「多分帰りは夜になるから、夕飯自分たちでなんとかして」
「いってらー」
「ねーちゃん気をつけてな」
パタパタとパンプスを履いて出ていくねえちゃんを見送って、竜胆と顔を見合わせる。
ねえちゃん今日は授賞式なんだってよ。
なんか前に描いた絵が賞をもらったんだって、先週そんな連絡があって嬉しそうに表情を緩めていた。
パンツスーツで髪を纏めるねえちゃんの姿見たことなかったからなんか新鮮だったな。
テレビ中継とかはねえけど、後日雑誌とかで取り上げられるかもだって。
ねえちゃんインタビューされるからって昨日から緊張して家の中うろうろしてた。
緊張するんだなーねえちゃんでも。
個展やイベントでも毅然としている姿しか見たことねえからびっくり。
ねえちゃんがマンションから出てタクシーを拾うのをベランダから見て、オレと竜胆は準備を始めることにする。
だってさ、ねえちゃんが賞をもらったんならお祝いしなきゃだろ。
帰ってきてから店に行くのも悪くねえけど疲れて帰って来るだろうから、家でそれなりにお祝いしてやりたい。
ねえちゃんには言ってねえからちょっとしたサプライズだ。
オレと竜胆でそれぞれプレゼントも用意した、あとは夕飯に合わせてケーキでも作ろうかって。
竜胆にはめちゃくちゃ心配されたんだけどさー。
前にお粥作ろうとしてよくわかんねえ物体になっちまったのにケーキなんて作れんのかって。
大丈夫大丈夫、前より飯も作れるようになったし、ちゃんとレシピ用意したから問題ねえよ。
あとは買い出しだな、ねえちゃんにサプライズするために前もって買い出ししてたらバレちまうもん。
いつものスーパーじゃ揃うかわかんねえからちょっと大きめのスーパーに行くために、オレも竜胆も着替えて準備をする。
「兄ちゃん飯どうすんの?出来合いでいいと思うんだけど」
「そうだなー、ケーキと同時進行で飯作る余裕ある?」
「ねえな」
「じゃあ買ってこうぜ」
荷物が多くなりそうだからバイクは使えねえな。
目的地のスーパーでカートにカゴを乗せて竜胆と買い出しをする。
竜胆はレシピの材料をメモしてきてたから、割と順調に買い出しは進んだ。
家に軽量カップはあっても重さ測れるやつねえんだよなー、でも目分量でなんとかなんかな。
そう言えば竜胆が無言ではかりをカゴに入れる。
なんでも飯作るのとケーキ作るのとは違うから、ちょっとでもミスったら大惨事になるだろうって。
……それもそっか、ちゃんとやんねえとだめか。
飯は惣菜コーナーにあったものや、精肉コーナーにあったものをカゴに入れた。
さすがに焼くだけならなんとかなるからな、野菜なんかは惣菜コーナーのものでいいだろ。
問題はケーキの材料だ。
「薄力粉と強力粉って何がちげーの?粉なんて全部一緒だろ」
「オレもわかんねえよ」
「薄力粉より強力粉の方がふわふわのケーキになりそうだけど」
「兄ちゃん、書いてあんの薄力粉だから薄力粉にして」
「砂糖もさ、グラニュー糖って何?砂糖は砂糖だろ」
「あれじゃね、ねーちゃんがコーヒーに入れてくれるやつ」
「味わかんねえよ」
「それな」
とまあ、普段ねえちゃんの荷物持ちでしか買い出しに行かねえオレらにしてはちゃんとできたんじゃねえかなって思うわ。
ケーキの型も買ったし、チョコのネームプレートも買った。
チョコペンでねえちゃんにおめでとうって書いてやろ。
「そういや兄ちゃん、レンジでケーキ焼いたことある?」
「……ねえな」
「……だよな」
伯父さんが用意してくれたオーブンレンジ、たくさんボタンがあるけれどオレら温めるくらいしか使ったことねえや。
一抹の不安はあれど、まあなんとかなるかと思ったより多くなった買い物袋を手にオレと竜胆は家に帰った。
……多分、オレがケーキ作るって言い出した時点でフラグってやつだったかも。
「……で?何したのか聞こうか?」
「……あの、ですね」
「……壊しました」
「はァ?」
「電子レンジ、壊しました……」
「爆発するとは思いませんでした……」
ねーちゃんにそれぞれ腹パンされ、正座したままねーちゃんを見れば何言ってんだオマエらみたいな顔をされた。
いや、あの、兄ちゃんとケーキ作ってたんだけど、途中まではよかったんだよ。
土台のスポンジケーキを焼こうと思って、でも使い方わかんなくて適当にボタン押して焼き上がるのを待ってただけ。
そしたら、なんか、爆発した。
電子レンジから上がる黒煙、火は出てねえけど、中に入れていたスポンジケーキにしたかったものは何故か黒焦げ。
あれ、やばくね?
その片付けを急いでしていれば、飯の準備も何もできないままねーちゃんが帰ってきて、焦げ臭さに顔を歪めたねーちゃんに腹パンされ、今に至る。
ちなみに電子レンジは中身空にして拭いた後、試しに何か温めようと思ってボタン押してもうんともすんとも言わねえ、やらかした。
上着の脱ぎ、鞄や荷物、授賞式でもらった花束をリビングに置いてねーちゃんが台所に向かう。
オレも兄ちゃんも肩を落としてとぼとぼとついて行けば、片付けるか悩んだ黒焦げのスポンジケーキと少しは収まった煙の上がる電子レンジを見てねーちゃんはなんとも言えねえ表情を浮かべた。
「……えー……何をどうしたらこうなんの……?」
「……ごめんなさい」
「……すみません」
「蘭と竜胆は怪我とかしてねえ?それは平気?」
「あ、う、うん!」
「なんともない!」
よく見れば、電子レンジに罅も入っていた。
ねーちゃんは安心したように息を吐き、黒焦げのスポンジケーキの横に置いてあるものを持ち上げるとしょうがねえなあと笑う。
手に取ったのはチョコのネームプレート、オレと兄ちゃんでチョコペンでねーちゃんの名前書いて、おめでとうって書いたやつ。
「電子レンジ壊したのはだめだけど、なんでやろうとしたのかわかったからさ」
取説くらい読めよな、なんて言いながらブラウスを捲ると包丁を取り出した。
慣れた手つき、とまではいかねえけどオレらより慣れたように包丁を使って、黒焦げのスポンジケーキの表面を薄く切っていく。
すると黒焦げのスポンジケーキが普通のスポンジケーキに早変わりした。
オレも兄ちゃんも思わず感嘆の息を零せば、包丁をシンクに置いてねーちゃんは台所から出る。
「先に風呂入ってくんわ。蘭と竜胆がそれ仕上げてくれるの、見ているのも申し訳ねえしなあ」
ケーキ楽しみだなーなんて、嬉しそうに呟くとねーちゃんは風呂場に向かった。
兄ちゃんと顔を見合わせ、続きとばかりに急いで冷蔵庫から生クリームやいちごを取り出す。
「……よかったな」
「……おう、よかった」
ちなみにうちに電動泡立て器なんてものはないので普通の泡立て器で生クリームを液体からクリームにした。
順番で混ぜたけど、兄ちゃんが早くギブしたからオレが頑張った。
電動のやつ買おうかな、とか思ったけどどうせ使わなくなるからやめておこ。
今日はいい天気だったなぁ、小雨の予報もあったけど降らなかった。
授賞式では最優秀賞ではなかったけれど、憧れていたものだったから満足だ、とても嬉しい。
まあ帰ってきて家の中が焦げ臭くてびっくりしたけどな、なんで電子レンジ壊れんの……?
風呂から上がる頃には台所の蘭と竜胆が顔に生クリームをつけながらデコレーションしていたし、決して店で売っているようなものではなかったけれど美味しくケーキをいただいた。
授賞式でもらった花束は帰る途中で買った花瓶に生けて食卓に飾っている。
自分の部屋だと作業の時に手がぶつかってしまうかもしれないし、リビングのローテーブルだと何かあった時にひっくり返ってしまうからなあ、まだ食卓のテーブルが安全だ。
夕飯を終え、ケーキも食べてひと息ついてから蘭と竜胆と壊れた電子レンジを改めて見た。
完全に買い替えだわこれ。
明日にでも買いに行こうか、そう言えば蘭と竜胆もついてくるらしい、でも電子レンジバイクに積むの?マジで言ってる?
「配送にすると早くても明後日になんだろ?」
「明日電子レンジ使わなきゃ平気でしょ」
「えー……あ、じゃあモッチーに車借りようぜ」
「おっ、いいなそれ」
勝手に借りるの決められてる望月可哀想。
横で蘭が望月に連絡をしているのを聞きながら、電子レンジのコンセントやアースを抜く。
竜胆が持ってくれるというので、とりあえず玄関まで持って行ってもらった。
粗大ゴミに出そうかな、このタイプは役所に連絡しないといけないっけ……
「モッチー明日来てくれるってさ」
「ありがたい」
「ねーちゃん、あれそのままでいいの?」
「明日役所に連絡してどう出すのか聞くよ」
台所も一緒に片付けていたら夜も遅くなったしな。
ふわあ、と欠伸をひとつ。
もうふたりも風呂入って寝なよ、と言おうと思ったらいつの間にかふたりは自分の部屋に向かっていた。
ちょっと待って!と呼び止められたのでそのままリビングで待つ。
バタバタと慌ただしい足音に時間考えろーと声をかけると、リビングに駆け入ってきた蘭と竜胆が何かを渡した。
可愛らしいラッピングのものがそれぞれひとつずつ。
「あの、ねえちゃんにほんとはサプライズしたかったんだ」
「電子レンジぶっ壊しちまったけどさ……」
「おめでとうねえちゃん」
「これ、オレらからな」
「……気にしないでいいのに……ありがとう」
ケーキだけでも十分だったのになあ。
表情を緩めてふたりを見れば、ふたりは満足そうに笑っていた。
親戚のおねえさん
帰ってきたら焦げ臭くて何かやらかしたことを察して腹パンキメた。
憧れていた授賞式で表彰されて満足。
電子レンジ壊したのはよくないけど、蘭くんと竜胆くんが何をしたかったのかわかったので腹パン以外にお咎めなし。
ケーキは美味しくいただいた。
灰谷兄弟
サプライズしたかったのに電子レンジぶっ壊して腹パンされた。
生地作るところまではよかった、電子レンジの操作を適当にしすぎて爆発した、加熱し過ぎ、とりあえず焼けばいいんだろ?とやったら爆発した、取説読みなよ。
おねえさんがお風呂入ってる間にケーキを仕上げた、顔に生クリームついてたけど。
ちなみに渡したプレゼント、蘭くんからはピアス、竜胆くんからはハンドクリーム。
せっかくピアスできるんだから、ねーちゃん手を使うんだから。