「姐さん!!やめてやってくれ!」
「それ以上は勘弁してほしいっす!!」
「もう十分だと思います!!ほら動かねえもん!」
「ねえちゃん落ちつこ!?」
「ほら深呼吸してねーちゃん!」
「初っ端でオマエ呼ばわりした挙句下品に品定めする人間を蹴らねえ理由がねえし私はいつも落ちついてるが?」
今日はいい天気だなぁ、ゲリラ豪雨あったけど。
画材を買いに出ていたけど見事に降られた、水彩紙だけでも死守したから帰ってきた私はびっしょりで張り付いたシャツが気持ち悪い。
先に帰っている蘭と竜胆に勧められて私は風呂場へ。
もう出かける予定もないし着替えは部屋着だ、スウェットにパーカー、少し肌寒いし。
風呂から出て髪を乾かしてリビングに行くといつもの顔ぶれと知らない顔がひとり。
別にいいよ、予め来るって話はあった。
別にいいよ、挨拶で済めば。
でもな、初対面で私をオマエ呼ばわりして物理的にも上から目線で私と蘭と竜胆の関係を下品に揶揄するのは許すまじ。
無礼極めてんじゃねえか礼儀どこ行った、そもそも私とふたりの関係は同居している従姉弟でそれ以上も以下もねえっつーの。
最近ジムに行き始めたのもあって自分でもびっくりするくらい軽く体が動いてそいつの股間を蹴り上げた、ノーモーション。
ジムのトレーナーには素質あるって言われたんだよ、ないのは体力と筋力くらいで。
筋トレや体力トレーニングを始めたんだよ、びっくりするくらい夜通しの作業も楽。
ズドンと低い音と共にそいつが沈んだところを追い討ちしてやろうと思ったらガキ共に止められる。
そいつはぴくりとも動かない。
情けねえな恐竜みてーな名前してるくせに図体でかいくせに。
鶴蝶が私とそいつの間に入り、蘭と竜胆は私を羽交い締めするように止め、望月と斑目がそいつに大丈夫か声をかけていた。
「姐さん股間はねえよ……ヒュンてした……」
「サウス!生きてっか!?」
「……ぐ、うぅ」
「ねーちゃんなんか強くなってね?」
「待ってオレどこのジム行ったのか知らねえんだけど」
「は!?姐さんジム行ってんのか!?」
「週二でキックボクシング始めた」
「止めろ灰谷!」
「無理言うな!」
オーバーキルじゃねえか!とガキ共が声を上げる。
まだ始めてそんなに経ってないけど少し腹回りが引き締まったような気がするんだよな、運動って素晴らしい。
真っ青な蘭と竜胆が私をソファーに促したので、それに従って腰をかけた。
そうそう、ふたりやガキ共は六波羅単代っていうチームにいるんだってさ。
私がさっき蹴り上げたのはその頭。
「ねえちゃんコーヒー飲む?」
「飲む」
「じゃあ用意してくんわ、オマエらは適当でいいだろー?」
「仮にも総代が沈められたのにその落ちつきようはどうなんだよ」
「だってねーちゃんだぞ、予想はしてたけどその斜め上を行くサウスが悪い」
心做しか少し内股気味の蘭と竜胆が台所に行ってコーヒーやら他の飲み物やらを用意する。
相変わらず蹲っているそいつ……寺野は早々に放置された。
ガキ共全員が「やったの姐さんだし」と言ってるのはよくわかんねえ、オマエらのボスくらい介抱してやれよ。
テレビのリモコン片手に適当にチャンネルを回す。
あのゲリラ豪雨は各所でもあったらしい、しばらく天気も不安定みたいだから出かける時は折りたたみ傘持っていこう。
あと画材とスポーツウェア両方入れられる鞄とか欲しいな、今度買いに行こ。
蘭が用意してくれたコーヒーを飲みながらガキ共の会話を聞き流しつつテレビを観ていると呻き声が聞こえた。
全員で揃ってその方向へ顔を向ければぷるぷると震える足で立ち上がる寺野の姿が。
「て、めえ……やってくれたな……」
「は?テメェだ?誰に言ってんだしばくぞ」
「ねーちゃんストップ!!」
「サウスもやめろ!今度は姐さんに玉無しにされんぞ!!」
乱暴にマグカップを叩きつけると竜胆が私の肩を掴み、鶴蝶が寺野を制する。
どのクソガキも最初は年上にそういう口きくって決まってんの?私の方が年上だが?
ゲリラ豪雨のタイミングで吊るすぞ。
「マジでやめてねえちゃん!サウスが死ぬ!!」
「私が殺人犯みてえに言ってんな」
「姐さんが殺人犯になったら誰も捕まえらんねえよ」
「わかる。被害者しか出ねえ」
「おいこらクソガキ共」
望月も斑目もさっきラリアットされたの効いてねえのかな、もっと腕振り回してやろうか。
寺野が私に掴みかかろうとしてくるのを見て鶴蝶が止めに入る。
ほんと鶴蝶大変だな……まだ未成年だろ。
つーかやるならやってやりますけど?
習いたてのキックボクシングが火を噴くぞ。
「気の強い女は嫌いじゃねえ……そのじゃじゃ馬乗りこなしてやるよ」
「ほーん……?」
寺野、オマエは去勢だ。
「モウシワケアリマセンデシタ」
「ね、ねえちゃん怖……」
「サウス立ててねえじゃん」
「もう恐竜じゃねえな、子鹿だ子鹿」
「生まれたての恐竜でもぷるぷるしねえよ」
「言っとくがオレらみんな今ぷるぷるしてんからな……」
「こんな可愛くねえ子鹿いらねーよ」
結果?言わんでもわかるだろ。
股間押さえて蹲る寺野と内股になって青褪めているガキ共。
このリビングで立ってるのは私ひとり。
いやーほんと運動って素晴らしいな、体軽くて動くの楽しいわ。
まあ誰にも鍛えらんねえところは蹴られたら立てねえよな。
全くさァ、相手見て物言えよ、年上だぞ、もうすぐ三十路ですけど私。
コーヒーのお代わりを求めて台所に向かい、それから冷蔵庫を開けて食材を確認する。
予めガキ共が来るって話があったからそれなりに大量に買い込んどいてよかった。
私の得意唐揚げやらスーパーで買った惣菜類なんかもあるから足りるだろ。
「夜は食べるんでしょ、作るから手伝ってほしいんだけど」
マグカップにコーヒーを淹れながら言えば蹲っている寺野以外が動き出した。
蘭と竜胆は台所に来て一緒におかずを作る用意を始めるし、他の三人も食器棚から必要な食器を出したりテーブルの用意をしてくれる。
慣れたもんだな、凄く助かるわ。
「あいつら泊まってくの?」
「一応そのつもりだったけど今日はまずかったりする?」
「あいつらめちゃくちゃ楽しみにしてちゃんと寝間着持ってきてんの」
「うるさく言うようだけど静かにしてね。今日は作業そこまでしないから」
個展やイベントはまだまだ先だし、のんびり好きな絵を描くだけで今日は寝る予定だ。
寝間着まで持ってくるってお泊まり会か、随分と可愛い真似すんなあ。
コーヒー片手に揚げ物を進めていると、先に風呂入ってくるーと言った蘭と竜胆と入れ替えに鶴蝶が台所に来た。
少し申し訳なさそうな顔で。
「姐さんすみません、ご馳走になります」
「いいよ気にしないで。あ、味見する?」
揚げたてだから熱いけど。
小皿に唐揚げをひとつ乗せてフォークと一緒に渡せば鶴蝶の表情が少し緩む。
そんな鶴蝶を見てか、望月も斑目も台所に来たのでそれぞれに味見と称して唐揚げを渡した。
うまい!と表情を崩すところはまだまだ子どもだなと思う。
「サウスー、姐さんが味見していいってよ」
「マジでうまいッス!あいつらいつもうまいモン食ってんスね」
「三人とも向こう行くついでにこっちのおかず持ってってもらっていい?」
「はい!」
人数多いと思ったから買ったものも多くて悪いんだけど、と付け加えればありがとうございます!と三人はいくつかの皿を持って台所から出た。
そして入れ替わりに来たのは寺野、少し気まずそうな顔。
「ほら、寺野の分の味見」
「……」
「……」
「……さっき」
「ん?」
「生意気言って、すみませんでした」
「そうだね、懲りたらやめてくれればいいよ」
使ってないマグカップにコーヒーを淹れて渡せば寺野はそれを受け取って戸惑いながらも口をつける。
まあ懲りてなくてもまた繰り返してもしばくだけなんだけどな。
仕込んでいた唐揚げを全部火を通し、大皿に盛り付けるとその大皿を寺野が手にした。
「あんたイイ女だな、飯もうまいし強い」
「そりゃどーも」
「品のねえ言い方したのは悪かった」
「ほんとだよ、次はねえからな」
「おう」
ニカッと笑って寺野は大皿とマグカップを持ってテーブルに向かっていく。
わかりゃいいんだよ、わかりゃ。
その後風呂から出てきたふたりが「オレらも味見!」と言って大皿の唐揚げを食べ始めたもんだから他のガキ共と騒ぎ始め、まだ準備終わってねえだろと後ろから膝に蹴りを入れた。
親戚のおねえさん
キックボクシング始めました。(冷やし中華風)
言われた言葉やらなんやらに六破羅単代の総代の股間を思い切り蹴り上げた、他のメンバーはタマヒュンした。
素質あるってさ、嬉しくてトレーニング量をこれから増やすのでメキメキと体も引き締まっていく。
蘭くんと竜胆くんのご飯作るようになってからどんどんメシウマになった。
いつもより賑やかな食卓が楽しかった。
灰谷兄弟
ちゃんとおねえさんに対する礼儀を教えていたのに台無しになったし総代を蹴り上げるおねえさん止められなかった、予想はしてたけど結果が予想を遥かに超えた。
ジム行ってんの!?なんで!やめて!?
おねえさんを止めたのはおねえさんが返り討ちになるからじゃなくて総代が沈められる未来しか見えないから。
ねえちゃん怖い、でもさすがねーちゃん。
ふたりがお風呂行ってる間に他の四人が味見しているのずるくて大皿に手を出したら後ろから膝に蹴りを入れられた、膝カックンになった。
六破羅単代
案の定蹴り上げられてぷるぷるの子鹿になった総代と同じくぷるぷるになった元天竺メンバー。
なんで姐さんがジム行くの止めなかったんだ!!割と本気で嘆いた。
胃袋がっつり掴まれているかもしれない。