最近、キングの様子が変わったような気がする……
ここへ来て早いものでもうすぐ半年、大分馴染んだ。
ヤマトくんを探してはお話したり、突っかかるフーズ・フーを返り討ちにしたり、ブラックマリアと甘いもの食べたり、ジャックくんにキングのご機嫌取りを必死にお願いされたり、クイーンに靴を作ってもらったり……いろいろ。
うるティとページワンって姉弟に絡まれて、うるティを逆さまにしてページワン共々泣かせた時はカイドウさんにやり過ぎるなって言われた。
ササキにぜひ手合わせしようぜと言われたから遠慮なく手加減なくやったら、思いの外早い段階で伸びてしまって通りすがりのジャックくんがもうやめよう姉御と私を止める、なんてことも。
ああそうそう、キングの様子なんだけど、なんかスキンシップが多い気がする。
普段はないよ、私の耳がぴこぴこ動いているのを見て撫でるのは前からだったし、靴ができる前はひょいと当たり前のように抱き上げてくれてたし。
一番わかりやすいのは、自室でマスクを外している時だ。
なんか、めっちゃちゅーされる……えっ?て思うくらいちゅーされる。
おでこ、ほっぺ、唇、指先、髪。
いやね、自分が年齢の割に幼い自覚はあるけれどもう三十超えてるんだよ、わかるんだよ、そういうのが普通かどうかくらい!
一番びっくりしたのは一緒に寝た次の朝、シャツの隙間からキングの手が入り込んでお腹を直に触っていたことかな、あれはびっくりした、晒したくない触られたくないお腹をいつの間にか触られている恐怖……
掛け布団に丸くなってキュンキュン鳴いていたら慌てたように謝られた、いやあの、ほんと、何事?
「で、ヤマトくんどう思う?」
「なんで僕に話したの?他にいなかったの?」
「いない。プライベートなことで頼りになるのはヤマトくんかなって」
「嬉しいけど複雑」
今日も今日とて逃げ回るヤマトくんに差し入れ兼ねて声をかければヤマトくんは頭を抱えた。
そりゃ、うん、まあ、キングとは生まれた頃からのお付き合いだもんね、戸惑うよね、すまんやで。
専らヤマトくんとお話するのは私に宛てがわれた部屋だ。
ここは大看板とカイドウさん以外来ない、というかキング以外はほぼ来ない。
パパの娘っていうのもあって、みんな親しいけれど距離感は適切にしている感じ。
それをいい事に、ヤマトくんはここでお風呂も入ったりゆっくりご飯食べたりしているし、なんなら一緒にベッドで寝たりしてる。
少し前にキングが訪ねて来た時はヤマトくんだけが慌てて逃げるように天井から出ていったけど。
「下手したら僕がキングから恨まれるよ、直接キングに聞いたら?」
「……聞けると思う?」
「……あ、なんだ。本当に察してないわけじゃないんだね」
べしょりと私の垂れた耳をヤマトくんがそれはそうか、と撫でながら首を傾げた。
少し赤くなった顔を隠すようにフードを深く被れば、ヤマトくんは背中を優しく撫でる。
だって、明らかに違うってわかるじゃん。
今まで兄貴分として見ていた人が、自分にそうしてきたら、嫌でもわかるじゃん。
私だってとっくのとうに大人なんだもの。
そりゃあパパやお兄ちゃんたちに目一杯甘やかされてきたけど、海賊で幹部だもの。
キングが、にーちゃが、そういうことをする理由がわからないわけない。
「……むしろ、よくキングに手を出されてないね」
「え?」
「そこまでいったらパクリといかれそうだけど」
「さあ……パパが何か言ってあるんじゃない?」
「あー……叔父さんかァ……」
変に納得するよね。
ちなみにパパを見送る前日にパパに殴られて顔が腫れ上がったキングの話をヤマトくんにしたら、ヤマトくんはその腫れ上がった顔のキングを見ていたらしくて思い出したように笑った。
ヤマトくんはパパに会ったことがあるって。
まだ今のように逃げ回ったりしていない、そんな頃。
あ、私がヤマトくんをくん付けで呼んでいるのはお察しください。
「叔父さんとは何回も会ったことあるけど、僕がおでんになりたいって言っても豪快に笑うだけでクソオヤジのように否定はしなかったよ!僕、叔父さんの子がよかったなァって言ったんだ!」
「それはやめてあげて。カイドウさん泣いちゃう」
鬼か。
というかカイドウさん泣いたんじゃないだろうか。
私がカイドウさんにヤマトくんを連れてこいって言われているのは、私がパパをパパって呼んでいるからパパって呼ばせたいって理由だし。
今の時点でクソオヤジだの牛ゴリラだのなんだのと悪口が尽きないんだよな。
お互いの父親のことで話は盛り上がるけれど、私はパパのこと好きだし、ヤマトくんはカイドウさんのこと嫌いだしで、ヤマトくんが「僕も叔父さんの子になればルーヴは姉さんになるでしょ!?」と息巻くんだよ、凄いよカイドウさん、逆に何したの……?
すると、ハッとしたようにヤマトくんが目を見開く。
「僕がキングに、姉さんに手を出すなクソ野郎って言えばいい……!?」
「やめて、拗れる」
善は急げだ!行ってくるね!!
ヤマトくんは立ち上がると凄い勢いで私の部屋を出ていった。
……ひぃん、やな予感しかしないよォ……
べしょりと垂れた耳を撫でてくれる人は誰もいない。
あの暴走息子を止めに行くために、ひんひんキュンキュン泣きながら私も後を追うように部屋を出る。
途中、すれ違ったジャックくんが慌てた様子で慰めてくれた。
「お前名前に手ェ出せたのかァ?」
思わず飲んでた酒に噎せたのは仕方ない。
カイドウさんの言葉に咳き込むと、カイドウさんはウォロロロロと笑いながら酒を煽る。
いきなり何を言い出すんだこの人は。
「ウォロロロロ!その様子じゃまだ無理みてェだな!!」
「……っ、あいつは、まだ幼ェからな」
それだけじゃねえが。
半分の血が抵抗感をなくすのか、少し距離感を縮めただけでは嫌がる素振りは見せない。
だがこの前腹を直接触ったら怯えられた。
思えば半分狼みてェなものだから、無防備な腹を触られたのが怖かったんだろう。
良くも悪くも素直。
おれがどんな感情を抱いているかなんてわかっているはずだ。
年より幼い振る舞いが多いとはいえ、あいつもいい年の女、しかも叔父貴のところで育った、男女の情など見飽きるほど見てきたろうに。
別に急いてはいない、必要性がないからな。
……定期的に来る叔父貴の連絡で泣かせたら殺すと言われているのも、多少ある。
柄にもなく大切にしたいだとか、そういうものも。
「たのもー!!」
カイドウさんと酒盛りを再開させれば、今度は勢いよく入室してきた人物の姿にカイドウさんが勢いよく酒を噴き出した。
まさかのここでヤマト。
ヤマトはおれの姿を見ると、びしっと指を差して一言。
「キング!姉さんに手ェ出すなクソ野郎!!」
なんだって?
自分から姿を見せることはない息子の姿に喜んでいいのか戸惑っていいのかわからず混乱しているカイドウさんを横目に、ヤマトはおれに近づいてキッと睨む。
待て、お前の言う姉さんは誰だ?
と、疑問に思ったが思い当たるやつがひとり。
……名前か。
いつだったか、カイドウさんに「叔父さんが僕の父さんならよかったのに!!」と言い放ってカイドウさんを泣かせたことがある。
そこから考えるとヤマトの言う姉さんは名前しかいない。
……何をしたんだ。
「なんですかヤマトぼっちゃん、藪から棒に」
「名前が困ってたから元を絶とうと思って来た!」
元ってなんのだ。
というかそんなに仲良かったのか。
情報量が多い。
すると、立ち直ったカイドウさんがおいおいとヤマトに待ったをかけた。
「久々に顔出したと思ったら……そこは父親に挨拶に来い!」
「今クソオヤジに用はない!僕が用があるのはキングだ!」
「……お、遅かったァ……!」
気配を感じて部屋の入口へ視線を向けると、名前が耳をべしょりと垂れさせてそこにいた。
止めに来たらしい、が、おれに向かっていたはずのヤマトはいつの間にかカイドウさんと向き合っている。
これ以上誰が来るのかわからないのでいつものマスクをして、それから名前に近づいた。
名前はしくしくとその場に蹲り、キューンと泣き始める。
カイドウさんとヤマトの様子を見るに、いつ戦闘になってもおかしくないので急いで名前を抱き上げた。
「姉さんに気安く触るな!」
「男女のあれこれに口出しするな馬鹿息子ォ!」
酷い。
酷い有様だ。
過去何度もヤマトがカイドウさんに戦いを挑む姿は見たことあるが、このきっかけは酷すぎる。
両者愛用している金棒を持ち、ところ構わず雷鳴八卦を打つものだから酷い。
その原因がおれと名前、親子喧嘩の原因にしては他人過ぎるのもどうなのか。
ぎゃあぎゃあ騒ぎながらヤマトがきっかけになったであろう話をし始めた。
名前がヤマトにおれのことを相談をしたんだそうだ。
いっその事僕が言ってやる!と暴走してここへ来た……いや酷いな本当に。
名前は止めたんだろうな、間に合わなかったが。
フードを引っ張っていつもより顔を隠すようにしている名前の背を撫で、吐きたかった溜め息を飲み込む。
「キューン……キューン……」
「お前のせいじゃねェ、暴走したヤマトぼっちゃんが悪ィ」
「あ!キング!!姉さんを泣かすな!!」
「ヤマトぼっちゃんが原因だろうが」
「ヤマト!お前いい加減にしろ!!」
「ひぃん……」
収拾がつかねえな。
とんでもない失態を犯した、恥ずかしい。
ヤマトくんを追いかけてカイドウさんの部屋に行ったけど遅かった、泣き崩れた。
それをキングに回収してもらって、カイドウさんがヤマトくんと親子喧嘩始めていて、もうどうすりゃいいのかわかんなくて泣いてるしかできなかった、そうです無能です。
あの後カイドウさんとヤマトくんの親子喧嘩はカイドウさんに軍配が上がり、叩きのめされたヤマトくんは「覚えてろよ!キングも!姉さん泣かしたらぶっ飛ばすからなァ!!」なんてどっかに行ったんだよね、どこ行った?
ちなみにヤマトくんが去り際に放った「パパなんか大っ嫌い!!」と世の父親全員が傷つく娘からの一言で今度はカイドウさんが泣き崩れた、酷い、これは酷い。
パパと呼ばれたのを喜べばいいのか大っ嫌いと言われたのを悲しめばいいのか……
「泣き止んだか?」
「うん……みっともないところをお見せしました……」
いや本当にみっともないなこれ。
ティッシュで鼻をかんで、ふうと息を吐く。
というかですね、ヤマトくんが全部喋っちゃったからちょっと気まずいんですよ。
ストレスで泣くわこんなん。
見てよ、耳もいつもよりべっしょりだよ、尻尾も足の間で震えてるよ。
マスクを外したキングは私のフードを払い、泣き腫らした目元を少し乱暴に撫でた。
「おれが怖いか?」
そんな問いにぶんぶんと首を横に振る。
怖くない。
……あ、いや、お腹触られたのは怖かったけど、クイーンと怒鳴り合う時は怖いけど。
私を見下ろして少し笑ったキングはとん、と私の肩を押した。
ぼすっ、そんな軽い音を立てて私の体は寝転がる。
起き上がろうとすれば大きな手が胸の上に置かれた。
「え……っと……?」
外套の金具が外され、少し顕になった肩口にキングの顔が埋められる。
ぬるりとした感触に慌てて起き上がって左手で肩を押せば、簡単に止められた。
待って待って、いろいろ待って!
顔に熱が集まる、いや、あの、これから何されるかわからないわけじゃない。
でもさ、私にとってキングはにーちゃだし、キングにとっても私は妹なんじゃないの?そのままだと思っていたのは私だけだった?
「……嫌ならやめる」
「い、や、その、聞いて……」
「ん?」
「や、じゃない、けど、その……」
ああ、もう、泣くな、こんな時に。
いつまでも臆病の泣き虫め。
変わるのが嫌だ。
その先へ行けば、何かが変わる気がして、それは嫌。
だって臆病だもん、私。
大好きなにーちゃ、その妹分の私。
何か絶対変わる気がして、それは怖い。
いくらでも臆病だ泣き虫だって詰っていいよ、本当のことだから。
「そんなの、変わらねェに決まってんだろ」
「……ほんと?」
「兄貴分と妹分、その名前が変わるだけだ。おれとお前の関係は変わらねェよ。約束だってした」
一緒にいよう。
ちゃんと果たすと言ってくれた。
あの日、置いていかれた私、置いていったにーちゃ。
今度は一緒にいようって。
「うん……」
「他に怖いことがあるか?」
「……あと、ね」
「おう」
「……お恥ずかしながら……初めてなので、なるべく優しくお願いします」
「……努力はする」
恥ずか死ぬところを生き抜いた私を褒めてくれ。
優しく耳を撫で、唇を落とすにーちゃの首に恐る恐る腕を回した。
目が覚めれば丸くなるように体を縮こまらせた名前が視界に入った。
おれより先に起きていたようで、ぴょこぴょこと忙しなく大きな耳が動いている。
おれが身じろげばぴくりと止まり、それから毛布の隙間から顔を覗かせた。
「お、はよう……」
「おはよう」
顔真っ赤だな。
生娘かと言いたくなる、実際昨晩はそうだった。
てっきり狼のそれの右手は肘くらいまでの範囲かと思えば肩までで黒い毛並みに覆われ、足も付け根まで狼の後ろ足だった。
尻尾も付け根の周辺は同じように黒い毛並みで骨もしっかりある。
おれが思っていたよりも月の獅子の実験後の影響を受けていたらしい。
……感度は人のそれだったな。
名前は恥ずかしそうにもう一度毛布に顔を隠し、そこからキューンと鳴き声が聞こえる。
「ど、どりょくするって、いった……!」
「した」
「からだ、いたいもん……」
そりゃあそうだろうな。
こいつが三メートルあるとはいえ、それでも体格差はえぐい。
おれだって少し痛かった、名前の右手は爪が出ているからおれの左肩は今もひりひりしていた。
傷にならないだけ、自分がどんだけ丈夫なのか実感する。
まだキュンキュン鳴いている名前の体を抱き寄せて半身を起こせば床に脱ぎ散らかした衣服が目に入った。
……柄にもなく盛り上がったというか、なんというか。
風呂は、と聞けばガバッと顔を上げた名前が入る!と目を輝かせる。
……ちょっろ。
能力者のおれはあまり長湯は好かない、名前は好きらしい。
名前を毛布ごと抱き上げてそのまま備え付けの浴室へ向かった。
「おい犬かきするなよ」
「んー」
聞いちゃいねェ。
そうでなくても浴槽で楽しそうにはしゃぐ、いくつだ。
水面の上に出た尻尾が勢いよく振られればおれにも飛沫が飛ぶ。
おれのサイズに合わせたことを考えれば名前にしちゃちょっとしたプールみてェなもんか。
昨晩の乱れっぷりはどこへ、幼さが前面に出ている、それがこいつらしさと言えばそうだ。
風呂から上がればタオルで水気を拭く前に身を犬のように震わせるもんだから何度かおれが濡れた。
「お前な……それやるなよ、拭いたのにおれが濡れる」
「キングも翼バタバタしたからおあいこでしょ。土砂降りの雨かと思った」
まだ水気の残る耳を勢いよく動かそうとしたのを察してタオルを被せる。
風呂の時間だけですっかりいつもの調子を取り戻したようだ。
薄着でベッドに腰掛け、タオルで強く耳の水気を拭う名前に声をかけた。
「……変わったか?」
それは、昨晩事に及ぶ前に言った名前の言葉。
変わるのが怖いと言った。
臆病で、泣き虫。
だから怖いんだと。
名前はきょとんと目を丸くして、それからタオルで顔を隠す。
「……変わんなかった」
「今も怖いか?」
「……怖くない」
ならいいじゃねェか。
ぴょこぴょこと相変わらず動く耳を撫でてやれば、ん、と小さく頷いた。
少しだけ見えた可愛い顔は、赤かった気がする。
名前
狼のミンク族と人間のハーフ。
百獣海賊団に移籍して半年、キングの様子が少し違うのには気づいていた。
それを察せない程、幼いままではない。
ヤマトに相談したら殴り込みに行くように突撃してしまったので不甲斐なくて泣いた。しくしくキュンキュン鳴いた。
一線を越えるのは怖い、変わるのは怖い。
ずっと臆病の泣き虫のまま。
まあ一線越えたわけだけども。
キング
それとなく名前に接していた、ら、お腹に触ったら怖がられたので一線はまだ越えてなかった。
カイドウと飲んでいる時に直球で聞かれたので噎せた人。
少しのふれあいなら嫌がる素振りはなかったので本格的に距離を詰めるのが難しく感じていたが、突撃してきたヤマトによっていろいろぶち壊された。
年甲斐もなく柄にもなく盛り上がった、優しくする努力はした。
一線を越えたけど何も変わらない。
ヤマト
魔法の言葉「パパなんか大っ嫌い!!」を覚えた。
名前のことはお姉ちゃんみたいに思っている。
ので、困らせるキングに手ェ出すなを言いに行った。
カイドウ
キューピット再び。
でも息子の「パパなんか大っ嫌い!!」で泣き崩れた。