うっかり巻き込んじまったら一撃で沈められた灰谷兄弟梵天の姿+‪α

「いや、あの、ほんと、オレ無関係なんです……」

「ふーん……」

「今来たばっかで、この場にはいなかったし、オレ何もやってない……」

「じゃあ、落ちてたこれは、誰の、何?」

「……オレのヤクです」

「ここにいたから落ちてんだろうが」

「嘘ついてスミマセンデシタ!!」

今日はいい天気だなぁ、北関東は竜巻あったけど。
持っているものを手のひらでぺちぺちと打ち鳴らせば目の前で正座をしている三途が顔を真っ青にした。
ちなみに三途の横で正座していた兄弟は既に床とお友達だ、周りに欠片散らせながら。
私が持ってるモン?割れたビール瓶使用済、あと床に転がっていた怪しいカプセル。
蘭と竜胆の周りに散らばっているのはビール瓶の欠片。
相変わらず蘭と竜胆と同居している私はつい最近アトリエとして小さな部屋を借りた。
最初はふたりとも反対していたけれど、過去に私の絵を台無しにしたり額縁ぶっ壊したりして痛い目を見たことを淡々と言えば涙目で謝って反対意見を賛成意見に変えたのが先月。
一日のほとんどをアトリエで過ごすようになってめちゃくちゃ筆が捗る。
没頭し過ぎることがほとんどだから蘭と竜胆がお仕事帰りに迎えに来るのがルーティーン化していた、それに関してはありがたい。
うん、ありがてえんだわ、それに関しては。
合鍵も渡した、私が没頭していることが多いから。
だからと言って溜まり場にしていいとは言ってねえ。
ふたりの仕事仲間が頻繁にここに来るようになったのは半月くらい前からか。
別にいいよ、ふたりはなるべく隠しているみたいだけど後ろめたいお仕事してるのは。
別にいいよ、仕事仲間と溜まり場にするだけなら。
画材の調達に出ている三十分でアトリエが崩壊してなけりゃな、どう見ても銃撃戦の後。
描きかけの絵や愛用している画材たちもボロボロでほとんど台無し。
画材の調達ついでに知り合いから面白いの作ったから使ってみてよ!と渡されたビール瓶をふたりの頭に問答無用で振り下ろすには十分だった。
あっ、ちなみにこのビール瓶は飴でできてるやつだから殺傷力はゼロ、思い切り振り下ろしたから割れたし飴でもそこそこ硬いからふたりは伸びたっぽい。
映画の小道具で使うんだと、それを私に渡してどうする、使っちまったけど。
まあこのビール瓶が飴でできていると知っているのは私だけで、目の前の三途は顔を真っ青にさせるだけだ。

「オマエらのお仕事が何か知らなくても察するには十分なんだよオマエらマニュアルで一般人巻き込めって書いてあんのか」

「……誠に申し訳ございませんでした」

「人の仕事場台無しにしやがってさぁ……ぶん殴んぞ」

「もう灰谷兄弟ビール瓶でぶん殴ってますけど……」

「オマエを今からぶん殴るんだよ」

「いやあああああああああ!!」

うるさっ、乙女かオマエは。
甲高い悲鳴を上げて私の横から逃げようとした三途の首根っこを掴む。
ちなみにビール瓶はタイミングいいのか悪いか三本あるんだな一人一本、喧嘩しないで済むわ。
使った感想なんて言おう、意外と硬くて人殺しになるところだったから飴もう少し薄くすれば?って言っとこ。
三途の女みたいな悲鳴に釣られてか、ドタドタと誰かがアトリエに駆け込んできた。

「姐さん!!やっぱりやると思った!」

「鶴蝶ぉぉぉぉぉ!!」

「まだやってねえわ」

私の手から抜け出した三途が鶴蝶に泣きつく。
つーかやっぱりやると思ったって言ったな?失礼だな、いつもいつも誰かを殴ってる訳じゃあるまいし。
三途が鬱陶しいのか嫌そうに顔を歪めた鶴蝶は、視線を落としてぐったりと床に転がる蘭と竜胆を見ると遅かったかーと天を仰いだ。
鶴蝶の後から望月もやって来て、姐さんとうとうやっちまったか……と同じように天を仰ぐ。

「いや生きてんからふたりとも」

「どう見ても殺人現場じゃねえか……アトリエ連続殺人事件……」

「つーかそのビール瓶見たら完全に姐さんが殺っちまったろ」

「これ飴で出来たビール瓶」

「鶴蝶!モッチー!オレ殺されるとこだった!!姐ちゃんに殺される!!殺人事件三人目の被害者オレ!」

「三人目の被害者出る前にこのボロボロになったアトリエなんとかしてくんない?」

本気で泣いて鶴蝶と望月に訴える三途は鶴蝶に引き摺られて、完全に伸びている蘭と竜胆は望月に抱えられて退場していった。
さて、鶴蝶が連絡しているし後はなんとかしてくれるかな。
これじゃあこのアトリエはもう使えない、無事だった絵と画材は私が回収して、あとはお願いしよう。
あとここを引き払わないとな。
ふと手に持っていた使用済のビール瓶を舐めれば飴だからか少し甘い。
それを遅れてやってきた九井と明司が見て顔を真っ青にした。
殺人犯だなんて失礼な。

 

無事だった絵と画材を自分の部屋に運び、大きく溜め息をひとつ。
後から鶴蝶と望月がボロボロになったものも運び込んでくれた。
ほとんど修復不可能だし画材だって買い直さないと使えなさそうだ。
あ、折れた色鉛筆やパステルはまだ使えるから時間のある時に整えておこう。

「蘭と竜胆は姐さんがぶん殴った以外は無傷だったからもう少ししたら起きると思うぞ。……悪かったな、巻き込んじまって」

「姐さんは無事か?」

「私はなんともないよ。佐野に善良な一般人を巻き込むなってマニュアルでも作っとけっつっといて」

「……おう」

「善処する……」

犯罪組織にマニュアルなんてねえよ……としょっぱい顔をした鶴蝶と望月を見送り、私はソファーにどかりと腰かけた。
仕事が早い九井はアトリエとして使っていた部屋を引き払ってくれたし、損失補填として使えなくなった画材とボロボロになった穴だらけの絵の分のお金を私の口座に振り込んだらしい。
お金は別にいいのに、そう言えば九井は顔を真っ青にして首を横に振っていた、私の絵は九井たちも取引に使うくらい価値のあるものだとか。
犯罪組織に取引に使われる私の絵ってなんなんだ……
ちなみに三途は佐野と明司にひんひん泣きついていてふたりが慰めているらしいよ、乙女か。
気分転換にコーヒーでも飲むか。
台所に向かってゴリゴリと豆を挽いていると、リビングのドアが開く音がした。

「……ねえちゃん」

「ねーちゃん……」

蘭と竜胆が起きたらしい。
ケトルをIHコンロに置いてリビングに戻れば気まずそうな顔をしたふたりがソファーの下で正座していた。
いや早いな正座するの。

「ねえちゃん、ケガは……?」

「してない」

「……ちなみにアトリエは?」

「ボロボロだったから引き払ってもらった」

「……」

「……」

「……コーヒー飲む?」

頷いたふたりを置いてお湯が沸いたことを告げる台所に戻る。
三人分のマグカップにコーヒーを淹れ、蘭の分には砂糖を小さじ一杯、竜胆の分にはミルクを少し、私はブラックにしてトレーに乗せ、それからリビングに戻った。
ローテーブルにふたりのマグカップを置き、私は立ったままコーヒーに口をつけてふたりを見下ろす。

「申し開きは許されますか……」

「言い訳してもいいですか……」

「聞くかわかんねえけど言いたかったら言えば?」

スマートフォンを取り出して絵の依頼人に納品が遅れる旨を連絡し、運営しているブログにはしばらく活動が難しく再開に時間がかかることを書き込んだ。
その間ふたりが話した内容はこう。
蘭と竜胆、三途の三人で私の帰りを待っていたら襲撃された。
頻繁に蘭と竜胆がアトリエに足を運んでいたから敵対組織に狙われていたらしいと。
向こうの組織がどうなったかまでは言わなかったけど、まあふたりも三途も無事だからそれ以上は聞かない。

「本当にごめんなさい」

「割りと油断してました」

「今後も同じようなことが絶対ねえとは言い切れねえから、アトリエはやめて家で作業してほしいです」

「必要なら新しい家も手配します。ねーちゃんが、安全とは言い切れねえし……それでもオレも兄ちゃんもねーちゃんと一緒がいい、です」

「まあそうなるな」

わかったよ、アトリエ諦めて家でやるよ。
私があっさりと決めたのにびっくりしたのか、マグカップを持って俯いていたふたりは勢いよく顔を上げる。
なんだよ、渋ると思ってたのかよ。
私の言い分としては、ふたりがそういう立場にいるってふたりの口から聞いたことないからアトリエを手配したのもあるし、ちゃんと話してくれていればアトリエに拘ることはなかった。
いつも言ってんだろ、報告連絡相談しろって。
オマエらどう思ってんのか知らねえけど、私からしたらふたりは大切な家族だし、腹割って話してくれれば考えて決める。

「お互い今回は話し足りなかったな」

「ごめん、ごめんなさいねえちゃん」

「ねーちゃん無事でよかった……」

べしょべしょ泣くのはいくつになっても変わんねえなあ、オマエらもう三十路だろ、私なんか四十路なんだぞ。
コーヒー冷めんよ、そう促せばふたりはゆっくりとコーヒーを飲んだ。


親戚のおねえさん
アラフォーになった。
顔出しは個展くらいでしかしてないけど有名な絵師になった。
手が出るのが早いのは相変わらず、今回飴でできたビール瓶を振り下ろして蘭くんと竜胆くんを沈めた。
ふたりがどこに所属しているのかは知っていたけど話されなかったからアトリエを手配したという経緯がある。
若い頃よりふたりに対して思い入れもあるし大切な家族と思っている、あまり口にしないけど。

灰谷兄弟 梵天の姿
この度アトリエにいたら襲撃されて無事だったけどアトリエの惨状を目の当たりにしたおねえさんに飴のビール瓶でぶん殴られて沈められた。
ちゃんと話していれば襲撃されることもおねえさんがアトリエを手配することもなかった、報連相不足。
自分たちがどんな立場になってもおねえさんとは一緒がいい、恋愛ではない、親愛。
べしょべしょに泣くのはいくつになっても変わらない、おねえさんの前ではいつまでも一番最初に簀巻きにされた兄弟のまま。

梵天の皆さん
三途くんはアトリエにいた結果ビール瓶でぶん殴られそうになった。
この後マイキーくんと明司さんにしばらく泣きついていたし、おねえさんに後日菓子折り持って謝りに行く。怖かった!!殺されるとこだった!ごめんなさい!最早乙女。
おねえさんの絵は取引道具にもなるので重宝している。
お付き合いが長いので姐さん、姐ちゃんと呼んでいる。
鶴蝶くんや望月くんはおねえさんの琴線わかっているから避けるの上手。

2023年7月28日