102番道路

「ヒエン、〝ひのこ〟」

ポケモンセンターに泊まってゆっくり休み、フレンドリィショップで必要なものをお小遣いのギリギリまで調達して、まずはトウカシティへ続く102番道路に向かった。
そこで出会ったのは、ポケモントレーナー。
初めてのトレーナーとのポケモンバトルにドキドキしながらヒエンに指示を出す。

「ジグザグマ!〝たいあたり〟だ!!」

「避けて〝ひっかく〟して!」

短パンの男の子のジグザグマの体をヒエンがひっかく。
ちょっと前の〝ひのこ〟のダメージもあったのか、ジグザグマはよろよろとふらつくと、そのまま倒れた。
……勝った?

「あーもうちょいだったのになぁ……オレの負け!」

お前やるな!
男の子がジグザグマをボールに戻して苦笑いする。
私もヒエンをモンスターボールに戻してお疲れ様、と声をかけ、そのボールの腰のホルダーにセットした。
気をつけてなー、と手を振っている男の子に軽く頭を下げて先へ進む。
バトルの指示を出すのってなんか難しいな。
向こうも考えて指示を出すから、どうすれば敵うのか、それを上回らないと勝てない。
うん、難しい。
だから、これから頑張って覚えていこう。
草むらに入る手前で、ヒエンの体力の残りを確認するためにポケモン図鑑を開いた。
うん、これならまだ大丈夫だろうな。
もうちょっとヒエンにバトルをさせてあげた方がいいかな?
付き合いの長いルルと違ってどんな子なのかもまだまだ知らないから、バトルを通じて知れたらいい。

「だから、ルルはいざって時にお願いね」

ルルのボールに声をかけると一度だけ揺れる。
……それに、ルルの場合はポケモン図鑑をもらって確認するまで、こんな技が使えるとか知らなかった。
私が把握してたのは〝きりさく〟と〝つるぎのまい〟だけだったし、残りの技はもう少し心の準備をしてから使いたい。
使うタイミングとか、ヒエンのことを知りながら私もバトルを知らなくっちゃ。

「バウワウ!」

大きく息を吐いて草むらに入れば、ポチエナが私に向かって大きく吠えた。
……うん、大丈夫。

「ヒエン、お願いね!」

「チャモ!」

緊張でドキドキしてるけど、少しワクワクもしてるから。

 


 

焦げてるケムッソやポチエナがかわいそう……
勝手に草むらに入ったのは私なのに遠慮なくヒエンの〝ひのこ〟をやっちゃってごめんね……でもおかげでヒエンのことがわかってきました。
やんちゃというか勇敢というか。
この子は相手のポケモンがどんなに大きくても強くても向かっていくのだろう。
ちょっとオレンジの毛が汚れてるなぁ、少しケガもしてる。
一度草むらから出て、ヒエンの体にキズぐすりを噴きかけた。
このくらいの軽いケガならたちまち治せるらしい。
ついでにバッグの中からタオルを出して汚れてるところを拭いてやる。

「チャモ!チャモチャモチャー!!」

「くすぐったい?」

「モチャ!」

「でもほら、汚れてるから拭こうよ」

トウカシティまでにまだまだ汚れると思うけどさ。
大体の汚れを落とせたのを確認して、それからヒエンの首元を撫でた。
気持ちいいのか、さっきの拒否感が凄い声から一転して気持ちよさそうだ。

「名前!」

コトキタウンの方角から聞こえた私の名前。
女の子の声に振り向くと、ハルカが手を振ってこちらに向かっているのが見える。
ハルカは追いついた!と安心したように笑うと私の腕を取った。

「よかったー!意外と早かったから追いつけるか心配だったの!!」

「あ、うん。ここでポケモンとバトルしながら進んでるから……」

「そっか。アチャモを育ててるんだね」

昨日よりは自信持って指示出せるようになったし、少しは進んでるのかな……?
ハルカはうんうんと頷くと、ニカッと笑う。

「名前、ポケモンの捕まえ方教えてあげるね」

私の手を引いてハルカは草むらへ。
ユウキには教えたけど、ジゼルには教えてなかったから追いかけてきたの。
そう言ってハルカはモンスターボールを握りしめて進んだ。
わざわざ追いかけてきてくれたんだ。
……なんか、嬉しいな。

「捕まえる時は少しバトルして疲れたところにボールを投げるの。実際に私がやってみせるから、見ててね」

しばらくがさがさと草むらを歩いていると、飛び出してきたのはジグザグマ。
ハルカは持っていたモンスターボールからキモリを出した。
キモリは私と、その足下にいるヒエンに気がつくと鼻を鳴らしてジグザグマに向き合う。
なんかプライド高そうだなあ……
見ててねって言われたし、ちゃんと見ておこう。
ハルカがキモリに指示を出す。
キモリは素早くその大きな尻尾でジグザグマを〝はたく〟と、じぐざぐな〝たいあたり〟を繰り出すジグザグマを避けた。
ちらりとヒエンを見ると、とても真剣な表情だ。
追いつきたがっていたキモリだもんね、いつか、バトルしたいよね。

「お願い、モンスターボール!」

何度かキモリの〝はたく〟が決まり、ジグザグマがよろめいて勢いがなくなってきたところでハルカがモンスターボールを投げる。
ボールはジグザグマに当たると、閃光と共にジグザグマが開いたボールの中に入った。
カタカタと揺れるボール。
ハルカとキモリ、私とヒエンが緊張した面持ちで見守る。
それは大きく3回揺れると動きを止め、カチッとロックがかかる音を立てた。

「やったあ!どう名前!こうやってポケモンを捕まえるの!!」

「……凄い。ポケモン捕まえるの、初めて見た」

「ほんと?じゃあ名前の一番だね!」

照れ臭そうに笑うハルカに釣られて私の頬も緩む。
キモリもどうだと言わんばかりにヒエンを見て胸を張っていた。

「こうやって、いろんなポケモンを仲間にして、冒険するのも楽しいと思うんだ」

「……私にも、できるかな?」

「大丈夫!アチャモもついてるんだから、自信持って!!」

「ん……ありがとう、ハルカ」

「どういたしまして。あ、これ名前にあげる」

ジグザグマの入ったボールをしまって、それからハルカは何かを取り出すと私に差し出す。
両手を出すと、そこに乗せられたのは圧縮されたままのモンスターボールが数個。
……え、いいの?
モンスターボールって纏めて買うと意外と高いのに。

「私からの餞別。……そんな不安そうな顔しないの!名前もたくさんのポケモンたちと出会って、ホウエン地方を回ってね」

私を励ます言葉に、さっきより頬が緩むのを感じた。
うん、頑張ろう。
こんなに素敵な人が応援してくれるんだもの、不思議と力が湧いてくる。

「ありがとう、ハルカ」

少し先が楽しみ、だ。

 


 

─side:?─

ふしぎなひと。
わたしはそうおもった。
くさむらにはいって、ポケモンをたおして、そうしたらだいたいのひとは、てばなしでよろこぶのに。
あのひとは、かわいそうっておもってた。
じぶんたちからはいっていったのに、こがしたのはかわいそうだったかなっておもってた。
やさしいひと。

「ルルの技、よく知らないやつだなぁ……どんな時に使えばいいかな?」

『お前がここ、というタイミングで指示すれば使うさ』

こっそりと、そのひとをおいかける。
ながいかみ、ほしがうかぶまっくらなよぞらのいろ。
おちついたひとみ、なにもかもすいこんでしまうブラックホールみたい。
きっと、あのひとのとなりにいるポケモンふたりも、すいよせられたんだ。
わたしとおなじくらいのとしにみえる、ひのとりみたいなポケモン。
あのひとのパートナーだとおもう、わざわいをかんちするつのをもつポケモン。
いいなあ、わたしもあのひとにすいよせられたいなぁ。
あのひとがいいなあ。
もうちょっと、もうちょっとちかづきたい。
ゆっくりとあしおとをたてないように、あのひとのちかくにむかう。

『……?』

もういっぽ、とあしをだそうとおもったら、つのをもつポケモンがこっちをふりむいた。
まっかなめ。
するどくて、さされてしまいそう。
おもわずきのかげにかくれて、こっそりとかおをのぞかせる。
まっかなめの、つのをもつポケモンはわたしのほうをみながら、そのひとによりそった。

「ルル?」

『なんでもない』

ルル、とよばれたつのをもつポケモンは、くびをよこにふるとぴっとりと、さらにそのひとにくっつく。
わたし、も。
わたしもそのひとによりそいたい。
ルルって、しゅぞくのなまえじゃなくて、そのポケモンだけのなまえだよね?
わたしも、あのひとにわたしだけのなまえをもらって、やさしいあのひとによんでもらいたい。

『名前!ルル!!早く先に行こう!やっと半分だから!』

「あ、ヒエン先に行かないで」

『待てくらいできないのか』

あのひのとりのポケモンにもなまえがあるのかな。
いいな、わたしも、あのひとからなまえがほしい。
さきにはしっているヒエンとよばれたひのとりのポケモンをおって、あのひとがとおざかっていく。
まって。
わたしも、つれていって。

 



「チャモ~……」

「お疲れ様、ヒエン」

トウカシティまで半分を過ぎた頃、たくさんの野生のポケモンとバトルをしてくたびれたヒエンが地面に座り込んだ。
草むらに自分から突っ込んで、出てくるポケモンたちにバトルを吹っかければそりゃあ疲れるよね。
ポケモン図鑑を確認すると、技のPPはほとんどない。
ここからはルルに交代しよう。
くたくたのヒエンをケガを治すためにしゃがんでキズぐすりをかける。
くいくい。
すると、羽織っていたパーカーを不意に引っ張られた。
ルルはヒエンの後ろから、私の後ろへ視線を向けている。
なんだろう。
くいくい。
というか誰だろう。
振り向くと、そこには可愛らしいポケモンがいた。
小さな手で私のパーカーを引っ張ったみたい。

「……!」

そのポケモンは、緑の前髪のようなところから覗く赤い目を嬉しそうに輝かせて笑う。
思わずルルに視線を向けると、ルルは大して驚いていなかった。
後からついてきていたのを、知っていたような……そんな反応。
知ってた?と聞くと、こくりと頷く。
そういえば、突然振り向いた時があった。
その時から、このポケモンはついて来てたのかな?

「どうしたの?」

親とはぐれて迷子……だったりするのかな。
聞いてみると、そのポケモンは首を横に振る。
……そもそもこのポケモンはなんてポケモンなんだろう。
持っていたポケモン図鑑を向けると、画面にそのポケモンの簡単な情報が表示された。
──ラルトス。きもちポケモン。頭部のツノで相手の感情を読み取ることができる。
頭部のツノ……ってこの赤いやつかな。
ラルトスは相変わらずパーカーの裾を掴んだまま、ニコニコと私を見上げている。

「チャモ……」

「グゥゥ」

「チャモ~……」

ヒエンの眠そうな声に顔をそっちへ向けると、うとうとと船を漕いでいた。
それをルルが足でつついて起こしている。
ずいぶんこの道路にいたからもう夕方になってしまう。
昼過ぎから出たのに時間をたっぷりかけていたみたいだ。
トウカシティに早く向かって、それでポケモンセンターで休もう。
それで……ジムに、行ってみなくちゃ。

「ごめんね、私たち先を急いでいるから……」

「!……」

申し訳ないけど、ヒエンをちゃんと休ませてあげたい。
モンスターボールに入れただけじゃちゃんと回復はしないから、ゆっくり休ませてあげないと。
パーカーを掴んでいたラルトスの手をそっと離して、もう一度ごめんね、と声をかけた。
そんな悲しそうな顔をしないで。
バトルをするつもりではないみたいだから、できればこのままバイバイしたい。
悲しそうに俯いたラルトスに少し心がズキンとしたけど、眠たそうにしているヒエンをボールに戻す。
ルルの入っていたボールと、ヒエンの入っているボールの位置を替えて足を踏み出した。
……はずだった。

『いかないで!』

後ろからドンと、足に軽めの衝撃。
不意打ちのそれに体勢が崩れる。
隣にいたルルが、私の体が倒れる前にパーカーを咥えて引っ張ってくれた。
衝撃の来なかった反対の足を前に出して踏ん張り、視線を落とす。
可愛い、でも消えてしまいそうな、儚いような、そんな声は誰のだろう。
私以外の人の姿は遠い、ルルはポケモンだから人の言葉は話せないし、ヒエンはボールの中。
そうすると、ラルトスは……?

「……喋った?」

それにはルルもびっくりしたみたいで、珍しく目を真ん丸にしている。

『バイバイなんて、いわないで……』

ラルトスはパーカーを引っ張った時よりも強く私の足にしがみついて、消えそうな〝声〟でそう呟いた。
それに、上からじゃちゃんとは見えないけれど、ポロポロと零れる雫。
泣かせてしまった。

 



ポロポロと涙を流すラルトスの背中をさすりながら、彼女の言葉に耳を傾けた。
私のことを影からずっと見てたこと。
ルルとヒエンを羨ましいと思ったこと。
わたしも、なまえがほしいこと。
私について行きたいこと。
日が暮れそうな夕方。
おいていかないでと言った彼女はエスパータイプのポケモンだから、少しは人とも言葉を交わせるらしい。
らしい、というのは私の兄さんのポケモンにもエスパータイプはいるけれど、その子は話せなかったから。
エスパータイプのポケモン全てがこうやって、テレパシーを行使できるわけではないようだ。

『わたし、あなたがいいの。あなたについていきたいの』

「……うん」

『わたしをつれていってください』

連れていく……ってことは、この子を捕まえてってこと?
ラルトスの隣に座っているルルと目を合わせると、肯定するように頷かれた。
ええっと……バトルしてないし、弱ってないし、そういう場合はどうやって捕まえるんだろう……?
モンスターボールを投げるの?
いや、そしたら痛いでしょ。
あれはバトルをして、ちょっと離れたところまで届かせるのを目的に投げてるんだから、なにもこんな至近距離で投げることはないし……
ううーん……何も知らないでいるって後が困るんだなあ……

「本当に私でいいの?私なんかより、あなたに相応しい人はたくさんいるよ」

『あなたがいいの』

さっきと同じ言葉。
ルルは溜め息を吐くと、立ち上がって私の鞄に触った。
ちょうどボールを収納するためのポケットに。
え、もう諦めてボール出せよってこと?
少し固まってると、急かすようにルルが唸る。
鞄を肩から下ろして、ボールポケットを開き、1つのモンスターボールを取り出した。
新品の、ピカピカのモンスターボール。

「……ガウ」

「わ、わかったって。私も、私がいいって言ってくれてるのに、このままにするなんてこと、しないよ」

「……」

「せっかく、私なんかがいいって言ってくれたんだから」

昨日、アチャモのヒエンをもらって旅に出たばかりの、右も左も常識もまだまだ知らないような私がいいって。
だから、それに応えてあげたいな。

「ラルトスあのね、私、名前っていうの」

『名前さま……』

「いや様なんて大層なものいらないよ……?」

じゃあ、改めてよろしくね。
泣き顔から一転、笑顔になったラルトスの頭に軽くボールを当てる。
コツンと当てるとボールが開き、見慣れた閃光がラルトスを包むとラルトスと共にボールの中へ収まった。
ハルカの時とは違い、ボールは一度も揺れず、カチリと音を立てる。
……ゲット、できた?
嬉しいのと不安なのとが混ざってドキドキしたままルルを見れば、褒めてくれるように鳴いた。
初めて、ゲットした……!
だらしなく表情が緩んでいくのがよくわかる。

「これからよろしくね、ラルトス」

ラルトスの収まったボールに声をかけると、返事をするように揺れた。

 

2023年7月25日