久々に吊るされただけでなく逆さまにされた灰谷兄弟

「ねーちゃん!ねーちゃああああんこれ死んじゃう!!死んじゃうってえええ!!」

「竜胆ー!!ね、ねえちゃん、それはまずいって、命の危機だって!」

「オマエもああなるんだよ何他人事にしてんだ」

「ひっ……!」

「下ろしてええええええ!!」

今日はいい天気だなぁ、久しぶりに晴れて洗濯日和。
このままふたりも干してやる、少しは乾くだろ、何が乾くかわかんねえけど。
明日から個展、ギャラリーには今まで描いた絵が既に並べられており、新しく描いた絵はこれからどこに展示しようか考えていた。
今まで開いた個展の中でも規模は大きいし、開催するのは三日間。
入場料はかからないし、必ずお金になるわけではないけれどいろんな人に私の描いた絵を見てもらえるし、中には画家さんや絵師さんがいていろんな話もできるしで、凄く張り切って準備に臨んでいた、はずだった。
手伝う!と着いて来たふたりが私やスタッフの指示通りに物品を運んでくれるのはすげー助かる、助かってた。
なんで過去形か察してくれ、私はこのふたりを吊るさねばならぬ。
手伝ってくれるのはいいんだよ、ふざけながらやるのも別にいいんだよ、やることやりゃあ勤務態度なんて気にしねえから。
ただな、その近くに私の大作が置いてあって、バキッなんて音がして、オーダーメイドの額縁が割れていなけりゃ何も言わねえししねえんだよ。
手伝うの意味わかる?オマエら邪魔しなけりゃ及第点とか思ってねえだろうな?
その大作を展示するのはこのギャラリーの目玉を飾る場所、二階のテラスになっているところを予定していた。
だからオマエらを二階から吊るしてやるよ。
ちなみに絵は無事だった、今スタッフたちがダッシュで額縁の手配に行ってる。
逃げようとした蘭も竜胆の隣に逆さまに吊るした、よかったなお揃いだぞ

「待って待って意外と地面遠くてこえーんだけど!!ねえちゃん下ろして!」

「あれだな、ハングドマンに似てるなオマエら」

「な、なにそれ……」

「吊るされた男、もうそのままでいれば」

「ねえちゃあああああああん!!」

「ねーちゃんごめんなさいぃ!!」

どうにかこうにかしようとふたりは腹筋使って体を起こして括られている足首に手を伸ばすが、体勢が整わず結局逆さまに吊るされたまま。
テラスの欄干にしっかり足首縛り付けているからちょっとやそっとじゃ落ちないだろう。
ちなみに両足括るなんて優しい真似はしねえ、オマエら吊るすのは片足で十分だ。
つんつんと強めにつつけばやめてこわいおちるしぬと情けない声が聞こえる。

「竜胆はさァ、私と額縁買いに行ってくれたよね、なんでこうなんの?先見えてねえの?」

「ごべんなざい」

「蘭はさァ、私が部屋に篭って描いてたの知ってるよね、なんでそうなんの?わかんねえの?」

「ずみばぜん」

「オマエらのごめんなさいとすみませんは聞き飽きたんだが?」

ガキの頃と比べたら高さなんて何倍もあるししかも逆さまだしで、本気でふたりがぐずついてきた。
泣き出したいのはこっちだっつの。
絵が無事なだけよかったけど、額縁は絵に合わせてオーダーメイドしたやつだ。
色や模様、ちょっとした角度全部、私がこの絵にしか合わない額縁を用意したのに。
……なんか思い返すと泣く前にふつふつと怒りが湧き上がってくるな。

「もう私のつくったオブジェですってこのままにしようかな。吊るされた兄弟でどう?斬新だな一番いい値段で売れるわ」

「マジでごめんなさい!」

「オレらまだ人間がいい!」

すっげーデジャヴ、十年くらい前になるのかな。
あの時は布団で簀巻きにしたけど。
たまにつんつんつついてふたりの涙声の謝罪を聞いていると、新しい額縁を買ってきたスタッフたちが戻ってきた。
この惨状に「先生、それはまずいです」なんて説得されたので渋々ふたりを下ろす。
邪魔だから隅っこ行け、そう言えばしょぼんと肩を落として蘭と竜胆はスタッフの休憩スペースに座り込んだ。
六本木を仕切ってるって知ったのは割りと最近だけど見る影もねえ。
肩落としたいのはこっちだっつの。

 

ねえちゃん、ねーちゃん、とぐすぐす言いながら私のカーディガンの裾を掴むふたりを引き連れてギャラリーを出た。
展示は終わったし、当日の打ち合わせもしたから今日のやることは終わり。
ひでえハプニングはあったけど。
夕方までには帰ってる予定がすっかり夜だ。

「ご飯食べに行く?」

「……うん」

「行く……」

しょんぼり、なんて言葉が今のふたりにぴったりだな。
適当に入ったファミレスでは案内しに来た店員は私の後ろで落ち込んでいるふたりを見てギョッとしていたけれど、とりあえずボックス席へ。
私と、蘭と竜胆が向き合うように座る。
あまりがっつり食べられなくなったしな、私は軽くでいいか。
落ち込んでいても減るもんは減るのか、ふたりはメインにサイドメニューもいくつか頼むとドリンクバーに向かった。
その間にケータイを取り出してスタッフの代表に今日のお騒がせの謝罪メールを送った。
秒で返ってきたのは『何卒あのおふたりには寛大な心を……』なんてよくわからん内容。
……いやあのまま吊るしてないから優しいと思うんだけど。
ドリンクバーから戻ってきたふたりは静かに席に座ると、頼んでいなかったのに私の前にコーヒーを置いた。
こういう気遣いできるのにやらかすのほんっと謎、なんなの、ネジ外れてんの?
傍から見たら葬式帰りかってくらい落ち込んでいるふたりに自然と溜め息が溢れる。
そんでそれにふたりは肩を揺らすもんだからほんっとさァ……

「……ねえちゃん、ごめんなさい」

「あの、悪気は本当になくて……」

「あったら今頃ギャラリーに飾られたままだな」

わざとだったらさらに簀巻きにして出荷してるわ、台座も一緒に発注してやる。
コーヒーを口にしながら言えばすんすんとふたりは鼻を啜った。
それから順番にやってきたサイドメニューの数々に、やっぱり若いと食べるんだななんて思いながらサラダを口に運ぶ。
明日から私は早く出るけど帰ってくるのは夕飯の時間だな、簡単に作れるやつ考えとこ。
その話をふたりにすれば、ふたりは顔を見合わせると何か思いついたような表情を浮かべた。

「ねーちゃん、個展の間オレらが夕飯作るよ」

「ちゃんと作れるやつ……簡単なやつだけど」

「そう?ならお願いするわ」

「お、おう!任せといて!」

「美味いの作るから!」

私のお願いって言葉にわかりやすくふたりが表情を輝かせる。
うーん……いやわかるんだよ、今日も手伝うってのも心から私の力になろうとしてくれていたし。
ただ、私とふたりの価値観やら常識が噛み合わないからこうなるのも。
下手にそこを噛み合わせる必要性を感じたことはないけれど、最低限は噛み合わせた方が私も少しは穏やかになれんかな。
……いや無理にはやめとこ、私の前じゃ年相応の男の子たちだけど世間からしたら違うわ。
運ばれてきたハンバーグやらステーキやら、めちゃくちゃがっつりメニューを食べるふたりを横目に小さめのドリアを食べる。
この体のどこにそんな容量があるんだ、つーか今追加していい?っつったんだけど、竜胆が。
蘭はメニュー開いてデザートをいくつか頼んでいるんだけど。
もう好きに食べなよ、私はお腹いっぱいだわ。
若いなあ、と思うと同時によく私このふたりを二階のテラスから吊るせたなぁなんて他人事のように思いながらコーヒーのお代わりをしに席を立った。


親戚のおねえさん
激おこプンプン丸で蘭くんと竜胆くんを逆さまに吊るし上げてオブジェにしようと九割方本気で考えた。
わかるんだよ、悪気もないし良かれと思って手伝いに来てくれたのは。
スタッフたちからは自分の世界に篭っているとても静かな先生と思われていたけど今回の一件でキレるとかなり過激な怖い人と認識を改められた。

灰谷兄弟
この度激おこプンプン丸のおねえさんによって吊るされた兄弟としてオブジェにされかけた。
周りを見ないではしゃいでいた結果が酷い。
シワシワの電気鼠かってレベルで落ち込んでいたけれど、おねえさんからの「お願い」に名誉挽回しようと頑張るけれど、多分それも何かやらかしそう。
今後も個展あったらお手伝いしに行くけれどちゃんと周り見て余計なこともしないように動くことになる、ある種の成長。
吊るされたのは十年振り、久々に恐怖を味わった。
マジでねえちゃんあの体のどこにそんな力あんの?
そもそもなんでねーちゃんそんなことできんの?
ねえちゃんだからだろうなぁって解決した。

2023年7月28日