もしも灰谷兄弟に母の日を無理矢理姉の日にされていたら

「母の日だってさ竜胆」

「お袋いねーのにやる意味あんの?」

それな。
ねえちゃんがいない昼下がり。
ねえちゃんは次の個展の打ち合わせとかで家を空けている。
自分のギャラリーがあればいいな、と呟いていたのは知っているけれど、さすがに伯父さんにそこまで面倒を見てもらうのは違うと思ってんだろうな。
伯父さんだったら「名前が頼ってくれて嬉しい!」なんて嬉々として良さそうな物件のリスト渡してくれそうだけど。
もうすぐねえちゃんは三十路だってのに、伯父さんは一人娘が可愛くて仕方がないらしい。
ふと、母の日と聞いて思いついた。
ねえちゃんと同居してからはねえちゃん実質的なお袋では?
というか母の日じゃなくて姉の日にしちまえばよくね?
あっオレ頭いいわ!
ソファーからガバッと起き上がり、ソファーの下でポテチを食べながらテレビを眺めている竜胆に声をかける。

「竜胆竜胆」

「なんだよ兄ちゃん」

「母の日じゃなくて姉の日だって!」

「はァ?」

「だから、姉の日ってことにしてねえちゃんに何かやろうぜ!」

そういうイベントやったことねえけどさ。
竜胆はパチパチと目を瞬かせるといいなそれ!と声を上げた。
テレビではちょうど母の日特集みたいに母親がもらったら嬉しいものとか、プレゼントにピッタリだとかやっている。
ふたりで並んで食いつくようにテレビを観るなんてねえちゃんが見たら珍しいって言うかな。
夕飯を用意する、のは無理だな、オレら何度か台所めちゃくちゃにして怒られてるし。
生卵を電子レンジに入れたらゆで卵みてえになるんじゃね?ってやったら爆発したし、とりあえず強くやれば焼けんじゃね?ってスポンジケーキ作ろうとしたら電子レンジもスポンジケーキも焦げたし。
花、花かぁ。
カーネーションは違うよな、花言葉は母への愛だってさ。
ねえちゃんはお袋じゃねーから違うモンがいい。
無難にプレゼント……ねえちゃん何がいいかな、コーヒーよく飲むからコーヒーとか、いやなんならマグカップとか?
手が商売道具だからってハンドクリームはよく買っているし、たくさんあって困らねえかもしんねえけどあり過ぎてもなぁ。
あーでもないこーでもないと竜胆とテレビを観ながらあれこれ話す。

「あ、兄ちゃんこれなんかいーんじゃね?」

そう言う竜胆が差すのはインタビューに応えている親子が母親を美容院に連れて行ったというやつ。
あ、これいいかも。
最近ねえちゃん髪切りに言ってねえし、ヘッドスパってのもやったら気持ちいいかもな。
竜胆と顔を見合わせ、オレはねえちゃんに、竜胆はオレらがよく使う美容院に連絡を入れる。
メールすれば意外と早く返ってきた。
打ち合わせが終わったからこれから夕飯の材料を買って帰ってくるってさ。
竜胆も予約を取れたらしく、今からなら大丈夫らしい。
オレらも出るから買い物しねえで待っててっと……
そう返信して、オレらは急いで外へ出る準備をする。
財布とケータイと、あ、ちゃんと電気消さねえと怒られるな。
竜胆はやべ!と言いながらポテチの袋をゴミ箱へ。

「バイク?」

「バイク!ねえちゃんのヘルメ持てよー」

「おー」

ねえちゃん喜んでくれっかな。
そう思いながら竜胆と揃って家を出た。

 

あれよあれよとねーちゃんを美容院に連れて行けば、ねーちゃんは珍しくぽかんとしていた。
灰谷さんのお姉さんなんスね!いやあ綺麗な人だなぁ、と下心満載に見ていた知り合いは後で締める。
と思っていたら先に兄ちゃんがぶん殴ってた、まあいっか。
ねーちゃんの担当してくれる美容師は女だし、オレらの担当もしてくれるやつだから心配はなんもねえ。

「お姉さんあまり普段髪のケアはしないんですかぁ?」

「あー……めんどくさくて」

「わかります、綺麗にしたいけど面倒ですよねぇ。あっ、カラーとかします?なんなら灰谷くんたちみたいに金髪とかぁ、ご姉弟お揃いいいじゃないですかぁ」

ねーちゃん髪染めんの!?
思わず兄ちゃんと顔を見合わせ、それあり!やって!と後ろからアピールをする。
なんなら髪の手入れすんの面倒だったらオレやりたい!
兄ちゃんも雑っちゃ雑だけどちゃんとヘアオイルとかやってんしさ!
染めねえかなぁ、染めてほしいなぁ。
そんなオレと兄ちゃんのアピールが伝わったのか、ねーちゃんは少し悩むとあまり目立たない方がいいんだけど、と美容師に聞く。

「んー、左右にひと房ずつメッシュにしたりとかぁ、あとあまりやってる人少ないけどここのところ……内側に色入れるのも綺麗ですよぉ」

さら、と美容師がここら辺ですねーとねーちゃんの髪を掻き上げた。
それにねーちゃんは考えるような素振りを見せると、じゃあそれでと答える。
色は金でいいですかねぇ、と美容師がねーちゃんの髪を整えながらまずはカットに。

「ねーちゃんもしかして髪染めんの初めてかな」

「そーかも、この前伯父さんが送ってくれたねえちゃんのアルバム全部地毛だったし」

「……なんか兄ちゃんテンション低くね?」

「ばっかねえちゃんとお揃いって思ったら一周回って冷静だわ」

「雑誌逆さまだけど」

「あれっ!?」

兄ちゃん浮かれ過ぎじゃね?いやオレも浮かれてないわけじゃねえけどそこまで露骨じゃねえし。
ねーちゃんが髪やってる間、手の空いている他の美容師に声をかけてついでにここで買うもんは買っておく。
ヘアオイルとかシャンプーとか、そこら辺も一式揃えたら便利だよな。
シャンプーとコンディショナーならねーちゃんはやるだろうけど、ヘアオイルまではやらないだろうしさ。
ドライヤーはかけているけれど、そのまま作業に取り掛かる時は自然乾燥の時もある。
髪染めるとなー、傷むからなー。
ばっさりとはいかないけれど少しさっぱりとしたねーちゃんに待ち合いのソファーからねーちゃん似合うよー!めっちゃいいじゃん!と兄ちゃんと一緒に声をかけながら、ねーちゃんにはバレないように会計も買い物も済ませた。
美容院ってのはめちゃくちゃ時間がかかる。
兄ちゃんと交代で外に出たりしてねーちゃんが終わるのを待って、揃ってうとうとし始めた頃終わりましたよぉーと美容師の間延びした声が聞こえた。

「お待たせしましたぁ。少しカットして、内側染めてみましたよぉ」

「めっちゃ眠そうじゃん……」

「お、ねえちゃんいいじゃん!似合う!!」

「いーじゃん!!後ろからだと変わんねえけど前から見たら華やかになった!」

そわそわと少しだけ短くなった髪と染めたところを気にするねーちゃん可愛いな!!
結んだらもっと可愛いよ、とオレが持ってるヘアゴムでねーちゃんの髪を緩くひとつに結ぶ。
うん、可愛い!
兄ちゃんは真顔でケータイを取り出して連射してはオレのねえちゃんと弟がこんなにも可愛い……と天を仰いだ。

「お支払いは弟さんたちがしてくれてますしぃ、あと一緒にシャンプーとコンディショナー、ヘアオイルもお買い上げいただきましたのでお姉さん使ってみてくださいねぇ」

「えっ」

「素敵なお姉さんですし素敵な弟さんたちですねぇ」

ありがとうございましたぁ、と間延びした美容師の声を聞きながらねーちゃんの手を引いて美容院を後にする。
相変わらずねーちゃんはそわそわしているし、買ったモンを持っているの兄ちゃんは真顔だけどなんか嬉しそうだ。
オレも嬉しい。

「というか、どういう風の吹き回し?」

「ほら、今日母の日じゃん」

「あー、そうだね」

「オレらは姉の日にしようって話になって」

「何故そうなる……?」

心底不思議そうなねーちゃんの声。
それに笑いながら兄ちゃんがいーじゃん、オレらにいるのはお袋じゃなくてねえちゃんなんだからさと言う。

「いつもありがとうなねーちゃん」

「ねえちゃんいてくれてマジで感謝してんの」

「……そっか」

なんだか照れくさそうなねーちゃん。
帰ったらオレがねえちゃんの髪やるー!なんて言い始めた兄ちゃんにオレも!オレも!と言いながらねーちゃんと帰路についた。


親戚のおねえさん
あれよあれよと美容院に連れてこられてスペキャ。
髪染めたことなかったけどお試しで染めてみた、今で言うインナーカラー、色はふたりと同じ金。
母の日を姉の日にするとは……?
育てたわけじゃないんだけどな、という言葉は飲み込んだ。

灰谷兄弟
母の日かぁ……あっ、姉の日にすりゃあいいじゃん!なんて考えでおねえさんを美容院に連れていった。
あーでもないこーでもないと考えた。
おねえさんがお揃いでインナーカラーを金にしてくれてめちゃくちゃ嬉しい。
この後、どっちがおねえさんのヘアケアするのか喧嘩してふたり揃って締められる。

2023年7月29日