「蘭、竜胆」
「ん?」
「なにねーちゃん」
「私出かけるからその前にこれ渡しておく」
福袋買いに行くからと準備をしていたねえちゃんから渡されたのはポチ袋。
……えっ、これってあれ?
オレらもらったことねえけどあれだよな?
可愛らしいポチ袋にはお年玉、それからオレと竜胆の名前がそれぞれ書かれていて。
ぽかんとそれを見つめている間にねえちゃんはじゃあ行ってくるから、とわかりにくいけど楽しそうに家を出ていった。
思わず竜胆と顔を見合わせて、それからふたりでめちゃくちゃはしゃいだ。
やった!!ねえちゃんからのお年玉!!大切にする!つーか使わないで財布に入れてとっておく!!開けんのももったいねえ!!
キャッキャと竜胆とはしゃいで、それからふと我に返る。
……ねえちゃんオレら置いてかなくてもいいじゃん!!
急いでダウンに袖を通し、マフラーを巻いて、それからねえちゃんマフラーしてなかったからねえちゃんのマフラーを片手にオレと竜胆は飛び出すようにねえちゃんを追いかけた。
幸いまだマンションのエントランスにいたので、そのまま荷物持ちする!と別にいいのに、と溜め息を吐くねえちゃんにマフラーを巻いてそれから手を取る。
反対側には竜胆だ。
「ねえちゃん何買うの?」
「画材の福袋、予約していたからそれを取りに行くのと店舗限定のやつ。何件かお店回るけど」
「へーきへーき、オレら荷物持ちするから」
聞けばオレらと同居する前は初売りのタイミングでこっちに来ていたこともあるんだってさ。
言ってくれりゃいいのに。
でもめちゃくちゃ時間早くね?え?開店前から並ぶの?じゃねーと店舗限定のは売り切れる?
画材なのに並ぶんだなー、なんて思いながらねえちゃんと向かったのはいつもねえちゃんが画材を買う店だ。
待つからって自販機で温かいお茶をオレと竜胆にも買ってくれて、それから鞄からカイロを出してオレらに持たせる。
まだ誰も並んでねえな。
列はこちら、と書かれたところに並ぶとねえちゃんは店員が配っていたチラシをカイロを持っている手とは反対の手で持って眺める。
「どうせならこのまま買い物行こうか?蘭と竜胆も欲しい福袋とかあるでしょ」
「あるけどさー、福袋って予約してなきゃ争奪戦じゃん」
「無理無理、そういう時ってみんな血眼で勢いやべーもん」
「いつも喧嘩してんのに何を今さら」
そうだけどそうじゃねえんだなあ。
画材だったらそんなことねえかもだけどマジでやばいんだって。
全員殺す気と書いて殺る気の目で福袋の置いてあるところに群がるの見てみ?やべーから。
メンズだったらまだマシ。
ユニセックスやレディースだと女たちもっとやべーから。
前にいつもの極悪の世代で行ったけどあのモッチーが人の輪から弾き出されてぽかんとしていたから。
斑目と言った時は斑目は踏まれて目を回していた。
竜胆なんかビビってそもそも参加できなかった。
大将はあっさり買ってたけどもううんざりだぜってー行かねえ、と顔青くしていた。
鶴蝶?そういうのわからねえって言ってたから欲しいやつ聞いて鶴蝶の分を大将が買ってたよ。
ムーチョは予約してるからって人の波に揉まれることなく買ってたな、一緒にいた東卍の三途は何をどうしたらそうなったのかレディースコーナーに混ざっていて呆然としていたの、マジウケた。
それを竜胆と一緒にねえちゃんに言えば、ねえちゃんはうわあ……とドン引きだ。
だよな。
「どこの福袋もそうなんだな……」
「画材だったらそうならねえんじゃねえの?」
「高校生の時はおば様とおじ様の剣幕に負けて一個も買えなかった」
「……ねーちゃんも負けるんだな」
「どういう意味だよ」
そんな話をしながらオレらの後ろをちらりと見れば、普段こんなに人入んねえだろってくらい並んでいてビビった。
……ああうん、どこの福袋も争奪戦やべーんだな。
ただ、全体的に大人しそうな人間が多いけど。
なんかオレらの後ろそこそこ距離ねえ?え?なんで?
「じゃあねーちゃん欲しいやつ教えてよ、オレと兄ちゃんでそれ確保するからさ。手分けすりゃ欲しいの買えるだろ」
「そう?じゃあね……」
ねえちゃんの持つチラシや店頭に並べられている福袋を交互に見て、オレはこれ、竜胆はこれ、ねえちゃんはこれとこれ、と決めていく。
一個なら余裕余裕。
知ってるか?これフラグってんだぜ?
開店でーす、なんて店員の呑気な声と共にねえちゃんは駆け足で福袋を手にしたのをオレと竜胆は一瞬見とれてしまった。
やべーだろ、画材なら一個なら余裕とか思ってた兄ちゃんが疲れ切った顔してる。
何?画材ってそんなに血眼になるもんなの?
福袋以外にも初売りセールのものを買えて少し嬉しそうなねーちゃんの横でオレと兄ちゃんは大きく息を吐いた。
画材って安くねえから福袋と初売りのタイミングで大量に買うやつがいるんだってさ。
ねーちゃんも例に漏れず、いつもなら悩んで買わないものをたくさん買った。
それに意外と画材って嵩張るし重い。
荷物持ちする!と着いて来たからねーちゃんが止めるのも聞かないでねーちゃんの買ったものを兄ちゃんとふたりで持ったけどクッソ重い。
ねーちゃんいつもこんなの買ってんの?やばくね?オレらもう手が痛えよ。
「……まだ二件回るけどふたりは先に帰る?」
「かえんねえ」
「いっしょにいく」
「ならいいけど」
それから回った画材屋はさっきより空いてはいた、いつもより人は多いけど。
いくつか残っている店舗限定の福袋を買って、それをねーちゃんの回りたい店分になるとなかなか重い。
つーか普通に重いわ。
これひとりで持って帰ってくるつもりだったの?ゴリラじゃん、いやねーちゃん可愛いからゴリラじゃねえけど、でもゴリラじゃん。
すげーと思ったのはオレらを置いて初売りセールのワゴンに群がる人のところに混ざりに行くねーちゃんだ。
出てきた時少し髪が乱れていたけど、お目当てのものは買えたらしいので嬉しそうにしていた。
ゴリラじゃん。
なんなの?初売りって人間みんなゴリラになんの?
オレらまだ人間でいたい。
「私の買い物終わったけど蘭と竜胆はどうする?」
「行かねえ、ぜってー行かねえ」
「ねえちゃんなんでケロッとしてんの?あんな人波に揉まれてなんで元気なの?」
「逆になんでケロッとしてねえの?」
それはオレらがまだ人間だからです。
同じことを思っている兄ちゃんと口を噤んで、休憩しようか、とねーちゃんと一緒に近くのカフェに入る。
どっさりとねーちゃんの隣に置かれているの全部ねーちゃんの買った福袋と初売り品、ほんとすげーな。
兄ちゃんはつかれた……と早々にテーブルに突っ伏した。
「新年早々疲れたわ……」
「ほんとそれな……」
喧嘩とはちげーもん。
好きなもん好きなだけ頼みなー、とねーちゃんが寄越すメニュー表を兄ちゃんと覗き込んでこれとこれとこれとこれ、と選ぶ。
めちゃくちゃ頼んだのにねーちゃんは嫌な顔ひとつせず、自分の分のコーヒーを注文した。
「ねえちゃん初詣よりも先に初売りってらしいっちゃらしいな」
「わかる。えっ、ま、まさかねーちゃんオレら置いて初詣行ってねえよな……!?」
「大晦日に炬燵で半分寝ながら置いてくなってグズってたのはどこのふたりだよ」
そうだった。
結局昨日、元旦も炬燵に捕まったから行くの明日……とか言ってた、今日じゃん。
注文していたものが来たのでそれを口にしているとねーちゃんは明日の方が人少ないから明日にしようか、と表情を緩めた。
よかった、明日な明日!絶対だからな!
今日はいい天気だなぁ、いつも年始は天気がいいような気がする、空気は冷たいけれど快晴だ。
昨日は私の福袋ツアーに蘭と竜胆が付き合ってくれたので、今日はふたりと初詣だ。
元旦だと人たくさんなんだよな、寒い中ずっと並ぶのも嫌なのでいつも日はずらしている。
福袋は別、だって開店すればあっという間だから。
そんな私は御籤の箱をガラガラと何回も振り回すようにして中身を出している蘭と竜胆に拳骨を落としてご迷惑おかけしました、とふたりの首根っこを引っ掴んでその場を後にした。
大吉出るまでやるとかガチャガチャじゃねえんだよ。
「ねえちゃん絞まる!首絞まるから!!」
「ごめんなさいごめんなさい!!もうやんねえから!!」
「オマエらの頭を中身出るまでぶん回してやろうか」
「すみませんでした!!」
「申し訳ありませんでした!!」
まあ予想はしてた。
絶対にこのふたりが何かやらかすだろうなってのは。
餅食べたいからってオーブントースターいっぱいに餅敷き詰めて金網から餅が取れなくなったりだとか、餅つきしたいとか唐突に言い出したかと思えば普通の米が炊けた後にそのまま釜の中の白米をなにかで叩き始めて炊飯器の釜ダメにしたりだとか、甘酒飲みたいって料理酒に大量の砂糖ぶち込んで煮始めたりだとか、オマエら常識知ってるか?全部アウトに決まってんだろ。
年始早々にベランダに放り出させるな、正月くらい普通に穏やかに過ごせ。
福袋ツアーに付き合ってくれたのはありがたいけどそれじゃチャラにならないくらいどうしようもねえことばっかしてんだから。
神社の境内で売っていた甘酒を買ってやれば、これ酒じゃねえの?オレら飲んでいいの?って首傾げてたからいいよと返事をする。
……まさかと思うけど甘酒イコール甘い酒って勘違いしてねえ?
酒じゃねえから、いや酒だけど酒じゃねえから。
「あったけー」
「晴れてても寒いからね」
「ねえちゃんこれお代わりは?」
「自分で行ってきな」
甘酒がお気に召したのか、あっという間に飲み干すと蘭は財布片手に甘酒を買いにテントまで向かう。
竜胆は飲み干してもあまり好きな味じゃなかったのか、近くのゴミ箱に紙コップを投げ捨てると寒いからと私に引っ付いて冷たい手で私の手を掴んだ。
私もそんなに手が温かいわけじゃねーけど。
「今日の夜雪降るんだって」
「晴れてんのに」
「鍋食いたい」
「寄せ鍋とキムチ鍋どっち?」
「あれがいい、あんこう鍋」
「財布すっからかんになるんだけど」
「ねーちゃん稼いでんじゃん」
「まあね」
たまにはオレの希望聞いてよ、と言う竜胆にはいはいと返事をする。
いつも聞いてる気はするんだけど。
他にもあれ食べたいこれ食べたいと温かいものばっかり挙げる竜胆にはいはいと適当に相槌を打っていると、甘酒を両手に持った蘭が戻ってきた。
なんだ二杯飲むのか。
と思ったらひとつは私に。
「兄ちゃんオレのは?」
「オマエ好きじゃねーって顔してたからオレとねえちゃんの分だけ」
「兄ちゃんのそういうとこ嫌い」
「ごめんて、オレと半分こな」
「仲良くしろよ……」
今年も相変わらず賑やかになりそうだなあ。
親戚のおねえさん
福袋争奪戦に参加できる強者。
というかお正月の楽しみは福袋争奪戦、高い画材がたくさん入ってこの値段?買うわ。
多分蘭くんと竜胆くんがこれ欲しいって言ってたら代わりに行ってた。
御籤でガチャガチャしていたので拳骨落として首根っこ引っ掴んだ。
甘酒は温まるし厳密にはアルコールじゃないから好き、飲める。
灰谷兄弟
福袋争奪戦?無理無理、だって群がってるやつらの勢いやべーもん。
極悪の世代で行った時は勢いに押されたので離れたところから見学、もみくちゃにされる他のメンバー見てた。
御籤って大吉出るもんだろ?とガチャガチャしてたら怒られた。
正月早々いろいろやらかしては怒られてた。
ダメになった炊飯器はおねえさんが買い直した。
ねーちゃんからお年玉もらった!ねえちゃんからもらったからこれ使わねえ!とはしゃいだ十八歳児。