「おら、ハッピーバレンタインな」
「……普通逆では?」
差し出された紙袋を反射的に受け取ってしまったけど、本来は逆な気もする。
もちろん私からも市販ではあるけれどチョコを渡した。
みんな大好きゴディバだよ。
世は所謂バレンタインデー、職場なんかそれなりに男性陣も多いから3日前辺りからそわそわとし始めていた。
特に何かするわけじゃないけれどね、スーパーで買った大容量のチョコを中央のデスクに置いて「みんなでどうぞ」って付箋を貼っておくだけの簡単なバレンタイン。
みんな納得のいかない顔ではあったけどさ。
女性陣とは持ち寄ったチョコを休憩中に食べました。
まあそんな昼間のことは置いておいて。
受け取った細長い紙袋は少し重い。
「お酒だ!」
「たまにはいいだろ、コンビニで買い込むよか洒落てると思うぜ」
「今すぐグラス出してくる」
「つまみも忘れんなよ」
まさかのお酒で思わずテンションが急激に上がった。
いやだって飲みたい気分だったもん。
ワクワクしながら紙袋をローテーブルに置いて台所へ向かう。
天谷奴さんが「俺はウイスキーな」なんて言うから天谷奴さんはロックグラス、私はワイングラスを用意した。
冷凍庫からロックアイスをひとつ取り出してグラスに入れ、冷蔵庫からは一番下の野菜室に入っているウイスキーを銘柄の確認をしないまま適当に引っ掴み、棚にあるつまみが入ったカゴを持ってリビングに戻る。
私がバタバタと動き回っているからか、キャットタワーでうとうとしていた飼い猫が何かを勘違いして私の足下にやってきた。
ごめんね、おやつはないんだ……お酒飲むだけなんだ。
なんだかお酒あって嬉しいから今日は天谷奴さんがリビングで煙草吸ってても見逃しちゃう!
「何のお酒かな~?」
天谷奴さんが自分でグラスにウイスキーを注ぐ音を聞きながら、紙袋から物を取り出す。
と、思わず動きを止めた。
「待った」
「待たねえで始めちまうぞ~」
「いやいや、待った。マジで言ってるのこれ」
「酒は喋んねえぞ、もう酔ってんのか」
「酔ってねーわ。そうじゃなくて、だってこれ……!」
私の記憶に間違いなければこのお酒は……あの、とんでもない額のものなんですが?
1本10万するかしないかくらいの、ロゼシャンパンですよねこれ?
えっマジで?そんなもんを一介のお巡りさんにくれんの?
えっ、知ってはいたけど天谷奴さんの金銭感覚どうなってんの?
天谷奴さんは煙草を咥え、火をつける前に私の手からめちゃくちゃ高級なロゼシャンパンを取り上げる。
値段なんか知ったことかと当たり前のように封を切って、当たり前のようにワイングラスに注いで私に持たせた。
あっこの距離でもめちゃくちゃいい匂いする。
「……絶対バレンタインってレベルじゃない」
高級過ぎて手が震えるんですけど。
高くないワイングラスでなんか申し訳ない……もっといいワイングラス買おうかな。
「いつも頑張ってる刑事さんにゃいいご褒美だろ?」
「めちゃくちゃいいご褒美……頑張った私」
「おうお疲れさん」
お互い軽くグラスを当てて、それから口元へ。
天谷奴さんは一気にウイスキーを煽っていたけれど、私はまず匂いを確認した。
えっやば、めちゃくちゃいい匂いする……お高い匂い……
恐る恐るグラスに唇を当てて、それからゆっくりと傾ける。
えっやば、繊細なシュワシュワだ。
「お高い味がする……」
そんな私の呟きに天谷奴さんが笑った。
表現力ひどいけど、だってお高い味がするんだもん。
美味しい。
おつまみが残ってるコンビニで買ったやつなのが申し訳ない、ロゼシャンパンに申し訳ない。
「たまにはいいだろ」
さっきも言ったけどな。
呆然とグラスを見つめる私の髪をくしゃくしゃと撫でて、天谷奴さんは煙草に火をつける。
いつも通りのはずなんだけど、高級なロゼシャンパンを、しかも天谷奴さんにハッピーバレンタインって言って渡してもらったからか、いつもより特別な気がした。