もしも黒川イザナとそういう関係になっていたら①

今日はいい天気だなぁ、夜に雪が降るかもだってさ、この都市部では降らないかもね。
イザナに連れてかれて今お寺の外にいる。
お兄さんと慕っていた人のお墓参りだってさ、私を紹介したいのと、あと今夜の抗争ふっかけに。
……いや私の前でやるなよ。
特攻服のイザナとふたりでそのお墓の前まで行くと特攻服着た男の子がふたりいて、ひとりがイザナに掴みかかった。
イザナには外にいて、と言われたので大人しく外で待つ。
さっむいな。
少しすると、出てきたのは特攻服着た男の子と女の子。
私を見て男の子はちょっと警戒していたけど、女の子は目を丸くする。
ちょっと話をして、私がイザナの彼女だと言えばエマと名乗った女の子は「じゃあウチのお姉ちゃんだ!」と笑顔を浮かべた。
ん?ってことはこの子イザナの妹?
あれ、イザナから聞いた話と食い違っているような……この子は詳しい話までは知らないのかな。

「名前さん、なんで付き合ったの!?どっちから?ウチ凄く気になる!!」

「イザナから。十も離れているのにやけに押し強くてね、あとうちの弟分たちがオレら勝ってからにしろって言って普通にボコボコにされてたのもあって、私の意見は総無視」

「なんて物騒な経緯なんスか」

「家ん中で始めんからさすがにベランダに閉め出したけど」

「名前さんも物騒っスね」

「さっきから失礼だな花垣」

「へー!なんかいいな!!そんだけ名前さんのこと好きってことなんでしょ!?」

女の子ってこういう話好きなんだなあ。
エマはお兄さんと一緒に来たらしい。
特攻服の男の子、花垣とエマに寒いから何か飲もうかと声をかけ、近くの自販機で適当にボタンを押す。
私はコーヒーで、イザナも同じもので大丈夫かな。
イザナの分の缶コーヒーをダウンのポケットに入れ、自分の分は両手で持って暖をとった。
私にべったりとくっついてエマは少し嬉しそうにあれこれと話をする。
イザナとは生き別れになっていたこと、イザナは施設へ、エマは祖父のところへ。
今日この日まで会えなかったこと。
エマのお兄さん……マイキーと呼ばれる佐野万次郎のこと。
へえー、親が違うってことはそのマイキーもイザナの弟になるのか、今日お墓参りに来た佐野真一郎のことも、イザナの兄になるじゃんね。
でもやっぱり気になるのは、イザナから聞いていた話と食い違っているところ。
天竺メンバーでうちに来て、夜は私の部屋で引っ付いて寝ているイザナから聞かされたのは、エマと同じような話だけど、オレだけ違うんだって泣きそうにしていたから。
なんだろうこの違和感。
もやもやと違和感に首を傾げていると、大きなエンジン音が響いた。
揃ってその方向を見れば、こっちに突っ込んでくるふたり乗りのバイク。
後ろにいるやつが何か振りかぶる。

「エマ!!」

減速しないバイクと何か振りかぶるものが危険だと私に囁く。
手前にいた花垣から逸れてエマに向かってくるそれに持っていた缶コーヒーを手放し、エマの体を抱き寄せて自分も庇うように腕を上げた。
カァァァーン!と響く決して軽くない音、それから自分の腕に走る経験したことのない激痛と、バイクが加速した分の踏ん張れない衝撃。
エマと地面に倒れ込み、体を襲う痛みに顔を歪める。

「エマちゃん!名前さん!」

「お、お姉ちゃん!」

あ、やばいやつこれ。
めちゃくちゃ腕痛い、というか多分折れた。
はー?腕は私の仕事道具なんだが?
おい誰だ突っ込んできたクソ野郎は。
顔くらい拝ませろそこの墓場の仲間入りにしてやる。
咄嗟に抱き寄せたエマの無事を確認して、それから痛みに歯を食いしばって顔を上げた。
よし、覚えた、その特攻服はイザナんとこのやつだな。
こっちを振り向いて目を丸くしているけれど、オマエぜってー許さねえからな。
バイクは一度停まっていたけれど、そのまますぐに走り去っていった。

「お姉ちゃん!ね、ねえ、大丈夫……?」

「エマちゃん!名前さん!」

「いってえ……ぜってー折れた、痛い以外の感覚ねえ」

地面に倒れ込んだ時にぶつけてしまったのか、エマの額から血が流れていた。
駆け寄ってきた花垣が真っ青な顔でどうしようどうしようと慌てているので、声をかけて落ちつかせる。
騒ぎに気づいたのか、墓の前に残っていた三人も出てきた。

「……名前?」

呆然とした声に顔を上げれば、イザナがエマのお兄さんと特攻服着た男の子の後ろで目を丸くしている。
言いたいことは山ほどあるけどそれどころじゃねえわ、シャレになんねえくらい腕痛い。
イザナが戸惑っているのはわかる、けどその様子じゃここでは何もできないだろうと思って行くように視線で促した。
その後、特攻服の男の子が呼んだ救急車が来て私と念の為とエマが病院に運ばれる。
乗り込んでくれた花垣と佐野。
花垣はあのバイクに乗っていたのが誰か知っていたみたいなので名前を聞き出した。
ほーん……ふーん……
ただで済むと思うなよクソガキ。

 

「思うわけよ、なんで喧嘩すんのかなって。そりゃ男の子ですもんね意地張りてえわな、でも関係ねえ普通の、普通の人間にそこまでするか?は?舐めてんの?吊るすぞクソガキ」

「もう吊るしてる!もう吊るしてるから!!」

「アドレナリンと痛み止めと火事場の馬鹿力でいつもよりなんでもできる気がするんだわー。あ、でもそろそろ腕一本じゃ疲れたから離していい?」

「死ぬ!離されたら死ぬ!死にます!!」

「オマエに求めてんのはその言葉じゃねえんだわ」

時間も所も変わって夜の横浜。
ここまで何で来たかって?電車とバスとタクシー。
頭をぶつけたエマは大事をとって入院、私は頭は無事だったのでそのまま帰った。
どこで何をするのか蘭と竜胆に聞いていたからな、場所わかれば動けんだわ。
積み上げられたコンテナの上、そこに立ってる私。
オプションとしてはコンテナの下にいるボディーブローで沈んだでかいやつと、今私が片手で足首持ち上げて吊るしているやつかな。
ほら、吊るすってなるとコンテナからじゃないとできないじゃん、ちゃんと登ったんですよ、こいつ引き摺りながら。
持っていた物騒なモンは蹴りつければ意外と勢いあったのか海に落ちていってたかな。
私が来たのと同じタイミングで佐野ともうひとりが女の子乗せて駆けつけていた。

「どうしてくれんだ折れてんだよ腕が。しばらく絵描けねえだろうが商売道具なんだよ」

「名前さん!やり過ぎ!!やり過ぎです!カクちゃんどうしよう!?」

「姐さんアンタ怪我人なんだから大人しくしてろって!イザナ!!オマエの女だろ止めろ!灰谷も姐さん止めろ!」

「オレの名前が絶好調で嬉しい……安心した」

「オマエが止めろよ鶴蝶!なあ兄ちゃん!!」

「オレと竜胆には無理!逆に吊るされる!!」

「オレもやだよ!ぜってー痛い目見んだろ!!」

「うるせえな全員東京湾に沈めんぞ」

ぴたりと声も止んで静けさが空間を支配する。
私が吊るしてるやつ、稀咲は涙目でえぐえぐ泣いていた。
離しちゃおっかなーどうしよっかなー。
引き上げたり引き下げたりすれば酷い悲鳴が響く。
人間やろうと思えばなんでもできるんだなあ、人間ってすげー。
コンテナの下に来たイザナが困ったように眉を下げて、蘭と竜胆も駆け寄って来て私を見上げた。
何。

「ねえちゃんそれポイッてして!安全に!」

「やめよねーちゃん!反対も傷めるって!」

「名前、それポイしていいから下りてきて。オレんとこに」

イザナ以外があまりにも必死過ぎたので、舌打ちをして稀咲をコンテナの上に放った。
稀咲は相変わらずえぐえぐ泣きながら尻もちをついて私を見上げる。

「ひっ……」

「次なんてねえからなクソガキ」

「ご、ごめんなさいぃ……」

低い声で言い放ち、それから背を向けてコンテナから下りた。
待ち構えていたイザナが私の体に腕を回して抱きつき、ぺたぺたと顔やら体やら触って安心したように息を吐く。
蘭と竜胆も安心したように息を吐いて、頼むからあぶねえことしないで……と私の服を掴んだ。
危ないことした覚えはねえし危ないことに巻き込まれた側なんですけど?
そこに鶴蝶と花垣、佐野も駆け寄ってきた。
おい誰だ殺人犯にならなくてよかったって言ったやつ。

「ごめん名前、オマエを巻き込むつもりはなかったんだ」

「当たり前だろ意図してたらオマエもこうしてたわ」

「ごめん、ごめんね。腕痛いよな、ごめん……」

「あーもう泣くなよ私が悪いことしたみてーじゃんか」

「……いやでも」

「実際してたのねーちゃん……」

「竜胆!鶴蝶!しっ!!」

「オマエらあとでシバくぞ」

「ごめんなさい」

「すみません」

「申し訳ありません」

ごめんごめんと謝りながら泣くイザナを慰めるように片腕を回して、鶴蝶、蘭、竜胆の三人を睨めば三人は姿勢を正す。
それから私の視線は佐野へ。
なんとも言えない顔、もっと年相応の顔しろよ。
家族間の問題に首を突っ込むようなことはしない。
けれど私でも言えることはひとつ。

「喧嘩するのもいいけど話し合えよ。オマエら全員に足んねえのはそれだろ。あと私の見えないところで知られずにやれ」

「うん……あの、エマのこと、守ってくれて、ありがとう……!」

オレの妹、守ってくれて。
それから収拾のつかない場はなんとかなった。
いつもの天竺メンバーにはオマエら明日うちに来いよと声をかければ、死刑宣告されたように青褪めたけれど。
ずっと泣いて離れないイザナの腕を引いて、蘭と竜胆に大丈夫か気遣われながら歩き出す。
途中、花垣が泣きながらありがとうと言っていた。
別に何もしてないよ、私はいつも通りをしていただけのことだ。
今までだって、今日だって、明日からだって。

「はい!やっぱり大将はねえちゃん危ない目に晒したので彼氏剥奪でいいと思います!!」

「兄ちゃんに同意!大将でもそれはダメ絶対!!ねーちゃんにやっぱり彼氏いらねえよ!!」

「は?オマエら名前との仲にお呼びじゃねえんだよまたやるか?」

「私の前でおっぱじめたら吊るすぞ」

手を繋ぐとかデートとかならまだしも、律儀にキスだってそっから先だって成人するまでしないっての守ってるイザナなんだから。
いくらでも喧嘩していいから、イザナが嫌じゃなければ私の恋人でいてよ。


灰谷兄弟の親戚のおねえさん
黒川イザナとお付き合いしていたらな世界線。
関東事変におねえさんが介入するならこの関係じゃないとないと思った、恋人らしいことする話はまた今度。
お墓参りについていったはいいものの、エマちゃん庇って大怪我した、腕折れた。
アドレナリンと痛み止めと火事場の馬鹿力ってすげー、半間くんをボディーブローで沈めて稀咲くんを吊るした普通の絵師さん。
今後、佐野家でお話し合いがあるとしたらイザナくんに連れて行かれる、オレの恋人、お嫁さんって紹介も改めて。

黒川イザナ
おねえさんとお付き合いしている。
最初はおねえさんと灰谷兄弟の関係いいな、って思っていてそれが欲しい、そこから先も欲しいって思ってグイグイ押した、彼氏さん。
ねえちゃんの彼氏になんならオレら倒してからにしろ!と蘭くんと竜胆くんに言われたので倒した、三人揃ってベランダに閉め出された。
おねえさんとお付き合いしてから少し変わった、イザナくんの中ではいい方向に、灰谷兄弟には悪い方向に。
キスもその先もイザナが成人してからね、と言われたのでちゃんと守っている。

灰谷兄弟
ねーちゃんと付き合うならオレら倒してからにしろ!と言ったものの案の定倒された、閉め出された。
でもおねえさん楽しそうだし、イザナくんも雰囲気柔らかくなったし、ちょっと複雑。
でも!ねえちゃんの弟は!オレらだけです!!
めげない、何度もイザナくんの前に立ちはだかっては倒される。

主人公や佐野家の皆さん
おねえさんのファインプレーでエマちゃん無事、感謝してもし切れない。
カクちゃん、あの人なんなの?と花垣くんはしょっぱい顔をする鶴蝶くんに聞きに行った。
イザナの彼女さんならウチのお姉ちゃんだよね!おめでとう、蘭くんと竜胆くんに妹()が増えました。
後日、佐野家のお話し合いで和解した時に佐野くんが姉ちゃん姉ちゃんと構いに行くので何回目かわからない兄弟喧嘩始まるかもしれない。

黒幕
エマちゃん狙ったら知らないおねえさんに怪我させた挙句吊るされた、共犯はボディーブローで沈められた。

2023年7月29日