きでピアス開けられた、オマエらのピアスホール拡張してやる。
灰谷兄弟
ねえちゃんに男!?それはいやだ!!って勘違いして絵師さん追っ払ったらピアスホール拡張されんばかりに思い切り引っ張られた。
ねーちゃんに男できんのやだからオレらと結婚すりゃよくね!?
確かに従姉弟同士は結婚できるけどそうじゃない。
コンビネーションばっちりなのでおねえさんに無事ピアスホール作れた、ほらオレらの色だよ!
なんだかんだ大切にされてる自覚はある。