間違いなくねーちゃんだ。
オレらと同い年という、以前との違いはあるけれどねーちゃんだ。
髪の色も目の色も、細かな仕草ひとつひとつ、大好きで大好きで、ある日突然いなくなってしまったねーちゃんだ。
家族構成はそんなに変わってないらしい。
ねーちゃんとその父親、母親は離婚したってさ。
オレらの母親はねーちゃんの父親の妹でも血縁関係すらない他人、つまり、ねーちゃんとオレらは血の繋がりも何もない、従姉弟という関係はなくなって、他人。
……ってことはさ、なれんじゃねえの、ねーちゃんと、そういう関係にさ。
兄ちゃんも同じこと思ったんだろうな、今世で会ってから、ねーちゃん見る目がオレと一緒、親愛じゃない、もっとドロドロとした重く濁ったもの。
赤い蘭が好きだって、青紫の竜胆が好きだって。
空ばかり描くのも変わらないのに、その色は特別なんだって。
ああ、ねーちゃんに会えただけでよかったはずなのに、そこから先を求めてしまう。
オレらと知り合ってから、ねーちゃんを頻繁に六本木に呼んだりなんならねーちゃんの家に遊びに行ったりもしたんだ。
ねーちゃんの父親は、オレらを見ると目を丸く見開いて、それから泣きそうに顔を歪めていた。
多分、この人もオレらと同じなのかもしれない。
ねーちゃんを見る目は何よりも優しくて、愛情をたっくさん注いでいるんだってわかったから。
「オレは名前が幸せなら何も言わねえよ。今ではオマエたちと親戚でもなんでもねえけど、好きなだけうちに来てもいい」
名前はオマエたちと一緒の頃、なんだかんだオマエたちのこと好きだったろ。
怒ることが多かった。
笑うよりも、ねーちゃんを怒らせてその度に酷い目に遭ったけど、それがねーちゃんだったから。
誰よりもオレらが悪いことをしたら怒ってくれる人。
嫌だとか面倒とか言っていてもオレらと一緒にいてくれた人。
最期はとても呆気なかったけれど、ずっと変わらない人。
オレらが来ても自分の部屋で一心不乱に好きな絵を描いている姿に泣きそうになる。
「そういや蘭と竜胆に相談なんだが」
「はい?」
「オレらに?」
「名前な、進学考えてんだと。都内都外の美大や芸大パンフレットとか持ってきて頭唸らせてんの」
「……それは」
「……つまり」
おっと……なんかオレらにとっていい展開になりそう。
伯父さんだった人に相談されたのは、ねーちゃんの来年からの家についてだった。
ねーちゃん美大に行きたいんだってさ、都内も都外もこの家を出てひとり暮らしになる。
伯父さん……もうおじさんでいいや……は、可愛い愛娘のひとり暮らしがめちゃくちゃ心配。
なので、前のように、同居してくれないかだって。
おじさんの親戚の家でもいいんだけど、やっぱりオレらのところが安心するんだと。
おじさんの親戚の名前、まさかの名前でオレも兄ちゃんもびっくりした。
ねーちゃんって、そういう星のもとに生まれるようになってんの?
オレら以外の弟分がいるのはなんか複雑……だけど今回はオレら弟分で収まる気はねえから。
「もちろん家はこちらで手配する、生活費も気にしなくていい。おじさんこれでも資産家だからな、可愛い可愛い娘が前と丸っきり同じじゃなくても自由に生きてくれればそれでいいんだよ」
「お義父さんオレらに名前さんください」
「ぜってー幸せにするんで名前さんもらいます」
「気がはえーよ誰がお義父さんだ」
「蘭と竜胆と同居?」
何それ美味しいの?みたいな顔で首を傾げるねえちゃんが可愛い。
あー今はねえちゃんじゃねえや、名前。
おじさんと話した内容をおじさん交えて話をすれば、名前は知り合い?とまた首を傾げる。
顔に絵の具ついてる、ティッシュで拭いてやれば擽ったそうにした。
おじさんの遠縁であったと嘘と本当を混ぜて話せば名前はふーんとお茶を片手にエクレアを頬張る。
「一番行きたい大学に近くなるぞ」
「そのためだけにふたりを巻き込むのはなあ……」
「あのな名前、オレらも家出ようかって考えてたんだよ」
「そうそう、けど未成年に借りられるところ限られてんだろ?」
「そしたらおじさんが来年からなら名前と同居するなら手配してくれるって」
「オレも竜胆も、名前が一緒なのは嬉しいしさ」
「父さんもこのふたりのことは信頼してんからさ」
さて、名前はどんな反応するかな。
いろいろとうんうん唸る名前を横目に竜胆とおじさんと視線を交わす。
ひとりの方が性に合う名前のことだ、断られる可能性もあんだよな。
それでも、やっぱりねえちゃんには近くにいてほしい。
ある程度の自由があるのは構わない、けれど、オレら以外のところに行くのは嫌だ、ぜってー嫌だ。
ねえちゃんは、名前という女は、オレらとずっといるって約束したんだから。
「……迷惑じゃなければ、お願いします」
ぺこりと頭を下げた名前に思わず竜胆とハイタッチしそうになったのを堪えた。
だってそうだろ!?これが嬉しくなくてなんなんだよ!
よろしくなと緩みそうになる口元を引き結びながら名前の頭を撫でる。
ねえちゃんに撫でてもらったことは少ないし、したこともほとんどないけどこれくらいいいよな。
そのまま名前の進路の話を少しする。
名前が一番行きたいのは都内の大学、芸術科なのか美術科なのかわからねえけど、六本木とかならそんなに遠くならねえな。
学費の話もしていたけれど、おじさんには問題ないらしい。
お金なんて気にしないで名前には自由に生きてほしい、その方針は変わらないんだと。
その後は同居を始めるタイミング、卒業式終えてからの方がいいだろうというおじさんの意見にはオレも竜胆も賛成だ。
オレらはあんまり学校行ってねえけど、卒業はできるだろうから問題ねえな。
「準備はおじさんが進めるから若者は心配すんなよ。名前、オマエは学校受かるように一層励め、オマエなら大丈夫だから」
「……うん、ありがとう」
嬉しそうに笑みを浮かべるねえちゃん、見たことない表情。
でも、たくさんそんな表情が見れたらなと切に思う。
おじさんがさっそく手配してくるわーと居間を後にした。
「でも蘭と竜胆は本当にいいの?私の都合でだけ話進んだように感じんだけど」
「いいんだよ!なあ兄ちゃん」
「オレらもラッキーだからな、新しい家も見つかるし、何より名前と一緒に暮らせると思うとさ」
紛れもない本心だ。
申し訳なさそうな顔をする名前もレアだなーなんて思いながら頬杖をついてじっと名前を見つめる。
本当に同い年なんだな。
高校生のねえちゃん、大人の名前のことはよく知っていたけれど、高校生なのはとても新鮮味がある。
幼い顔、意外ところころ変わる表情。
また怒ったことは見たことないけど、たまに電話越しにおそらく従弟に向けて淡々と怒るような素振りを見せてはいたくらい。
本当にねえちゃんだ、名前ねえちゃん。
どうやってこの関係を発展させっかなあ。
オレと竜胆がいないとだめなくらいになってくれりゃすげー嬉しい。
その前に、オレらはねえちゃんがいないだめになってんけどさ。
エクレアを頬張るねえちゃんの口元にクリームがついていて、それを拭ってやる竜胆とされるがままのねえちゃんを見て口角を上げた。
元親戚のおねえさん
灰谷兄弟と同い年。
相変わらず絵を描いているし、空が好き。
流れるように大学進学したら灰谷兄弟との同居が決まった。
向けられている感情に気づいていない。
今世では今世の従弟がおねえさんに吊るされる対象ではある。
灰谷兄弟
今世ではおねえさんが同い年で血の繋がりもない他人で会えたことも嬉しいけれど前以上の関係になれると知ってかなり喜んでいる。
相変わらずのクソデカ感情、ちょっと不穏、ちょっと濁った愛情。
怒られるあの時もよかったけれど、こうして笑ってくれるのもいいな。
どうやって離れないようにするか考えているところ。
おねえさんの嫌なことは多分しない。
おねえさんの父親
今世もおねえさんの父親。
前回を覚えているからこそ、愛娘には自由に生きてほしい。
灰谷兄弟が愛娘へ向ける感情に気づいているけれど、愛娘の方が強いから大丈夫だろ、なんて思ってる。
相変わらず資産家で、前回より心配性。
従弟
いったい何次郎なんだ…