なんだか寝れない日が何日か続いた。
ちょっと前のように飼い猫が夜中にいきなり走り回ってはしゃいでるわけでもないし、私のテンションがハイで眠れないわけではない。
なんだろう、仕事のし過ぎかな?
最近毎日のように逮捕案件が続いてるからだろうか、遅く寝て早く起きてを繰り返した結果「あれこれ寝ない方が効率いいんじゃない?」って一度でも思ったからか?
……眠たいのに眠れない。
「……名字さん、失礼を承知で言いますけどいつもに増して酷い顔の有様で見てるこっちの士気が下がるので帰ってください」
「本当に失礼だな」
「コンシーラーで何も隠れてないんですよシミがかろうじて隠れてるだけなんで帰ってください」
なんて喫煙所でぼーっと一服していたら部下に荷物全部押し付けられて署から追い出された。
なんとか愛車を運転して帰宅して、メイクを落として風呂を済ませてベッドに直行──ではなく缶チューハイ片手にソファーに座り込む。
ストロング系は酔えるって聞いたんだけど酔えるかな、そのまま寝たい。
申し訳程度にブランケットを膝にかけて適当にテレビのチャンネルを回した。
番組の内容なんて全く頭に入らない、我がディビジョンのよく見知った売れっ子芸人が出演してるのはわかるのに。
飼い猫はリビングのキャットタワーで寝てるのかぷうぷう寝息を立てている、気がする。
壁掛け時計の秒針、エアコン、風が窓を叩く、アルミ缶の凹みが戻る音、スマホの振動、部屋中の雑音が耳に届いては通り抜けて気が休まらない。
眠いんだよ、寝たいんだよ。
なんでこうも眠れないんだろ。
とりあえず一缶空けて、もう一缶を取りに台所へ。
いつもよりよろよろするのに、いつもより酔うの早いのになぁ。
冷蔵庫を開いてどれにしようかな、と選んでいると玄関からガチャと鍵の開く音がした。
あー……なんか約束してたっけ?
うちのドアを開ける鍵を持ってるのは私とヨコハマにいる両親ともうひとり。
「よぉ~、起きてっか?」
ずかずかと我が物顔で上がってきた彼にうん、と小さく返していつもの缶ビールを手に取って開ける。
ハットとコートを無造作にソファーに放る彼の分も、ともう一度冷蔵庫を開けようとしたら後ろから冷蔵庫のドアに手を置かれ、持っていた缶ビールを取り上げられた。
「ひっでえ顔してんなァ」
冷蔵庫のドアを押さえていたはずの手がいつの間にか私の顎を掴んで上に向かせる。
うん知ってる、隈が酷いし顔色悪いし。
取り上げられた缶ビールはそのままシンクに置かれ、ずるずると引き摺られるように寝室へ。
あ、テレビつけっぱなし。
ぽいっとベッドに投げられた。
元々酔っていた頭がクラクラするんですけど。
起き上がろうとすればそれを制すように胸に手を置かれ、ベッドに体を横たえる。
「ほらもうちょい端よれ端」
「へ」
「俺の寝る場所作れって」
ちゃっかり靴下脱ぎ捨ててベッドに上がろうとする姿を見てスペースを作るべく端っこへ。
なんだかベッドに入るのさえ久しぶりな気がするな。
冷たいシーツの感触を足で楽しんでいると、大きな体躯が私を包むように抱き込んだ。
嗅ぎなれた匂いだ、煙草と男物の香水。
ぽんぽんと子どもを寝かしつけるようなリズムで背中を撫でられる。
「…………」
「どうせなら子守唄もいるか?」
「……もうちょいぎゅっとして」
「そんなんでいいのか」
「寝るまで」
「はいはい」
「寝付き悪いからね」
「お安い御用さ」
一定のリズムで撫でられる背中、自分以外の息遣い、自分じゃない誰かの鼓動、リビングから聞こえる消し忘れのテレビ。
変なの、眠いのに眠れなかったのが嘘みたい。
自然と落ちてくる瞼。
落ちきる前に彼の顔を見ようとしたけれど、急激にやってきた睡魔に完敗して目を閉じた。
「おやすみ」