もしも呪いの世界と交わっていたら⑤

「こんにちはー!」

「帰れ」

「いだだだだだだ!足!足挟んでる!!なんっで無下限に干渉できんのかなぁ!?」

「知らねえよお呼びじゃねーしねーちゃんの邪魔だ帰れ」

突撃!隣の灰谷家!!お隣じゃないし名前さんにはアポ取ってるけどね!可愛い一年生たちも連れて行くね!と返信したら既読すらつかなかった、なんで?
竜胆は僕の足をドアで挟んだまま、ねーちゃんなら今作業してっから多分スマホの通知気づいてねえよと言う。
あーなるほどね!ところで僕はいつまで足を挟まれてればいいの?
名前さんにはアポ取ってるよと言えば竜胆は舌打ちを隠すことなく僕の脛を蹴ってからドアを開けた。
フツーに痛い、泣くよ?
お邪魔しまーす、一年生たちがそう声をかけて家に上がる。
そこでドア越しに話をしていた竜胆をしっかり見て気づいたんだけど、なんか刺青入ってない?
今まで会った時はハイネックだったし、ぴっちりしたインナーを着ていたから気づかなかった。
喉には梵天を象徴する刺青が、シャツとハーフパンツから覗く腕と足には何かのモチーフの刺青が。

「先生、この人怖い人なんじゃねえの?大丈夫?」

「まー実際怖い人なんだけどね、お姉さんがいる時は大丈夫だよ。多分」

「一言余計なんだよ」

イライラしながら僕らを案内する竜胆はリビングに入る前に廊下でひとつの部屋に向かって声をかける。
ねーちゃん、不審者来たー。
んー。
そんなやりとり。
竜胆にしては名前さんへの声のかけ方が雑な気もするし、僕が来たってのにドア越しの名前さんはなんとも思ってなさそうな返事だ。
竜胆に案内されたリビングはタワーマンションなだけあっておても広かった。
悠仁と野薔薇なんか目をキラキラさせてベランダに通じる窓から外を見る。
最上階だもんな……田舎っ子の憧れ……
竜胆は台所から適当に飲み物はお茶請けのお菓子を持ってくるとローテーブルにそれを置き、ねーちゃんがひと段落するまで大人しくしてろよと僕たちに釘を刺した。
そういえば蘭の姿はないんだね、家の中にもいないみたいだけど。

「兄貴は朝から仕事で出てる。もうそろそろ帰ってくんじゃね?五条が来るってよって言ったら岩塩買ってくるっつってた」

「君たちほんと僕のこと嫌いだよね」

「未だにねーちゃんの保護考えてるやつをどうやったら好きになれんだよありえねーっつの」

台所で煙草を口にする竜胆が舌打ちをひとつ。

「……ねーちゃんが作業してるの気になんなら行ってもいい。オマエ絵がどうのっつってたし、オレも兄貴もねーちゃんもいつも通りの過程でいつも通りの絵を描いているようにしか感じねえから」

まさか竜胆がそんな発言をするとは思わなくてアイマスクの下で目を丸くする。
勘違いすんなよ、これ以上ねーちゃんを変なことに巻き込めるかっての。
ああ、なるほど。
つまり竜胆のこの言葉は名前さんを思ってか。
蘭と竜胆は一般人ではないけれど、名前さんは一応一般人だ。
厄介事が名前さんのところへ行くのをよく思ってないんだろうな。

「ひとりだけ連れてっても大丈夫かな?」

「邪魔しなけりゃいいよ、夢中になってると生返事しかしねえかもだけど」

「悠仁、一緒に行こうか」

「お、おう」

「じゃあ竜胆、僕らちょっと名前さんのところに行くね」

「前みてーに絵を取り上げたらマジでベランダに放り出されるか吊るされるかだからか変に刺激すんなよ、オレも連帯責任でシバかれるかもしんねえから……!!」

さすが吊るされ慣れたやつの言うことは説得力あるなあ。
いつだっけな、前にギャラリーに行ったら蘭と竜胆、それからピンク髪の男が吊るされてギャン泣きしてたんだよ。
あれはびっくりした、いやほんと。
だって一応相手は梵天だよ?子どもも泣く梵天だよ?
まさか幹部とNo.2を吊るしているとは思わないでしょ。
悠仁がえっ本当に大丈夫なのその人!と不安そうに聞くけど戸惑う悠仁の腕を引いてリビングから出た。

「先生、なんで俺?」

「正確に言うと宿儺に彼女を見てもらおうと思ってさ、あの竜胆もそうなんだけど僕の無下限に干渉するんだよ。無下限してたのに吊るされるし殴られるしさっきみたいにドアで挟まれるし」

「あれ無下限解いていたんじゃねえの?」

「解いてないよ。だから見てもらいたいんだ」

呪いの王なら彼女見たら何かわかるかもしれないしさ。
なるべく静かに名前さんの部屋へ向かう。
聞いているかわからないけれどノックをすればどーぞ、と返事があったのでそのまま入った。
入った瞬間、感嘆の声を上げたのは悠仁だ。
僕もそう、ギャラリーで個展を開いている時とは違う感覚。
ギャラリーには絵しかないけれどここには名前さんの愛用する道具や描いたばかりの絵が所狭しと並んでいる。
クローゼットはあるけれどベッドはない、寝室は別なのかな。
絵師、というか画家ってキャンバスとイーゼルで描いているイメージだけど、福寿さんはローテーブルに向かって広げた紙に色を落としていた。
たくさんの種類の画材がある、色も青が多いみたいだけど一通り揃っているようだ。

「名前さんこんにちは、連絡してた通り生徒連れて来ちゃった」

「んー」

「邪魔しないから見学してもいい?」

「んー」

「……」

「……」

「……えっ、めちゃくちゃ集中してんじゃん」

「シーッ、あまり声かけないようにしよう」

振り向きもせずに手に取った筆を紙に滑らせている名前さんは不思議な雰囲気だ。
というか、めちゃくちゃ呪力こもってるね。
今までの彼女からすると無意識なんだろうけれど。
なんて表現すればいいんだろう、魅了?
声かけられない、かけてはいけない、そんな雰囲気。
でも視線は彼女の手元に自然と向く。
画材に呪力があるんじゃない、彼女の手が自然と呪力をこめているんだ。

「すげー……魔法使いみたい……」

「そうだね」

並べられている絵は空が多い。
それから蘭と竜胆をイメージしているのか、花の蘭と竜胆が描き込まれていたり、そっと黄色い彼女らしい花が描いていたり。
そんな彼女に触発されてか、悠仁の目の下に宿儺の目と口が現れる。

「呪いの王は彼女をどう見るかな」

「どーなの宿儺」

「知らん。あの小僧もそうだが少なくとも俺はこんな理解し難い呪力の人間に出会ったことはない」

「え!?宿儺もわかんねーの?宿儺なのに?」

「黙れ。そうだな……言い方を選ぶなら世界が違う。千年以上交わることのない代物だ」

「そっかー……宿儺でもそう言うかー」

いや予想はしていたけれどね。
こんな呪力を持つ人間がいるなら気づく。
蘭と竜胆、名前さん、それからギャラリーで吊るされていたピンク髪の男。
一番洗練されているのは名前さんだけど、全員六眼で見てもわからない。
貴重なものだというのはわかるけれど、そんな貴重なものを放っておくほど呪術界は目まで腐っちゃいない。
例え彼女と近しいのが反社会的勢力の梵天でも、隠し切れるものではない。
しばらく三人?で名前さんを見ていると、名前さんはひと段落したのか大きく息を吐き、ローテーブルに置かれているマグカップを手に取った。
中身がなかったのか、マグカップを覗き込むと立ち上がる。

「……あれ、不審者がいる」

「いやノックしたし連絡したよね?」

「連絡ぅ?あ、ほんとだ」

充電器に繋がれて床に置いてあるスマートフォンを手に取ると、名前さんは「で、なんの用?」と首を傾げる。
いつもの名前さんだ。

「この子僕の生徒の悠仁ね!」

「虎杖悠仁です!」

「本当に教師してんだ……不審者でも教師になれんだ」

「最初に教師って言ったよね!?」

「そうだっけ……?名刺は一回見たら蘭に渡しちゃったしな。あ、名前です。向こうにいる竜胆の従姉」

「名前さんキレーっすね!いくつ?」

「四十路」

「えっ!?見えない!!」

わかるー!
蘭と竜胆もだけど綺麗な顔してるから年齢より若く見えるんだよね。
そんな会話を聞いてか、悠仁の顔に出たままの宿儺がぼそりと「ババアだな」と呟く。
やめて……!この人ババア呼ばわりされたからって禪院の当主候補を鳥居から逆さに吊るす人だから……!
案の定、名前さんは目を細め低い声を出した。

「誰がババアだ紐なしバンジーさせんぞ」

「ごめん名前さん!こいつにはよく言っとくから!!」

「つーか何?目と口人間より多いじゃん、最近よく見る変な生き物の亜種?」

「あー……こいつ宿儺っつって俺に寄生してんスよ」

「……縁切りできてねえ」

それはこの前京都の縁切り神社に行ったやつだよね。
歌姫が怯えてた。
死体蹴りしたって。
京都校の生徒たちも怯えてたって。
はあ、と名前さんが溜め息をひとつ。
すると、部屋の外からバタバタと足音が聞こえ、ノックなしにドアが開いた。

「ねえちゃん!不審者来たって!?」

「おかえり蘭」

「ただいま。岩塩投げりゃいい?」

「相変わらず蘭の殺意が高い!」

「外でやれ」

「名前さんそこは止めよう!?」

スーツ姿の蘭が手に拳大の岩塩を持っているのがデフォに見えてきた。
あと喉の刺青、竜胆もだけどいつも見えない服着てたからなあ……どう見ても一般人じゃないのが嫌でもわかる。

「竜胆が夕飯作ってたけどねえちゃん食う?」

「食べる」

「なんかガキもいたから追加で作ったってさ。あ、五条のはねえよ」

「本当にさあ!」

蘭と竜胆僕のこと嫌いだね!?

 

名前さんが片付けてから行くってんで俺と五条先生、それから蘭って人は名前さんの部屋から出た。
蘭さん背ェでっけーな、先生とあんまり変わらねえのかな。
名前さんにはニコニコとしていたけれど、部屋から出るとスンと表情を消して俺を見定めるように見下ろす。
こっわ。
五条先生とか、宿儺とか、呪霊とか。
そういうのとは違う威圧感、なんてーの?そういう筋の人間っぽい。

「何しに来たんだよ」

「名前さんに僕の可愛い生徒たちを紹介しようと思って」

「へー、本当に教師なんだ」

「名前さんも言ってたけどそんなに教師っぽくない?」

「寝言は寝て言え」

「ひっど!」

五条先生への当たり強っ。
五条先生が蘭って人にいろいろ文句を言っているのを聞きながらリビングへ行くと、伏黒と釘崎が竜胆って人と一緒に食卓に食事の準備をしていた。
あれ、なんか伏黒と釘崎、竜胆さんと仲良くなってない?

「兄貴、ねーちゃんは?」

「片付けてから行くってー、オレも着替えてくるわ」

「わかった」

「あ、これアイスピックで砕いたらねえちゃん使うと思う?」

「使うんじゃね?絵描いてる時にたまに塩かけてるし」

すげーな、あの岩塩五条先生に投げつけるために買ってきたのに使わなかったら使わないで新しい使い方を思いついてる。
蘭さんがリビングから出て、竜胆さんがオマエも座れよと俺に促した。
ねえ僕は?と聞く五条先生にはテメェは床にでも座ってろと冷たい一言。
五条先生ほんとになにやったん?

「竜胆、支度ありがとう」

「いいよねーちゃん、進んだ?」

「うん、今日夜通しで仕上げる」

名前さんがリビングに来ると、そのまま台所に入って竜胆さんと並ぶ。
さっきから蘭さんと竜胆さん、それから名前さんに目が行くのはしょうがない。
だって会ったことのない人たちだ。
蘭さんと竜胆さんはどう見ても一般人じゃないのに名前さんはどう見ても一般人。
従姉弟だっていうのに距離も近いし、お互い大切なんだなってのがよーくわかる。

「揃いも揃って奇妙よな」

そんな俺にぼそっと宿儺が呟いた。
五条先生も、宿儺もわからない名前さんの呪力。
交わることのない代物、確かになんか違うって感じはすんだよな。
会うべきものじゃなかった、こうして出会えたのは奇跡だと魂に訴えるような、そんな感じ。

「虎杖、あの人がそうか?」

「おー、名前さん。ほら、五条先生が前に絵を買ったって言ってただろ?あれ描いた人」

「あの絵を描いた人ね……というかあの人いくつ?若くない?」

「四十路だって」

「は?見えないわ」

そしたら蘭さんと竜胆さんはいくつになんの?
蘭さんが部屋着に着替えてやってくると、名前さんと竜胆さんがそれぞれにご飯と味噌汁をよそって並べてくれた。
つーか蘭さんも刺青えっぐいな?
喉は蘭さんと竜胆さんお揃い、蘭さんは左に何かの刺青入ってるし竜胆さんは右に……あれ、反転してるだけでもしかして同じだったりする?
さすがにふたりが腕や足から覗く刺青を隠そうともしないで過ごしているのはとても威圧感がある。
蘭さんが来たから全員揃ったことになるので、そのままいただきますと夕飯をご馳走になった。
向かい側の顔面偏差値やべーよ、蘭さんと竜胆さんは五条先生より少し年上だし名前さんは四十路なのに、めちゃくちゃ顔面偏差値やべーよすごい。
ちなみに五条先生は刺青が入っているのを知らなかったらしく、なにその刺青範囲やばくない?なんて言ってはうるせーな喋んなと蘭さんと竜胆さんに言われてテーブルの下で蹴られていた。
名前さんはそんな三人を気にすることなくゆっくりと黙々と食べ進め、釘崎の三分の二程度を食べ終わるとさっさと空のお茶碗とお椀と箸を持って台所へ。

「先生、名前さんって呪術師なの?」

「いや違うよ。ただ貴重な呪力と術式を持っているから保護したいとは常々思っている、んだけど……」

「だからねーちゃんはオマエに保護させねえっつってんだろほんと覚えねーな」

「オレらがいんだからお呼びじゃねーんだよ不審者帰れ」

「ほら、こんなだから」

「当たりキッツ」

かといって蘭さんと竜胆さんは呪術師ではないようだ。
台所に行った名前さんは手にマグカップとお菓子を乗せたトレーを持って部屋で作業してる、と言い残して出て行った。

「多分あれ朝までやるなぁ」

「明日何か予定あったっけ?」

「いーや、オレらは昼から事務所行かなきゃいけねえから連れてこーぜ」

「僕が名前さんの傍にいるってのは?」

「一番却下に決まってんだろばーか」

「論外に決まってんだろアホ」

「キッツ」

五条先生と蘭さんと竜胆さんがぎゃあぎゃあと言い合いを始める。
俺も伏黒も釘崎も止めようとした。
なのに全く止まらねーの、この人たち精神年齢低くね?
どうしよっかなあ、と思っているとドスドスと廊下から足音が聞こえる。

「作業してるっつったのに騒いでんじゃねーよクソガキ共」

ドスの効いた低い声、言いながら投げられたトレーは五条先生の顔面にヒット。
名前さんは三人に有無を言わさずに首根っこを掴むとそのままベランダに放り出した。
う、うわあ……やっべーなこの人。
丁寧に鍵もかけ、それからカーテン引いてる。
ドンドンと窓を叩き「ねえちゃん!ごめん!!ごめんなさい!せめて五条は別んとこにして!!」「オレ五条と一緒に放り出されんのは嫌だあ!五条はこっから落として!!」「ちょっと僕の命の危険もあるから入れてくれないかな!?ごめんね名前さん!」なんて叫ぶ大人三人。

「……あの」

「あれ大人しくなるまで開けなくていいから」

「でも……」

「少し寒いだけで問題ないし」

「えっと」

「アイスあるけどデザートに食べなよ」

「いただきます」

五条先生と蘭さんと竜胆さん、三人が部屋の中に戻ることを許されたのは二時間後だった。
帰る時、名前さんは蘭さんと竜胆さんにしがみつかれたまま見送ってくれたけど、俺らはやべー人に出会っちまったな……と顔を青くしてたりする。
名前さんが五条先生の計らいで高専にやってきて、校舎から吊るす五条先生危機一髪になるのはまた別の話。


親戚のおねえさん
相変わらず絵の作業中はとても集中しているので声かけには生返事、スマートフォンの通知も気づかない、むしろ昼前に作業始めたのに気がついたら真夜中だった、なんてことがある。
灰谷兄弟の親戚だしお顔は整っている、年齢より若くは見える人。
作業中にクソガキ共が騒いでいたので五条さんにトレーぶん投げてベランダに閉め出した。

灰谷兄弟
おねえさん過激派。
ずっと五条さんからおねえさんの保護の話が出ているけど応じる気はない、皆無、むしろ会ったら毎回その話すんだから帰れ、なスタンス。
おねえさんとお出かけする時は刺青が見えないような服を着るけど、家にいる時や完全オフだとTシャツハーフパンツの格好も多い。
最近はまっていることは買ってきた岩塩をアイスピックで砕くこと。
五条さんとぎゃあぎゃあ言い争っていたらベランダに閉め出された。

五条悟
ずっとおねえさんと灰谷兄弟を気にかけている。
けれど尽く拒否られるし岩塩投げられるし今日なんかドアに足を挟まれた、痛かった。
宿儺さんにおねえさんを見てもらったら何かわかるかな、と思ったけど結局わからずじまい。
しょうがない、だって灰谷兄弟とおねえさんは世界の違う人間だから。
なんだかんだ夕食ご一緒したし、灰谷兄弟と揃ってベランダに閉め出された。

一年生たち
あっやべー人たちだ、っていうのが灰谷兄弟とおねえさんの印象。
虎杖くんはおねえさんのこと魔法使いみてーだなって感心したし、伏黒くんと釘崎さんは竜胆くんのこと怖いけど意外と面倒見いいんだなって思ってた。
けどおねえさんが五条さんと蘭くんと竜胆くんをベランダに放り出してからはやっぱやべー人だ、に落ち着く。
今度高専に来ることがあれば、その時にもっとお話できるかも。

両面宿儺
俺も知らんぞこんなやつら。

おねえさんが高専時代の最強コンビに会ってれば最強コンビはずっとコンビのままだったかもしれないしとっくのとうに吊るされていたかもしれないし灰谷兄弟と最強コンビで喧嘩してたかもしれない。
あと陀艮ちゃんの領域に連れてかれてスイカ割りしようか、オマエスイカなって真人くんを砂に埋めて棒を振り回すおねえさんがいる。

2023年8月3日