何も毎日怒られている訳じゃないし親戚のおねえさんが好きな灰谷兄弟

オレらのねえちゃんは世間から見れば変わり者なのだろうか。
通勤という手段がいらないねえちゃんは、一日のほとんどを家で過ごしていた。
何日も部屋に篭って絵を描いている時もあれば、今日のようにベランダにタオルを敷いてだらだら横になりながらスケッチブックに適当に絵を描いている時もある。
差し入れ、とコーヒーを渡した時にスケッチブックを覗き込んだらオレと竜胆みてーなのがいた、ミニキャラってやつ?
ねえちゃん昔から絵うまいもんな、オレと竜胆が最初にぐちゃぐちゃにしたやつも、惹き込まれるくらい綺麗だった。
同時にぐちゃぐちゃに汚してみたいと思うくらいには。
……まあ、結果は酷くて竜胆と仲良く簀巻きにされて吊るされた、泣いた、怖かったもん。
もうやらねえ、やっちゃいけない。
思い返せばねえちゃんは泣きそうに顔を歪めていたような気がする。
その後吊るされたことが印象強すぎて、もしかしたら気のせいかもしれないけど。
でも思えばあれが始めてだったんじゃねえかな、あんなに怒られたのは。

「ねえちゃん、冷えるよ」

「んー……」

いつの間にかスケッチブックを閉じたねえちゃんは膝を抱えてぼんやりと空を見上げていた。
いつもねえちゃん空見てるよな。
冷えるってば、と声をかけて後ろから抱きつくように身を寄せる。
重い、そう言われたけど特に振り払われるような仕草はなかった。
タワマンだと風が冷てえんだよな、ねえちゃん結構冷えてんし。

「ねえちゃん」

冷えちまうって。
動く気配のないねえちゃんに思わず溜め息を吐いて、後ろから抱え上げた。
今ではオレの方がでっけーし、ねえちゃん運動しねえし食も細いからか軽い方だ。
いやこの体のどこからあんな力が出るのかわかんねえけど、昨日は特攻服の返り血をそのままに帰ったら締め上げられた、そのまま昏倒した。
珍しくされるがままのねえちゃんをソファーに転がす。
それからベランダのタオルやスケッチブック、ペンケース、マグカップを回収して窓を閉じた。
ねえちゃん寝てる……珍しい……
いや、でもガキ頃からよく寝るやつだったな。
オレら簀巻きにした後も、解いた後も寝ていたし。
ブランケットをねえちゃんにかけて、ソファーの下に腰を下ろす。
パラパラとスケッチブックを捲っていけば、鉛筆や絵の具で描かれたいろんなものがあった。
こいつの描いた空、海、夜景、それから人。
あまり人描かねえんだな、たまに隅っこにミニキャラみてーなオレと竜胆が描かれているのがちょっと嬉しい。
……なんか、簀巻きにされたオレらのミニキャラもいるんだけど、見間違いじゃなけりゃ天竺の他のやつらもいるんだけど。

「兄ちゃん、ねーちゃんは?」

「寝てる」

「……ここで?めっずらし……」

「だよなぁ」

コンビニに行っていた竜胆が帰ってきた。
ソファーで寝てるねえちゃんを見ると目を丸くし、ここぞとばかりにねえちゃんの髪をくしゃくしゃと撫でる。
ちなみに昨日竜胆は煙草吸ってんのバレてアッパーカットを決められてた、そのまま昏倒した。
……あれ、オレら今朝なんでベッドで目ェ覚めたんだ?

「疲れてんだろ、昨日まで篭ってでけーの描いてたし」

「あれ売るんだろ?オレらに見せてくんねーのな」

「え、オレさっき見てきた」

「兄ちゃんだけずるくね!?なんで!?」

「ねえちゃんベランダで絵描いてたから、こっそり」

静かにこっそり行けよ、バタバタと遠ざかる竜胆の足音に溜め息を吐いてねえちゃんの寝顔を覗き込む。
すげー穏やかな顔、こんな顔は寝てる時か絵を描いている時だけだもんな。
ぺたぺたと顔を触っていつも皺を寄せている眉間を撫でた。

 

「ねーちゃん、持つよ」

買い物カゴをねーちゃんから取り上げれば、意外と重くてびっくりした。
ねーちゃんは絵描きだ、画家っつーの?それとも絵師っつーの?まあどっちでもいっか、絵を描いてそれで食ってる。
今日はねーちゃんとオレのふたりでねーちゃんの画材の買い出しに来た。
退屈だろうから来なくていい、邪魔。
そう言われたけど粘ったら好きにすればって言われたし、好きにしてねーちゃんに着いて来てる。
カゴの中に入っているのは鉛筆や練りゴム?って消しゴムと、あと色鉛筆や絵の具だ。
色鉛筆も絵の具もバラで売ってんだな、知らなかった。
なんで鉛筆たくさん買うのかわかんねえ、2BやHBってなに?芯の硬さ違うとどう違うの?
オレにはわかんなくても、ねーちゃんは楽しそうだ。

「あと何買うの?」

「額縁、決まったサイズのやつが欲しいからオーダーメイド」

「へー」

またこっちの棚行くけどいい?
そんなねーちゃんについて行ってまた絵の具の棚に向かう。
ねーちゃんが手に取ったのは鮮やかな赤と青紫。
ちらりとオレを見ると、またいくつか手に取って悩むように首を傾げた。
何を悩んでんだろ、オレには違いがそんなにわかんねえや。

「蘭と竜胆でしょ、混ぜて作るのもいいけどこれってやつがあるのもいいかなと思ってさ」

……それは、つまり。
オレと兄ちゃんの名前にぴったりな色を探している、ってことでいいのだろうか。
嬉しくて緩む表情を隠せないでいるとねーちゃんはそれっぽい色を二本、カゴに入れた。
確かに、兄ちゃんっぽい赤だしオレっぽい青紫だ。
描いてくれんのかな、オレと兄ちゃんの絵。
その後すぱっと描くのは花だからなと言われたけど、嬉しいのは変わらない。
後ねーちゃんは自分の名前っぽい鮮やかな色を選んでカゴに入れる。
ねーちゃんも花の名前だもんな、あんまりその花見る機会ねえけど、前に画像で見た時はこんなモンもあるんだなと兄ちゃんと話した。
レジでねーちゃんの名前を呼ばれ、こんなモンかなとねーちゃんに促されてレジへ向かう。
……額縁でかくね?
それひとりで持って帰るつもりだったの?
額縁もそれなりの値段だったし、買い込んだ画材もいい値段だった。

「オレ持つよ」

「私の買い物だけど」

「いいじゃん、元々荷物持ちのつもりだったしさ」

「……そ、ありがとう」

バイク断るのもわかる、これ持ってバイクは乗れねーわ。
画材屋を後にして家に向かう。
途中、ねーちゃんはオレに待っててと言うと店頭販売しているカフェに小走りで寄った。
画材屋ではあんなにキラキラした表情してたし、今でもいつもよりご機嫌だ。
思えばあまりご機嫌なねーちゃん見たことねえな。
滅多に笑わねえし、何考えてんのかわかんねえ顔のこと多いし。
十分経ったか経たないかで戻ってきたねーちゃんの手にはカップがふたつ。

「私の買い物に付き合ってくれたお礼。蘭にはないから家着く前に飲み切って」

「マジで?ありがとねーちゃん!」

兄ちゃんにはない、ってのがなんか嬉しいな。
言わばねーちゃんからのご褒美だ、自慢しよ、怒るかな。
ちょっと甘いカフェラテ。
進んで飲むことないけどねーちゃんからのご褒美だと思うとすげー美味しかった。

 

今日もいい天気だったなぁ、星は見えにくいけど久しぶりの満月が綺麗で。
わざとらしく大きく溜め息を吐く。
テーブルに頬杖をついたまま直立不動に近いふたりを見れば大きく肩を揺らした。

「今、何時?」

「……夜の十一時です」

「私、ご飯いるのってメールしたの、何時?」

「……夕方の五時です」

「ふーん……で、オマエら返信したの、何時?」

「……え、っと」

「……して、ない……です」

トントントントン。
テーブルを指でリズム良く叩いていると、ふたりは顔を真っ青にしてフローリングの床に正座する。
別に、正座しろとは、言ってねえけど?
でも正座するってことは自覚あるわけだな?わかってんだな?私が、何を言いてえのか。
いつも食事を作るのは私の役割になった。
何故って、ふたりの作る食事はバランスも何もあったもんじゃない。
適当に焼いた肉とか、とりあえず鍋にぶち込んだ何かとか。
カレー作った!って言われて出されたのが野菜と肉を一口大どころか半分に切っただけの時は頭抱えたのが懐かしい、食べ盛りの男の子にこれはない、というか私の胃に優しくない、ってことで私がやるようになったんだわ。
朝ならいいよ、パン焼いたり白飯用意したりすればそれなりになるから。
昼も基本は私だけでふたりがいればついでに作ってる。
たまに夜ご飯作っている私の手元を覗き込むもんだから少しずつ覚えていきゃいいか、とは思ってるんだけどさ。
それにふたりがよく出かけて自分らのチームの集会やら喧嘩やらしてる、それもいい。
でもそれとこれとは話が別。

「報告連絡相談しろって、言わなかった?」

「すみません」

「ごめんなさい」

「締め出さなかっただけ、我慢したと、思わねえ?」

「めちゃくちゃ思います」

「優しいと思います」

「……」

「……」

「……」

「冷めてんけど、食うの?」

「食べます!」

「いただきます!」

我ながら甘くなったとは思う。
大袈裟にもう一度溜め息を吐いてすっかり冷めた夜ご飯を電子レンジに入れた。
ふたりは立ち上がると手を洗いに洗面所に駆け込み、やいのやいのと賑やかにしては素早く戻ってくる。
今日はハンバーグ、ちゃんとひき肉捏ねて玉ねぎ炒めて私にしては凝って作った。
絆されてんなぁ、蘭と竜胆と暮らし始めてどのくらい過ぎたっけ?

「ねえちゃんは?」

「食べたの?」

「八時には食べたけど?」

「……あの、ほんとにごめんなさい」

「ちゃんと連絡します……」

その場で反省してはいるけど繰り返すのなんて目に見えている。
まあでも、理不尽なことは言ってないつもりだし、ふたりは多少痛い目を見なきゃわかんないことも多い。
もういいよ、それはそれで、蘭と竜胆って人間だし。
同じ食卓で、美味しい、ありがとう、そう口にして食べ進めるふたりを見ながら少し冷めたコーヒーを口にした。


親戚のおねえさん
生活リズムは不規則、最近よる年波には勝てないのか夜通しの作業や高カロリーの食事が体に響くようになってきた。
ふたりには見せるつもりはないけど落書きするスケッチブックや小さな作品でミニキャラや蘭の花や竜胆の花を描いている。

灰谷兄弟
何考えてるのかわかんないし怖いことの多いおねえさんはなんだかんだ面倒見いいし大好き。
おねえさんのスケッチブックや作品を見る機会が多いのは蘭くん、おねえさんと出かけてご褒美を貰うのが多いのは竜胆くん。
お互いずるいって言ってるけどタイミングだよタイミング。
返信忘れた、と帰る五分前に気づいて最初っから顔青くしてた、吊るされたり締め上げられたりしなかったけど怖かった、夜ご飯美味しかった。
ちなみに昏倒したふたりをそれぞれのベッドに引き摺って運んだのはおねえさん。

2023年7月28日