「悪いけど今日何もできないから静かにしてね。ご飯自分たちでなんとかして、私は寝てる」
ケホケホと咳をして部屋に戻ったねーちゃんの姿に思わず兄ちゃんと顔を見合わせた。
昨日イベントから帰ってきたねーちゃん少し体調悪そうだったけど、どうやら風邪を引いたらしい。
顔を真っ赤だったし、辛そうな表情だったし、部屋から離れているこのリビングにも咳が聞こえてくるし。
ねーちゃん大丈夫か?
「……うちって、なんかあったっけ」
「……なんもねえんじゃねえかな」
オレも兄ちゃんも滅多に風邪引かねえからな。
冷蔵庫を開けてみたり、棚を漁ったりしてみたけど、今のねーちゃんに必要なものは出てこない。
冷却シートすらねえのやばくね?
氷枕だってねえし、あとスポドリみたいなものもない。
買い出しに行くか、そう決めれば早いもんでオレも兄ちゃんも財布とケータイ片手に準備をする。
「ねえちゃん、オレら買い出しに行ってくるから」
「なんかあったら連絡して。欲しいモンある?」
「……ゼリーとりんご」
「わかった」
「じゃあ行ってくるから」
ドア越しに声をかけ、駆け足で買い出しに向かった。
ドラッグストアで必要なモン買おう。
つーか病人の看病とかしたことねえんだけど何すりゃいいかな。
スポドリやら冷却シートやら必要なモンをカゴに入れ、兄ちゃんと何を買おうか話しながら店の中を歩く。
ねーちゃんの実家にいた頃はねーちゃん寝込むことなかったしな、でも体冷やさねえように夏場でも薄手のカーディガンを着ていた。
兄ちゃんが伯父さんに電話しているのを横目に風邪薬をいくつかカゴに入れる。
そういや風邪引いてる時ってどんな人間も寂しいんじゃなかったかな、ねーちゃん大丈夫かな……
しっかりしている人だけど、今かなり弱ってるし、寂しがって……寂しがって……いや、ねえな、うん、ないない。
むしろ揃って外に出てるから静かになったとか思ってホッとしているかもしんねえ、それはそれでちょっとショック。
「ねえちゃん体調崩す時もあるってさ。体力ある方じゃねえし、あんなんだからこっちが気づいたり本人から言い出すのは珍しいって」
本人から言い出したってことは大分しんどい時だってさ。
ケータイをポケットに戻した兄ちゃんが息を吐く。
ってことは今回のねーちゃんは本気でしんどいのか、イベントで張り切っちまったのかな。
「ゼリーとりんごと……あと何食えるかな」
「お粥とか?」
「この温めるやつじゃなくても作ればいっか」
「兄ちゃんお粥作ったことあんの?」
「ねえけど、米を多めの水でなんとかすりゃいいから作れんだろ、多分」
「じゃあいっか」
知ってっか、これフラグって言うんだってよ。
オレらお粥作ったことなかったしりんごだってまともに切ったことねえの。
なんとかなんだろ、なんて安易に思わなきゃよかった。
目の前の焦げた物体ってどう片付けりゃいいかな、ねえちゃん呼んだら怒られる気がする、というか怒られる、やべえ。
コンロの上の鍋には米と玉子と水の成れの果て、竜胆に助けを求めるように視線を向ければ静かに首を横に振られた。
お粥なんて簡単に作れんだろなんて言わなきゃよかったな……どうしよ。
強火にすりゃ早くできんだろー、そう言ってた自分を殴りたい、早く作るどころか絶対に食わせちゃいけねえ物体に頭を抱える。
「……兄ちゃん」
「言うな、わかってっから言うな」
「いやこれお粥じゃねえじゃん」
「言うなって!」
「しー!!ねーちゃん起きちまうって!」
味付けに醤油少し入れるか、入れたら勢い余って茶色になったし、玉子入れりゃ色誤魔化せるだろ、入れたらもっと煙立った。
……いや、もしかしたら見た目がひでえだけで食べれるかも。
「竜胆、味見」
「やだよ、食えねえよこれ」
「食えるかもしんねーだろ」
「じゃあ兄ちゃん味見しろよ」
「は?兄ちゃんが作ったんだからオマエが味見しろよ」
「……」
「……」
どっちが味見するだのしないだの、なるべく静かに言い争う。
いや食えるかもしんねーじゃん!オレ味見しねえよ!?
自然と言い争いはヒートアップして、そのうち小突き合いを始めて、どっちの手が当たったかわかんねえけど鍋が大きな音を立ててひっくり返った。
それでねえちゃんが起きないはずもなく、気づかないうちに部屋から出てきたねえちゃんがいつの間にかオレらの後ろに立っていたのに気づいたのは少し後。
「……しずかにしてって、いったよな」
「ひっ……」
「ね、ねえちゃん……」
声に覇気がない。
けれど怒ってるは一目瞭然で。
額に貼ってある冷却シートと薬の効果か、真っ赤だった顔はちょっと落ちついている。
けれど、まあその、どんなに体調悪くてもねえちゃんはねえちゃんで。
無言で振り上げた手のひらがオレと竜胆の頬に勢いよく叩きつけられた。
「つぎ、おこしたらわたしでてくから」
スポドリとゼリーありがとう。
そう言ってのろのろと部屋に戻るねえちゃんの背中を竜胆と揃って見送る。
……待て、今出てくって言った?
竜胆と顔を見合わせれば笑えるくらいの真っ赤な手のひらの痕が綺麗に残っていたけど、笑える余裕はない。
いやいや、出てくって、どこに?
実家?実家に帰っちまうの?
それはやだ、ねえちゃんが出てくなんて、いやだ。
「……」
「……」
「……竜胆、片付けよ」
「……うん」
静かに黒くなったお粥だったものを片付けて、それから今度は財布をポケットに突っ込む。
オレがお粥買ってくるから竜胆は留守番、ねえちゃんの様子気にしてろよ。
そう言えば竜胆はこくこくと頷いた。
急いでオレは家から出てさっきのドラッグストアに向かう。
無理にやろうとしたら失敗するの、考えたらわかってたことなんだけどな。
ねえちゃんを少しでも楽にさせてやりたくて、それが裏目に出ちまった。
次は気をつけよう、オレも竜胆も。
今日はいい天気だった、雲ひとつなくて、外で絵を描けなかったのが悔やまれるくらいには。
喉の乾きで目を覚ます。
窓の外を見ればもうすっかり日も暮れていて、いつの間にか夜になっていた。
薄暗い自分の部屋、壁の時計を見れば夜も遅いことを教えてくれる。
体を起こして枕元に置いていたスポドリを飲もうと思ったら、両手に違和感。
蘭と竜胆が私の手をそれぞれ握って眠っていた。
枕はふたりのものだし、自分たちの部屋から持ってきた毛布をかけている。
……まさかと思うけど、寝ている私の傍にいてくれたんかな。
なるべく起こさないようにして手を離し、スポドリを手に取った。
温くはなっているけれど、喉を潤すには十分で少しホッとする。
久しぶりに風邪引いたな……熱も大分上がっていたけど、体の軽さから少し下がっているといいんだけど。
潤ったとはいえ、喉の違和感は残ったまま。
手のひらを口に当てて軽く咳き込むと、左右の蘭と竜胆が体を起こした。
「ねえちゃん、大丈夫?」
「辛い?なにかする?」
身を丸くする私の背を撫でて心配そうに覗き込む。
今まで体調崩してもひとりでなんとかしていたから、父親に気づかれないように、静かにしていたから、なんか、その手の温かさがとても身に染みて、目元がじんわりと熱くなった。
自然とぽろぽろ雫が落ちる。
それにふたりが驚いたような気配がして、ふたりは慌てたように私の体を横にするように促した。
「ねーちゃん、苦しい?病院行くか?」
「しんどいよな、どうしよ……バイクで連れてって平気かな……」
違う、体はそこまでしんどくねえの、そうじゃないの。
しゃくりを上げながら私が首を横に振るのをふたりはとんとんとあやすように叩いて、汗で張り付く髪をよける。
「……大丈夫だよねえちゃん」
「オレらいるから寂しくないよ」
「ねえちゃんも人間だもんなぁ、体調崩したら苦しいよな」
「オレてっきりねーちゃんは大丈夫と思ってたけど、そうじゃねえんだな」
ところどころ失礼だなオマエら。
じとりと睨めばふたりは困ったように笑った。
蘭は私の目元を覆うように手のひらを置き、竜胆はとんとんと寝かしつけるように優しく叩く。
なんか、落ちつくなあ。
辛い時に誰かがいるって、こんなにも落ちつくもんなんだ、初めて知った。
「……ごめ、ん」
「平気平気、むしろオレらがいつも困らせてんしさ」
「たたいて、ごめんね」
「気にすんなよ、それより出てくって言われた方が怖かったしさ」
「……いかないよ」
何を口走ったかあんまり覚えていないけど、私の家はここだし。
静かに大丈夫と言われる言葉に凄く安心する。
うん、大丈夫なの知ってる、知ったから。
うとうと、昼間は手放すのも怖かった意識を手放しても大丈夫そう。
怖い夢は見なさそう、ふたりの言葉と体温に安心して目を閉じればおやすみと声をかけられた。
親戚のおねえさん
前日のイベントに張り切ったら風邪引いた。
今までは体調悪くても何も言わないでひとりでなんとかしていたからふたりが傍にいるのに安心して泣いた。
翌朝少し体調が戻ったので買ってきてくれたお粥とすりおろしてもらったりんごを食べる。
いつもより美味しかった。
灰谷兄弟
おねえさんが体調崩して慌てていた、お粥焦がして物体Xができた後にそれを落として言い争って小突き合いしてたらいつもより手短に怒られて左の頬にお揃いの紅葉が咲いた。
看病したことなかったし慌てていた。
ねーちゃんは体調崩しても寂しくないんだろうなって思ってたけどそんなことなかった。
弱い面を見れたのは嬉しいけれど、やっぱりいつものねえちゃんの方がいいな。
翌朝美味しくお粥とりんごを食べるおねえさんに安心した。