「ではお預かりしますね」
ルルとヒエン、それに新しく仲間になったラルトスをジョーイさんに預けて待合室のソファーに腰掛けた。
夕方過ぎ、もう少ししたら日没だろうか。
……不思議、太陽が沈む水平線を見ない、なんて。
いつも部屋の窓から見てた風景じゃないってとても不思議だ。
肩にかけていた鞄を膝に乗せて、それを抱えるようにしてからポケモン図鑑を開く。
捕まえたポケモンだけじゃなくって、一度出会ったポケモンの簡単なことなら載ってるって凄い。
なにより、技を確認できるの凄い。
ルルの技……今度トレーナーとバトルする時にいろいろ試してみようかな。
なんだろう、ワクワクしてきた。
「あれ、名前?」
ふと声をかけられて顔を上げる。
そこにいたのはユウキだった。
よっ、と軽く手を挙げた彼に返すように私も手を挙げると、ユウキはニカッと笑って私の隣に座る。
「名前も今ここに?」
「うん。ジョーイさんに回復お願いしてるの」
「オレもミズゴロウとスバメ預けてきた」
「スバメ……って小さな鳥ポケモン?」
「おう!こんなやつ」
ユウキは自分のポケモン図鑑を取り出すと、スバメのページを開いて私に見せてくれた。
これがスバメ……私が見たことあるのはこのポケモンの進化系だったかな。
ミナモシティから少し離れたサファリの近くで小さな時に見かけたことがある。
それをユウキに伝えると、いつか進化するのかー!と楽しそうに笑った。
「名前はアチャモともう1匹?」
「ううん、アチャモのヒエンとアブソルのルルと、ラルトスを預けた」
アブソルはこの当たりでは見ないポケモンだし、まだユウキに見せてなかったから代わりにポケモン図鑑で該当するページを見せる。
ユウキはそのページを見ると、感嘆の声を上げた。
……個人的には、災いを呼ぶって表記好きじゃないんだけどな。
災いを呼んでるんじゃなくて、災い──災害を予知して教えにしてくれてるのに。
「すごいんだな、名前のアブソル!今度バトルしよう!」
「うん。私も、ユウキのミズゴロウとスバメのこと知りたい」
「あ、そうだ。ポケモンたちの回復が終わったらさ、父さんのところに行くんだけど一緒に行かないか?」
父さん?
聞けばユウキのお父さんは、なんとこの街のジムリーダーなんだとか。
すごいね、と素直に言えば彼は照れたように頬を掻く。
あ……でもこの言い方はまずくなかったかな……?
自分の身内がジムリーダーですごいねって言われて嫌じゃないかな?
ユウキだって凄いのに、それを言わないままでいるみたいで、もやもやする。
こういう時どうすればいいんだろう……
「名前さん、ユウキさん。ポケモンたちの回復、終わりましたよ」
「お、よかった。意外と早かったな」
「……そうだね」
「じゃあボール受け取ったらそのまま行こうか!」
屈託のない笑顔。
その笑顔を見るにユウキは嫌な思いはしていないんだと思う、多分。
それに少しホッとして、ユウキと一緒にポケモンたちを受け取りにジョーイさんのところへ向かった。
トウカシティのジム、そこのジムリーダーを務めるのはユウキのお父さんであるセンリさん。
ユウキとセンリさんは親子同士、積もる話があるのだろう。
邪魔にならないように隅によって私はじっとしていた。
ここが、トウカシティのジムかぁ……
ジムなんて入ったことないし、そもそも私の住んでいたミナモシティにはジムがない。
あ、ジム自体がホウエン地方の各地にあって、ホウエンリーグから指名されたポケモントレーナーがジムトレーナーになるのは知っている。
どんなところかは、兄さんからの話やテレビとかで見聞きしたことしか知らなかったから新鮮だ。
ユウキとセンリさんの話のきりが良さそうになり、ユウキが私を振り返った時、ジムの扉が開いた。
「あの……僕……ポケモンが欲しいんですけど……」
入ってきたのは、少し気弱そうな薄い緑の髪の男の子。
……なんか、ラルトスに似ているなぁ。
色合いが。
私と目があって、軽くこちらが会釈すると彼もそれに応えるように頭を下げる。
センリさんはそんな彼を〝ミツルくん〟と呼んだ。
今日から親戚のいるシダケタウンに行くらしいミツルくんは、寂しいからポケモンを連れていこうと思ったらしい。
確かに、ポケモンがいると寂しくないよね。
実際、私はルルがいるだけで全然寂しくなかったから。
そんな彼にモンスターボールをひとつ渡したセンリさんは、ユウキに付き添うように言う。
……え、ユウキ行っちゃうの?
少し戸惑ったらしいユウキは一度私を見た。
まあ、初めてポケモンを捕まえるミツルくんには付き添いがいてあげた方がいいんじゃないかな?
大丈夫だよ、と口の動きだけで言えば、通じたのか、ユウキはミツルくんと一緒にジムの外へ。
ジムに残ったのは、私とセンリさん。
ううん……初対面だから気まずい……
キョロキョロと落ち着かない私に痺れを切らしたように、ルルのボールが揺れる。
「えっと……その」
「ユウキのお友達かな?」
「あ、はい。ミナモシティの、名前といいます……」
「そうか……君がオダマキ博士の言っていた……」
何を言ったんだろう……また兄さんからの話かな?
彼の妹さんだと聞いたよ、と兄さんの名前を出すところから兄さんとも知り合いらしい。
そろそろ兄さんの人脈が不思議になってきた。
一体何の関係なのか……兄さんどんな仕事をしてたのかもよく覚えてないからそっちの関係かな?
こうやって考えると怖いからって今まで話さなかったことがもったいなく感じる。
センリさんは私と、私の腰についているボールを見比べると目を細めて表情を和らげた。
「まだまだ不安なことの方が沢山あるだろうけど、名前ちゃんと君のポケモンたちならこの旅は乗り越えられると思うよ」
「そう、ですか……?」
「ああ。──さて、ジムに挑戦するんだろう?」
──そうだ。
ミナモ シティに帰るには、秘伝マシンを手に入れて、それを使うためのジムバッジが必要だ。
頷くと、センリさんは、なら、と言葉を続ける。
「この先にあるカナズミシティにいるツツジというジムトレーナーがいる。彼女を始めとする各地のジムトレーナーと戦い、バッジをいくつか集めてきなさい」
「……バッジを」
「名前ちゃんがいろんなものを見て、いろんなものを感じ、強くなってから私とバトルをしよう。君のような子が、どう強くなるのか……見てみたいからね」
強く……
強くなるってどういうことだろう。
そもそも弱いってなんだろう。
それも知ることができるのかな、また、ここに来たら。
「焦らなくていい。私は待っているから、行っておいで」
「いってきます……?」
そういえば、父さんや母さんに行ってきますって言ってなかったなあ。
あの後センリさんにマルチナビに新しいアプリを入れてもらって、ユウキとミツルくんとで少し話をしてからポケモンセンターに戻った。
ミツルくんはゲットしたポケモンが入ったボールを嬉しそうに大切そうに持っていて、とても微笑ましい。
ユウキはこのままカナズミシティを目指すらしい。
早くバッジを集めてセンリさんとバトルをしたいんだって。
「とりあえず私はミナモシティに帰りたい。そのためには秘伝マシンとそれを扱うのに必要なバッジがいるのでジム回ろう」
動機がなんとも言えないものだけどね。
でも、ルルもヒエンもラルトスも、私の言葉に頷いてくれた。
もしかしたら、ミナモシティに帰るまでになにか変わるかもしれない。
先のことなんてまだ誰にもわからないし、いくらポケモン図鑑を理由にしていいとはいえ、それではダメな気がする。
何がダメなのか?
そんなの私にもわからない。
でもダメだと思うんだ。
ポケモン図鑑を持って、このホウエンを回る。
兄さんに帰ってくんなって言われたけど、顔を出すなとは言わなかったし。
まだまだ始まったばかりだから、私が欲しい答えとかヒントとか、もしかしたら予想もしない何かが見つかるかもしれない。
「始めは、カナズミシティのポケモンジム。トウカの森を抜けた先にある街ね」
私がベッドに腰掛け床にマルチナビを置くと、ヒエンとラルトスがそれを覗き込む。
ルルはベッドまで上がってくると、そのままぴっとりと寄り添ってくれた。
それに甘えるようにルルに寄りかかると、低く喉を鳴らす。
ラルトスはそんな私たちを見ると、幼く拙い声で『いいなぁ』と呟いた。
……気のせいかな、ラルトスの目は前髪に隠れていてベッドの上からじゃ見えないんだけど、キラキラ輝いているような気がする。
ヒエンはヒエンでルルに威嚇するように毛を逆立てているし……仲悪いの?
「そうだ、ラルトスの名前、考えなきゃね」
『!』
女の子だから、綺麗な響きの名前とかそういうのがいいかな?
どう?とラルトスに聞けば彼女は小さく首を横に振った。
『ジゼルさまが、わたしのためにつけてくれたのなら、わたしはそれがいいです』
「んん……そう言われるとあれだね、逆に責任感が芽生えるというか……」
「チャモ!」
「グウウ」
ヒエンとルルが肯定するかのように頷く。
そんなふたりは自分の名前はどう思っているんだろう……
特に、小さい時にルルと名付けた彼は。
……まあ、何年も経っているし、今更聞かなくってもいいかな。
ヒエンはラルトスと何かを話すようにように鳴いて、ラルトスはラルトスでそれに頷いたりして応えていた。
ラルトスとは仲は悪くないんだろうな……なんでルルとは悪い、というか一方的に威嚇しているんだろう。
残念ながら私はトレーナーなのにわからない。
ルルはともかく、ヒエンとはまだまだ付き合い短いから。
だからかな、ルルは悪くないし、きっとヒエンも悪くないんだろうなって憶測みたいなことしか言えないのは。
「ラルトスの名前は明日までに考えるよ。明日は少し早めにトウカの森に向かいたいから、今日は寝よっか」
コトキタウンからここまでさすがにスローペースだったし、こんなんじゃいつまでも進めなさそうで嫌な予感しかしない。
ヒエンとラルトスをボールに戻し、それからルルのボールを手に取る。
それをルルに向けようとしたら、ルルはそのままベッドに伏せた。
……えっと、これはつまり……
「添い寝?」
「ガウ」
あ、そう?
じゃあお言葉に甘えようかな……
三つ編みに結っている髪を解いてベッドに横たわる。
手をルルに伸ばして、わしゃわしゃと少し乱してから目を閉じた。
「おやすみ」