「ねえちゃんそろそろやめよ……さすがに……可哀想になってきたから……」
「お、オレら代わるからさ……そこら辺にしてやって……」
「代わりにてるてる坊主になりてえってこと?」
「イエナリマセン」
「オスキニドウゾ」
今日はいい天気だなぁ、ねえちゃんが嬉々として出かけようとするわけだ、こんないい天気なのに可愛くも効果もねえ逆さのてるてる坊主がたくさんぶら下がっているのはどうかと思うけどな。
一種のオブジェだな、よかったオレらギャラリーで吊るされたままじゃなくて。
ねえちゃんは一通りそいつらを非常階段の欄干から靴紐で逆さになったてるてる坊主を完成させるとやり切ったように大きく息を吐いた。
オレと竜胆がここに駆けつけたのは五分前、ねえちゃんからのメールで絡まれてるんだけどと送られて焦ってここまで来た、が、既に終わってた、何がって、ねえちゃんに絡んでいたやつらが。
絵を描きに行ってたねえちゃんはしつこく絡まれていたらしい。
スルースキルあっからそれだけならいい。
けれど問題はその後だ。
あろうことかねえちゃんも描いてた絵を取り上げてぐしゃぐしゃにした。
そりゃあねえちゃんキレんわ、吊るされんわ。
こんな逆さのてるてる坊主にされんわ。
つーかねえちゃんすげーな、てるてる坊主量産機かよ。
多分てるてる坊主一号と二号はオレと竜胆、あん時は簀巻きにされてたから蓑虫が正しいかもしんねえな。
竜胆が落ちていたぐしゃぐしゃの絵を拾う。
覗き込めば、いつものように綺麗な空の絵が。
もったいねーなー。
画材が無事だっただけよかったかもしんねえ。
「ねーちゃん、気が済んだら帰ろうぜ」
「ねえちゃんがこいつら相手にすんのもったいねえよ」
ねえちゃんが相手にすんのオレらだけでいーじゃん。
ひと仕事終えた、とばかりにすっきりした表情のねえちゃんに近づけば帰ろ、と答えた。
……あのてるてる坊主そのままでいっか、誰かしら助けなり通報なりすんだろ。
ねえちゃんから話を聞くと、あいつらは東京卍會と名乗ったらしい。
特服も着てねえから末端だと思うけど。
女には手ェ出さねえと思ってたけど、今度竜胆とお礼参りにでも行こ、先に身内に手ェ出したのは向こうだし。
竜胆と顔を合わせれば同じことを考えていたのか頷いた。
知ってる?これってフラグって言うんだってさ。
ねえちゃんがイベント以外で六本木から出るのも久々だったから適当にコーヒー片手にふらついてると呼び止められる。
「おい、灰谷兄弟」
「なに、今オレらねえちゃんとデート中なんだけど」
「ねーちゃんオレの後ろいて、手ェ出さないで」
「言われても出さねえわ」
特服着てる、わかりやすいな。
しかも頭じゃん、わざわざ探したのかな。
マイキーとドラケンと知らねえ顔。
その後ろにさっきのてるてる坊主も率いているけど。
竜胆がねーちゃんの近くにいてくれているからオレが前に出る。
「うちのが世話になったらしいじゃん」
「はァ?先に身内に手ェ出したのはそっちだぞ」
さてはてるてる坊主共、オレらにやられたって言ったな?
……それもそっか、女ひとりにやられたって言ったらそいつらが制裁されるかもだからな。
考えればねえちゃんほんとやべーな、不良の情勢なんて知らねーからだと思うけど。
知ってんのはオレらが六本木仕切ってることと天竺のことくらいか。
まあでも、絵を台無しにされたねえちゃんにはきっと関係ない、むしろてるてる坊主で済んだのはいい方だと思う、多分。
「オレらやさしーから引くなら何もしねえよ?なあ竜胆」
「そうだな兄貴、ガキはさっさと帰んな」
「ねえこれ時間かかる?先帰っていい?」
「ねーちゃん離れないで、言いながら歩き出してんじゃん」
「つーか向こうの言い分だと先に蘭と竜胆が手ェ出したみたいな言い方じゃねえか手ェ出したのはそっちだし被害被ったのは私なんだが?」
「ほらこっちの身内が手ェ出されてんじゃん。言っとくけどてるてる坊主にしたのはオレらじゃなくてねえちゃんだからな、キレんとオレらよりおっかねーから」
落ちついてねえなねえちゃん。
ねえちゃんの視線の先にいるのはさっきのてるてる坊主共。
こっちの言い分にマイキーとドラケンは何か考えているみたいだけど、てるてる坊主共はそうじゃないらしい。
もうやっちまった方がはえーかな。
でもねえちゃん喧嘩は見えねえところでやれって言ってるしな、やったらやられる、オレと竜胆が。
「どーすんの兄貴」
「どーすっか竜胆」
「もっかいてるてる坊主になりたいって?仕方ねえなアンコールは得意じゃねえんだけどなぁ」
「ねーちゃんストップ!」
「ねえちゃん止めて!!」
マイキーとドラケンを押し退けて近づいてきたてるてる坊主のひとりがねえちゃんによって酷い悲鳴を上げたとだけ、言っておく。
「スミマセンデシタ」
「モウシワケアリマセンデシタ」
「頭下げられても私のぐしゃぐしゃになった絵は元通りにならねえんだけど」
「ねえちゃん、一応こいつらオレらより年下だから……」
「ねーちゃんやめたげて……悪いのはそっちだけどやめたげて……」
空が青いなあ、なんて現実逃避ができればどんなによかったか。
マイキーとドラケンの制止の声もなんのその、見事にてるてる坊主を量産したねーちゃんは綺麗に九十度腰を折って頭を下げるふたりに言葉で追い討ちをかける。
あわわ……相手は東京卍會なのに……と思うけどねーちゃんだからな、今さらだ。
むしろてるてる坊主の教育不足ってことでマイキーとドラケンが吊るされなかっただけよかったかもしんねえ。
綺麗にエビ固めやチョークスリーパーをキメてからそこら辺の電柱に吊るされた下っ端は可哀想だと思うし、今までオレらあれを受けてよく無事だったなと思う。
「あの、うちのが本当にすみませんでした……」
「教育不足でした……すみません……」
「そもそも一般人巻き込むのどうかと思うんだけどそこんとこどーなってんのかねえ……あ、一般人巻き込むオレらかっこいいとか思ってんの?馬鹿なの?むしろ一般人の方がこえーと思わねえ?」
「仰る通りです……」
「面目ないです……」
いやほんと可哀想だからもうやめたげて。
ねーちゃんをオレと兄ちゃんで止めるというなんとも酷い状況、ねーちゃんが次やったら沈めんからなとだけ言い残して歩き出した。
……どこにどう沈めんだろ、怖いから聞かないでおこ。
一応オレと兄ちゃんでマイキーとドラケンにフォローだけ入れておく、まだあれマシな方だと思うから、マジで次ねーちゃん見つけてもそっとしておいて、詫びいらねえから、止めらんなくてわりーね。
駆け足でねーちゃんに追いつくと、ねーちゃんはぐしゃぐしゃになった絵を見下ろして、少し残念そうに溜め息を吐く。
ああ、もしかしたらガキの頃に絵をぐちゃぐちゃにした時も、本当は残念でならなかったのかもしんない。
残念でショックで、もしかしたら泣きたかったのかもしんない。
でも泣き出せなかったねーちゃんは結果的にオレと兄ちゃんを簀巻きにして吊るし上げる手段に出たわけで。
……あれ、ねーちゃんが怒る度にオレらが吊るされたり締め上げられるのってオレらが原因?
どうしよ、とんでもねえねーちゃんにしちまったかも。
「ねーちゃん、大丈夫?」
「何が」
「絵、ぐしゃぐしゃにされてさ」
「悲しい?泣くならオレらの胸貸すよ」
「発散できたからいいよ」
つんと前を向くねーちゃん。
ぐしゃぐしゃにされちまった絵は皺を伸ばすようにして、これ以上折れないようにファイルして鞄に入れる。
少しだけ鼻を啜るような音が聞こえた。
びっくりして兄ちゃんと顔を見合わせて、ふたりしておろおろとねーちゃんに声をかける。
「ね、ねえちゃん飯食いに行こ!六本木戻ろう!たまにはオレらが奢るからさ!!」
「あ、ほ、ほら!途中で新しい紙も買いに行こ!欲しかったやつあるんだろ!!」
慰めるなんてどうすりゃいいんだ。
けど、そんなオレらの様子を見てか、目元を指先で拭ったねーちゃんが顔を上げて、少しだけ表情を柔らかくした。
「そんなに気ィ遣わなくていいのに、慣れたから」
「……いやぜってー慣れちゃいけねえやつ!」
「兄ちゃんあそこにしようぜ、ほら、最近できたとこあんじゃん!」
ねーちゃんが悲しいと思うこと、ないようにしないと……!
まあねーちゃんの絵に被害がいかないようにしてもねーちゃんを何かと巻き込んだりオレらがやっちゃいけねえことやって怒られるんだけどな、それはまた別の話。
「クレープ食べたい」
「わかった!食べに行こーぜ!」
「ねえちゃんどんくらい食べる?一番でかいの食べる?」
「そんなに食べれねえんだなあ」
親戚のおねえさん
天気がいいなあってふらふらして適当なところで絵を描いてたら東京卍會と名乗る不良に絵をぐしゃぐしゃにされたから近くの非常階段から吊るし上げて逆さまのてるてる坊主にした挙句、その後はトップ連れてきたのでまたてるてる坊主作り上げた。
てるてる坊主量産機。
絵をぐしゃぐしゃにされたら泣きたくなるのはほんと、感情を外に出す前に手が出るから仕方ない。
この後六本木に戻ってクレープ食べた。
灰谷兄弟
ねえちゃん絡まれてるって?ねーちゃんやべえじゃん!と駆けつけたらいろんな意味で遅かった、その後も止められなかった、てるてる坊主量産機を止めるボタンはなかったんだ……
初めておねえさんが泣くところを見た気がするふたり、え、泣いた?もしかして今までも泣いてたかもしんねえの!?え…やらかしちまってた事実に改めて打ちのめされる未来も待ってたりする。
この後六本木に戻ってクレープ食べた。
東京卍會の方々
末端が灰谷兄弟にやられたって!?と赴いたら事実が全く違うしマイキーくんとドラケンくんの前で末端が逆さまのてるてる坊主にされてしまった。
いや、あの、本当にすみません……
マイキーくん、未来でそのおねえさんとも関わるんだよ。