それは突然終わりを告げる

「お前さんは甘いモンが好きだなァ」

船の縁に腰掛け、街で買った包みを片手に団子を頬張っていると高杉さんがやってきた。
煙管片手に私を見ると目を細める。
包みから1本団子を取り出し、高杉さんに差し出すと首を横に振られた。
なんだ、いらないのか。
背中の傷も大分よくなり、稽古もまたするようになった、けど、前よりなんか優しいというか……なんというか、ボコられるだけじゃなくなったというか。
差し出した団子をそのまま自分で咥え、んぐんぐと咀嚼する。
ちょっと欲張り過ぎた、ちょっと苦しいわこれ。
でも田舎じゃあまり食べてなかったからなー、その分の暴飲暴食ってわけじゃないけど……ばあちゃんには「デブるわよ」なんて言われたけれど……ここへ来てからはむしろ腹割れたし……たくさん食べても大丈夫だろうな。

「あまり食いすぎるなよ。夜はそれなりにいいところに連れてってやる」

「……珍しい」

「あ?」

「いつもそういうこと、言わないから」

「……メシ食いに行くだけじゃねェよ」

ですよねえ。
どうせ何かの取引とか怪しいお話とかでしょうねー。
えー、また真選組来たりして怪我するのやだよ。
私の考えていることはお見通しなのか、高杉さんは鼻で笑うと私の髪をぐしゃぐしゃに乱した。

「安心しな、今回はそんなこたァねェからよ」

「ん」

なんだか最近、高杉さんに絆されてきたような……
船内へ歩き出す高杉さんの背中を見ながら包みに手を伸ばす。
あと1本くらいなら大丈夫大丈夫、まだ若いし体重増えてもすぐ減る減る。
夜はきっといつもより美味しいご飯だろう。
ここのご飯も美味しいけど、もっと美味しいんだろう。
だって高杉さんチョイスだし。
来島さんたちも行くのかな?
ちょっと会って聞いてみよう、と縁から下りた時だった。


「よォ嬢ちゃん」

知らない人。
この船じゃ見ない人。
高杉さんや河上さんより年上だろうか、目元や口元の皺が意外と目立つ。
何より──地球の人間ではない、尖った耳。
人当たりの良さそうな笑顔、だけど目は笑っていない。

「あのガキも保護者になれるモンだなァ……あいつの娘にお目にかかれるとも思ってなかったし?嬢ちゃんは、それはそれは大層可愛がられてんだろうねェ」

不思議な色をした目が弓形に細められる。
怖い。
後退りをしようにも、背中に縁が当たりもう下がれない。
男が伸ばした手が私の頬をするすると撫で、「ちょいと顔もっと見せて」と顎を掴まれた。
……なんか、高杉さんがたまに浮かべる顔と、同じ顔してる。
懐かしんでいて、同時に悲しんで、痛がっている顔。
私なんか見ていない、私なんか見えてない。
私を通して誰を見てるの?
誰も私を見てくれないの?

「女の子は父親に似るっつーけど嬢ちゃんは生き写しかと思うくらい父親にそっくりだ──ああ、思わず躊躇っちまうなァ」

「!」

次の瞬間、胸倉を掴まれて持ち上げられた。
息苦しさに男の手に爪を立て、足をばたつかせる。
ヤバい、ヤバい……!!
そのまま男が移動し、私の体を縁の外へ出した。
思わず爪を立てていた手を今度は男の腕にしがみつくように変える。

「嬢ちゃん自身に恨みはねェ、だがあのガキには恨みがある。あいつの娘である嬢ちゃんが──あのガキを恨むようになれば面白いと思わねェか?」

「な、に……?」

「まあいいか。どうせ次に嬢ちゃんが目を覚ます頃には忘れてるさ」

浮遊感。
掴んでいた手は空しか掴まなくて。
やけにゆっくりと落ちていく感覚。
どいつもこいつも私を見てくれない。
やだなあ、私は私なのに。
私は私のはずなのに。
私は──誰なんだろう。
あれおかしいな、と感じた頃には冷たい海に落ちて、自然と瞼を閉じていた。